協調的安全保障、軍備管理と軍縮 (政策提言 No.141, 142, 143, 144, 148, 149, 150, 151, 152)
2022年12月 ~ 2023年01月配信
中国・インド・パキスタンの核のトリレンマと
リスク低減策の必要性
ラメッシュ・タクール シャタビシャ・シェテイ ワヘグル・パル・シン(W.P.S.) シドゥ博士
Image: sameer madhukar chogale/Shutterstock.com
戸田記念国際平和研究所が核不拡散・核軍縮アジア太平洋リーダーシップ・ネットワーク(APLN)、平和・核軍縮ジャーナル(J-PAND)と共同発表した9政策提言の紹介
南アジアの地政学的な緊張は、国境を接していること、大きな領土問題があること、繰り返された戦争の歴史、政治的流動性・不安定性によって特徴づけられている。この危険をはらんだ力学は、中国・インド・パキスタンという三つの核保有国の軍事的動向、脅威に対する認識および、これら3カ国間の連携、敵対、抑止の関係によって形づくられる「核のトリレンマ」によって、より難しいものとなっている。
アジア太平洋地域において、核不拡散条約(NPT)の法的義務は、アジアにある四つの核保有国のうち少なくとも二つ、あるいは三つには適用されない。中国はアジアでNPTに加盟している唯一の核兵器国(NWS)である。インドとパキスタンは、常にNPTに反対しており、結果としてNPTに基づく法的義務からは自由である。北朝鮮は非核兵器国としてのNPT加盟国であったが、今世紀初頭にNPTを脱退した。
南アジアの戦略地政学的環境は、国境を接していること、大きな領土問題があること、1947年以来の数多くの戦争の歴史、核兵器の使用または喪失に向けた時間枠の短縮および、政治的流動性・不安定性があることなどであり、冷戦時代にもこれに匹敵するものはなかった。
アジア太平洋地域の全体で、国家間の関係を規制、調整し、緩和また危機を安定させるものとして機能するような、包括的な安全保障の枠組みは存在していない。このことは問題である。意図したものであれ、あるいはより有り得る場合として、ヒューマンエラーまたはシステムエラーによる偶発的なものであれ、核戦争が起こる可能性は小さくとも現実的なものであるからだ。
サイバー戦争、宇宙空間に設置するデュアルユースのシステムおよび人工知能を用いた自律型兵器システムといった新たなテクノロジーが、「グレーゾーン」作戦や非国家アクターが及ぼす影響とともに、新しい不安定性をもたらしつつある。予め計画された核攻撃が、中国・インド・パキスタンのうち2カ国間または3カ国間での核戦争の入り口になるとは考えにくい。核の備蓄の増大、(核および先進的通常兵器の両方での)兵器プラットフォームの拡大、民族統一主義者の領土の主張、コントロールの利かなくなったジハーディストの諸集団、および紛争間の緊密な関連からなる有害なカクテルが、中国・インド・パキスタンの核の鎖をハイリスクな地政学上の方程式にしている。
明らかに、この地域は主要な関係における信頼の欠如に悩まされている。この地域のアクター達は、信頼醸成施策に関してほとんど経験がなく、そのような施策を支えうる仕組みを持たず、アイデア創出として機能するための公式または非公式のいわゆる「トラック2」プロセスの欠如に苦しんでいる。
核不拡散・軍縮アジア太平洋リーダーシップ・ネットワーク(APLN)および戸田記念国際平和研究所は、中国・インド・パキスタンの核のトリレンマを左右する主要な2カ国間、3カ国間および多国間の要因を明らかにし、三角形の核の鎖の輪郭を描き、核リスク低減、危機安定化および信頼醸成のための現実的な施策、並びにこれら3カ国の全てをカバーする核に抑制的な体制の可能性を探り、国家間の関係を正常化し、国民同士の繫がりを強化するため緊張緩和と紛争解決のメカニズムと機会を見いだすためのプロジェクトを共同で行った。当該3カ国をはじめとする国際的な専門家に論文を依頼した。これらの論文は、現在の関係がはらむリスクだけでなく、観点と分析の違いも示すこととなった。
