政策提言

協調的安全保障、軍備管理と軍縮 (政策提言 No.147)

2023年01月06日配信

代理戦争としてのウクライナ:問題、当事者、考え得る帰結、そして教訓

ラメッシュ・タクール

Image: xbrchx/Shutterstock.com

 本稿(Ramesh Thakur著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.147「代理戦争としてのウクライナ:問題、当事者、考え得る帰結、そして教訓(Ukraine as a Proxy War: Issues, Parties, Possible Outcomes, and Lessons)」(2023年1月)に基づくものである。

 ロシアのウクライナ侵攻により、欧州が世界情勢の中心に返り咲くとともに、地政学的・領土的紛争、そして1945年以来経験されなかった大規模戦力による地上戦が欧州に戻ってきた。

 本論文では、紛争の核となる問題、紛争当事者、この戦争におけるさまざまな結末、そしてこの紛争から導かれる主な教訓という、絡み合う4本の糸について、より長期的かつ広範な視点からこの危機を分析する。そして、「次はどこへいくのか?」という問いで論を結ぶ。

冷戦後の欧州秩序

 ウクライナ紛争の争点は、構造的な問題と代理戦争的な問題に分類できるだろう。大局的に見た構造的問題は、欧州における冷戦後秩序、そして欧州の安全保障秩序とその構造において大幅に衰退したロシアの立ち位置である。

 ミハイル・ゴルバチョフからボリス・エリツィンやウラジーミル・プーチンまで、ロシアの指導者たちは、ロシアが二つの中核的了解に基づいて冷戦終結の和平条件に同意したと信じていた。それは、NATOはその境界を東方に拡大しないこと、そしてロシアは包括的かつ汎欧州的な安全保障構造に組み込まれるというものだ。しかし実際には、NATO拡大の波はロシアの玄関先まで押し寄せ、モスクワの強い反発を引き起こした。ソビエトパワー崩壊が冷戦時代の欧州安全保障秩序にもたらした断裂は、いまなお修復には程遠い。

歴史的敗北という恥辱を味わわされてきたロシア

 代理戦争的な原因としては、東側と西側に挟まれたウクライナの立場、NATOの東方拡大、ソ連崩壊という大惨事に対するプーチン大統領の悲嘆とロシア的な報復心、米国は弱い大統領が率いる衰退国家だと印象付けたい願望がある。冷戦終結以来ロシアは衰退の一途をたどり、それをよいことに西側は、欧州におけるロシアの立場に対する十分な配慮を怠ってきた。それどころか、ロシアは歴史的な敗北の恥辱を繰り返し思い出させられた。スウェーデンとフィンランドがNATOに加盟すれば、 ロシアは敵対する軍事同盟による戦略的包囲が拡大しているという認識を強めるばかりだろう。

 NATOが拡大し、元ワルシャワ条約機構加盟国のNATO加盟が増えていることをめぐる激しい論争は、冷戦終結後に作用していた構造的要因という背景において最もよく理解することができる。主要西側諸国にとってNATOの拡大は、冷戦後のパワーバランスの実情と東欧人のロシアに対する歴史的反感を反映する当然の調整であった。自らを敗北し疲弊した大国とは考えていないロシアにとってそれは、安全保障上の核心的利益に対する脅威であり、対決し、阻止しなければならないものだ。いつ、どこでやるかだけが問題だった。ウクライナのNATO加盟の見通しが、最後の問いの答えとなった。

 NATOのミサイルがウクライナに配備される可能性に対するロシアの敵対心と、ソ連のミサイルがキューバに配備される脅威に対して1962年に米国が核戦争のリスクを冒そうとしたことの間には明白な類似点があるが、西側の分析者のほとんどがそれを認めようとしないありさまは、私心のない観察者にとって驚くべきことだ。同様に、コソボにおけるNATOの「人道的介入」後の1999年にセルビアが降伏したことは、国際的な屈辱をもたらし、当時のロシア指導者たちに傷痕を残した。15年後、クリミアとウクライナ東部におけるロシアの行為を米国と欧州が非難した際、プーチン大統領はコソボの「前例」を挙げて反論した。

