ニュース・お知らせ

NPT再検討会議に寄せて 池田SGI会長が緊急提案

2022年07月29日 - ニュース

 核軍縮等を議論する核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議が、2022年8月1日(現地時間)からアメリカ・ニューヨークの国連本部で開かれる。ウクライナの情勢をはじめ国際社会の緊張が高まる中、核兵器使用のリスクはかつてないほど増大しており、核兵器保有国も参加する同会議で、核兵器の使用と核戦争のリスク回避へ道筋をどうつけるかが焦点となっている。  2022年7月26日、戸田記念国際平和研究所の創立者であるSGI(創価学会インタナショナル)の池田大作会長は、同会議に寄せて核兵器を巡る危機の克服へ「核兵器の先制不使用」の誓約などを求める緊急提案を発表した。 緊急提案の全文はこちらから   Image: Romolo Tavani/ Shutterstock

追悼:武者小路公秀

2022年07月15日 - 政策提言

武者小路公秀教授、1929年―2022年    武者小路公秀教授のご逝去の報に接し、戸田記念国際平和研究所は謹んで哀悼の意を表します。武者小路先生は長年にわたり当研究所の活動を支援してくださり、私個人にとっても親しい友人でありました。  武者小路教授は1929年にベルギーのブリュッセルで生まれ、2022年5月23日に92歳でご逝去されました。国際関係論と平和研究を中心に、長きにわたる優れた学問的キャリアをお持ちでした。実際、平和研究が学問として認知されるずっと以前から平和研究者でありました。  しかし、決して机上の学者で満足することなく、非暴力の推進、暴力的紛争の平和的解決、あらゆる場所での軍国主義の終焉にその生涯を捧げたのです。また、国連を強化し、日本や世界の人権、多文化、寛容を推進するために、休むことなく擁護し続けました。  武者小路教授は、学習院大学法学部政治学科、パリ大学政治学院を卒業されました。その後、学習院大学で際立ったキャリアを重ねられ、1968年から1976年まで上智大学教授、1969年にご自身で設立した同大学国際関係研究所所長を務められました。国連大学副学長を13年間務め、明治学院大学教授(1989-1998)、フェリス女学院大学教授(1998-2000)、中部大学教授(2001-2004)、2013年から退職するまで、大阪経済法科大学特任教授を歴任されました。  教授との出会いは、タシケントで行われた国連大学とソ連科学アカデミーが主催する核軍縮に関するワークショップでした。教授は、貴族のご出身でありながら、決してエリート主義的な考え方で人と接することはありませんでした。むしろ反対に、あらゆる階層、あらゆる文化の人々と心を通わせる驚くべき才能の持ち主で、このワークショップでもその才能を発揮されていました。また、日本語、英語、フランス語、スペイン語に堪能であり、政治的な見解に関係なく、全ての人と強い協力関係を築く素晴らしい才能もお持ちでした。私は、ワークショップでも、また先生のご生涯を通じても、対話と積極的な傾聴を促す能力に感銘を受けておりました。タシケントの後も、多くの会合に私を招待してくださいました。  武者小路教授は、誰に対しても分け隔てなく接し、肯定的で、励ましを送る方でした。また、揺るぎない意見を力強く述べると同時に、異なる意見の持ち主を深く尊重することができる方でもありました。国際主義と人種差別反対への献身は、ご自身の混血児としての体験、そしてローマ・カトリックとマルクス主義の思想的影響もあったと思います。氏はフランス人のクオーターで、7歳で日本に帰国した時、学校の仲間から「純日本人」ではないといじめられたそうです。このいじめが、氏の生涯の仕事を方向付けた原点となったのです。  また、世界中の少数民族や社会から取り残された人々の擁護者でもあり続けました。そのため、教授はそうした人々の大規模で活発なネットワークを持っており、彼らは、自分たちの声が確実に届き、抑圧や搾取を受けないようにするために、教授がしてくれた全てのことに深く感謝していました。例えば、反差別国際運動(IMADR)の副理事長(後に名誉理事長)、アジア・太平洋人権情報センター(ヒューライツ大阪)の会長、大阪国際平和センター(ピースおおさか)会長を務めました。  さらに、早くから環境の持続可能性を提唱していました。例えば、1990年代後半に東京で夕食をご一緒したとき、差し出された割り箸を使わず、自分の箸を買い求めたのにはとても感心しました。この小さな行動が、自分の行動と信念を一致させたいと願う彼をよく表していました。  また教授は、国際平和研究学会を熱烈に支持してくださり、ケネス&エリース・ボールディング夫妻やヨハン・ガルトゥングなど、平和研究の先駆者たちと密接な関係を築いておられました。  私たちは、偉大な学者であり、日本の国際主義者であり、そして素晴らしい人間を失いました。ご遺族の皆様、そして彼と知り合う栄誉を得た全ての方々に、心よりお悔やみを申しあげます。 戸田記念国際平和研究所所長 ケビン・P・クレメンツ Image: https://www.mushakoji.com/

