(政策提言 No.126)
2022年03月25日配信
「海峡」情勢の行方:中国・台湾・米国の関係変化の見通し
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本稿(Hugh Miall著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.126「『海峡』情勢の行方:中国・台湾・米国の関係変化の見通し(Transformation in the Strait: Prospects for Change in China-Taiwan-US Relations)」(2022年3月)に基づくものである。
隠れた火薬樽
台湾海峡周辺の海域では戦争の噂が長年渦巻いており、いま再び緊張が高まっている。習近平国家主席とジョー・バイデン大統領が2021年にオンライン会談を行った際、習はバイデンに対し、米国が台湾独立を支持すれば「火遊びになる」と警告した。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻、それに先立つプーチンと習近平の新たな戦略的パートナーシップの合意は、北京が台湾への武力行使の脅しを実行するのではないかという危惧を東アジアにもたらした。
この状況で、平和的に台湾海峡の戦争を回避できる見込みはどの程度あるだろうか? 中国と台湾、中国と米国の関係は、より協調的に紛争を管理できる形で発展させることができるだろうか?
未解決の紛争を棚上げして協調関係を発展させるのは東アジアらしいアプローチだが、領土問題は隠れた火薬樽のようなものだ。誰も導火線に火をつけなければ必ずしも危険ではないが、周囲に火花が飛び散り、不注意な人が携わっている場合、安全ではない。
本稿では、両当事者が現在の路線から離れ、アプローチの変更を受け入れるなら、台湾・中国間の紛争は平和的に管理できる可能性があると主張したい。
激化する紛争
中国にとって、台湾との再統一は1949年以来不変の目標である。毛沢東が武力による実現に失敗した後、?小平は外交を通して「一国二制度」構想に基づく統一を提案する一方、統一への交渉の道筋を棚上げして現状を受け入れた。とはいえ、中国は常に、中国は一つしかなく、台湾と中国本土はどちらも中国の一部であり、中国の主権は不可分であると主張してきた。そのため、北京は一貫して、台湾が公式に独立を宣言した場合は介入せざるをえないと警告しており、この警告を2005年に反分裂国家法として法制化した。そして中国軍は、統一達成という特別な責任を担わされているのである。
米国の立場は、1979年の台湾関係法により形成されている。同法は、米国の公式な台湾防衛の確約を避けると同時に、中国が武力行使した場合には米国が介入する可能性を残している。近年米国から台湾への武器売却が大幅に増加しており、武器売却が続く限り、中国は武力行使の脅しを取り下げるつもりはなおさらないだろう。
2019年3月、北京は20年ぶりに台湾海峡の中間線を越えて台湾側に侵入し、2020年には中国人民解放軍機が49回にわたって中間線を越えた。中国は、本土で大規模な軍事演習を実施するとともに、海峡の台湾側でも海軍の演習を行っている。これらは、侵攻の脅威が現実であることを台北に突きつけている。
米国と同盟国の軍艦も、「自由で開かれたインド太平洋」という米国のコミットメントの一環として、定期的に台湾海峡を通過している。
これらの軍事演習は、双方の軍事計画者にとって台湾海峡が戦略的重要性を持つことを反映しており、中台の紛争をインド太平洋における地政学的緊張の中心に置くものとなっている。中国の外国貿易の3分の2はマラッカ海峡を通過することから、中国の戦略立案者は、この経済的ライフラインを防衛するためには海軍力が不可欠と考えている。一方、米国の軍事戦略立案者は、中国の海軍力拡張がマラッカ海峡における航行の自由に対する脅威となり得ることを懸念している。そのため、台湾をめぐる争いは、より広範な戦略的対立の急所となっているのである。
