政策提言

(政策提言 No.117)

2021年10月19日配信

人類の安全保障:新たな定義とグローバルな行動要請の機運

デニス・ガルシア

 本稿(Denise Garcia著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.117「人類の安全保障:新たな定義とグローバルな行動要請の機運(Warming to a New Definition and Call for Global Action: Humanity’s Security)」(2021年10 月)に基づくものである。

 本政策提言は、パンデミック後の、気候変動の影響を受けた世界がもたらす人間の安全保障への課題に対処するためには、「安全保障」を理解する新たな方法が必要であることを論じたうえで、将来の行動に向けた分野横断的な青写真を提案する。

 「安全な」世界の創出という意味では、各国政府は優先順位を誤っている。パンデミックは、備への欠如が国際システムの安定性にとって現実に何を意味するかをあらわにした。軍隊は、いかに最強の軍隊であっても、ウイルスを封じ込めることはできなかった。現在のポストパンデミックの世界秩序において、人間の安全保障に将来大規模な損害が生じるのを防ぐため、相互に強化し合う基盤としての自然と環境を保全することは、必要不可欠である。脅威の規模を踏まえると、安全保障に対する考え方を地球における生存条件の維持を優先する包括的アプローチへとシフトさせる必要がある。

 歴史的に安全保障とは、主要国間の戦争がないこと、そして明確な敵による軍事的脅威や挑発がないこととして一般に理解されてきた。このような理解によれば、安全保障を追求する核心は、軍事的脅威から国土を守るための武器の調達である。

 人間の安全保障の登場は、安全保障という課題に対する国家中心の視点がもたらす不満と不十分さがきっかけとなり、新たに安全保障の概念を拡大するものであった。国家から人間へ、この初めてとなる安全保障概念の拡大には、環境や食糧の安全保障といった多様な新しい脅威、環境保護、そして、個々の人間を考慮に入れるといった概念深化が組み込まれた。

 人間の安全保障という概念がもたらした広範かつ発展的な枠組みは、安全保障の実現をより幅広く包摂的に検討し、実施することを国家に迫っている。国連憲章は国家に対し、軍備の規制を通した平和維持を義務付けている。国連事務総長は「共通の未来を守るために: 軍縮のためのアジェンダ」において、「今世紀における人間の安全保障の実現に寄与する、持続可能な安全保障の確かなビジョンを確立する」という最終目標を達成するため、人間の安全保障という概念の継続的発展を呼びかけた。

 国際レベルでは、国連憲章は安全保障理事会(安保理)に対し、安全保障への脅威を国際秩序に対するリスクや危険から生じるものとして判断する任務を課している。国連の創設後、国際秩序は変化し、急速に複雑なものとなった。この新しい世界秩序において、数十年にわたり安保理はどのようにその行動を変えてきたのか、そして人間の安全保障を守るという役割に適合させるにはどうすればよいかを理解することが重要である。安保理は、「平和と安全保障への脅威」と見なされるものへのアプローチを五つの点で変更しており、世界秩序の転換を反映するとともに、国家安全保障への脅威以外の新たな脅威に対応している。

  1. 安保理は、大規模な人権侵害とその結果生じる人道的悲劇を平和と安全保障への脅威と見なし始め、そのために、法的拘束力を有する新たな決議案を採択している。
  2. 安保理は、二つの特別法廷、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所(ICTY)とルワンダ国際刑事裁判所を設置した。国連は、シエラレオネ特別裁判所、カンボジア特別法廷、その他の設置にも関与している。
  3. 平和維持活動が変容している。国連平和維持要員は、当初、和平合意を実施するために派遣され、次いで紛争時の支援活動のために派遣された。より最近では、紛争を鎮圧し、まだ不安定な地域で公共の安全と治安を構築することにより、文民を保護するために派遣されている。
  4. 安保理は、地球規模の課題である気候変動を平和と安全保障への脅威と受け止めるようになった。気候変動と安全保障との関連性を検討する初めての安全保障理事会会合は、2017年4月に開催された。そして安保理は、気候変動が政治的安定性に悪影響を及ぼし、社会の予測不可能性を高め、脅威の増幅要因であることを認めた。
  5. 安保理は、国際立法機関としての役割を果たしている。2001年の米国に対するテロ攻撃の後、安保理は決議第1373号を採択した。これは、15カ国の理事国からなる下部組織「テロ対策委員会(CTC)」の設置などを定めるものである。CTCは今もなお、テロと闘う国際体制において活動の中心となっている。

