ニュース・お知らせ

新所長が就任

2026年01月05日 - ニュース

 戸田記念国際平和研究所ではこのほど、スタイン・トネソン教授が新たな所長に就任致しました。2017年から8年余にわたりケビン・クレメンツ教授が務めてきた所長としての職務を2026年1月1日をもってトネソン教授が引き継ぎました。  トネソン教授は平和研究および歴史学分野におけるノルウェーを拠点に活動する著名な学者であり、これまで戸田平和研究所の上級研究員として「北東アジアの平和と安全保障」研究プログラムを担当してきました。専門分野は主に東アジアの平和、東南アジアの国家建設、南シナ海の紛争、ベトナムの革命と戦争、ミャンマーの内戦におけるソーシャルメディアの役割などです。  トネソン教授はノルウェーのオスロ国際平和研究所(PRIO)の所長(2001-2009)、研究教授(2009-2022)、名誉研究教授(2022-)を務めました。また、スウェーデン・ウプサラ大学では東アジア平和プログラムの統括、米国平和研究所(USIP)のランドルフ・ジェニングス上級研究員としての職務など、豊富な経験を有します。オスロ大学および北欧アジア研究所(NIAS)において教授職および研究フェローシップも歴任しました。  主な著作としては、単行書「Explaining the East Asian Peace」(NIAS Press, 2017)を出版、「Debating the East Asian Peace」(Bjarnegård and Kreutz, eds., NIAS Press, 2017)にも寄稿しました。最新の著書は、ノルウェー語によるベトナム戦争史「En kort introduksjon til Vietnamkrigen (A Short Introduction to the Vietnam War)」(Cappelen Damm 2023)。「Journal of Peace Research」誌のアジア担当副編集長も務めています。  トネソン教授は所長就任に当たり、「戸田平和研究所の所長を引き継ぐことは、大変光栄なことです」「ケビン・クレメンツ教授のリーダーシップのもと、当研究所は研究、出版に重点を置き、主要なテーマ分野における学術研究と政策に大きく貢献してきました。私は、この遺産を基盤として、戸田平和研究所が学者、政策立案者、実務者を結びつける道をさらに開拓していきたい」と述べています。  なお、ケビン・クレメンツ教授は今後、当研究所の名誉所長に就くとともに上級研究員として特に北東アジアの核リスク管理に焦点を当てた新たな役割を担います。  また、トネソン所長が担ってきた「北東アジアの平和と安全保障」プログラムは、オーストラリア・グリフィス大学の著名な国際関係学者であるカイ・ヘ教授が新たに担当します。教授は、中国、米中関係、インド太平洋に関する研究で知られており、上級研究員として戸田平和研究所に加わります。

ノーベル平和賞フォーラムに戸田平和研究所が参加

2025年12月19日 - ニュース

 戸田記念国際平和研究所は、本年開催されたノーベル平和賞フォーラムに代表を派遣する栄誉に浴しました。同フォーラムはノルウェー・ノーベル研究所が主催し12月11日にオスロで開催され、SGIが後援しました。  本年のテーマは「銃弾ではなく投票を――平和への民主的な道のり」でした。世界で民主主義の後退が懸念される中、民主主義が直面する課題について議論が交わされました。  「平和の探求における民主主義の役割」と題した討論会では、戸田平和研究所の研究テーマ「民主主義の危機と課題」担当のオリビア・ストークス・ドライアー上級研究員(写真)が登壇しました。同氏は、近年の民主主義の後退は特定の国々の問題ではなく、情報空間の分断、政治不信の高まり、経済的不安定といった複合的要因によって引き起こされる国際的に連関する現象であると指摘しました。  また、権威主義体制が国境を越えて連携していることに触れ、民主主義国家こそ力を合わせるべきであり、同研究所の新しいプロジェクト「民主主義の灯台(Democracy Lighthouse)」ウェブサイトを紹介し、世界各地の民主主義研究の情報を集約・提供していることを説明しました。  このフォーラムでは、西アフリカのリベリア共和国元大統領であり、2011 年のノーベル平和賞受賞者であるエレン・ジョンソン・サーリーフ氏による基調講演が行われ、持続可能な平和は、民衆が力を持ち政治指導者が公僕として奉仕する、包括的で誠実な民主主義によってのみ構築できると強調しました。  また、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア博士の孫娘であるヨランダ・リネー・キング氏、そしてデズモンド・ツツ元大主教の孫娘であるムンギ・エンゴマニ氏もスピーチを行いました。両氏は、暴力や憎悪の蔓延に抵抗するためには、希望を失ってはならないこと、そして自分の意見を表明すること自体が平和の行動であることを強調しました。 © Nobel Prize Outreach - Helene Mariussen

