政策提言

北東アジアの平和と安全保障 (政策提言 No.242)

2025年08月26日配信

台湾海峡における安心供与措置: 研究クラスター報告書

ヒュー・マイアル

Image: ginchang / shutterstock

 本報告書は、台湾海峡紛争における安心供与措置の範囲を明らかにする。

 台湾海峡の緊張が高まっている今、当事者の立場は相容れないままであり、軍備の増強が進み、当事者間の公式な対話はない。戸田記念国際平和研究所は、当事者が抑止への依存を脱却して安心供与へ重点を置くようになるにはどのような方策が可能かを明らかにするため、研究グループを招集した。

 中国本土、台湾、米国、日本、欧州、ニュージーランドの研究者や政策立案者が、オンラインで2回、3回目は対面で会合を行った。目的は、主要当事者が他の当事者に対してどのような安心供与措置を求め、どのような安心供与措置を他者に提供できるかを特定することである。

 本報告書は、論文と議論の主な結論をまとめ、安心供与措置が地域の平和と安定性に果たし得る貢献について概観を示す。

 地域のアクターの現行政策は、抑止に大きく依存し、安心供与の実行はそれをはるかに下回ることがうかがえる。カイ・ヘ(Kai He)が言うように、「抑止は、防衛能力を示したり、報復を示唆したりすることによって侵略を防ぐことを目的としているのに対し、安心供与は、平和的意図を示すことによって敵対者の疑念を和らげようとするものである」。

 抑止とは、抑止者が望まない行為を敵対者が取らないようにすることを目的とする。安心供与は、安心供与者が望む行為を取ることを敵対者が検討するよう促すことを目的とする。また、応じた場合、罰せられることはないと敵対者に確信させるためにも用いられる。

 保証と安心供与は、伝統的に抑止論において重要な役割を果たしてきた。トーマス・シェリングは、敵対者が自らの意図について相手に対して安心させる行動を取ることで、エスカレーションのリスクを低減させ利益を得ることができると主張する。

 現在、台湾海峡紛争の当事国は抑止措置に大きく依存しており、安心供与にはほとんど依存していない。2025年5月から6月に開催されたシャングリラ会合で米国のピート・ヘグセス国防長官は、米国が防衛に投資することによって台湾に「抑止力の強力な盾」を提供すると述べた。同様に、中国は、台湾当局の独立宣言を抑止し、自国が主権を有する領土および領海と見なすものへの外部の介入を阻止するために軍事演習を行っている。中国と米国はいずれも、必要であれば台湾に強制的に介入することができる軍事力を持っている。

 抑止に過度に依存することのリスクは、敵対者を説得するつもりの行動がエスカレーション行為と解釈され、まさに防止するつもりの紛争の可能性を高めるかもしれないという点だ。抑止を動機とする軍事行動の悪循環は、安全保障のジレンマをもたらし、危機発生時に意思決定者による統制の喪失を招きかねない。安心供与措置も、それが懐柔策あるいは弱さの表れと解釈されるならリスクをはらむ恐れがある。しかし、安心供与の循環は、相互信頼や相互のディエスカレーションにつながる可能性がより高い。従って、安心供与の循環をもたらし得るステップは、特定するだけの価値がある。以下のセクションでは、各当事者が模索および提示した安心供与措置を解説し、そのうえでそれらをまとめる議論を行う。

 中国本土は台湾を中国の一部と考えており、米国を台湾紛争において最も影響力のあるアクターと見なしている。従って、北京は、台湾との関係だけでなく広範な米中関係全般において、主に米国からの安心供与を求めている。

 北京が米国に求める安心供与には3種類ある。第1に、米国は、中国との永続的かつ平和的な共存の必要性を受け入れることを宣言するべきである。第2に、米国は、中国との戦略的競争において優位に立つ手段として台湾との平和的統一を妨害するべきではない。第3に、米国は台湾独立を支持するべきではない。

 その見返りとして、中国本土は、台湾の平和的統一が第1選択肢であると明確にすることによって安心を供与する。これは、2022年の白書「新時代における台湾問題と中国統一」に詳しく記されている。北京は、海峡両岸の経済協力と文化交流にも力を入れている。海峡両岸の一体的発展を北京は歓迎するだろう。

