政策提言

北東アジアの平和と安全保障 (政策提言 No.186)

2024年03月01日配信

中国を理解する:神話と現実

ヒュー・マイアル

 世界全体と特に東アジアで緊張が高まるなか、戸田記念国際平和研究所は国際研究グループを招集し、北東アジアにおける安定的平和の見通しについて議論を行った。研究グループは、中国、韓国、日本、モンゴル、そして世界各国の研究者や外交官からなり、2023年11月16日~19日に東京で会合を行った。

 時を同じくして、習近平主席とジョー・バイデン大統領のサンフランシスコ・サミットが2023年11月15日に開催された。習主席は4時間にわたる会談の中で、米国と中国は選択に直面していると述べた。それは、「手を取り合って世界の課題に対処する」か、「ゼロサム思考にしがみつき、競争と対立を煽り、世界を混乱と分断に駆り立てる」か、どちらかの道である。

 世界は転換点にあるというこの感覚は広く共有されている。一方の道はブロック化、軍拡競争、ホットスポット炎上のリスクへとつながる。もう一方の道は、相互共存、自制、理解の向上、共通の課題に対する交渉によるアプローチへとつながる。

 一方の選択は、中国の台頭に経済的、軍事的に対抗するというものだ。もう一方の選択は、米国や他の大国とともに、グローバルガバナンスにおける中国の役割を受け入れる国際秩序を改めて協議することである。

 北東アジアはこのような選択の差がとりわけ明白に表れる場所である。協調がもたらし得る利益は大きく、対立がもたらし得る損失は非常に大きい。戸田記念国際平和研究所は、中国と米国およびその同盟国の暴力的衝突を回避し、地域における協力を前進させることを目的として、今回の会合を開催した。

 参加者らは、地域内の関係が最近悪化している理由を検討し、今後に向けた前向きなステップとして多岐にわたる提案を行った。戸田記念国際平和研究所はこれらのトピックについて3カ国共同研究グループによる検討を行い、政策提言を作成するとともに、さらなる会合の開催を決定した。これが、中国と西側諸国の安全保障上の懸念に平穏かつ慎重な形で対処し、信頼をもたらすことができるプロセスの端緒となることが望まれる。

 研究グループが検討した問いは、以下の通りである。

  1. 2017年から2023年のG7まで、最近の関係悪化を説明するものは何か? 地域の平和を脅かす主な要因は何か?
  2. 国家と世界の安全保障、開発、文明間の対話に関する中国の視点は、東アジアの平和を守るためにどのように寄与し得るか。また、それらは近隣諸国の視点とどのように補完し合い、あるいは相反するか?
  3. どのような規範や制度が、北東アジアにおける協調的安全保障と協力関係を促進し得るのか? 地域の国々は、平和な現在を生み出すために痛ましい歴史に取り組むことをいとわないだろうか?
  4. 地域における信頼をどのように構築し得るか。また、東アジアの安全保障構造は海上衝突、領土紛争、核リスクを予防し得るか?
  5. より上位のグローバル課題(気候変動など)に関する協力は、どのように建設的な取り組みに寄与し得るか?
  6. 地域に安定的平和を構築するという共通の目標に向かう、最も重要な次なるステップは何か?

 本報告書では、議論の大筋をまとめたうえで、今後の研究に向けた政策的提案を明らかにする。

 中国人の視点では、北東アジアほど危険でありながら、有望な地域はない。地域に関与する7カ国(中国、北朝鮮、韓国、日本、モンゴル、ロシア、米国)は、軍事面、経済面、イデオロギー面の多様性が大きい。

 歴史を通して、東アジアの地域秩序には再三にわたる転換があった。第2次世界大戦後、日本を破って占領した米国が、地域秩序を形成する支配的国家となった。冷戦が進展すると、米国、日本、韓国、中国国民党支配下の台湾は、ソビエト連邦、モンゴル、北朝鮮、中国に反目するようになり、その対立が朝鮮戦争をもたらした。この時期に、北朝鮮と韓国、共産主義の中国本土と国民党支配下の台湾の分裂が生じた。1960年代には、中国とソ連の不和が2極構造の対立に変化をもたらした。1970年代から、中国と米国の関係改善が東アジア地域のダイナミクスを変容させた。中国と日本が国交を回復し、1978年に平和友好条約を締結した。1980年代には、日本や「アジア四小龍」の後に続き、中国は経済を改革・開放した。その後は東アジアの長い平和が続いた。1989~91年、ソ連崩壊とともに冷戦が終結し、中国とロシア、中国とモンゴル、中国と韓国の国交が正常化した。それに続いて、中国、韓国、日本には、引き続き政治的相違があるものの、地域統合と経済発展の新たな波が広がった。次のターニングポイントは2010年、中国のGDPが日本を追い越したときに訪れた。