ケビン・クレメンツ所長がIPRA 2025で基調講演

2025年11月06日 - ニュース

戸田記念国際平和研究所のケビン・P・クレメンツ所長は、2025年11月5日、ニュージーランドでパリハカ記念日とされる日に、国際平和研究学会(IPRA)総会に出席し基調講演を行いました。会議は、ニュージーランド・タラナキ地方のパリハカとニュープリマスで開催されました。以下に、基調講演の全文を紹介します。 「亀裂の入った世界で、平和を再構想する」 ケビン・P・クレメンツ IPRA 2025 (国際平和研究学会全体会議)での基調講演 2025年11月5日、パリハカ記念日  エ・ンガー・マナ、エ・ンガー・レオ、エ・ンガー・イウィ・オ・テ・アオ。テーナー・コウトウ、テーナー・コウトウ、テーナー・コウトウ・カトア(E ngā mana, e ngā reo, e ngā iwi o te ao . Tēnā koutou, tēnā koutou, tēnā koutou katoa)。全ての皆様、言葉と土地とともに生きてきた全ての人々に、ご挨拶申し上げます。  山と川に恵まれたこの土地へようこそ。非核政策とテ・ティリティ(ワイタンギ条約)のおかげで、ここには人々と土地との間に生きた平和の約束が存在しています。あるいは存在するはずです。過去40年にわたるワイタンギ条約再解釈の取り組みと、1980年代の非核政策のおかげで、ここでは平和は抽象的な概念ではありません。私たちの文化と存在そのものの中に体現されています。核兵器を持たず、軍事同盟を結ばないことを私たちは望み、テ・ティリティで保証されたパートナーシップが正しく評価されることを望んでいます。しかし、今、この平和の約束は脅威にさらされています。条約を尊重するこれまでの前向きな決定を、現政権が覆そうとしているからです。また、国防大臣と外務大臣が、米国との軍事関係をより密接にする方向にわが国を進めようとしており、ひいてはわが国の非核の地位を危うくし、脅威にさらされています。  今日は、タラナキ・イウィ(タラナキ部族)にとって非常に神聖な日です。144年前の1881年に、マオリの平和なパリハカ集落が植民地軍に侵攻された出来事を追悼する日だからです。この日は、集落のリーダー、テ・ウィティ・オ・ロンゴマイ(Te Whiti o Rongomai)とトフ・カーカヒ(Tohu Kākahi)が掲げた平和的抵抗の原則を思い出す日でもあります。パリハカの抵抗は、植民地支配に非暴力で立ち向かった最初の事例の一つといえるでしょう。また、私の古い友人であり、パリハカで暮らし、平和と非暴力の偉大な擁護者であったマアタ・ファレオカ(Maata Whareoka)を、今日この場で思い起こしたいと思います。  このような場面でマオリが祖先を称えるのと同じように、私も、IPRAの先人たちと彼らが平和研究分野の礎を築くために尽力した全てに敬意を表したいと思います。バート・ローリング(初代事務局長)、ヨハン・ガルトゥング、エリース・ボールディング(とそのWILPF=婦人国際平和自由連盟=の同僚たち)、ケネス・ボールディング、そしてジョン・バートン。この5人は、卓越した研究者であり、実践家であり、ネットワーク作りと組織作りの達人でした。彼らが最初のIPRA総会を立ち上げました。また、私にとっては身近な指導者でした。私たちは、彼らの理論と経験という蓄積の上に立っているのです。  後に、アダム・カール、アスビョルン・エイデ、ライモ・ヴァイリネン、チャドウィック・アルジャー、ベティ・リアドン、坂本義和など、多くの人が加わりました。  IPRAの先駆者たちは皆、冷戦を背景としてそれぞれの理論を構築しましたが、すぐに正義なくして平和はあり得ないことを悟りました。そこから、植民地主義、ポスト植民地主義、そして、あらゆる抑圧的関係からの解放としての開発へ強い関心が生まれました。こうした課題に応えるために、IPRAは世界のあらゆる地域を代表する一連の地域組織を設立しました。また、多くの実質的な委員会も設置しました。  80年代と90年代には、グローバル・サウスとグローバル・ノースの間にいかに公正をもたらすかという難題に取り組みました。今回の総会で発表される論文の多くも、引き続きこの難問を取り上げています。なぜなら、それは持続可能な平和にとって極めて重要だからです。同時に、私たちは、直接的な暴力にどのように対処するかという視点も失っていません。  冷戦が終結したとき、旧ソ連圏の独立国家樹立、そして暴力的な内部紛争の多発にどのように対処するかに注目が集まりました。1990年代には、暴力的紛争を管理し変容させる理論やプロセスを構築し、多くの成功例が見られました。しかし、今や成功は暴力的政治への急進的な回帰に取って代わられています。ロシアのウクライナ侵攻は、イスラエルのパレスチナ人大虐殺と並んで最悪の事例となっています。  2024年から2025年にかけて、36カ国で61件の国家間の武力紛争が発生しています。これは、過去70年以上で最も多い数です。ウクライナ、ガザ地区での虐殺、スーダン紛争に注意が向いている間に、他にも多くの暴力的紛争が起こっており、何百万人もの難民、国内避難民、多数の民間人や軍人の犠牲者が生まれています。ミャンマー、エチオピア、コンゴ民主共和国などを考えてみてください。残念ながら、私たちの先人が残した理論的遺産は、2025年の極めて解決困難な紛争を解く力を持たないように見えます。  