協調的安全保障、軍備管理と軍縮 (政策提言 No.52)
2019年10月11日配信
世界秩序と軍備管理
デイビッド・ホロウェイ
本稿(David Holloway著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.52「世界秩序と軍備管理(World Order and Arms Control)」(2019年10月)に基づくものである。
序論
世界秩序をめぐる現行の議論は――民主主義の後退やポピュリズムの台頭、保護貿易主義の拡大、国際機関の弱体化が示しているように――現在の秩序が衰退しているとの広範な認識を反映している。私たちは今、技術の劇的な変化、人口動態の大幅な変動、そして気候変動を目の当たりにしている。これらの課題を前にして、世界秩序の問題への対応が新たな急務となっている。
世界秩序について考えるとき、まず歴史的に、国際制度の様々な様相の連続として、あるいは概念的に、一つの帝国として、二極システムとして、あるいはグローバリゼーションなどの視点でとらえることもできる。第二次世界大戦の終結時に創設された世界は「ルールに基づく」ものであると表現されることが多い。これが今、大国政治の世界秩序に取って代わられつつあるとの主張がなされることがある。換言すれば、米国の優位性が弱体化しており、他の大国の権力と影響力が大きくなっているのだ。
世界秩序へのこうした特徴付けを受け入れるかどうかにかかわらず、「私たちは移行点に差しかかっているものの、どこに移行するのかは不明である」との見方がある。このペーパーでは、核兵器問題に関連した不確実性に焦点を当てる。
ルールに基づく秩序
「ルールに基づく」世界秩序の起源は一般的に第二次世界大戦にさかのぼる。しかし、この普遍的な世界秩序のビジョンが冷戦の二つの競合するモデルによって補完され、部分的に取って代わられるのに長い時間はかからなかった。冷戦下では世界秩序は二極化され、二つの超大国とその同盟国が支配していた。両同盟陣営は、程度の差はあれ、経済的・政治的原則へのコミットメントを共有し、共にそのコミットメントを全世界に拡大したいと考える一方で、敵対陣営が支持する原則には共通の敵意を抱いていた。
ソ連の崩壊は冷戦だけでなく共産主義の終焉をも示すとの考えが西側で広範に受け入れられていた。つまり、異なる秩序同士の競合はなくなり、今やたった一つの秩序しか存在しなくなるだろうとみられていた。「民主的な平和」という主張が米国で人気を集めた。民主的な世界は平和な世界になるという考えである。
こうした希望は(いまだ)実現していない。民主化の第三の波は失速した上に逆行してしまった。グローバリゼーションは強力な政治的反応を引き起こしている。貿易戦争は貿易自由化の取り組みを凌駕している。力によって民主主義を広める試みは、悲惨な結果とは言わないまでも、不成功だったことが判明した。
冷戦の終焉は「ルールに基づく」秩序に適用されるべきルール間の緊張を拭い去りはしなかった。主権はその緊張にまつわる焦点の一つである。例えば、北大西洋条約機構(NATO)による1999年のコソボ紛争介入は国連安全保障理事会の承認を得ておらず、国際社会(どのような定義であれ)が主権国家への強制的な介入を正当化される状況をめぐり広範な議論を引き起こした。
この議論は、主権について“領土の支配”から“国家責任”へと再定義する方向に進んだ。つまり国家が主権を享受することは、自国民に対してだけでなく他の国家に対しても自身が責任ある振る舞いをする限りにおいてのみ可能であるということである。「保護する責任」の概念は、国家は例えば自国民の人権を酷い方法で侵害すれば介入を受けることを意味する。ここから、こうした介入の承認、国家間の力の格差、執行メカニズムの弱さをめぐる重大な疑問が突き付けられる。
「ルールに基づく」世界秩序における協調的安全保障
原子力を国際的な管理下に置くための交渉が国連、具体的には国連原子力委員会の下で、1946年6月に始まった。1950年代の半ばから後半にかけて変化が始まり、米ソ両国が参加した初の公式な核合意は1957年の国際原子力機関(IAEA)憲章だった。
1960年代に入ると、交渉の指針的な概念として軍備管理が軍縮に取って代わり、米ソの戦略的安定性(双方とも先制攻撃によって相手側の反撃能力を破壊できない状況と定義される)の向上を目指した。公式交渉の結果、1972年の戦略兵器制限交渉(SALT)の協定調印となり、その後2010年まで交渉が多少なりとも継続された。最終的には、双方の配備戦略核弾頭数を1980年代初頭の1万発強から1550発に削減できた。