 それ以降、米国、日本、中国の間には相互不信のスパイラルが生じている。中国は、米国がアジア太平洋地域における米国の覇権を維持するために、中国の台頭を阻止しようとしていると感じている。日中平和友好条約の土台は、日本の首脳らの靖国神社参拝、2010年の中国人漁業者拘束、2012年の日本による尖閣(釣魚)諸島国有化、そして日本の台湾に対する「親友」外交によって揺るがされた。中国側の目から見ると、日本の右傾化と軍国主義化は加速している。一方、日本は、中国の経済発展に圧迫を感じ、中国の海上能力の発達に脅威を覚え、中国が地域における中国覇権の序列を復活させようとしていると懸念している。歴史的記憶、利害の衝突、未来への懸念が全てないまぜになって、ナショナリズム、イデオロギーに覆われた、勢力争いの激化をもたらしている。

 中国の人々は中国の平和的台頭を望んでいるが、それは確約されたものではなく、他の国々に左右される。その複雑性や各国間の関係が悪化していることを考えると、歴史的現実を尊重しつつも、地域について枠にとらわれない考え方をすることが重要である。人々の心の底の感情や歴史的経験に配慮する必要がある。

 米中関係は、北東アジア地域の安定性を決定する極めて重要な要因である。1972年から1989年まで、中国と米国は暗黙のうちにソ連に対抗する戦略的協力関係にあり、地域は安定していた。2000年に、共和党は米国と中国の緊密な経済関係を批判し、ジョージ・W・ブッシュ大統領は中国を戦略的競争相手と呼んだ。それでもなお、米中の協力関係は続き、もはやソ連の脅威に駆られてではなく、テロと気候変動に対する共同の取り組みを基盤としていた。しかし、トランプ政権が誕生して貿易戦争に乗り出すと、その関係は損なわれた。その後間もなく、コロナウイルスの大流行によって人的交流は制限された。トランプは「戦略的競争」というレトリックを使って反中国的行為を正当化し、米中関係は新たな冷戦へと押し流されていった。バイデン政権はこのダイナミクスを変えるだろうと思われたが、それどころか「戦略的競争」のレトリックを使い続け、敵対的政策を追求し、中国を国際体制から追放しようとした。

 関係悪化を促進した要因は四つある。報復的行動、軍事的・戦略的競争、ブロック化の潮流(中国は同盟政治に抵抗したが)、そして東アジアのホットスポット問題である。これらの問題については近年解決に向けた進展がなく、その破壊的な勢いはなおも強まっている。

 地域の国々は武力紛争を求めていない。もちろん中国も求めていない。中国の焦点は成長、生活水準の向上、平和な環境の追求である。しかし、武力紛争は、それを引き起こす意図がなくても勃発する可能性があり、国同士が互いの越えてはならない一線を無視すれば、約束は破られる可能性がある。

 人的交流は、紛れもなく重要である。経済的相互依存を深め、生産チェーンを相互に連結することは、双方にとって不可欠である。しかし、中国のファイアウォールは、デカップリングを引き起こしている。TwitterやFacebookを利用する中国人はほとんどいない。Weiboを利用する欧米人はほとんどいない。そのため、デジタルコミュニケーションが両者の間にくさびを打ち込んでいる。

 中国は台湾と南シナ海の小島嶼を取り戻すことにあまりに集中するようになったため、それが米国やASEAN諸国の反発を引き起こしている。中国は、これらの問題を強調するあまり、自らの利益を損なっている。台湾で戦火が起これば、それに続いて非常に激しいデカップリングが起こるだろうし、それは中国に害を及ぼすことになる。

 日本の近代化の成功と失敗から学ぶべき教訓は、数多くある。軍国主義と好戦的愛国主義を経験した後、日本は、他の国々に意志を押し付けないことを学んだ。日本は、紛争を武力で解決するべきではないという国連の原則に同意している。平和的な国際社会とは、全ての国が非暴力的・非物理的手段で紛争に対処することを合意する社会である。

 日本の懸念は、中国が武力による圧力や威嚇を使用し始めているということだ。中国の指導者らは、中国が覇権国家になることは決してないと言う。そうであるなら、中国は他国に意志を押し付けるべきではない。