 ほとんどの国の政府は安全保障の焦点を見誤っており、そのために安全保障を誤解している。世界の軍事費が増加し続ける一方、国境紛争は減少しており、政治不安や社会不安が着実に増えている。

 今こそ、安全保障の概念は「人間の安全保障」から「人類の安全保障」へと、2度目の拡大を遂げるべきである。二つの要因が、この行動要請を加速している。第1に、地球規模で環境を改変させる人類の能力は、人類が地球の生態系の限界、すなわち地球上で安全に生活できる限界を超えてしまうというリスクがあることを示している。第2の要因は、パンデミックである。パンデミックは、あらゆる国の人々がつながり、その全ての人々の安全と密接に関連しているという認識を加速した。

 気候変動とパンデミックは人類の生存に対する人為的な実存的脅威であり、それは、安全保障に関するわれわれの考え方や実践のし方を根底から変えた。また、老朽化が進む大量破壊兵器システム(特に核兵器)を維持し、新たな兵器を開発するために毎年法外な額を費やすことは、人類と自然が直面している脅威に対処するためにはほとんど役に立たない。

 現代世会に迫る巨大な脅威と、時代遅れの防衛策―防衛・軍事力、地政学的パワーバランスの強調―との間には矛盾がある。安全保障のイデオロギー、すなわち国家安全保障や自助努力を守るというイデオロギーは、気候変動やパンデミックに起因する脅威を国家が責任を負うべき問題として考慮しておらず、それを考えると矛盾はなおさら明白である。

 人類の安全保障を推進するという目標に基づくグローバルな集団行動の枠組みを構成する要素として、筆者は三つのことを提案する。国家は、資源をプールし、将来の世代と生態系を保護し、分野横断的な青写真に従って予防的に取り組む必要がある。

資源の管理

 人間の安全保障という概念を活性化させる前提の問題として、国家がグローバルな性質の問題にますます対処しきれなくなっているということだ。従って、一貫して体系的に資源を管理することが、世界レベルでの非効率の連鎖を断ち切る賢明な方法であると思われる。

 各国の人々の安全保障と福祉や各国の活力といったものが、一致した行動によって向上することが十分に認識されたなら、全ての国がより良い状態になるだろう。脅威への相互依存度が高い世界において、全ての人の安全保障は一人一人の安全に依存している。 従って、唯一進むべき道は、お互いがそれぞれの強みと能力を生かした極めて協調的な取り組みを通してそのような脅威を検討し、これに立ち向かうことである。

将来世代の保護

 現在および将来の世代を保護するために、人類の安全保障を求めることへの呼びかけは、その世代の権利と義務への取り組みを含むグローバルな協力を求めることを表している。

 人間の安全保障という考え方は、近年新たな国際軍縮条約に表れている。つまり、かつては変化を受けにくいと考えられていた安全保障の分野に確かな足掛かりを得たのである。軍縮は人間の安全保障を強化し、人権、安全保障、国際人道法など、以前は別々だった分野を統合することにより、共通の利益に貢献する。共通利益のための原則に基づく行動を中心とする協調努力が存在する場合に、協力が生じ得る。

予防措置と分野横断的な青写真

 一般的に、国際関係は、予防的または事前対応的であるというより事後対応的になる傾向がある。予防原則は、深刻さが不確定な将来の問題に対処するための貴重な枠組みとなる。