 直接の紛争当事者はロシアとウクライナであり、近隣の東欧諸国は武器の送り込みや駐留軍の受け入れに様々なレベルで関与している。しかし、ウクライナの領土は、冷戦終結以来解決されていない諸問題を反映するロシアと西側の代理戦争の戦場ともなっている。

 NATOがその範囲をロシア領土の境界まで拡大したとき、ロシアは痛手を負った大国のように反発した。それでも、2014年の危機は新たな冷戦の前触れとはならなかった。ロシアが米国に対抗する世界的軍事大国として再浮上する、あるいは民主主義に思想的異議を唱える兆しもなかった。

 2008年4月にブカレストで行われたNATOとロシアの会議で、腹を立てたプーチンがジョージ・W・ブッシュ大統領に、もしウクライナがNATOに加盟したらロシアはウクライナ東部およびクリミアの分離独立を促進すると警告した。2014年10月、プーチンはワシントンに痛烈な非難を浴びせ、米国の政策が世界秩序の既存のルールをバラバラにし、都合が悪くなると国際法に違反したり国際機関を無視したりして、混乱と不安定をもたらしたと主張した。ウクライナ危機は西側諸国の「支援を受けて遂行されたクーデター」の結果だというのだ。

 プーチンは、ロシア帝国の再興を狙っているという非難を退け、「他者の利益を尊重しながらも、我々は単に、自分たちの利益が考慮され、自分たちの立場が尊重されることを望んでいるだけだ」と主張した。

 紛争の今後考えられる道筋としては、ロシアがウクライナにおける主要な戦争目的を最終的に果たし、大国としての地位を回復するならば、NATOとウクライナは大損失をこうむる。仮にロシアが敗北して永久に弱体化するならば、ウクライナと東欧・西欧諸国は大喜びし、ウクライナは西側の多大な支援を受けて復興、繁栄し、NATOは北大西洋で無敵の存在となるだろう。

 一方が明らかに勝っているか、または戦争が消耗戦の段階に入っているかを、確信を持って述べることは難しい。ロシアが動員できる戦闘部隊のうち、ウクライナに投入されたのは10%未満である。これは、ロシアの戦争目的がこれまで常に限定的であったこと、そしてロシアが軍を再編成し、選んだ標的に攻撃を仕掛ける能力を保持しているということを示している。

 ロシアがウクライナの中立化という望ましい帰結を得られなかった場合、経済もインフラも破壊された機能不全の残存国家にすることを狙うかもしれない。プーチンはまた、欧州の政治的決意をくじき、北大西洋コミュニティの結束と団結を破壊することを望むようにもなるかもしれない。たとえそうなっても、ロシアは勝利しないことによって敗北し、より脆弱な攻撃対象であるウクライナは敗北しないことによって勝利するだろう。

 双方が痛手を負い、膠着状態になるまで、何らかの解決が得られる見込みはないだろう。それは、すべての戦争目的を達することなく、交渉によって最低条件のみで妥協する痛みを紛争継続の代償が上回ると当事者双方が判断する時点である。ロシアはエネルギー供給の支配を兵器化することにより、自国が制裁で受けている打撃よりも重い代償を欧州に背負わせている。双方でナショナリズムが高まり、ウクライナは戦闘に勝利しつつあるが、それでもロシアの打倒には依然としてほど遠く、短中期的な道筋としてはゆっくりとした漸進的なエスカレーションのほうがまだあり得る。だからこそ核による決着の可能性が少なくないのであり、さまざまな紛争当事者が核のロシアンルーレットというゲームに陥ることを「現実主義者」たちは恐れているのである。

 米国は自国の軍隊を戦場に送ることなく、ウクライナに武器を供与することによってロシアに大きな痛手を負わせている。ウクライナが見事な抵抗ぶりによって敵も味方も驚かせる一方、プーチンは、恐るべき軍事大国というロシアのイメージの空虚さを露呈している。しかし、ウクライナの軍事的成功は、絶対的な戦争目的について妥協を促す米国の圧力に彼らが従順ではなくなることを意味している。

