政策提言

ソーシャルメディア、テクノロジーと平和構築 (政策提言 No.114)

2021年09月24日配信

米国の平和構築における人種的多様性の促進: 多民族民主主義を保護し推進するための対話のタイプとは

リサ・シャーク

 本稿(Lisa Schirch著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.114「米国の平和構築における人種的多様性の促進: 多民族民主主義を保護し推進するための対話のタイプとは(Transforming the Colour of US Peacebuilding: Types of Dialogue to Protect and Advance Multi-racial Democracy)」(2021年9月)に基づくものである。

 米国における民主主義を前進させる戦略は、断片的である。白人の平和構築者は、対話を用いて政治的分極化を緩和することに主に焦点を合わせている。一方、黒人や褐色人種の社会正義活動家は、白人がすでに享受している民主的代表権と基本的権利を確保するために権力を移行させる必要に主な重点を置いている。本政策提言では、米国における分極化と変革の手法の歴史を示し、「シビリティー(礼節、民度など)」と「不偏性」という概念を問い直し、ムーブメント・フォー・ブラック・ライブズを平和構築戦略として理解すべきであることを主張する。4タイプの橋渡し的対話を視覚化するモデルにより、米国における戦略的平和構築のビジョンを提示する。

 「平和構築」あるいは「橋渡し」という言葉を用いる米国の組織は、主に白人によって率いられ、共和党と民主党の政治的分断に横たわる有害な分極化に対処する対話に重点を置いている。 橋渡し的対話は、積極的傾聴、両極性の管理、共通点の発見、社会的結束と信頼の構築に重点を置いている。

 社会正義運動のリーダーたちは、主に黒人、先住民、有色人種(BIPOC)である。彼らの焦点は、コミュニティーの組織化、連立と連携の構築、投票権を確保するという政治的目標を掲げた運動、政策や制度における公平性の構築にある。

 橋渡し的対話と社会正義活動の両方とも、平和構築に必要な戦略である。本政策提言では、人種、民族、言語の多様性に富んだ国において暴力によらない民主的意思決定を保護し、推進するための協力を強化するために、資金提供者と市民社会リーダーに向けた主要な推奨事項を提示する。

 黒人、褐色人種、白人は、米国の建国以来さまざまな場面で、より包摂的な民主主義を構築するためにともに協力してきた。黒人が主導する米国の公民権運動によって誕生した米国政府のコミュニティー・リレーションズ・サービス(CRS)は、人種、肌の色、国籍、ジェンダー、性自認、性的指向、宗教、障害において事実または認識に基づく対立に直面するコミュニティーを支援する「アメリカのピースメーカー」を自称する。

 ジム・ラウエのような米国における初期の紛争解決専門家は、1960年代、社会正義活動に橋渡し的対話を組み合わせた公民権運動の一環として、マーチン・ルーサー・キングと直接協力を行った。ラウエはさらに、1980年代には政府が資金提供する米国平和研究所(USIP)の設立に助力した。

 今日、USIPは米国の国外の平和構築に重点を置いている。「平和構築」という言葉は、フィリピン、ケニア、コロンビア、アフガニスタンといった国々で広く知られるようになり、これらの国々では、1980年代から1990年代に、市民社会リーダーらが紛争変容や社会運動のスキルを磨いた。「平和構築」という言葉を用いた米国の組織や大学は、米国の国外でこれらのスキルを用いることに主な重点を置くようになった。

 戦略的平和構築は、橋渡しを人種的正義から切り離す、あるいは正当な抗議や真実表明を「シビリティ―が低い」と非難するような変革戦略では成功を収めることはできない。

 米国の分極化を促進する三つの要因が、政党間の対話を妨げている。

 第1に、今日の米国政治の根底には「われわれ対彼ら」という排斥と迫害の歴史がある。米国の建国は、さまざまな欧州国出身の人々の協力、そしてアメリカ大陸とアフリカの先住民出身の人々に対する排斥と迫害から生まれた。合衆国憲法は、白人男性の土地所有者のみに権利を与えることにより、これらの多層的な排斥を映し出すものだった。このレガシーは今も続いている。今日の政治的分極化は、白人男性の利益を優先する白人優越主義を反映している。

 第2に、政治的分極化においてメディアが大きな役割を果たしている。ニュースメディアは常に白人男性に牛耳られてきたが、20年前までは、公衆衛生や他の政策・政治問題に関して比較的政治的に偏りのない情報を報道するうえで、無党派メディアが重要な役割を果たしていた。1988年の「公平原則」撤廃により、ニュースメディアにはもはや、分極化を防ぐために公平で偏りのない報道を行うことが求められなくなった。今日、政治家たちは膨大な偽情報のネットワークによってオンライン上で分極化を煽り、いまやそれが多くの米国人の政治的意見を形成している。

 第3に、右翼系のメディアと政治リーダーたちは、政府、学術界、科学、メディアへの人々の信頼と社会的結束を弱体化させるという明確な目標を採用するようになった。独裁支配に目がくらんだリーダーたちは、大衆の分極化を、民主主義を弱体化させて権力を集約する意図的戦略に必要なものと見なしている。