 中国の国家安全保障の概念は、1949~2012年に主流であった伝統的な安全保障観から、「グローバル安全保障イニシアチブ」に表明される非伝統的概念へと発展した。これによって中国は、共通の包括的・協調的・持続可能な安全保障像、全ての国々の主権と領土保全、国連憲章の目的と原則の尊重、全ての国々の正当な安全保障上の懸念の尊重、対話と協議を通した相違や紛争の平和的解決、伝統と非伝統の両面における安全保障の維持を約束したことになる。

 中国は、国連の権威を支持し、真の多国間主義を実践し、地域および準地域レベルの安全保障構造を統合し、平和的共存に基づく外交政策を追求することによって、これらの約束を実現しようとしている。ホットスポット問題については、説得と対話を通して政治的解決を図ろうとしている。世界の開発と安全保障のバランスを取り、グローバル・ガバナンス・システムの改革を主導することを望んでいる。

 中国が提案する地域の安全保障構造には、上海協力機構、BRICS協力、アジア相互協力信頼醸成措置会議(CICA)、「中国+中央アジア5カ国」メカニズムなどを包含している。中国は、同盟ではなく友好に基づく地域秩序を構想しているのである。

 中国の新たな安全保障概念は、一連の演説と文書によって紹介された。2014年、習近平は「総体国家安全観」を提起した。2014年5月、習近平は「新アジア安全保障観」について詳述した。2017年、国務院情報弁公室は「中国のアジア太平洋安全保障協力政策」に関する白書を発表した。2021年には「グローバル開発イニシアチブ」が発表された。2023年、中国は「グローバル文明対話(Global Civilization Dialogue)」と「グローバル安全保障イニシアチブ・コンセプトペーパー」を発表した。

 清華大学が2022~2023年に実施した世論調査によれば、中国の国民は現在の自国の安全保障状況について、どちらかというと楽観的な見方をしている。彼らは中国の国際的影響力が増大すると期待しており、政府が外交政策において比較的安定した路線を進むことを望んでいる。主要な安全保障問題についてはある程度深い懸念を抱いているが、平和的解決を好む傾向がある。グローバリゼーションに対して前向きな姿勢を持ち、開放政策と国際協力を強化することによって安全保障問題を解決することを期待している。

 中国は、独立、開発、安全保障を重視する。共通の安全保障を実現するために国際社会と密接に協力しようとしている。中国の国民は、抵抗、自己孤立、中国と他国の間の認識ギャップを避けたいと思っている。中国は、多国間主義と安定した開放的な秩序を促進しようとしている。

 中国人は、戦争の、そして1840年から1世紀間の痛ましい記憶を持っている。植民地大国が中国を侵略し、その主権を侵害した時期である。だからこそ中国は現在、主権を非常に重視している。中国人は多少の怒りを抱いてはいるが、和解を求めている。

 中国のイニシアチブは重要であり、米国はそれらを貶めたり退けたりするべきではない。「一帯一路」構想には、マーシャルプランと同じ精神が息づいている。

 「グローバル安全保障イニシアチブ」では素晴らしいことが約束されているが、習近平主席はそれらに対して真摯だろうか? それらは言葉だけなのか、あるいは履行されるのだろうか?

 「百年国恥」は中国をむしばみ、領土問題に関する政策を形成している。いつになったら中国は、過去の重荷を乗り越えることができるのだろうか? それが残る限り、中国は近隣国と対立する運命にある。

 中国共産党は、言うこととやることが違う。そのレトリックは国内政治においては重要かもしれないが、人々は中国の掲げる原則と実際の行動に違いがあることを知っている。

 1945年以降の秩序は、国際通貨基金(IMF)、世界貿易機関(WTO)、ブレトン・ウッズ体制によって西側に支配されてきた。このシステムには、制度設計上の欠陥がある。西側諸国はイデオロギーを優先し、WTOの紛争解決システムは十分に機能していない。

 国際秩序におけるグローバルサウス・コミュニティー、特に小国や途上国の利益は大国の利益とは異なっており、それらを強調することが東アジア共同体という考え方の価値である。東アジア共同体の概念を最初に提唱したのは、東南アジア諸国連合(ASEAN)である。それに基づいて地域的な包括的経済連携(RCEP)が発足した。その結果、東アジア地域は、欧州や中東よりも平和である。