安倍晋三元首相暗殺に対する所長コメント

2022年07月12日 - 政策提言

  安倍晋三 1954-2022                                             Image Credit: Anthony Quintano/Flickr  戸田記念国際平和研究所は、日本で最も長期にわたり首相を務めた安倍晋三氏の暗殺という悲劇的なニュースに衝撃を受け、悲しみを覚えています。  このような無分別な暴力行為が存在する余地はどこにもありません。日本のような平和を愛し、安全な国でこのようなことが起こるのは理解し難いことです。平和で、非暴力的な国としての日本の名声が取り戻され、維持されることを願っております。  安倍晋三氏のご家族ならびに日本国民の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。 戸田記念国際平和研究所所長 ケビン・P・クレメンツ

戸田平和研究所所長に「ルクセンブルク平和賞」の授与が決定

2022年04月07日 - 政策提言

授賞式が行われるルクセンブルク市内の街並み  戸田記念国際平和研究所所長のケビン・クレメンツ教授が、平和を推進するための優れた努力と取り組みが評価され、2022年「ルクセンブルク平和賞」の「優れた平和活動家」に選出されました。  この名誉ある賞は、「優れた平和活動家」「優れた平和教育」「優れた平和支援」など、いくつかのカテゴリーに分けられ、授与されます。  クレメンツ教授は、2017年から戸田平和研究所の所長に就任し、世界各地の研究者やNGOと協働し平和構築へ取り組むとともに、平和教育に貢献するなど、長いキャリアを積んできました。それ以前は、オタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)の初代所長を務めていました。  この賞は、ルクセンブルク大公国のアンリ大公が承認した非営利の慈善団体であるシェンゲン平和財団が設立したものです。同財団は、議論、出版、展示、ワークショップ、インターネットプラットフォーム、出会い、交流、教育プログラム、平和研究などを通じ、多文化間の対話を通じて平和、寛容、理解を促進し、より平和な世界の構築に寄与しています。 https://www.odt.co.nz/news/dunedin/campus/lifetime-peace-work-recognised