 今日、研究者らは分極化をさまざまなタイプに区別している。課題の分極化とは、人々が公共課題に対して異なる観点を持つことを指す。情動の分極化は、人々が異なる意見を持つ人々の尊厳を積極的に踏みにじり、あるいは貶めるときに生じる。対話スキルは、課題の分極化にかかわる論争的な話題について、罵倒や他のコミュニケーション戦術を用いることなく明確なコミュニケーションを可能にする。しかし、他者のアイデンティティーを踏みにじる、あるいは侮辱する情動の分極化を、対話だけで変容させることができるかどうかはいまだ明らかではない。

 米国における平和構築は、シビリティーと不偏性がこの文脈で何を意味するかについて相反する考え方があるため複雑である。人間の尊厳は、どちらのアプローチにおいても中心的概念である。

 橋渡しをする人たちは、「シビリティー」を推進する。無党派の非営利団体、Institute for Civility in Governmentは、この言葉を「自分のアイデンティティー、ニーズ、信念を主張し、大切にしつつ、その過程で他者のそれらを貶めないこと」と定義している。他のグループの人間としての基本的な尊厳を尊重する形で彼らとコミュニケーションを取ることが、自らのグループの目標を達成するために役立つだろう。

 右派側では、シビリティーを「ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)」として、また、米国の人口構成の変化により白人が多数派の地位を失うことに対する白人米国人の恐怖心をたしなめるものとして求める声がある。しかし、同時に、右派メディアは、ブラック・ライブズ・マター運動を「シビリティーがない」と非難している。彼らが不正義を指摘し、現状の破壊を求めることによって不安を呼び起こしているからである。

 左派側では、「シビリティー」を人権侵害に対する反対と抵抗を黙らせようとする試み、あるいは「有色人種を叩くこん棒」と見なす人々がいる。ジャーナリストらは、「シビリティー」を求める声は特権を持った人々に利益をもたらし、個別または全体的な抑圧に対する正当な怒りを表明する人々を罰するものだと指摘している。

 シビリティーという言葉に関する相反する定義や解釈は、問題の種となっている。「有効なコミュニケーション」という言葉の方がより正確で受け入れやすい言葉であり、植民地の歴史、異論は黙らせるという前提、人種差別的な意味合いを思わせることも少ないだろう。

 不偏性という概念もまた問題の種である。第1に、不偏性とは単に、いずれの政党への明白な支援も表明しないことを意味する場合もある。第2に、不偏性は全ての人々を人間として遇し、尊厳をもって接する意識的な努力を意味する場合もある。第3に、不偏性は政党に関連する言葉さえ一切避けることを意味する場合もある。米国における平和構築は、このような多様な定義に内在するジレンマを反映している。

 政治的な主張の範囲にまたがる橋渡しをする人らは、通常、政治的不偏性に重点を置く。なぜなら、全ての共和党員と民主党員が安心できる対話を促進したいと考えるからである。

 一部の社会正義活動家は、共和党員も民主党員も黒人や有色人種の完全な自由と権利を制限する白人支配の現状を維持しようとしていると批判し、政治的不偏性を保っている。

 橋渡し対話は、主要課題として民主党員と共和党員の間の有害な政治的分極化に重点を置いている。彼らの戦略が目指すのは、シビリティーを通して、政治的分断を超えて人々を団結させることであり、彼らはシビリティーを、敬意をもって話しかけ、忍耐と時間を要する改革と変革の民主的プロセスを信じることだと見なしている。

 社会正義運動の構築者らは、体系的な人種差別と抑圧が主要な問題だと強調する。彼らの戦略は、権力を移行させて、米国の民主主義をより平等なものにすることである。彼らは、「シビリティー」の概念とはおおむね、不正義を指摘する、あるいはこれに抗議する人々を黙らせる試みだと考えている。

 歴史を通して、預言者は耳に心地よくない真実を語り、変化をもたらしてきた。これは米国の文脈では、欧州の白人難民や入植者の到来、先住民の虐殺、奴隷制という野蛮な暴力、南北戦争の政治、今日の社会正義運動に残るこれらの出来事のレガシーに関する歴史的な真実表明を意味する。それは、人々の間に思いやりと平和を育むことを目指す対話とともに、必要なことである。

 平和構築における難題は、全ての人々の人間性と尊厳を守り、認めつつ、紛争問題に関するコミュニケーションを行うことである。

 ムーブメント・フォー・ブラック・ライブズ(M4BL)のような社会運動は、権力を移行させ、人々の苦しみに関する一般の認識を高めるために、権利擁護と積極的行動を用いる。権力が不均衡であるとき、社会運動は平和構築に不可欠のプロセスである。

 M4BLは、自らを「平和構築」運動と称しているわけではない。しかし、現在、効果的な平和構築をしているといわれている世界中の他のグループの多くも同じである。米国の平和構築分野は、M4BLを平和構築のための介入として受け入れる必要がある。M4BL運動は、平和構築の基本的基準の全てを満たしている。