 北京は、大国間の戦略的競争という考え方も、ブロック政治と冷戦という考え方も否定する。むしろ北京は、米国との競争を責任をもって平和的に管理することを望んでいる。

 台湾の法的地位については、中国は1949年に中華人民共和国が中華民国に代わって中国の合法政府となったことを根拠に法的主張を行っており、また、中国は国際法上単一の国家としての地位を保持し、領土の境界も変わっていない。中国は、1999年に李登輝が提唱した「二国論」、さらには中国を国連加盟国と認めた国連総会第2758号決議は国連における台湾の地位を解消するものではないという主張を放棄するという保証を、台湾の民主進歩党(民進党)から得たいと考えている。民進党は、独立の主張を凍結するか、または「一つの中国」を確認する中国・台湾間の「1992年コンセンサス」を今後の台湾の国際的立場に関する取り決めの基礎とすることを認めるべきである。

 北京はまた、民進党が中国本土との経済的デカップリングを進めて人的交流を阻止する政策を中止することも望んでいる。また、学校間の交流や学術交流が再開されることを望んでいる。

 抑止はもろ刃の剣と認識されている。確実な抑止力という威嚇を維持しながら、同時に人心をつかむことは難しい。そのため中国は、国民党だけでなく民進党とも協議を行いたいと考えている。協議のための合意された政治基盤がないため、当局者レベルの対話は不可能であるが、中国は研究者や民進党の元当局者とのトラックII対話を始める用意があると思われる。そのような対話は、マカオで行われる可能性がある。

 ワシントンの政治的混乱を考えると、トラックIIとトラックIを結び付けるのは現在のところ困難と思われ、米国の資金提供者らは対話に向けた努力への支援を削減しつつある。しかし、そのような対話を開催し得る機関はある。戸田記念国際平和研究所は、今回のワークショップ主催のフォローアップとしてそのような会合を共同開催する用意がある。

 北京も、高雄市長が海峡両岸の人々はどちらも中華民族に属すると認めていることを踏まえ、アモイと高雄の都市間フォーラムが行われるなら歓迎する。これは、毎年開催される上海・台北フォーラムの縁で台北と上海の間に存在するチャンネルを補完するものとなるだろう。

 北京は、米国と台湾当局が中国側からの安心供与措置の提示に反応することを期待している。

 国民党の視点から見ると、中国本土との政治的対話を進展させる方法を見いだすことは非常に重要である。今のところ台湾は戦争せずに済んでいる。しかし、平和的または非平和的手段による統一を強く主張する人々と、台湾はすでに事実上独立していると主張し、米国の支援を得て主権国家を徐々に目指そうとしている人々との間の溝は深まるばかりである。北京は第三者の仲介を排除しており、海峡両岸の経済協力も停止している。中国本土と米国の両方が抑止措置に依存しているため、結果的に双方が軍備を増強するという状況になっている。これに加えて、独自の台湾人アイデンティティーが形成されていることもあって、中国側に統一への焦りが生じており、軍事紛争の可能性も生じかねない状況である。

 安心供与措置は、相互に与え合うのであれば信頼と信用を培う役割を果たし得る。しかし、意思決定者が合理的選択から安心供与を選ぶ可能性は低いかもしれない。互いに対する恐怖は信頼を打ち消すからだ。当事者は、共感と互いの視点に対する理解を育む必要がある。

 李登輝(リー・テンフィ)総統(1990年代)と馬英九(マー・インチウ)総統(2008~2016年)の時代には、相互信頼醸成に向けた進捗があった。当時は北京も台北も、東アジアの長きにわたる平和を維持してきた慣例に従って、関係の平和的管理に向けた第1歩として紛争を棚上げすることに前向きだった。

 しかし、2019年、蔡英文(ツァイ・インウェン)総統は解決をめぐるさらなる協議の基盤となっていた1992年コンセンサスを放棄し、習近平(シー・チンピン)主席は台湾が独立に向けてさらに先手を打つことを抑止するために強圧的な措置を講じた。このような姿勢により、どちらの側にとっても、路線を反転させ、単なる抑止強化ではなく安心供与を提示することが難しくなっている。