 東アジア共同体という考え方は、相互理解に基づく包摂性、協力、和解に重きをおくことである。

 中国の「未来を共有するグローバルコミュニティー」という構想に記されたように、「多様な制度、多様なタイプ、多様な開発段階の国々が相互依存の状態にあり、互いの利益は絡み合っている。それによって世界は、各国が互いに密接に関連し合う運命共同体へと変わったのである。再び世界大戦が起これば、それは人類全体にとって破滅的であり、大国間で全面的紛争が起これば、勝利を収める者は誰もいないだろう。」

 国際情勢がより不安定になるほど、地域の中核的懸念は東アジアの安定的発展であるべきだ。地域の国々は、違いを残しながらも共通の基盤を模索し、平和的意図を忘れず、バランスの取れた外交政策を追求するべきである。

 中国は、自由主義的な国際秩序に反対しているわけではないが、それが依るべき基盤は国連であって米国ではないと考える。責任ある新興国家として、中国は、グローバル・ガバナンス・システムにおける自らの責任を果たすべきである。現代の外交は民衆の支持に基づくべきであり、従って民間外交が重要である。また、人的交流も重要である。

 北東アジア地域に対する中国の経済的寄与は、「一帯一路」構想(BRI)によって体系的に行われ、ロシア(ユーラシア経済連合)、モンゴル(「草原の道」計画)、北朝鮮(BRIおよび新北方政策)、日本(第三国における日中民間経済協力に関する覚書)、韓国(日中韓FTAに関するRCEP協定)と協定を結んでいる。

 中国と他の北東アジア諸国の貿易高は前年比で3.8%増加しており、中国はロシア、モンゴル、北朝鮮、韓国、日本にとって最大の貿易相手国である。

 RCEPは、3カ国協力の機会をもたらしている。BRIは、重要な経済的連携とローカルレベルの結び付きを生み出している。BRIは、共に計画し、共に構築し、共に利益を得るという原則に基づく開放的かつ包摂的な地域協力を提唱している。地域内の相互連携を促進する経済回廊を構築することが重要である。そのためには、北東アジアの経済中心地を結ぶ円滑な輸送・貿易網、各国政府間の環境・衛生・デジタル化に関する協力が必要である。

 「東アジア共同体」は、非常に前向きな考え方である。ネットワーク型のコミュニケーションは、周辺地域においてレジリエンスが高くなる傾向がある。それが、利益の共有と共通のアイデンティティー意識をもたらす。

 排他的ナショナリズムの政治は、いかに克服できるだろうか? 明治時代の日本のスローガンは、「富国強兵」であった。それが今日の中華人民共和国のスローガンとなるリスクがある。このようなメンタリティーに抗し、地域の発展をより広い視野で見渡すほうが良い。

 戦争を回避することが極めて重要である。紛争の平和的解決という規範について合意に達することが役立つだろう。地域においてこの規範を実施するメカニズムが必要である。

 日中歴史共同研究は、良い仕事をした。残念なことに、第2次世界大戦後の情勢を取り上げた部分の研究成果については、中国政府の反対により発表されなかった。とはいえ、共同研究に参加した研究者の間では実りある対話が進んだ。

 若者同士の交流が重要であることには、誰もが同意する。交換留学という考え方を是非復活させるべきである。日本の国会議員が中国人留学生を受け入れ、中国共産党中央委員会のメンバーが日本人留学生を受け入れられたら良いのではないか。

 北朝鮮との関係において、地域協力は重要である。六者会合は有望な枠組みだった。

 岸田首相と習主席は有望な会談を行い、専門家協議を通じて福島県の問題に対処することで合意した。日本は、BRIに協力する意欲を見せている。

 韓国は韓中日の3カ国サミットを提案したが、中国が応じなかった。

 北東アジア安全保障サミットが実現すれば、北朝鮮問題に対処する道筋になるかもしれない。朝鮮半島に非核兵器地帯を設けるという案は、今も検討中である。中国は、北朝鮮を抑えるために積極的な役割を果たすよう促されてきた。

 韓国は、シベリアにおけるBRIの展開に関心を抱いている。そこには、日本も関与してくるかもしれない。

 北東アジア地域の規範、原則、制度については、「グローバル安全保障イニシアチブ」の骨組みにどのように肉付けすることができるだろうか? 協調的安全保障の原則が何を意味するか、そして、その原則をどのようにして運用可能にするかについて合意点を見いだすことはできるだろうか? それらは、透明性、予測可能性、軍備管理の役割、危機予防、危機管理を含むべきである。

 欧州の前例を教訓として、大規模軍事演習の通知に関する地域メカニズムを設けることはできるだろうか?