 NATOの軍事資源も大幅に消耗しており、貿易、金融、エネルギーの武器化はこれまで結局のところ、ロシアよりも西側諸国の人々にとって高い代償となっている。さらに、政治的理由により経済取引を違法化することは買い手にも痛みを負わせることになる。インドが道徳原則をいささか曲げてロシアから石油を輸入しているという西側の執拗な批判に対抗し、インドの石油大臣は10月31日、CNNで二つの主な論点を主張した。第1に、ある一日の午後に欧州がロシアから購入するエネルギーはインドがロシアから3カ月間に輸入するエネルギーに匹敵すると、大臣は指摘した。第2に、エネルギー価格の高騰が生死に関わる事態になりかねない現在、インドの第1の道徳的義務は自国の消費者に対する義務であると彼は主張した。

 とはいえ、なおもプーチンが核兵器を使用するかもしれないというリスクがある。これまでのところ、ロシアとNATOのいかなる直接的衝突も避けるべく、全方面が極度に注意を払ってきた。しかし当面は、本格的な交渉を開始する時期も、すべての主要な紛争当事者にとって最低限受け入れ可能な和解条件も、戦争の成り行き次第である。

 4番目にして最後の問いは、「もっかこの戦争からどのような教訓を引き出せるか?」である。最も重要な教訓のひとつは、強制や脅迫の手段としての核兵器の有用性が限定的であることだ。ウクライナは、核をちらつかせるプーチンの好戦的なレトリックに怯えることなく抵抗しており、また、核の現実は西側諸国がウクライナに有効性の高い武器を供与するのを妨げてはいない。これまでのところ、一連の脅しがロシアの政治、経済、評判にもたらした代償は、当初の戦果を上回っている。

 話し合いが始まったときに交渉の対象となる事項としては、NATO拡大、ウクライナの主権と安全保障、クリミア、そしてロシア系住民が支配するドンバス地方(ウクライナ東部)の地位がある。ウクライナもロシアも、これら四つ全ての問題に強く結びついた正当だと主張する利益や不満を持っている。ロシアは引き続き、ウクライナをNATOとロシアの間のより強固な地政学的緩衝国として再構築することを最優先目標とする可能性が最も高い。これは「メンツ」の問題ではなく、現実的な戦略的論理の問題である。プーチン大統領の権力維持を脅かし、恐らくは彼の自由や生命を脅かすのは、リベラル派のロシア人というよりむしろナショナリストの強硬派である。

 戦闘の勝敗によってロシアとウクライナの新たな国境を描く地図が決まり、恐らく停戦後の交渉によって多少の調整がなされるだろう。それでもなお他の重要な問題が未解決のまま残る。キーウの政権の性質と政治的志向、クリミアの地位、ウクライナ東部におけるロシア系住民の立場、ウクライナとロシア、NATO、EUとの関係、ウクライナに対する補償があるなら誰によるどのような性質の補償か、そして、ロシアへの制裁からいつ脱却するかである。

 最も冷静にこれらを考えるとすれば、こうである。武装した停戦を繰り返し、敵意が新たに再燃するに任せるのではなく、真の永続的な平和を欧州にもたらすためには、ロシアが戦場で決定的に敗北し、当面の間は大国としての地位を失わなければならないか、または、欧州と米国が本土戦の恐怖を再び経験しなければならない。

 また、他の多くの国々は、西側諸国が国際金融体制や国際統治体制の支配を兵器化しようとしていることを、今や自国の主権と安全保障に対する脅威と認識している。2022年3月の「インディアン・エクスプレス」紙の記事は、「いくつかの中央銀行による『脱ドル化』が差し迫っている。準備通貨としての米ドルの地位が攻撃兵器として利用され得る状況において、地政学的リスクから身を守りたいという願望に駆られたものだ」と論じている。長期的には、ウクライナ戦争の軍事的・政治的帰結がどうなろうと、通貨無秩序という新たな世界が訪れるかもしれない。だからこそ、西側諸国の実に素晴らしい団結は、それ以外の地域とのあからさまな分断とは際立って対照的なのだ。

 本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言147の要約版である。

ラメッシュ・タクールは、国連事務次長補を務め、現在は、オーストラリア国立大学名誉教授、戸田記念国際平和研究所上級研究員、オーストラリア国際問題研究所研究員を務める。最近の編著書に「The nuclear ban treaty: a transformational reframing of the global nuclear order」がある。