 それでもなお、安心供与措置を提供する余地は双方にあり、それは現行政策の流れを是正することができる。台湾当局は、公式文書で独立に言及するのをやめることができるだろう。その見返りとして、中国本土の当局は、紛争の平和的解決へのコミットメントを再確認することができるだろう。台湾当局は、米国との軍事交流のレベルを引き下げ、民間ベースに留めておくことができるだろう。中国本土は、台湾の海岸線から24海里より外に軍を留め、台湾付近で軍事演習を行うのをやめることができるだろう。台湾当局は中華民国憲法(一つの中国に言及している)と「台湾地区および大陸地区人民関係条例」へのコミットメントを再確認することができるだろう。中華人民共和国の2005年反国家分裂法に定める手順に従って、北京と台北は敵対状態の終息を宣言し、両岸関係の未来像を描くための政治的協議を行い、平和的統一に向けたステップと取り決めを合意し、台湾当局の地位および台湾がその地位と両立する国際的活動を行う余地を決定することができるだろう。また、中台双方が軍事的・政治的信頼醸成措置に合意し、相違はひとまず置いて共通の土台を模索することもできるだろう。

 北京は、1992年コンセンサスを受け入れた際に台湾当局に譲歩したと主張する。民進党政権下の台湾当局は、これを否定している。1992年コンセンサスに定めた事柄を実行して交渉の道を切り開くためには、新たな創造的な考え方が必要である。北京の一部の研究者は、台湾側が先に行動を起こせば、双方が対話のための新たな政治的基盤を見いだすことができるだろうと示唆している。

 台湾のアイデンティティー政治がこれ以上進展すれば、これらの安心供与措置を実行することが難しくなる恐れがある。しかし、台湾海峡両岸の人々は同じ中華民族と文化に属している。短中期的に、彼らは平和的共存を維持するための基盤を見いだす必要がある。

 ワークショップの時点では、トランプ2.0政権の台湾・中国に対する政策がどのようなものになるかを予測することが難しかった。ウクライナなど他分野の外交政策では、トランプ大統領は前大統領の外交・安全保障政策を根こそぎひっくり返すことに意欲的である。トランプ大統領が、遠征任務から米国の撤退を図り、本土防衛、中東、欧州に集中することを優先していることを示す証拠がいくつかある。彼は、同盟国を動揺させたり、世界中の国に関税を課すことをいとわない。その範囲で言うと、台湾が、中国にとっても米国にとっても不可欠な先進的データチップの生産で世界を主導していることは極めて重要である。驚くかもしれないが、トランプ大統領は、中国に対してポジティブな見方を、台湾に対しては他の米国人政策立案者よりもネガティブな見方を表明している。2025年7月に頼清徳(ライ・チントー)総統の訪米を許可しなかった決定は、本ワークショップで論じた安心供与措置の一つと一致している。また、彼は11月に習近平主席と会談することを目指しており、貿易戦争やその他の米中紛争に関してディールをまとめることを視野に入れている。台湾製データチップは、そのようなディールの材料となるかもしれない。両首脳の2国間外交は、米中関係と米台関係を新たな軌道に乗せる可能性がある。それは恐らく、台北の視点からは気掛かりなものに見えるかもしれない。

 2025年5月のシャングリラ会合で米国のピート・ヘグセス国防長官は、米国が抑止を強化することによって台湾の平和を維持すると述べた。同月トランプ大統領は、米国の国防予算を13%増額することを求めた。米国は、東アジアにおける巡航ミサイルその他の最新兵器の配備を増強しつつある。にもかかわらず、米国による抑止の効果は不確実だという軍事的判断がある。地域における力のバランスは中国の優位に移行しつつあると考えられ、米中両国がそれぞれ実施した図上演習では、台湾をめぐる通常戦争で中国が勝者になるかもしれないことを示唆している。さらに、戦略的曖昧さという米国の政策により、中国が武力行使した場合に米国がどのような行動を取るかが不透明である。軍事介入に対する国民の懐疑論、世論の分断、それに加えてトランプ大統領の予測不能性は、米国がどのように対応するかを不透明にしている。

 台湾をめぐって軍事的紛争が起こった場合の地域的、世界的代償と、米中間の高い経済的依存を考えると、双方とも紛争を回避する強い動機がある。米国と中国は、戦略的安定性を高めるための行動を取ることができるだろう。例えば、空中や海上での意図しない遭遇からのエスカレーションを避ける行動規範に合意する、危機管理のための通信システムを維持する、軍備管理協定を結ぶといったことだ。

 政治的安心供与措置については、米国は、一つの中国政策を再確認し、台湾当局者とのハイレベル会合を避け、台湾当局との関係を非公式なものに留め、独立の動きを阻止し、台湾への軍事援助を防衛兵器に限定することによって、中国に安心供与することができるだろう。