 国際紛争の非暴力的解決に対する政治的コミットメントはあり得るだろうか? 中国の指導者らは、他国の指導者にそれを受け入れるよう強く勧めている。中国も同じ原則を採用し、特に台湾海峡をめぐって自制を示し、脅威の認識を抑制するべきである。

 核兵器の先制不使用に対する約束はあり得るだろうか? かつて中国は、先制不使用という考え方を推進していた。それは、核エスカレーションのリスクを低減するという点で重要な原則である。

 北朝鮮に対しては、近い将来の一歩として先制不使用を検討するよう働きかけるべきである。中国はこれを支援することができるだろう。なぜなら、北朝鮮による核兵器の軍事使用と戦術核兵器の開発を抑制することが中国の利益になるからだ。中国と他の北東アジア諸国は、この点で相補的な利益を有している。

 危機管理は重要である。地域の国々は、エスカレーションまたはディエスカレーションをもたらす方策を構成する要素は何かについて、共通の理解を構築するべきである。軍同士の対話に関する米中の2国間取り決めを地域レベルに拡大することもあり得る。信頼・安全保障醸成に関するウィーン文書や欧州通常戦力(CFE)条約に関する経験が参考になるだろう。

 南シナ海における行動規範を策定することも役に立つだろう。

 歴史的和解は重要であるが、実現は難しい。とはいえ、安全保障問題は切迫している。信頼の欠如と透明性の欠如を克服することが極めて重要である。研究者らは、現在および歴史的な不和の種をいかに抑制し、将来の有事をいかに予防するかの議論に貢献し得る。

 彼らはまた、集団的自衛権という米国のパラダイムと運命共同体の共通の安全保障という中国のパラダイムの衝突を乗り越える方法を検討することもできる。

 日本国民にとって、主要な懸念は中国の核兵器と北朝鮮の核兵器の拡大、そして台湾海峡と朝鮮半島における紛争のリスクである。北朝鮮の大陸間弾道ミサイル(ICBM)や複数(個別誘導)再突入体(M(I)RV)の能力は、米国に対する抑止力を強化するものと見られる。また、「新型戦術誘導兵器」は朝鮮半島における戦闘に向けた核兵器を示唆している。

 日本と韓国では、安全保障政策における核兵器の役割への注目が高まっている。ロシアによるウクライナ侵攻の3日後、安倍元首相が米国との「核共有」に言及し、保守派の政治家らがこの考えの支持に回った。日本の安全保障関係者らはより懐疑的で、それが拡大抑止の信頼性に寄与することはないと考えている。しかし、彼らは、核計画と脅威の評価には関与することを望んでいる。

 韓国では、調査によれば、国民の70%が核兵器の獲得を支持している。しかし、韓国の安全保障関係者らは日本のそれと同様の見解を持っており、核兵器保有を支持していない。韓国も日本も、米国の抑止力への依存を強めることが重要だと考えている。それがもたらし得ることは、日本の場合は拡大抑止の強化、韓国の場合は米軍の原子力潜水艦の韓国寄港やB52飛来であろう。

 米国は、欧州ではロシアに、アジアでは中国に、同時に対峙する必要がある。米中の軍備管理が北東アジアにおける軍備管理の主柱となるが、中国は依然としてそれに加わろうとしない。軍備管理協議に全ての関係国の参加を得ることは難しく、核武装国と非核兵器国の非対称性を考えればなおさらである。世界的に、人々は軍備管理への信頼を失いつつある。

 軍備管理は力関係の固定化を伴うが、地域における力の配分の変化は動的なものである。米国と中国がどう合意するだろうか? 両国は、相異なる利益と戦略目的を持っている。両国の戦力構造と戦力資産の非対称性は、軍備管理を非常に難しくするだろう。

 米国とその同盟国の間には、米国が戦力構造の核要素を提供し、日本と韓国が準戦略資産を提供するという役割分担が考えられる。しかし、中国はこれらの両方に対処することを計画しなければならないだろう。となれば、どうやって安定を確立することができようか。