米国と中国は、隠れた火薬樽である台湾を獲得するための軍拡競争に走っている。
変化する国際情勢
2022年2月のウクライナ侵攻は、国際情勢を一変させた。ウクライナと台湾には明らかな違いがあるものの、メディアは、目的達成のためなら圧倒的軍事力の行使もいとわないと見られる、二つの強大な権威主義国家の類似性を力説した。ウクライナ侵攻に先立つ冬季オリンピックで習近平とウラジーミル・プーチンは会談し、パートナーシップを「無制限に」強化することを誓った。
両国の間にはいくつかの重要な類似性がある。どちらも、人権侵害を非難されており、西側の批判を拒絶している。どちらも、民主主義運動を体制への脅威と見なしている。どちらも、米国の戦略的戦力や米国および同盟国の戦力の前方展開に脅威を感じている。
その一方で、顕著な違いもある。中国は、主権、領土保全、発展、安全保障の原則を支持している。侵攻前のウクライナとの関係も良好だった。北京は、国連安全保障理事会の重要な採決では、棄権した。
米国は、ウクライナへの軍事介入は行わないと明言しているが、その一方でロシア周辺のNATO加盟国における守備を強化している。習とその同僚は、米国が台湾に介入する可能性は低いと結論づけるだろうか? バイデンの様子からはいかにも介入がありそうな兆しもあり、そのような結論は無謀といえるだろう。
どちらの地域においても紛争の平和的な解決が必要であることは、かつてないほど明白である。
台湾における紛争の行方を展望
当事者が進む道筋が根本的に変われば、どのような紛争も変容する可能性がある。当事者が立場を変えた場合、目標を再定義または再構成した場合、立場の根底にある関心が変化した場合、行為者自体が変わった場合、紛争の構造が変化した場合、紛争の背景に変化が生じた場合に、紛争の変容が起こる。紛争を解決、交渉、管理しようとするこれまでの努力の歴史を念頭に置くと、そのような変化が起こる見通しはどの程度あるだろうか?
現在の核心的問題は、台湾の地位をめぐる対立である。これは、中国が台湾に対する主権の主張を変更するか、台湾当局が一つの中国という原則への拒絶を変更すれば、解決の可能性がある。
現時点では、いずれの変化も起こりそうもない。
しかし、両者の立場が過去にどのように変化してきたかは、注目に値する。中国共産党(CCP)は、創立当初、台湾に対する中国の主権に関心を示さず、台湾の人々を中国の国家の一部と見なしていなかった。この見解が変わり始めたのは1942年になってからである。1943年のカイロ宣言の後、台湾の運命は国民党と共産党の闘争に巻き込まれることとなった。毛沢東は、米国の攻撃を受けた場合に中国の海岸部が脆弱であることを非常に懸念していた。つまり中国の認識では、米国による台湾への進出、支援、武器の売却は、紛争の中心問題であった。
同様に、台湾当局の立場も時とともに、中国国民党(国民党)による「一つの中国」政策の主張から民主進歩党(民進党)による「一つの中国」の拒絶へと大きく変化した。
米国も、「中国は一つしかなく、台湾は中国の一部である」というニクソンの姿勢から、中華人民共和国を承認し、「一つの中国」という見解は認めるが台湾が中国の一部であるとは認めないという姿勢まで、一貫性のなさは同様で幅がある。
したがって、状況が変わり、根底にある関心が変われば、立場の変更は起こり得る。
習近平は、台湾統一を民族復興プロジェクトの最重要項目に位置付けているが、過去の指導者たちの「平和的統一」と「一国二制度」という構想にも従っている。習は共産党創立100周年記念式典で行った演説では、平和的統一の方法や時期よりも独立への反対姿勢を明確に打ち出した。
武力行使の可能性が排除されているわけではないが、台湾当局による独立宣言や外国の介入がない限り、中国のエリート層が台湾を強制的に併合する試みを支持するかどうかは明らかではない。間違いなく、愛国主義に訴える習のやり方は大衆の共感を呼んでいる。しかし、外国の介入への恐怖と警戒心は、中国の平和的台頭を特徴づけるもので、いまもなお共産党エリートの間に忍耐を促す強力な要因となっている。