IPRAとその創設者たちが構築した理論は、過去に効果を発揮しました。なぜなら、(西側に有利な偏った秩序ではあったものの)ルールに基づいたリベラルな国際秩序が存在したからです。この秩序のもとで、その時代の問題に協調的で合理的な解決策を編み出すことが可能でした。地域制度や国際機関が、今日のような攻撃や中傷を受けることはありませんでした。5カ国の常任理事国(P5)が安全保障理事会を支配しているため、国連がその目標を達成することはできませんでしたが、国連は人権や人道に関する取り組みによって尊敬を受けていましたし、厄介な問題にはエビデンスに基づく合理的な解決策が推奨され、適用されていました。  平和研究の先人たちは誰も、トランプ2.0政権がもたらす混沌を想像できなかったでしょう。反社会的で、良心を欠いた傾向を持ち、自己中心性を極端なまでに肥大させた人物が、世界最強の国の支配権を握り、民主的な抑制と均衡を排除し、選挙で選ばれた独裁者になる。そのような事態を、私たちの理論のいかなる要素も予測し得ませんでした。狂気が理性に取って代わり、予測可能なものが予測不可能へと変わるとき、私たちの平和研究の理論と実践も、深刻な試練に直面することになります。  残念ながら、そのような例はトランプだけではなく、世界中の独裁的なポピュリズム運動を勢いづけてきました。彼はまた、強権的な独裁者たちに対して抗しがたい魅力を感じているのです。  2025年のV-Demレポートによれば、現在世界の民主主義国は88カ国、それに対して権威主義国は91カ国存在し、これは20年以上ぶりのことです。自由民主主義は世界で最も少数派の政治体制となり、2024年には全部で29カ国となりました。世界人口の4人に3人近くの72%が、今や権威主義国で暮らしているのです。これは1978年以降で最も高い水準です。  このような権威主義や独裁主義に向かう傾向は、世界中で表現の自由、市民社会組織、そして市民活動に対する容赦ない攻撃がなされていることに起因しています。これが、報道の自由、大学の自由、そして権力に対して真実を語ろうとする世界中の人々に、大きな負の影響を与えています。私は人生の中で、(トランプ自身を筆頭に)これほど多くの政治指導者たちが露骨な嘘をついて出世している時代を思い出すことができません。  これら全てが、世界に対する私たちの理想主義的で合理的な前提、そして非暴力的な問題解決方法に関する前提の多くが頓挫してしまったことを意味しています。私たちは今や、誤情報、偽情報、虚偽がはびこり、不幸にも牙と爪をもつ現実主義と地政学への回帰が進む世界に生きています。私たちは、深い世界的分断と二極化、そして深刻な崩壊の時代に、ここニュープリマスに集まっているのです。  私たちの世界は、戦争と避難民の発生、不平等、生態系の崩壊、周縁化、そして不信によって引き裂かれています。多様性、平等性、包摂性、配慮、思いやりを排除しようとするトランプの願望は、私たちの共通の人間性に対して非常に恐ろしい影響を及ぼしています。ネガティブな権威主義的意見が、対話、コミュニケーション、非暴力的な関係構築を求める声をかき消しています。権力を持つ者にとっても、権力を持たない者にとっても、冷笑主義が安易な逃げ場となっています。  2025年において、平和は手が届かないところにある蜃気楼のごとく揺らめいているようです。絶望を生み出す要因はたくさんあります。平和構築というパズルのさまざまなピースを認識することはできますが、全体像が欠けています。落胆して敗北感を抱くのは容易ですが、今こそ平和研究と平和の実践が最も重要な意味を持つときです。亀裂の入った時代こそ、新たな光が割れ目に差し込み、新たな思考を触発するのです。平和研究の先人たちは、彼らの時代に適した理論と実践を構築することによって時代の状況に対応しました。今、IPRAが立ち向かう課題は、私たちが直面している希望の見えない状況にどう前向きに応えるかということです。構造的で直接的な暴力に対する非暴力的解決を促す新たな方法を見いだすには、私たちの知力を総動員するだけでなく、平和的で倫理的な想像力を駆使することが求められています。  幻滅の時代にこそ、想像力そのものが抵抗の行為になると、私は主張したいと思います。IPRAに多大な貢献をしたエリース・ボールディングは、戦争のない世界を思い描き、想像することを強く信じていました。ですから私たちも、現在の恐怖に基づく政治に代わる現実の選択肢を想像することができると考えましょう。この考え方を一歩進めるなら、恐怖と暴力の時代にそれ以外の非暴力的な方法を思い描こうとする勇気こそ、革命的なものになるといえます。  第1に、平和を再構想するということは、絶望を拒絶することであり、世界的課題に直面しながらも希望と勇気を抱くことです。トランプと彼に連なる人々は、気候変動のような存亡にかかわる課題に直面したとき、人々を麻痺させようとします。私たちは、恐怖と絶望に立ち向かうために希望を必要としているのです。  第2に、平和を遠くにあるユートピアや不安定な停戦と見なすのではなく、私たちが今ここで、どこにいても、正義、共感、思いやり、そして帰属意識を積極的に創造するものと捉えることが極めて重要です。そのためには、思いやりの政治が求められ、また、ミクロ、メゾ、マクロというあらゆるレベルにおいて、平和的な関係構築にいっそう多くの注意を払う必要があります。  平和は、権力者(特に独裁者)によって与えられるものではありません。