 米国は、防衛兵器を提供し、強制的な統一の試みを抑止するために十分な能力を自らが維持することによって、台湾に安心供与することができるだろう。

 日本は「一つの中国」政策を支持していないが、日本政府は、「台湾は中国の不可分な一部である」という中国の立場を尊重し理解すると述べている。これは、中国と台湾当局が台湾の地位に関する紛争を解決する平和的な方法を見いだすという理解に基づくものである。

 ほとんどの日本国民は、台湾と中国を別個の国と見なしている。彼らは、台湾に対して隣人としての感情を持ち、台湾を日本に最も近い民主主義国家と考えている。日本と台湾は、パンデミックや自然災害の際には互いに支援を提供し合ってきた。

 ロシアのウクライナ侵攻を受けて、日本の人々は東アジアで同様の事態が生じるのではないかと懸念している。そのような「台湾有事」が発生し、米国が台湾に介入した場合、在日米軍が攻撃を受ける可能性があり、ひいては日本が紛争に巻き込まれる恐れがある。そのような事態になったときに日本の自衛隊が台湾に提供できる支援は、限定的なものと考えられる。自衛隊が台湾に居住する日本国民を退避させることができるかどうかさえ不透明である。日本が台湾を助けに来てくれるという台湾人の認識は、現実的ではないかもしれない。自衛隊と台湾の軍隊は定期的な連絡を取っておらず、互いの状況に関する十分な理解もない。

 自衛隊と人民解放軍の間にはホットラインが存在するものの現在利用されておらず、これを稼働状態に維持することが重要である。また、台湾周辺の海域および空域で活動する全ての軍の間で運用される多国間ホットラインも必要である。

 台湾をめぐる紛争は地政学、イデオロギー、主権の観点から考えることが一般的である。しかし、これは根本的に、利益に基づく対立というだけでなく、アイデンティティーに基づく紛争である。主要当事者である米国、中国、台湾のいずれも、集合的夢と集合的トラウマを中心に自らのアイデンティティーを形成している。

 米国の場合、その夢は「アメリカを再び偉大に」し、米国の優位性を維持することだ。台湾を失うことはこの夢を脅かすだろう。

 中国本土の場合、集合的夢は民族復興であり、集合的トラウマは百年国恥である。台湾復帰は、中国がこのトラウマから回復するテストケースと見なされている。

 台湾の場合、トラウマは1947年2月28日の虐殺事件とそれ以降の「白色テロ」において国民党政権によって数千人もの台湾人が殺害されたことである。そのため台湾の人々は中国の独裁主義的な新政権の誕生を警戒し、そのような政権は同じように振る舞うのではないかと恐れている。だからこそ台湾の人々は自分たちの民主主義と事実上の独立に固執し、米国の抑止力によって強大な隣国から防御しているのだ。

 三つの当事者全てに、一部の人々がこれらの集合的夢は戦争によってのみ達成できると考えるようになるという危険性が存在する。しかし、これらの集合的夢を台湾の未来に結び付けることによって、それは全ての当事者の存亡にかかわる一か八かの状況となり、武力行使が正当化される恐れがある。とはいえ、戦争は全ての側にとって膨大な損失をもたらす。中国は、台湾に統一を強制するなら、国際的な正当性と敬意を失うことになる。米国は、インド太平洋における政治的・経済的地位を失うことになる。そして台湾は、その民主主義が平和に依拠する以上、最も多くのものを失うことになる。

 アイデンティティーのニーズを満たす、武力に訴える必要のない方法がある。戦略的安心供与は、他の当事者のアイデンティティー・ニーズを尊重し、自制のコストを低減することを目的とする。全ての当事者による外交および公式声明は、他の当事国のアイデンティティー・ニーズに対してもっと敏感になることができるだろう。台北は、中国を敵対国と呼ぶのを避け、脱中国化政策を撤回することができるだろう。全ての当事者が、共通の未来を描くナラティブを構築することができるだろう。

 これらや同様の方法によって、台北と米国は、北京に対し、民族復興のために強制的統一は必要なく、台湾の民主主義は必ずしも公的な独立を意味するわけではないことを保証する方法を見いだすことができるだろう。北京は、他の当事者に対し、自らの目的が海峡両岸の合意と対話を通して達成した平和的統一であることを保証することができるだろう。