これまでも提案されてきたように、紛争解決プロセスを開始するために考えられる一つの方法は、台湾が独立の願望を公式に放棄するとともに、中国が武力の行使を公式に放棄することである。そのうえで、海峡にまたがる協力関係や人と人の結びつき、さらには信頼醸成措置や危機管理措置を促進する機能的な合意を結ぶことが考えられる。
蔡英文総統が表明している現在の台湾の立場は、「一つの中国」構想および「一国二制度」を拒否し、公式な独立宣言は回避しつつも、台湾はすでに事実上の独立国家であると主張することである。この立場は、李登輝元総統が独立を問う住民投票の実施を計画し、北京とワシントンの両方から激しい怒りを買った際、中国との対立が危険な状態へと発展したことを受けて形成されたものである。蔡はより慎重に振る舞っているが、「事実上の」独立という主張は明らかに北京を激怒させている。
台湾の世論は、独立賛成に大きく傾いている。台湾人であるというアイデンティティーは、特に若年層に強く見られる。ほとんどの台湾人はもはや自分を中国人だと思っていないことを、北京は認識しなければならない。
とはいえ、台湾の人々の85%は現状維持を好ましいと考えており、公式な独立宣言も中国との統一も支持していない。このことは、台湾側の和平の見込みに影響を及ぼしている。
1992年、国民党政府は北京との合意交渉の努力を促進した。台北と北京の双方が同じような内容の声明を出し、両者とも「一つの中国」を支持することを示した。ただし、それが何を意味するかについてはそれぞれが異なる解釈を維持した。それにもかかわらず北京は、「1992年コンセンサス」として国民党と中国共産党が「一つの中国」方式を受け入れたと宣伝した。双方は輸送や貿易の結びつきを発展させるとともに、家族間の訪問を活発化させ、台湾実業界による中国との経済的な連携を強化した。しかし、二つの出来事がこの状況に終止符を打った。第1は、中国とのサービス貿易協定に反対して学生などを動員した2014年のひまわり運動である。第2は、2014年統一地方選挙における国民党の敗北である。2016年に民進党が政権を握ると、蔡英文は「一つの中国」方式を否定し、中国との貿易を自由化する国民党の計画を破棄した。その代わりに、彼女は中国以外の友好国との貿易を重視した。台湾は、地域貿易協定である「地域的な包括的経済連携(RCEP)協定」から取り残された。
原則的には、両者の政治的変化を考えても、「一つの中国」という枠組みはなおも和解に向けた道筋をもたらすかもしれない。そのための基盤は、文化にある。なぜなら、中国と台湾の人々は明らかに中国文明と中国語を共有しているからである。「一つの中国」方式の改訂版を策定し、現行の異なる統治機関と制度を承認しつつ、主権問題に関する和解を可能にすることも考えられる。台湾は自らの当局が民主的に統治する非国家主体として存続し、北京は「一つの中国」の原則が確立されたと宣言すれば良いだけだ。政治的統一に向けた措置は合意に基づいて行われなければならず、恐らく海峡を挟んだ一方または両方の政治体制の長期的な変化が前提条件になるだろう。
そのような解決が機能するためには、「一国二制度」が実質的に民主主義政権の存続を意味するという保証が必要であろう。これに信憑性を持たせるために、北京は香港の国家安全維持法を撤回し、「一つの中国」の中国語圏において、政治秩序をより協調的で多元的にするアプローチを回復させることもできる。
そのような解決策は、国民党にとっては魅力的かもしれないが、民進党にはほぼ間違いなく拒絶されるだろう。台湾の人々が直面している問題は、事実上の独立という主張と交渉の拒否をあくまでも継続することは、それが台湾を(拡大すれば、さらに広い地域も)破壊しかねない中国との戦争のリスクを伴う場合、賢明といえるかどうかである。
「一つの中国」という枠組みについて合意をしないまま、両者は公式に、あるいは黙認的に、現状維持に合意することもできる。台湾は独立を宣言しないことを約束し、中国は武力を行使しないことを約束し、台湾島の戦略的重要性を削減するために非武装化と非エスカレーションの規定を設けることが考えられる。