 安全保障の概念は、単なる国益の問題ではなく共通の利益の問題へと徐々に発展してきた。国連が導入した先駆的な規範は、全ての人の相互利益と共通利益を保証する。国連の国際基準は、目を見張るべき集団的成果を表している。人類の安全保障を実践して共通利益を高めるため、今こそそれらの基準を強化し、更新するべきである。国連持続可能な開発目標(SDGs)は、それを実現するための具体的なグローバルマップを提供する。人類が今日直面している全ての実存的リスクは、いかなる国であれ一国の手に負えるものではない。最善の防御手段は、集団行動である。

 発生が予想される最悪の事態を避けるための青写真の一環として、予防措置を講じなければならない。人類の安全保障を高めるためのいかなる枠組みにおいても、下記のような分野横断的な関連性について取り組まなければならない。

  1. 生物多様性喪失と野生生物取引の防止および抑制。森林破壊と野生生物取引の管理がパンデミックの予防になり得る。疾病発生の頻度が増加していることは、気候変動や生物多様性喪失と関連している。
  2. 気候変動と生物多様性。疾病発生の頻度は着実に増加している。多くの動向がこの増加に寄与しており、例えばグローバルな旅行、貿易、結び付きの増加、高密度居住などがあるが、気候変動および生物多様性低下との関連性が最も顕著である。
  3. 森林破壊。森林破壊は、過去20年間に着実に拡大しており、エボラ出血熱、ジカ熱、ニパウイルス感染症の発生に関連している。森林破壊により野生動物が本来の生息地を追われて人間集団に近づき、動物から人間へと感染が広がる疾病、人獣共通感染症が発生する可能性が高まる。

 現在のポストパンデミックの世界秩序において、人類の安全保障を確保することは必要不可欠と見なされるべきである。生態系全体の健全性に将来大規模な損害が生じるのを防ぐため、自然と環境を、相互に強化し合う基盤として保全することが必要である。

 国際関係は変化しにくいが、不変あるいは変更不能なわけではない。活動家、知識ある市民社会、科学者らのたゆまぬ努力は、新たな考え方や規範の台頭を通して変化をもたらす可能性がある。気候変動やパンデミックの予防は、国家やグローバルガバナンス機関の実務的、財務的、技術的、政治的な能力では到底及ばないことが多い。人々は、知識、政治的安定、経済成長の恩恵を追い求め、それらはますます不可欠なものになっているが、依然としてその配分は不均衡である。全ての人に繁栄と正義をもたらす実用的かつ革新的なソリューションをグローバル機関が提供できない現状を前に、格差と不平等の拡大はますます深刻化する可能性が高い。それゆえに人類の安全保障が喫緊に必要とされている。

 本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.117の要約版である。

デニス・ガルシアは、米・ノースイースタン大学の経験ロボット工学研究所教授。ロボット兵器規制国際委員会副議長、自律型兵器の規制に関する国際パネル(ドイツ外務省)メンバー、自律インテリジェントシステムの倫理に関する電気電子技術者協会グローバルイニシアチブのメンバーを務める。自律型致死兵器とそれらが平和と安全保障に与える影響に関して国連で証言を行った。2006年にノースイースタン大学教授に就任。それ以前には、ハーバード大学ベルファー科学・国際問題センターで3年間、また世界平和財団(国内紛争プログラム)で研究を行った。著書:Small Arms and Security: New Emerging International Norms、Disarmament Diplomacy and Human Security: Norms, Regimes, and Moral Progress in International Relations。フォーリン・アフェアーズ誌、欧州国際安全保障ジャーナル、インターナショナル・アフェアーズ誌他に論文掲載。

https://www.foreignaffairs.com/authors/denise-garcia

https://www.nature.com/articles/d41586-020-02460-9

https://www.northeastern.edu/cssh/faculty/denise-garcia