具体的に見ていくと、マンプリート・セティは、パキスタン・インド、中国・インドのそれぞれの核の2国間関係の特徴を、紛争の要因、2カ国の共通点、核兵器の類似点と相違点、そして、核の備蓄への影響という三つの軸に沿って探求する。同氏は、未解決の領土問題、テロリズム、第三者国との関係についての認識、および意図の認識について論じている。また、これらの3カ国で異なる核兵器の役割を検討し、その中で、抑止力戦略の違いが、志向する核兵器の種類と搭載システムの違い、核の指令統制システムの違い、新たなテクノロジーの進化と導入にどのように至っているかを評価した。同氏は、核のリスクを抑止力につながるものとして見る共通の傾向があるが、そのことは、戦略的安定性を維持したり、一定したリスクに合意したりすることへの願望は共有されていないことを意味する、と主張する。同氏は、二国間または多国間の戦略的対話の開始、低いレベルのアラートの公式化、抑止力の破綻についての研究の実施、核兵器使用の危険性について公衆の意識喚起を行うことを含む、いくつかの推奨される政策を提言した。
フェローズ・ハッサン・カーンは、3カ国間の紛争および戦略的リスクの要因を検討することで、戦略的リスク低減の見通しを評価した。同氏は、戦略的兵力態勢および破壊的技術の影響について論じている。そして、敵対する弱い側の懸念に無関心な態度(2国間関係の中での軍事的危機の傾向を強める)、軍事的・戦略的兵器の備蓄の増大(意図と能力についての認識を混乱させ、軍拡競争を促進してしまう)、および3カ国の全てで軍の近代化施策に破壊的技術が導入されていることの組み合わせによって、戦略的リスクが増大していると結論づけた。同氏は、多国間および2国間でのトラック1およびトラック2レベルの戦略的対話を重ねることによって新たな戦略的リスク低減策を検討することを提言するとともに、政策決定者による検討のために、インド・パキスタン間で合意した覚書の事例を提示した。
トビー・ダルトンは、各2国間関係の中での抑止力のダイナミクスと予測を評価し、この地域を抑止力の多極化に向かわせる趨勢線を検討し、この地域を現状から新たなシステムに転換させ得る展開を見いだす。同氏は、深い変化が起きているにもかかわらず、 核のダイナミクスは多極的な核抑止力体制の中心ではなく、インド・パキスタンの2国間関係の中での特徴であり続ける可能性がある、と指摘する。同氏は、台頭する南アジアの核の多極性における重要な変数は、インドと中国の関係であり、また、両国政府における国家安全保障の信条体系において核兵器がどのくらい主要なものとなるかである、と主張する。この地域の予測可能性を高め、安定性を向上させ、潜在的な紛争要因を減らすため、同氏は、中国、インド、パキスタンが、コモンプール資源の獲得競争、宇宙空間における危険な行動、およびさまざまな危機や緊急事態を管理するための新たな施策を有効に策定することができるのではないかと提言する。
ジンドン・ユアンは、各国の国内のダイナミクス、および、ナショナリズムの台頭、世論、民間と軍の関係、および指揮統制の構造といった国内要因が、どのように核政策に対するインセンティブまたは抑制要因となり、リスクの低減または増大に繋がっているかを検討する。同氏は、中国・インド・パキスタンのトライアングルは、インド太平洋地域での影響力と優位性をめぐる新たな大国間競争におけるアメリカの役割を評価することなしに、適切に検討することはできないと主張する。同氏は、中国とインドが先制不使用の方針を再確認し、定期的な部隊レベルの会合に加えてハイレベルの2国間安全保障対話を再開すること、およびインドとパキスタンが互いの核施設を攻撃しないことを再確認し、その約束を引き続き遵守することを提言する。
ロウ・チュンハオは、中国、インド、パキスタンの関係における戦略的信頼の欠如を検討する。同氏は、相互の競争と限定的な紛争の領域と同様に、インド・中国間の利害関係領域が拡大していることを強調する。同氏は、インドの中国に対する戦略的な不安は国境紛争に端を発するが、経済問題、海洋安全保障、コネクティビティ、サイバーセキュリティ、宇宙兵器、そしてインド太平洋地域の秩序といった領域にまで拡大したと主張する。同氏は、ブロック政策競争に反対する中国の立場にもかかわらず、アメリカと中国の戦略的競争関係が、この3国間関係に影響を及ぼすだろうと認めている。ルーは、インドがその非同盟主義を捨ててアメリカの中国封じ込め戦略に加わり、核のダイナミクスをさらに複雑にさせるという懸念を指摘する。同氏は、中国とインドのために三つの将来のアイデンティティーを提言する。それらは第1に、中国とインドは台頭する二つの大国として、それぞれ独自の外交政策を採用し、第三者国と同盟を作らないこと、第2に、インドと中国の展望は競争や紛争ではなく調和を強調すること、そして第3に、中国とインドは よりグローバルな公共財を提供し、グローバル・ガバナンスにさらに貢献することである。