すべてが順調に行われたわけではないが、ほぼ50年間にわたった戦略的軍備管理は第二次世界大戦後の世界秩序における安全保障面の最も重要な新機軸の一つであり、世界に予測可能性と安心をもたらすとともに、合意の履行をめぐる紛争解決の制度的メカニズムを提供した。
世界の核秩序については概して二つの主要な要素から成ると考えることができる。一つ目は「核技術を用いた武力行使のための管理されたシステム」で、核抑止の安定化を目指すものである。二つ目の要素は「核技術を軍事的に断ちつつ民間を関与させるための管理されたシステム」で、より多くの国家への核兵器拡散の防止を目指す。これは核拡散防止条約(NPT)および関連の合意を指しており、世界秩序の観念、つまり核拡散の世界では米国が国際政治で中心的立場を維持するのが不可能になるかもしれないということと密接に関連している。
ルールに基づく秩序の衰退
一つの世界秩序から別の世界秩序への移行は漸進的であいまいに見える。世界秩序の状態の一つがほつれると、別の状態が現れ始めるのだ。
1945年以来、核兵器は戦争で使用されておらず、核兵器を保有する国家の数は予想を下回っている。こうした結果は部分的には上述の核秩序によるものだが、かなりの幸運にも支えられている。その秩序は現在、深刻な問題に直面している。中距離核戦力全廃条約はすでに失効した。米国とロシアの間では、2010年の新戦略兵器削減条約(新START)の調印以降、新たな戦略兵器条約の交渉は一切行われておらず、新STARTの延長も保証されていない。
双方とも2国間の軍備管理交渉の再開にはほとんど関心がないように見える。一つの理由は確証破壊に必要な能力の計算などの戦略的安定性(上述の定義による)が軍備管理の交渉で重要性を失ったことにあるようである。専門家の多くは、もはや戦略的安定性にそのような定義付けができないと考えている。核技術と人工知能(AI)の質的な進歩は不確実性と予測不能性をもたらす。加えて、米国とロシアは他の国(特に中国)の核戦力も考慮に入れられるように多国間交渉への移行を呼びかけてきた。私たちが知っているような軍備管理は終わりを迎えているのかもしれない。
軍縮に向けた動きが無制限に延期されれば、核拡散防止体制はその正当性を喪失するのだろうか。核兵器禁止条約に核兵器保有国が反対し、署名国による批准の足取りが鈍いことから、同条約によって核兵器の禁止という望ましい目標に速やかに導かれることはないだろう。軍備管理が終焉を迎えるならば、合意を支えた前提 も消えるのか、それとも依然、有効なのか。
軍備管理以外に、ここで少なくとも留意はしておくべき核問題が二つある。一つ目は核物質の安全および保安である。二つ目は核兵器使用の可能性を大きくしかねない軍事ドクトリンが採用されたように見える(もしくは少なくとも採用を非難する向きがある)ことである。主張とそれに対する反論は相互の誤解と誤算につながる恐れがあり、その結果、偶発的な戦争の危険性が大きくなる。
未来について考える
国際国家システムや経済のグローバリゼーション、サイバースペースなど継続性を確保するための要素や、気候変動やパンデミックなどのグローバルな課題があるにもかかわらず、世界秩序は流動的で、それに置き換わるものが何であるのか明確ではない。こうした状況下では、ヘンリー・キッシンジャー氏が指摘しているとおり、「あらゆることが(中略)未来に対する何らかの概念に依存する」のである。
この点について詳しく述べるには、次の四つの疑問が有用かもしれない。第1に、私たちがとるべき道は、決まった未来に関する共通のビジョンを表現し実行することが可能か否かを問うことであり、それによって時に未来に関する特定の概念を世界に対して強いる取り組みを後押しすることではない。より生産的なアプローチとは、共有するある未来の、あるビジョンを探ることである。この両者の違いは極めて重要なものである。関係者は、自分たち以外が耐えうる未来、そして個々の者にその未来とともに生きられる場所が提供される、そのような未来について明確に説明することができるのか、かつ、そうする意欲があるのか。
ここから二つ目の疑問が生まれる。すなわち信頼性に関するものである。関係者は互いに信頼し、共通の未来に向け、コミットメントを順守し必要な措置を取れるのか。信頼は協力し合う人々が共通の利益を持っているとの信念に根差すかもしれない。しかし、信頼についてはもっと豊かな概念がある。それは、信頼は持続的な関係へのコミットメントに由来するというものだ。すなわち「私があなたを信頼するのは、適切な方法で私の利益に注意を払うことがあなたの利益にもなると思うから」である。
