政策提言

協調的安全保障、軍備管理と軍縮 (政策提言 No.99)

2021年01月13日配信

核兵器禁止条約は事実である

ヨルグ・ハースチェンス

 本稿(Jorge Hersschens著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.99「核兵器禁止条約は事実である(The Nuclear Ban Treaty is a Fact)」(2021年1月)に基づくものである。

 1968年の核不拡散条約(NPT)は、主に核兵器および関連技術の拡散を防止することを目的として制定された。また、核軍縮についてその後の交渉を促進することも目的としていた。しかし、この条約は核戦争が人類に危険をもたらすことを明確に認識しているものの、核兵器を違法とする条項を含んではいない。

 核兵器の他国への拡散は比較的限られており、NPTの主目的は達成されている。しかし、核武装国(「保有国」)による核軍縮という重要な問題については何の進展も見られていない。保有国はいずれも北半球に位置し、パキスタン、北朝鮮、そしておそらくインドと中国を除いて、主に裕福な国々である。また、何よりもまず核兵器の使用と使用の威嚇、さらにはその開発と配備を禁止する核兵器禁止条約(TPNW、または核禁止条約)の調印はおろか交渉すら拒否しているのは、まさにこれらの裕福な国々である。長年にわたり、このような進展の欠如は「非保有国」によって何度も取り上げられ、その結果、NPTの妥当性がますます疑問視されるようになっている。そのため、TPNWは、NPTの失敗に対する反応であると同時に、NPTに表明された核廃絶という目的の論理的延長でもある。

 その一方で、1970年代以降に制定された重要な核軍備管理条約が失効している。米国とロシアの間の「新START」条約のみがまだ有効で、2026年2月まで延長されている。また、戦後70年を経て、総力戦と核兵器使用の恐怖はわれわれの集団的記憶からほぼ消え去ったようで、そのため、いわゆる抑止効果が弱まっている。

 NPTに従って合意された既存の核兵器の軍縮や廃棄をする代わりに、すべての核保有国が核兵器の近代化を進めている。軍備管理条約がない状態では、これらの兵器に対していかなる制限も法的に適用することができない。さらに、テロ組織が核兵器技術や核物質を入手して使用するリスクは、完全に開発された核装置でないにせよ放射性物質を飛散させる「汚い」爆弾であれば、現実味を帯びている。これらの要因が重なり合う現在、われわれは再び、極めて危険な破滅の瀬戸際にあるかもしれない世界に生きていることになる。

 ベルギーの新たに形成された政権が2020年9月30日に調印した連立協定は、核禁止条約がどれほど「多国間核軍縮に新たな勢いをつけられるか」を検討すると誓約した。これによりベルギーは、同条約を承認した唯一のNATO加盟国となった。とはいえ、約1カ月後に行われた連邦政府の施政方針演説で、この誓約が繰り返されることはなかった。ベルギーは小国であり、軍事的には弱小国であるが、核禁止条約に関するベルギーの行為(または不行為)が大西洋同盟にとって意味がないと結論づけるのは、多くの理由から間違いだと言えよう。

 第1に、NATOの創設メンバー国であるベルギーは、1966年以降NATOの政治・軍事の本部所在地となっている。首都ブリュッセルも欧州連合(EU)の主要な政治的中心地となっているため、ベルギーは、共通の加盟国が22カ国ある両組織間の調整や協力の拠点として機能している。これは、核禁止条約に関してベルギーが下した決定が両組織に直接影響を及ぼすことを意味する。従って、ベルギーはいずれの決定も軽々しく行うべきではない。

 第2に、ベルギーはNATOの核態勢において重要な役割を果たしている。1963年より米国の核兵器がベルギー国内に配備されており、現在も爆発出力0.3〜170キロトンのB61戦術核が約20基ある。そのような前方展開は、オランダ、ドイツ、イタリア、トルコでも行われている。2016年のワルシャワ・サミットで改めて表明された通り、NATOの核態勢は加盟国間の連帯、安全保障の不可分性、同盟自体の結束に依存している。従って、事実上の核兵器国のいずれかが前方展開を放棄すれば、同盟は著しく弱体化する恐れがある。最も重要な点は、現時点ではいずれのNATO加盟国もTPNWの調印を検討さえする気がないことである。なぜなら、自国領内の核兵器配備は条約に直接違反することになるからである。しかしベルギーは、核禁止条約に建設的に協力することにより、同条約がNPTの多国間軍縮に関する条項と必ずしも矛盾しないことを他の加盟国に納得させられるかもしれない。そうすればベルギーの同盟国は、同国にならってTPNWに調印することで足並みをそろえ、集団安全保障組織としてのNATOを弱体化させることなく、核軍縮を改めて強化することに、より前向きになるだろう。