習近平も蔡英文もそのような枠組みに合意する見込みはなさそうだが、時がたてば異なる政策を掲げる異なる行為者が現れる可能性がある。エリートを養成する中共中央党校でかつて教授を務めた蔡霞の言葉を信じるなら、共産党への不満が広がっているという。民主主義体制を敷く台湾では、通常選挙による政権交代が時折起こる可能性がある。
中台の紛争は、どちらの側の見方を取るかによって、分離紛争、あるいは国家間の衝突という様相を取る。相容れない国家プロジェクトの衝突を避ける方策として、構造的解決策により、大陸の中華人民共和国にも台湾の準国家的な民主主義的統治領域にもまたがる、国家の枠を超えた「一つの中国」の構造を構築することも考えられる。
最後に、米中関係改善の見通しを模索することが不可欠である。これは、別の理由からも必要なことであり、台湾をめぐる状況に変化をもたらし得る要因である。バリー・ブザンとエブリン・ゴーが想定するように、「戦略的競争」に基づく敵対関係ではなく、壮大な米中大国間折衝に新たに乗り出すことによって、経済的にも、気候変動やパンデミックとの関係においても、そして重要なこととして、東アジアにおいて戦争を回避するよう秩序を再編するという点においても、両国は多くのものを得るだろう。恐らく両国は、朝鮮半島の状況を解決することに共通の関心を抱いているだろう。米国は、中国、日本、韓国の長年にわたる歴史問題における和解合意を仲介するために重要な役割を果たし得る。この合意に不可欠な要素として、双方が軍備増強を控えていく必要がある。
これは、米国が台湾を守るために抑止力と軍事介入の脅しを用いるという現在の政策から見ると、急激な方向転換となる。現在の政策は不安定である。つまり、真の脅威を生み出し、終わりのないエスカレーションの応酬に拍車をかけている。軍拡競争が進行し、危険な未解決の領土問題を抱え、国家間の関係が悪化の一途をたどる状況では、核抑止に伴う重大かつ予測不可能なリスクよりも、合意と和解を選んだほうが賢明であろう。
冷戦の終結は、欧州ではウクライナ情勢によって残念にも逆行してしまったが、それでもなお有益な教訓を示している。相互の安全の保証、指導者間の信頼醸成、緊張緩和、軍縮、さらには中小国による有益な介入、ピープルパワーと市民社会が果たす重要な役割、こういった全てが歴史的転換に寄与した。
中国と米国の和解の出発点は、ゴルバチョフとレーガンの「核戦争に勝者はなく、決して戦われてはならない」という原則であるべきだ。また、両大国が、台湾が公式に独立を宣言しない限り、どちらも台湾に変化をもたらすために武力を行使しないという消極的安全保障を与えることも考えられる。
安全保障の交換に続いて、信頼醸成措置や危機管理措置を実施して、海上や空中で不測の事態による戦争勃発のリスクを削減することが考えられる。両国とも、挑発的な軍事演習を徐々に縮小し、台湾島周辺に配備した戦力を削減すれば良いのではないだろうか。対立がもはやそれほど軍事化しなければ、平和的交渉の見込みが高くなるだろう。
これらの措置や、台湾をめぐる敵対状態を終わらせる合意を足掛かりとすることで、当事国は、地域における協調的安全保障の基盤となり得る、より広範な安全保障体制を構築しようという気持ちになるかもしれない。それはヘルシンキ・モデルをたたき台にしたものかもしれないし、地域に適した新しい形かもしれない。調整のうえで謝罪がなされ、地域の和解プロセスが開始した後に、地域の安全保障構造は二極対立から離れ、共通の安全保障枠組みに基づく相互協力へと移行すると考えられる。
これらの努力は、ASEANのような地域の小規模な国や戦争への傾斜を防ぎ地域平和の基盤を模索するうえで不可欠な役割を果たす、市民社会団体や一般の人々によって支援されるべきである。
ヒュー・マイアルは、英国・ケント大学国際関係学部の名誉教授であり、同国最大の平和・紛争研究者の学会である紛争研究学会の議長を務めている。ケント大学紛争分析研究センター所長、ケント大学政治国際関係学部長、王立国際問題研究所の研究員(欧州プログラム)を歴任した。マイアル教授は戸田記念国際平和研究所の上級研究員である。