 軍備管理フォーラムをトラック1.5または2レベルで開催し、事前に率直な対話を行って懸念や関心事、確定的な一線を洗い出しておくことが考えられる。危機安定性と軍拡競争の安定性の両方が必要である。いくつかの危機管理メカニズムは存在するが、それらは関連当事者が電話を掛けて、それを受けなければ機能しない。地域レベルのミサイル発射通知システムが有用であろう。また、軍備管理の透明性に関する原則の合意がなされるべきである。「信頼せよ、されど検証せよ」の原則が重要である。もう一つの優先事項は、いかにして宣言政策(「先制不使用」など)に実効性を持たせ、リスクや脅威を削減し、ひいては軍備縮小につなげるかである。

 米中関係は、1960年代以降で最悪の状態にある。情勢は転換点にあり、ここからどこに向かうかが今後数十年の北東アジアと世界の安全保障を左右する。

 米国と中国の周囲には連合が急速に形成されている。NATOと米韓同盟に加えて、新たな要素としてクアッド、インド、AUKUSがあり、この2年間の日韓関係の改善がある。3カ国共同訓練や軍事演習など、以前なら考えられなかったことが今や進行中である。これら二つの陣営をブロックと呼ぶのは時期尚早である。なぜなら、その言い方では両者が戦争に備えているかのようだからである。しかし、他方の連合をライバルと認識する同志連合と呼ぶことはできるだろう。

 このプロセスの顕著な影響は、北朝鮮がもはや孤立していないということだ。中国、ロシア、北朝鮮は、米国、韓国、日本に反目している。北朝鮮の貿易は拡大しており、同国はもはや、核兵器を放棄するようにという圧力を中国からもロシアからも受けていない。米国、日本、韓国はもはや、非核化が可能であるとは思っていない。

 かつては北東アジアに安全保障体制を構築することが可能であると考えられていたが、ワシントンではそれが本当に可能なこととはもはや見なされていない。従って、北朝鮮についてどうするかという問題が残っている。

 さらに軍事化が進むことが見込まれる。状況が短期間で改善するとはとても思えない。ワシントンでは、NATO条約第5条の相互防衛義務に沿った米日韓の3カ国軍事同盟が論じられている。ワシントンはこの案に最も乗り気であり、韓国は最も消極的、日本はその中間である。3カ国の国民は、それが中国との関係において何を意味するか、台湾有事の際に何を意味するかについて考えている。

 そこから、既存の拡大抑止だけで十分なのかどうかという疑問が生じる。韓国と日本の国民は、この問題を懸念している。北朝鮮の大量破壊兵器(WMD)能力が増大している状況では、より強力な拡大抑止を求め、それができないなら自前の核兵器に対する圧力が生じるだろう。それは米国にとって絶対に受け入れ難いものであり、厳しい道を進むことになる。また、米国の小型核兵器を韓国に再配備するといった中間の選択肢もある。

 米国は、米中関係の改善を模索している。習・バイデンの首脳会談は有益な雰囲気作りになったが、それが実体のある変化をもたらすかどうかはまだ分からない。会談の主な成果は、新たな連絡経路に関する合意だった。

 両国の首脳は、技術共有、人工知能、半導体、量子コンピューターといった意見が分かれる主要課題について基本的議論をまだ開始していない。米国は、今後の協議に人権問題の議論を含めたい考えだろう。ウクライナで停戦が実現すれば、米中関係が良好な方向に向かうのを後押しするだろうし、ウクライナに対する中国の立場がより明確になれば、ワシントンは意見の分かれる問題について譲歩することに、より前向きになるかもしれない。

 より良い関係の構築には構造的障害があまりにも多いため、実現は難しいだろう。

 連合のパートナーは、先頭を切って二つの連合の関係を改善しようとはしてはいない。東京とソウルはワシントンの立場を支持している。ASEAN諸国は役割を果たすかもしれないが、彼らの立場は弱く、東南アジアが比較的平和であることを確認できれば満足である。

 中国は、パートナーシップに基づく安定した協力関係を望んでいる。しかし、米国は中国をパートナーとして受け入れず、中国を競争相手と定義している。

 最近のサミットで、習主席は、フェンタニルの前駆体化学物質を供給する中国企業を取り締まることに合意した。しかし、中国が協調的な行動を取っても、米国からはまた新たな非難が出されるだけという傾向がある。

 北東アジアはカール・ドイッチュが提唱した多元的安全保障共同体の条件を全て満たすわけではないが、1980年代以降、安全保障共同体の前触れといえる不戦共同体の特徴を備えている。安全保障共同体を形成する可能性を排除するべきではない。地域内の経済的相互依存の力強い発展を確固たるものにする必要がある。かつて6者会合で地域の関係国が協力したことは、安全保障協力が可能であることを示唆している。