 アイデンティティーは集合的経験に基づくが、柔軟に変わり得るものでもある。多くの場合、最高指導者がそれを形成する。民族復興(中華民族の偉大なる復興)という目標を定めたのは習近平主席である。北京の焦りは、台湾でアイデンティティー意識が変化していくことへの恐怖によって駆り立てられている。人心を掌握することが不可能になれば、平和的統一の見込みは失われる。中国本土の若年層、特にエリート大学の若者たちは、民族復興を自身の最優先事項とは考えておらず、台湾における武力行使を好まない(もっとも、タクシー運転手は見解が異なるかもしれない)。指導者の世代交代があれば、優先事項も変わる見込みが出てくるかもしれない。北京は、台湾においてアイデンティティーは複雑かつ物議をかもすものであることを考慮に入れる必要があり、台湾を追い詰めて民進党のナショナリズム的アプローチが唯一の選択肢となるような事態を招かないようにする必要がある。

 表1に、主要当事者のそれぞれが取り得る安心供与措置に関する全ての参加者の提案を記載した。明らかに、当事者は安心供与戦略を策定したいと思うなら幅広い選択肢の中から選ぶことができるようだ。

 ごく短期的には、優先事項は武力紛争を回避することである。このことは、武力紛争と当事者が恐れる他の選択肢の間の選好を変化させ得る措置から始めるだけの理由があることを示唆している。台湾当局が中国本土に対し、独立に向けた前進を続けるつもりはないことを納得させ、分離独立への北京の懸念を緩和するなら、中国はその軍事的抑止を安全に縮小することができるだろう。米国が中国に対し、米国は台湾を中国との戦略的競争の手段として利用しないことを納得させるなら、同じことがいえる。次いで、中国の軍事演習の規模と頻度が少なくなれば、東アジアにおける米国の軍備増強の必要も少なくなる。

 中長期的には、安心供与措置は当事者に対してそれぞれが優先する選択肢が併存可能であることを納得させることができるだろう。その場合には、「一つの中国」と「1992年コンセンサス」の枠組みを超える、またはそれに立脚する、政治的協議のための新たな基盤を構築することによって、交渉と平和的な紛争管理への道が開かれるだろう。

 国内政治と政治的相違は、これらの安心供与措置がどこまで受容されるかに重要な影響を及ぼす。現時点で、台湾では今後進むべき道に関する深刻な政治的不一致がある。そこまでではないものの、米国の政治においても同じことがいえる。中国でも同様である可能性が高いが、相違点はそれほど一般の目に触れないだろう。台湾では、政党内のトラックII協議が、本稿で報告されたような対話を補足するために役立つかもしれない。

 安心供与措置は、既存の抑止政策とどこまで両立し得るだろうか? 中国本土の政策立案者らは、軍事演習のテンポを減らせば民進党が独立実現の努力を強化する恐れがあると主張するかもしれないし、米国の政策立案者らは、台湾への軍事援助や東アジアにおける米国の軍備増強を縮小すれば中国に弱さの表れと受け取られる恐れがあり、それによって台湾をめぐる武力紛争の可能性が高まると主張するかもしれない。一方、台湾の海岸線から24海里以内の海域を航行しない、軍事演習の頻度を減らすといった自制措置を取れば、米国や台湾当局による相互措置につながる可能性がある。例えば、米国が台湾への武器売却を削減する、台湾当局が分離独立に対する中国の懸念を和らげるための宣言的措置を取るといったことだ。原理的に、そのような初期段階の自制措置は抑止力の保持と両立し得ないということはない。

 抑止が効果的に働くためには、全ての側が自らのレッドラインを明確にしなければならない。しかし、そのような明確さが存在しているかどうかは疑わしい。例えば、米国が台湾への武器売却を大幅に拡大したなら、それを北京は機微に触れるエスカレーションと受け取るだろうが、だからといって直ちに強圧的な措置の引き金になるかどうかは不明確である。同様に、中国が本土と台湾の間の海域における米国船の活動の領域を制限した場合、米国とその同盟国はこれがレッドラインを超えたと考えるかもしれないが、彼らがどのような軍事対応を取るかは不明確である。重要な点として、台湾当局が別個の国家であるという主張を続け、事実上の独立に向かっての措置を進める場合、北京がどの時点で(反国家分裂法の文言で言うなら)平和的統一の可能性が完全に失われたと判断するかは不明確である。

 まさにレッドラインがどこにあるかが不明確だからこそ抑止が効力を発揮するのだと、抑止論者は主張する。しかし、不明確であれば、当事者がレッドラインに意図せずに近づき越えてしまい、誰も望まない戦争になだれ込んでしまうという可能性も出てくる。