サディア・タスリームは、3国関係における国内政治と各2国間関係の繋がりの中で、ナショナル・アイデンティティーと国益の形成の概念を探求する。同氏は、二国間関係にとって最重要の国内政治的要因、および、現時点の趨勢線が将来に向けて明らかにするものを指摘する。同氏は、どんな理論も単独では適切な分析の枠組みを与えてくれないが、インドとパキスタンは、それぞれ、互いの国民の政治的想像力とナショナル・アイデンティティーの概念の中で非常に重要な場所を占めていることから、互いに対する政策は国内の政治的必要性に緊密に結びついていると主張する。同氏は、中国とインド、中国とパキスタンの二国間関係は、国内の政治的必要性について言えば、主に意思決定エリートによって左右され、国内の安定と経済成長を中心に展開されると主張する。エリート主導の政策は、パキスタンと中国の互いに対する関係およびインドに対する関係において最も決定的な要素である。一方、インドのパキスタンおよび中国に対する関係は、与党の持つナショナル・アイデンティティー概念によって定義される傾向が増しており、そのため、インドの外交政策は選挙結果のプレッシャーの影響を受けやすくなっている。
ラケッシュ・スードは、複数の核の2国間関係において多数の火種がある時代において、冷戦期に戦略的安定性という理念を特徴づけていた均衡と相互脆弱性の概念には疑問符が付けられつつある、と主張する。不確実性を高めているのが、核の備蓄とドクトリンの非対称性、技術の発展と、変化し続ける脅威についての認識である。スードは、核兵器国同士の潜在的な火種は、もはや影響領域の周縁にある問題ではなく、主権に関連する問題として中心的な位置を占めるに至っていると強調する。中国にとっては、それは台湾と南シナ海であり、また、ラダック東部、中国が南チベットと主張するアルナーチャル・プラデーシュ州である。インドとパキスタンにとっては、それはずっとカシミールである。同氏は、核のリスクを管理するための将来の2カ国間、3カ国間またより広い範囲での対話の可能性を評価するとともに、新たな提案が新たな政治的現実を構成しなければならないと強調する。
サルマン・バシールは、アメリカが中国の地経学的アウトリーチに対して地政学的な対応を構築するにあたり、インドがこれに加わることでアジア太平洋地域がグローバル・パワーポリティクスの新たな舞台となっていると主張する。同氏は、インド、 パキスタン、中国の戦略的優先事項、各二国間関係の主要な要素、この地域内における各国の役割、各種の同盟関係と大国間競争の地域的意味合いを指摘する。同氏は、インドとアメリカの防衛パートナーシップがインドと中国の関係悪化をもたらし、パキスタンとインドの間の希薄な戦略的バランスも乱していると主張する。バシルは、中国とインドの間で核の紛争は考えにくく、国境紛争は政治の意思をもって平和的解決が可能だと主張する。パキスタンの新たな地経学的パラダイムも、インドとの地域間協力に向けた道を開く可能性があるとする。
プラカシュ・メノンは、中国・インド・パキスタンの核のトリレンマは、核兵器をめぐるグローバルな環境に由来する力によって形づくられており、したがって、核兵器の有用性という堅固な信念に基づいている、より広くグローバルな核兵器ジレンマの一部として対処しなければならないと主張する。同氏は、クラウゼビッツのエスカレーション・モデルを用いて、インド・パキスタンおよび中国・インドの両2国間関係における核戦争の最大の危険は、小さな事象で始まるかもしれないものの、状況がコントロール不能になりうる紛争のエスカレーションをコントロールすることができない点にあると主張する。領土的主張は実力行使によって解決すべきでないという認識を受け入れることが、これら3カ国間の戦略的関係を特徴づけるはずである。同氏は、核戦争の危険性について認識を広げること、および世界規模の核先制不使用条約を検討し推進することを提言している。
戸田記念国際平和研究所の英語版ウェブサイト上の各記事へのリンクを設けており、全文を参照できる。
ラメッシュ・タクール教授 は、戸田記念国際平和研究所で協調的安全保障および軍縮プログラムを担当する上級研究員である。オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授であり、過去には国連事務次長補も務めた。
シャタビシャ・シェテイは、APLNの事務局長である。同氏はELN(欧州リーダーシップ・ネットワーク)の共同創始者の一人で、前副ディレクターでもある。
ワヘグル・パル・シン(W.P.S.) シドゥ博士は、臨床教授であり、ニューヨーク大学プロフェッショナル教育スクール(SPS)グローバル・アフェアーズセンターで国連(UN)専門部門を指導している。