三つ目の疑問は「損失の受容」に関するものである。新世界秩序ではすべての関係者が欲しいものを手に入れられるわけではない。関係者は新秩序の形成に際して必要な妥協をする用意があるのか。
四つ目の疑問は正義に関するものである。関係者は、正義が成り立つための要件であると自らがみなすものに合致しない合意を受け入れることができるのか。新世界秩序に残りがちな最も深刻な不正を緩和あるいは是正するために積極的に協力するのか。秩序を押し付けるだけならば原則的には可能だが、秩序の安定には正当性が必要になるだろう。
これらの広範で複雑な疑問に極めて概要的な方法で取り組むならば、協調的安全保障について以下の点を示すことができる。第1に、主要な核兵器保有国の政治指導者は核戦争が壊滅的な結果に終わることを理解しているという意味において、共通の未来へのコミットメントがある。第2に、主要な核保有国の指導者間には信頼の基盤がある。彼らはこれまで、核戦争が壊滅的な結果に終わるという相互理解を共有し、指導者間の関係が続くことを望んできた。第3に、「損失の受容」は極めて困難である。それは一つには、国際政治が流動的で、損失が生じても穴埋めは可能であるとの期待が生まれるのを許してしまうからである。第4に、核拡散防止体制は差別的な体制である。それは国家を二つの階級に分かつが、ほぼ50年間にわたり機能してきた。というのも、この体制はほぼすべての国家が望むことをやってくれているからだ。つまり核兵器拡散に歯止めをかけるのに貢献しているのである。
これは、限定的な核戦争が起きないことや、誰も望まないのに大きな核戦争が起きる可能性がないことを意味しているのではない。こうした戦争は偶発的に、あるいは誤算によって、あるいは勢力関係の変化や協議メカニズムの弱体化の結果、起こり得るのだ。
何をなすべきか
この議論に照らせば、どのような提言ができるだろうか。
- 新STARTの2026年までの延長は、二つの主要な核保有国であるロシアと米国が核分野における両国関係を管理する取り組みに引き続き関与するとともに、理想的には多国間交渉の機会を切り開くことに積極的であるとのシグナルとなるだろう。
- 2国間の軍備管理の展望は限定的かもしれないが、2010年から2016年にかけて4回にわたって開かれた核安全保障サミットをモデルにした多国間交渉の環境が整っていると思われる。
- 2007年の「ギャング・オブ・フォー」(4人の元米政府高官)による呼びかけに基づき核軍縮専門の「共同事業」を創設する。当面は20~25カ国の首脳会議とするが、最終的にはすべての核兵器保有国を加える。
- 核兵器禁止条約に対応してトランプ政権により打ち出されたイニシアチブ「核軍縮のための環境創出(CEND)」の遂行。安全保障環境の改善と核兵器保有国間の戦争可能性の軽減を図る方法を議論するため、2019年7月にワシントンで会議が開かれ、42カ国(ロシアと中国も含む)が参加した。
- 核軍縮に向かう動きと安全保障環境改善の取り組みは、核拡散防止体制を維持・強化し、中東にみられるような核に関連した危険な動きを抑制するうえで、より好ましい状況をもたらすだろう。
ここに一つのパラドックスが存在する。私は「ルールに基づく」秩序が損なわれた状況の中で協調的安全保障の可能性を存続させる方法として、世界秩序を自由民主主義的に捉えるうえで特徴的にみられる手法を採用することを提言しているのである。
本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.52の要約版である。
デイビッド・ホロウェイは、スタンフォード大学でレイモンド・A・スプルーアンス記念講座教授(世界史)、政治学教授、フリーマン・スポグリ国際問題研究所の名誉シニアフェローを務める。ケンブリッジ大学で学士号、修士号、博士号を取得。ランカスター大学、エジンバラ大学で教鞭をとった後、1986年にスタンフォード大学に移籍し、国際安全保障・協力センターの共同所長(1991~97年)、フリーマン・スポグリ国際問題研究所所長(1998~2003年)を歴任。主な著書は『The Soviet Union and the Arms Race(ソビエト連邦と軍拡競争)』(エール大学出版局、1983年)、『Stalin and the Bomb: the Soviet Union and Atomic Energy, 1939-1956(スターリンと原爆)』(エール大学出版局、1994年)など。現在は核兵器にまつわる世界史に焦点を当てた研究を行っている。