信頼、真実を語ること、そして個人と社会の変容を通じて、関係性と地域性に根差して育まれるものです。  第3に、平和を再構想するということは、あまりにも長い間無視されてきた全ての声を聞くということです。21世紀の弱肉強食の経済において、生活を成り立たせることすら難しい全ての人々の声に耳を傾ける必要があります。その一方で、女性の平和構築者(彼女たちは私たちの未来です)、土地を守る先住民、失望した若者たち、そして暴力や差し迫った気候災害によって避難を余儀なくされた全ての人々に、特に注意を払う必要があります。  私たちが提起すべき問いは、「彼らが発言権を持つなら、どのような平和が考えられるか?」です。  第4に、もし世界の安全保障が、現実主義者、軍隊、または同盟によってではなく、最も脆弱な人々のウェルビーイングによって定義されるとしたら、何を意味するでしょうか? アオテアロア(ニュージーランド)では、私たちは「テ・ティリティ・オ・ワイタンギ(ワイタンギ条約)」によって絶えず挑戦を受け、啓発されています。この条約は今もなお、この国がパートナーシップ、公正、そして権限の共有のもとに生きることを呼びかけ続けているのです。  第5に、私たちはマオリの考え方から、「ファナウンガタンガ」という深い関係性と帰属意識を学んでいます。これは、平和とは単に戦争がない状態ではなく、人々の間に、土地との間に、未来との間に正しい関係が存在することなのだと思い出させてくれます。そのためには、帰属意識、相互義務、集団的責任の感覚を育む、強固で敬意のある相互的な関係を構築する必要があります。つまり、私たちのウェルビーイングは、ネガティブな関係ではなくポジティブな関係を通して存在するということです。南アフリカの「ウブントゥ」という概念も、同じような、極めて重要な意味を持っています。これは、私たちのウェルビーイングが他者のウェルビーイングと密接に結びついていることを意味します。そしてそれは、連帯、思いやり、敬意、尊厳、そして生き抜く力を意味します。  これこそが平和の本質です。支配ではなく、結び付きです。だからこそ、暴力の文化を平和の文化へと置き換えていかなければなりません。そしてそのために、学校、大学、地域社会において最初に平和を教え始めた頃と同じくらい、今も平和教育が重要なのです。  60年以上にわたり、IPRAは知識と共感が世界を変えると信じる人々の灯台となってきました。  アダム・カールのような創設者たちは、平和研究を変容のツール、すなわち暴力を持続させる構造を解体し、生命を持続させる関係を構築する手段として構想しました。今日、その使命はかつてないほどの緊急性を帯びています。私たちは、学問そのものの役割を、象牙の塔にこもった追求ではなく、心からの配慮と思いやりの行為として再構想しなければなりません。IPRAは常に、単なる学会以上のものであり続けてきました。それは良心の運動であり、暴力を不可避なものとして受け入れず、紛争が必ず支配で終わるとは考えず、平和が権力者の特権であるとは認めない、研究者と実践家による世界的なネットワークなのです。  私たちの取り組みは、脱植民地的であり、ジェンダー平等の視点をもち、包摂的であり、そして生態学的でなければなりません。教え諭すよりも耳を傾けなければならず、客体化や抽象的な経験主義に陥ることなく、困窮している人々に寄り添う必要があります。  私たちの任務は、知識が単に現実を説明するだけでなく、現実を作り変えるようにすることです。  今回の総会は、世界の歴史において非常に重大な局面で開催されています。それは、私たちが平和と権力について当たり前と思っている全てのことを疑い、再考するよう促す招待状でもあります。私たちに必要なのは、次のような視点です。 安全保障を、他者を支配する能力ではなく、私たちに依存する人々、そして私たちが脅威を感じるかもしれない人々にも配慮し、その利益のために尽くすことと捉えること。 権力を、他者に対する支配ではなく、他者と分かち合う力、意思決定に対する共同責任を育むものとして理解すること。 対立を失敗とみなすのではなく、困難や断絶に直面した関係性を、非暴力的に変容させるための機会として捉えること。  私たちは、ジョアンナ・メイシーが「アクティブ・ホープ」と呼ぶもの、自ら行動する希望を育てなければなりません。耳を傾け、癒し、粘り強く持続する希望、そして、悲嘆と決意の両方を、同じ手の中に抱きしめることのできる希望です。  共に過ごす時間を始めるにあたり思い起こしたいのは、平和とは到達点ではなく、愛と共感、勇気、そして想像力を日々実践するプロセスであるということです。  お互いの研究から学ぶだけでなく、お互いの人間性からも学びましょう。  そして、この総会を去る時には、より賢明になるだけでなく、より思いやり深く、より地に足をつけ、より大胆に、より行動する準備ができた私たちでありますように。  ニュージーランドのマオリ詩人、ホネ・トゥファーレは、かつてこう書きました。  「I can hear the sea breathing… I am the wave.(海の息づかいが聞こえる……私は波だ)」  私たちもまた、その波になりましょう。思いやりと創造性、そして勇気の波に。アオテアロアから、亀裂の入った世界のあらゆる片隅へと打ち寄せる、世界的なうねりとなれますように。 ケビン・P・クレメンツ 戸田記念国際平和研究所 所長