  1. 平和構築は、紛争を正常なことであり、生産的であり得ると認識する。M4BLの目標は、米国において多民族民主主義を育み、あらゆる民族的・人種的背景を持った人々が社会財にアクセスでき、権利が保護されるようにすることである。
  2. 平和構築は、根本原因に対処することを求める。M4BLは、継続する暴力や不正義を根底で支える経済、政治、司法、文化システムに取り組む。
  3. 平和構築は、権力の移行と関係性の橋渡しを求める。政治的、経済的、社会的に周縁化されたグループへの権力移行は、多文化民主主義を実現するために必要である。

 下の図は、多文化民主主義への反対者と支持者の間にある米国の政治的主張の範囲全体にわたる橋渡し対話の適用可能性を示している。橋渡し対話は、4通りの方法で貢献することができる。

  1. 現状に批判的なグループ間の社会正義連合を構築する。
  2. 恐怖をやわらげ、M4BLに関する偽情報や歪曲された情報に対処することで、M4BL運動への新たな白人の支持者を獲得する。
  3. 多文化民主主義や人種間の公平と癒しという共通の目標を持つ穏健な共和党員と民主党員の間の有害な分極化に対処する。
  4. 暴力的な過激主義グループからの離脱を支援する。

 自分が生まれながらに持つ人間としての尊厳を損ねるような対話に参加したいと思う人はいないはずである。しかし、橋渡し対話は個人の変化をもたらす有効な手段となり得る。それは、さまざまな考え方を持つ人々を人間として遇することができ、怒りや緊張を和らげて、より多くを学び、人間性の剥奪から離れる機会をもたらすことができる。

 多文化民主主義の実現には、黒人、褐色人種、白人のチェンジメーカーたちが、相乗効果を生み出す形で協力する必要がある。米国の平和構築における人種的多様性を促進するために、資金提供者と市民社会は特別な注意を払う必要があるだろう。

資金提供者に向けて

 米国の資金提供者らは、分極化解消を掲げる新たな橋渡しの取り組みに何百万ドルもの資金を投じており、その多くは平和構築の分野とは無関係で、対話を用いた社会変革に関する何十年にもわたる教訓を持っている。

 運動にもグループ間の対話にも資金提供する: どちらの戦略も変革に重要な貢献を果たすことを認識する。

 戦略的平和構築に関する訓練に資金提供する: 新たな対話の取り組みが、数十年にわたる戦略的平和構築から教訓を確実に学ぶことができるよう訓練を行う。例えば、対話と社会運動を結び付け、変革のためのより広範な連合を形成する方法などである。

市民社会に向けて

 国民の分極化と民主主義の弱体化を狙う政治勢力を認識する: 国民を分断し、政府、ニュースメディア、科学、学術界への信頼を弱体化させることを狙って、 意図的に偽情報を流布する強力な政治勢力が存在する。

 多文化民主主義の支持勢力を構築する努力を支援する: 分極化を促進し、社会的結束を弱体化させる政治戦略に対抗するためには、社会運動の戦略が必要である。

 慎重に言葉を選ぶ:米国の平和構築者は、「シビリティー」や「不偏性」といった言葉の危険性に注意を払うべきである。 これらの言葉は、真実表明や現状への抗議を妨げるために用いられる場合がある。

 対話スキルを運動の中で用い、より広範な連合を形成する: 運動は、幅広い支持を得た場合に成功を収める可能性が高くなる。対話は、共通点と共通の目標を持つグループ同士の連合を形成するために有用なツールである。

 対話によって政治的分極化に取り組むためには、難しい話題について安心して語り合うことができる場を作るべきである:どのような形の橋渡し対話でも、参加者は、辛い体験を聞くことの戸惑い、現状における勝者と敗者は誰かという率直な権力分析、そして、「シビリティーが低い」「偏っている」と見られるかもしれないある程度の真実表明を受け入れる必要がある。

 対話と運動による変革戦略を連携させ、現在の米国の平和構築における人種的多様性を促進する: 本政策提言で説明した問題に取り組もうとする新たなイニシアティブがいくつかある。米国における黒人と白人のチェンジメーカーたちの間に学び、対話、戦略策定、調整を行う共通の機会を生み出すには、いっそうの努力が必要である。

 本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.114の要約版である。

リサ・シャークは、「ソーシャルメディア、テクノロジーと平和構築」プログラムを担当する上級研究員である。このプログラムでは、ソーシャルメディアが紛争のダイナミクスに与える影響に焦点をあてている。米国ノートルダム大学クロック国際平和研究所リチャード・G・スターマン シニア・チェア。フルブライト研究員として東西アフリカに滞在した経験を有し、Conflict Assessment and Peacebuilding Planning, Local Ownership in Security, The Ecology of Violent Extremism, Synergizing Nonviolent Action & PeacebuildingとSocial Media Impacts on Conflict and Democracyなど11冊の著作がある。