 さらに先を見見すえて、ワークショップの参加者らは、どうしたら2049年までに台湾海峡に平和な未来が訪れる可能性があるかについて、それぞれの見通しを論じた。驚くべきことではないだろうが、参加者の数だけ多くの見通しがあった。それらには、平和的統一、連邦制と大幅な自治権を伴う多元的な中国、「一つの中国、複数の中華民族」モデル、高度な発展と改革を遂げた中国と東アジアのスイスとなった中立的台湾の協力、そして、恐らくより現実的な、台湾の独立宣言もなく中国が統一を強制する利益もない現状維持である。

 参加者らが寄せた意見から、台湾における武力紛争は不可避ではなく、当事者が互いに安心を供与することで、抑止がエスカレートする循環ではなく安心供与の循環の可能性を切り開くために、多くの策を取り得ることが示唆される。ワークショップでは、そのような措置に対する当事者の公式な対応を判断することは不可能であった。これらが議論され、広まるようにすることによって、台湾海峡における武力紛争を回避し、より平和的な未来に向けた道を切り開くために寄与できることを、戸田記念国際平和研究所と参加者は願っている。

中国本土
平和的統一が中国の第1選択肢であることを明確にする
紛争の平和的解決へのコミットメントを再確認する
海峡両岸の経済協力と文化交流を支援する
民進党とトラックII対話を行う
大国間競争とブロック政治への反対を宣言する
アモイと高雄の都市間フォーラム
台湾の海岸線から24海里以内への軍の進入を避ける
軍事演習の規模を縮小する
敵対状態の終息を宣言する
両岸関係の未来像を描くための政治的協議を行う
平和的統一に向けた取り決めを交渉する
台湾当局の地位について交渉する
台湾の国際的地位と活動の範囲について交渉する
他の当事者のアイデンティティー・ニーズに対する配慮を示す
共通の未来のナラティブを構築する
米国および日本とのホットラインを運用する
軍備管理と戦略的安定性について米国と交渉する
台湾当局
独立の主張を凍結する
公式文書で独立への言及を控える
中華民国憲法と両岸条例へのコミットメントを再確認する
二国論を放棄する
国連総会第2758号決議は台湾の地位について未解決という主張を放棄する
敵対状態の終息を宣言する
両岸関係の未来像を描くための政治的協議を行う
本土との経済協力と交流を再開し発展させる
平和的統一に向けた取り決めについて交渉する
台湾当局の地位について交渉する
台湾の国際的地位と活動の範囲について交渉する
軍事的・政治的信頼醸成措置について北京と合意する
相違点は棚上げし、北京との共通点を模索する
1992年コンセンサスを超える新たな協議基盤を構築する
中国側の対話者とのトラックII対話を行う
他の当事者のアイデンティティー・ニーズに対する配慮を示す
中国本土を敵対国と呼ぶことを避ける
脱中国化政策を自制する
共通の未来のナラティブを構築する
米国
米国が長年掲げてきた「一つの中国」政策を繰り返し表明する
中華人民共和国との長期にわたる平和的共存の必要性を受け入れる
平和的統一を妨害しないことに同意する
台湾の独立を支持しないことを宣言する
台湾当局の独立の動きを阻止する
台湾当局との関係を非公式なものに留める
台北への高官級の訪問を避ける
台湾への軍事援助を防衛兵器に限定する
台湾に対する武力的措置を阻止する
偶発的な事態悪化を回避するための行動規範に同意する
危機管理のための通信システムを維持する
他の当事者のアイデンティティー・ニーズに対する配慮を示す
共通の未来のナラティブを構築する
軍備管理と戦略的安定性について中国と交渉する
日本
中国の「一つの中国」原則への尊重と理解を表明する
台湾問題の平和的解決を支援する
台湾の人々と民主主義を支援する
台湾有事における自衛隊の支援の限界について現実的に認識する
人民解放軍および台湾付近で活動する全ての国とのホットラインを運用する

ヒュー・マイアルは、ケント大学国際関係学部の名誉教授であり、英国の主要な平和・紛争研究者協会である紛争研究学会の議長を務めている。ケント大学紛争分析研究センター所長、同大学政治国際関係学部長、チャタムハウス(王立国際問題研究所)欧州プログラムの研究員を歴任した。2020年から2024年まで戸田記念国際平和研究所の上級研究員として北東アジアにおける平和と安全保障について取り組んだ。