ケビン・クレメンツ所長が国際関係学会(ISA)「卓越した学者賞」を受賞

2022年03月30日 - 政策提言

 このたび戸田記念国際平和研究所のケビン・クレメンツ所長に、国際関係学会(International Studies Association :ISA)から平和研究部門の2022年の「卓越した学者賞」(2022 Distinguished Scholar Award)が授与されました。授賞式は、3月30日(ニュージーランド時間)にオンラインで開催された国際関係学会大会の「卓越した学者賞討論会」の席上で行われました。  ISAは、国際問題、国境を超えるグローバルな課題を理解するために1959年に設立された、最も歴史のある学際的な学会の一つです。平和紛争学の分野で顕著な業績を残した学術者に毎年この賞を授与しています。  クレメンツ所長の軍縮、紛争解決、アジア太平洋地域における歴史問題と和解に関する幅広い研究とその質の高さ、そしてオーストラリアやニュージーランドのいくつかの研究機関や組織の設立に関わる活動が授賞理由となっており、戸田平和研究所における世界的な研究ネットワーク作りへの評価も含まれるといえます。 <授与式におけるオタゴ大学国立平和紛争研究所のサンヨン・リー(SungYong Lee)准教授による賛辞>  ケビンのこれまでの功績は、数え上げればきりがありません。それをまとめるのは至難の業ですから、特にここ15年のケビンの活動の中から、私の主観で選び、紹介したいと思います。  2003年、ケビンはオセアニアに戻り、クイーンズランド大学(ブリスベン)に平和紛争研究所を設立することに同意しました。6年以上にわたって、同研究所を平和・紛争研究(PCS)の最も著名な研究所の一つに育て上げました。彼のリーダーシップのもと、同研究所はハイブリッド平和構築に関する概念を含め、今後の研究のために極めて多くの重要な概念的・理論的基盤を提案・発展させてきました。また、同研究所の積極的な発展により、オーストラリアおよびオセアニア地域における様々な平和の課題に関する認識論的対話を活性化させてきました。  クイーンズランド州で6年間活躍した後、母国ニュージーランドに戻り、オタゴ大学ダニーデン校の平和紛争研究科の初代学科長とオタゴ大学国立平和紛争研究所(NCPACS)の所長に就任しました。この研究所は国内で初めて、そして現在でも唯一の、研究と教育のすべてを平和・紛争研究(PCS)に捧げている研究所です。過去10年間、同研究所は特にアジア太平洋地域を中心とした様々な平和の課題に関する研究の中心地として発展してきました。  ほぼ並行して、彼の学術活動の一部は、彼が数年総合所長を務めていた東京の戸田記念国際平和研究所と連動していました。NCPACSを退職したのち、同研究所の所長に就任しました。戸田平和研究所は彼のリーダーシップのもと、協調的安全保障と軍備管理・軍縮、気候変動と紛争、ソーシャルメディアと平和構築、北東アジアの平和と安全保障、先端技術と安全保障・平和という分野で、確固たる研究結果を構築しています。戸田平和研究所では従来の研究成果に加えて、研究成果をアカデミアの外に広く発信することにも力を注いでいます。その一環として、「グローバル・アウトルック」という新しいシリーズを立ち上げ、現代のさまざまな問題について簡潔な評価を発信しています。  つまり、ケビンは過去15年間にアジア太平洋地域の三つの平和研究所を発展・強化させ、新たな研究課題を推進し、何百人もの学生や現場実務者を支援してきたのです。さらに、国際平和研究学会(IPRA)の事務局長を務めながら、世界の研究者と現場実務者の学術交流を支えてきたことも特筆すべきでしょう。  ニュージーランドのオタゴで、ケビンは非常に多くの平和活動に携わってきました。その代表的なものが、アーチボルド・バクスター記念信託の議長としての活動です。バクスター氏はオタゴ出身で、ニュージーランドの第一次世界大戦の良心的兵役拒否者の中で最も著名な一人であります。  その生涯をかけた平和活動への献身が認められ、オーストラリア国連協会(2008年)、広島創価学会(2012年)、ニュージーランド平和財団(2014年)など、複数の組織・団体から平和賞が授与されています。今、彼は国際関係学会(ISA)の認める卓越した学者として、このバーチャルルームに座っているのです。そしてついに、今年6月にルクセンブルク平和賞を受賞するという嬉しいニュースも最近耳にしました。  私がオタゴ大学に着任した2014年から、彼の学問や実務に関連する活動の多くの側面に立ち会う機会に恵まれました。その中で、特に印象に残っているのは、彼の平和構築者としての姿勢と役割です。本日は、そうした例の中から二つだけご紹介したいと思います。  まず、ケビンはその豊富な知識と経験に基づき、人々が本当に必要としているときに、今後の発展のための明確な洞察を提供してきました。例を挙げれば、2019年3月、クライストチャーチの二つのモスクで襲撃者がニュージーランド人を数十人も射殺したときです。テロのニュースが流れたとき、多くの人がパニックに陥り、具体的に何をすべきなのかが分かりませんでした。私もその一人でした。そんな時、テロ発生から2時間以内にケビンのFacebookへの投稿を目にしました。その投稿の中で、彼はテロの本質を分析し、考えるべき問題点を提示し、ニュージーランドがどう対処すべきかを提案していました。その提案の一つが、「半自動小銃の禁止」です。これは、この国の多くの人々にとって行動の指針となるものであり、私たちは半自動小銃の禁止を求めるロビー活動を開始しました。政府はこの提案を受け入れ、2週間以内に法律として成立させました。  二つ目に、ケビンは決断力のある男性です。本当に必要なことだと思ったら、何が何でも実現するために行動します。例えば、アーチボルド・バクスター記念信託は、大きな犠牲を払って平和に尽くしたバクスター氏を偲ぶために、ダニーデンの中心街に記念碑を建てることを計画していました。しかし、ご想像のとおり、このプロジェクトにはかなりの資金が必要でした。財団は資金集めのために何度もキャンペーンを行いましたが、それでもプロジェクトを完成させるのに十分な資金が集まりませんでした。そのため、ケビンは、自分の絵の大半を売却して、資金不足を補うことにしました。人々はケビンのその行動に深く感動し、オークション当日に全ての絵画が落札されました。  このようなインスピレーションと断固たる行動をもって、私たちが平和構築者としての生き方を学ぶことができるよう導いてくれたのです。これまで一緒に仕事をしてきた仲間たちとともに、ケビンに敬意を表します。