2024年ノーベル平和賞への賞賛

2024年10月14日 - ニュース

2024年ノーベル平和賞に関する所長声明 ケビン・P・クレメンツ  戸田記念国際平和研究所は、日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)の2024年ノーベル平和賞受賞をお祝い申し上げます。日本被団協は、広島と長崎の原爆被爆者の団体です。被爆者の方々は、長年にわたり自らの悲惨な体験と苦しみを通して核兵器のない世界を主張し、核兵器の製造、拡散、また使用の全面的な禁止を強く訴えてこられました。  この賞の発表は、およそ21万人もの命を奪った広島と長崎への原爆投下から明年で80年という節目に行われました。  戸田平和研究所は日本にある平和研究センターとして、日本の団体に対して送られたこの賞を歓迎するとともに、核戦争に勝者はなく、決して戦われてはならないという、私たちの共通の目標のために、日本被団協および被爆者の皆さまとともに力を合わせていきたいと思います。  日本被団協は、1954年の太平洋ビキニ環礁水爆実験によって第五福竜丸の乗組員が被爆したことをきかっけとし、原水爆の禁止を目的に1956年に結成されました。  ノルウェー・ノーベル委員会がこの団体に本年の平和賞の授与を決定したことは、誠に正当で適切なことです。広島と長崎で被害にあった被爆者の方々のように、核兵器が市民に対して無差別に使われたことを経験し目撃した個人的な証言を語れる人の存在がどれほど貴重か。それゆえに、核兵器廃絶のために証言を語り続けてこられた方々が表彰されることは、その証言を永遠に継承するためにも大きな価値があるのです。  ロシアなど核兵器保有国がウクライナなどで核兵器を使用すると威嚇し、「核のタブー」を侵し始めています。戸田平和研究所は、日本被団協の皆さまをはじめ、すべての被爆者・被害者の方々と連帯し、核兵器の使用は国際法上違法であり、二度と使われてはならないと常に喚起しながら、核兵器のない世界をめざしてまいります。   Photo credit: shutterstock.com