 国際社会は、戦争を防止し、世界の重大問題を解決するために、米国と中国の協力を必要としている。米中対立は不可避では絶対にない。両者の間で力関係の移動はあるが、パワーシフトが必ずしも対立を招くわけではない。対立に発展するかどうかを左右するのは、両大国の能力の変化ではなく、彼らの行動と認識である。

 イデオロギーは、対立の十分条件ではない。なぜなら、かつてイデオロギーの相違が今より極端だった時期にも、1972年のような和解があったからである。

 米国と中国は経済的に相互依存している。それは、世界経済がデジタル化している状況でセンシティブな問題を生んでいる。台湾は世界の半導体生産において大きなシェアを占めており、中国はレアアース生産の大部分のシェアを占める。とはいえ、これらの問題は、交渉を通して協調的に対処することが可能だろう。

 対立が深まっている真の理由は、国内政治にある。中国は「百年国恥」を強く意識するからこそ、南シナ海における統一と領土回復、そして「戦狼外交」の必要に駆り立てられている。米国は政治的分極化による問題を抱え、民主党と共和党は中国を悪魔化しようと競っている。

 紛争防止は、一つの重要な対処法である。軍同士の対話の再開は、望ましい展開だった。新しい、革新的な紛争防止メカニズムが構築されるべきである。計画者は、危機エスカレーションのシナリオを特定し、それを予防する相互に受け入れ可能なルールを策定するべきである。

 世界は、中国の投資を歓迎し、「一帯一路」構想とアジアインフラ投資銀行が提供する金融支援を称賛し、世界の金融機関における中国の影響拡大を支持するべきである。それに対して中国は、その善隣外交を改めて強調し、小さな島に対する主権の主張や台湾に対する軍事的挑発を控えるべきである。

 相互の関心分野で協力を行うことが、良好な政治情勢を生み出す最善の方法である。

 共通する非伝統的な安全保障上の脅威に対処するために、最も緊急に協力が必要な分野は気候変動であり、それは人類にとって存続にかかわる脅威である。ジョン・ケリー気候問題担当大統領特使と解振華(シェ・ゼンホア)気候変動事務特使は良好な協力関係を築き、それが2015年のパリ協定に極めて重要な役割を果たした。しかし、なすべきことはまだたくさんある。習近平とジョー・バイデンは、共同で気候非常事態を宣言し、協力して緊急計画を策定するべきである。メタン排出量を抑制すれば、ただちに効果が得られるだろう。ウクライナ戦争が終結すれば、それがさらに進むだろう。

 米中が協力するべきもう一つの重要な分野は、両国経済の不均衡な関係である。中国は米国に対して多額の貿易黒字を抱えており、また、中国の米国債投資は米国の多額の財政赤字を埋めている。米国財務省と中国財政部は、中期的に両国の関係を均衡化させる必要がある。

 また、保健政策においても重要な協力の余地がある。

 強大な米国と強大な中国が力を合わせれば、世界的課題への効果的な対処が可能である。必要なのは、両方の国内で関係改善に必要な政治的取り組みが行われることである。米中の関係改善は、北東アジアにより良い安全保障環境を構築するためにも不可欠である。

 米中関係が改善すれば、それは日本の利益にも寄与する。政治的にも経済的にも、より良好な米中関係から日本が得るものは多い。

 中国は常に、統一と国家保全に対する脅威を懸念している。環境がより平和的になれば、中国はもっと安心した気分になれるだろう。中国は、この地域で歴史が繰り返されることを望まない。

 モンゴルは、地域の平和を推進しようとしている。モンゴルは非核兵器地帯であり、朝鮮半島の非核化を提唱している。北朝鮮と外交関係を持ち、経済的に依存する隣国である中国とロシアや価値観を共有する民主主義国家との「永遠のパートナーシップ」を結んでいる。ウランバートル対話は、北朝鮮を含む地域の安全保障問題について議論するためにふさわしい場となっている。モンゴルは、この道筋に全力を尽くしており、北東アジアにおける信頼醸成と平和構築に力を入れている。これらの対話には、政府官僚だけでなく、市長、女性国会議員、若者なども参加している。今後の会議でも、北東アジア地域からの参加を歓迎する。