 第3に、ベルギー国内の状況をより詳細に検討すると、周辺の核兵器受け入れ国にも、また、恐らくは他のEUまたはNATO加盟国にも見られる興味深い事情が明らかになる。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が委託した2020年11月のYouGov社の世論調査によれば、ベルギー国民の大多数が核兵器に断固として反対しており、前方展開された核兵器をベルギー領土から撤去することには人口の57%が賛成し(ちょうど1年前の賛成49%から増加)、反対はわずか23%であり、核禁止条約への調印には77%が賛成している(66%から増加)。ベルギーでは四つの主な平和運動団体が数十年にわたり、領内の核兵器の存在と大量破壊兵器全般を非難してきた。地上発射型巡航ミサイルの配備を止めることはできなかったが、1983年に行われたベルギー史上最大の抗議活動は恐らく欧州における核兵器に関する世論を強化するために役立ち、ひいては5年後のミサイル撤去につながったと思われる。言うまでもなく、40年近く経った現在もB61無誘導爆弾は撤去されていない。オランダ、ドイツ、イタリアなど、これらの爆弾が配備された他の欧州諸国でも非常によく似た状況が展開した。

 ベルギーでは米国の核兵器を受け入れることに賛成しているのは少数派であるため、国内政党の多くはいささか苦境に立たされている。一方で、彼らはNATOに対する国家の約束を守る責任があり、他方で、世論、特にそれぞれの有権者層に対応する必要がある。2019年にベルギーの核兵器反対同盟「#NoNukes.be」が北部フランドル地方の主要政党を対象に行った調査では、現状維持に賛成する政府の立場は国民世論とまったく対照的であることが明らかになった。ベルギー(ひいては欧州)における核の現状維持に賛成する政党の主張は、ワルシャワ・サミット共同声明に示されたNATOの規定におおむね同調するものである。本質的に、世界に核兵器が存在する限り、NATOは核能力を保持する。同時に、NPTの完全実施に向けて強く注力することをNATOは強調している。欧州における核兵器の数を冷戦絶頂期から大幅に削減したうえで、さらなる削減を行うには現在の状況は望ましくないとNATOは主張する。特に、ロシアの軍事力がもたらす脅威、また、NATOはロシアに大きな互恵関係を期待していないことを考えると、前方展開された核兵器の撤去は現実的でも実用的でもない。

 NATOは、平和、人権、民主主義の社会を維持する使命を堅持し、安定をもたらすために世界的な役割を繰り返し果たしてきた。しかし、NATOによるアフガニスタンとリビアへの介入は地域の極端な不安定性をもたらし、その東方拡大はウクライナに戦争の火種を招いたかもしれない。NATOの民主主義を促進する資格について言えば、ベルギーでの核の前方展開は米国とベルギー政府間の密約で決められ、国民の議論はおろか、議会での議論も行われなかった。

 ベルギーは、1995年に対人地雷を、2006年にクラスター爆弾を、2009年に劣化ウランを含んだ兵器を最初に禁止した国として先駆的な役割を果たしてきた。ベルギーはこの役割を再び担い、核禁止条約に調印する最初のNATO加盟国となって、世界の他の国々、すなわちすべての「非保有国」、世界の「嘆かわしい国々」との連帯を示すべきである。新たな安全保障構造を創出することは可能であり、創出しなければならないということを、危険を覚悟で近隣国や同盟国に伝えるべきである。ベルギーはこれを機にTPNWを支援することによって、NATOがもたらす連帯と安全保障がその境界を超えて広がることを非核武装国に示すことができる。それによって核武装国に対し、NPTにおける役割履行への圧力を高め、NPTが現在陥っている手詰まり状態の解決に一役買うことができるだろう。

本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.99の要約版である。

ヨルグ・ハースチェンスは、平和運動団体「パックス・クリスティ・フランデーレン(Pax Christi Vlaanderen)」の「国際安全保障および軍縮」ワーキンググループのメンバーである。セント・アンドリューズ大学(スコットランド)で英語・英文学の修士号、アントワープ大学(ベルギー)で政治学の修士号を取得した。2022年よりアントワープ大学の政治学博士課程に進学し、欧州分断のテーマに取り組む予定である。