 近頃の日本の政策の軍事化と米国との同盟強化は懸念材料である。自由な秩序の価値と称するものと、途上国の人々が西側の排他的な白人至上主義のアプローチと捉えるものの間にはギャップがある。それが、かつて欧化主義者だったプーチン大統領が反西洋主義者を自称し、中国が国際法を守っていると自称する余地を生んでいるのである。中国は、同盟システムとブロック圏形成に反対している。「ルールに基づく秩序」とは、国際法を指しているのではなく、むしろ米国が気に入るルールのことである。

 今回の研究グループは貴重な意見交換の場となり、意見の一致や不一致が見られる分野を明らかにするために役立った。これを足掛かりとして、3カ国共同研究クラスターを結成し、ワークショップで特定されたトピックについてより詳細に検討し、戸田記念国際平和研究所が連載する政策提言として発表することが有益であろう。それらについては、2024年後半の次回会合で再検討するかもしれない。

 参加者らは、研究グループが今後取り上げるトピックの候補として多くの事項を提案した。

  1. グローバル安全保障イニシアチブを北東アジアにおいて運用可能にすること
  2. 東アジア共同体の可能性
  3. 北東アジア安全保障サミットの議題として、海上衝突、領土紛争、核リスクを防止する安全保障構造に焦点を当てる
  4. 地域の軍備管理に関するトラック1.5/トラック2のフォーラム
  5. 北東アジア地域における先制不使用政策の余地
  6. 地域レベルの紛争解決メカニズム、非暴力的な紛争管理手段を用いる取り組み
  7. 北東アジアにおける信頼醸成および危機管理: ウィーンの経験からの教訓
  8. 地域経済統合を推進する手段と、それが北東アジアの地域安全保障に及ぼす影響
  9. スプラトリー諸島における紛争管理の選択肢
  10. 南シナ海における行動規範
  11. 台湾海峡における紛争防止の方法
  12. 合同歴史委員会を足掛かりにして: 北東アジアにおける痛ましい記憶と和解に向けた次のステップ

 これらのトピックのうちどれを今後の詳細な研究対象とするかについては、中国、韓国、日本のパートナーと検討中である。

 北東アジアは歴史上の転換点に立っており、地域の各国が講じる次のステップは平和と戦争の展望に決定的な影響を及ぼす可能性が高い。中国、韓国、日本、米国、英国、ノルウェー、ニュージーランド出身の上級研究員や外交官からなる戸田記念国際平和研究所研究グループは、重要な分野における相違を認識しつつ、今後の道筋を模索するためのかなりの共通の土台を見いだした。

 米中関係が北東アジアの平和と安定にとって極めて重要な決定要因になる可能性が高いという点で、意見が一致した。地域の発展を強化し、その可能性を引き出すうえで、経済統合は不可欠となるだろう。経済統合を強化するためには、安全保障協力が極めて重要である。ブロック化に向かう流れは危険な展望であり、抑制されるべきである。考えられる対策の一つは、東アジア共同体へと発展することを想定しているRCEPやBRIのような既存の枠組みを足掛かりに、地域共同体を創設することである。地域安全保障構造の要素は、「先制不使用」の約束や平和的な紛争解決手段の約束のような宣言的コミットメントから、ミサイル発射を通知するシステムのような危機管理・信頼醸成措置、透明かつ検証可能な軍備管理枠組みまで多岐にわたる。

 痛ましい記憶や歴史観の相違が、今なお地域を分断している。研究者は、事実の核心について合意し、相違分野を絞り込むことによって、このような相違が敵意を煽るリスクを抑えるために貢献することができる。議論の的となっている歴史解釈と現在の安全保障問題を分けて考え、和解と信頼に向けた道筋を見いだすことが重要である。米国と西側諸国の集団安全保障のパラダイムと、ルールに基づく秩序に対する彼らの理解と、中国の運命共同体に基づく秩序というビジョンの間には明確な相違がある。また、西側と中国側の原則と北東アジアにおける各国の実際の行動との間にも相違がある。

 トラック1.5またはトラック2のレベルで、このような不一致や共通点を引き続き探ることが重要である。地域の研究者と政策決定者の交流も不可欠である。彼らは、北東アジアと世界において暴力的衝突を回避し、平和的発展を強化する手段への理解を深めるために寄与し得る。

ヒュー・マイアルは、英国・ケント大学国際関係学部の名誉教授であり、同国の紛争研究学会の議長を務めている。ケント大学国際関係学部教授・政治国際関係学部長、ケント大学紛争分析研究センター所長、王立国際問題研究所の研究員(欧州プログラム)を歴任した。戸田記念国際平和研究所の上級研究員。