政策提言

協調的安全保障、軍備管理と軍縮 (政策提言 No.138)

2022年10月20日配信

「ノルドストリーム」パイプライン爆発の謎

ラメッシュ・タクール

Image: Viacheslav Lopatin/Shutterstock.com

 本稿(Ramesh Thakur著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.138「「ノルドストリーム」パイプライン爆発の謎(The Mys-tery of the Nord Stream Pipeline Explosions)」(2022年10月)に基づくものである。

 本政策提言は、天然ガスパイプライン「ノルドストリーム1」と「ノルドストリーム2」の破壊工作を行った容疑をかけられている4カ国について検討し、各国がパイプラインを破壊する手段、機会、動機を考察する。

 2本の「ノルドストリーム」ガスパイプラインは、ロシアのサンクトペテルブルク付近からドイツ北西部までバルト海の海底を通っている。

 2022年9月26日、2本のパイプラインは意図的な破壊工作による海中爆発で大きく損傷し、大量のメタンガスが漏出した。ほぼ全ての西側メディアがロシアを名指しで非難したが、モスクワはロシアに敵対する者の仕業であると主張した。世界のニュース報道や解説は西側メディアが支配しているため、ウクライナに関する西側の報道がどれほど国際的認識から外れているかに気付いている人は、西側にはごくわずかしかいない。

 容疑者として考えられるのは4カ国、ロシア、米国、ポーランド、ウクライナである。公平かつ独立した捜査が行われる見込みは、極めて低い。ここはむしろ、正統派スリラー小説のスタイルで、手段、機会、そして最も真実を明らかにする動機について考察するのが良いだろう。

 手段という点では、破壊工作は十分に洗練されており、訓練と装備が整った海軍、特殊部隊、技術的計画、専門家による兵站支援を伴ったものである可能性が高く、1カ国またはそれ以上の国家の関与が必要である。機会という点では、手段を備えた国であればいくらでも機会はあったはずであるが、ポーランド、デンマーク、スウェーデンに囲まれた海中という位置を考慮すると、完全に発覚を免れることは、ロシアにとっては他国より難しいだろう。しかし、不可能ではない。

 動機を論じるために、犯罪スリラー小説でおなじみの問い、「得をするのは誰か?」を問うのが良いだろう。

インシデントの引き金とするための偽旗作戦や挑発行為の歴史的事例

 歴史上、より強大な国が偽旗作戦を実行し、軍事的インシデントを引き起こし、あるいは無理難題の最後通告を発して攻撃や侵略の契機とするという事例は無数にある。例えば、1931年の南満州鉄道爆破事件、1933年のドイツ国会議事堂放火事件、1964年のベトナム沖における米駆逐艦2隻への一方的攻撃、1999年にセルビアが法的に曖昧なランブイエ最後通告を拒絶した後のNATOによる対セルビア戦争などだ。

 国連のお墨付きを得た1991年の湾岸戦争でサダム・フセインが敗北した後、安全保障理事会決議687により、イラクの全ての大量破壊兵器(WMD)とWMD関連の全ての資材および設備、ならびにそれらの運搬手段を、国際監視下で解体、破壊、撤去することが要求された。しかし、1998年に国連特別委員会(UNSCOM)の人員が追放され、イラクは委員会への一切の協力を終了した。

 2003年、ブッシュとブレアの方策は、侵攻と体制転換の口実とするため、イラクの反抗を誘発しようとすることだった。侵攻を合法的なものにする条件を整える必要があったため、「政策に合わせて情報と事実が作り上げられつつあり」、米国はすでに軍事行動の正当化に必要な条件を整えるための工作を始めていた。だがこの方策は未遂に終わった。なぜなら、サダム・フセインが国連の要請に従って、国連査察団がイラクに戻って業務を再開することを認め、それによって侵攻を正当化する口実探しを回避したからである。

 10年後の2013年8月21日、シリアのバッシャール・アル・アサド大統領が、ダマスカス郊外のグータで化学兵器を使用して市民を攻撃したとされた。シリアとロシアは、軍事的にほとんど得るものがなく、政治的に失うものが大きいことから、反政府勢力の偽旗作戦であるとして非難した。すでに米国の関与を強く要求していた人々は、ワシントンの内輪の議論でサリン使用を格好の材料として利用し、ミサイル攻撃でアサドを罰するべきだという声高な要求がなされた。

 しかし、オバマ大統領は攻撃には断固として反対した。2017年4月にハーン・シェイフンへの攻撃で再び化学兵器が使われたとき、トランプ大統領はシリア空軍の罪であるとして、シリアにミサイル攻撃を行った。誰が得をするのか? かつてイラクで国連主任兵器査察官を務めたリチャード・バトラーは、証拠がない以上、「シリアがハーン・シェイフン空爆で化学兵器を使用したという米国の主張」について疑いを抱く「多くの理由が、過去の経験からも、極めて論理的な帰結としても存在する」と述べた。

容疑者1: ロシア

 ロシアは、ノルドストリームの破壊工作によって得るものが最も少なく、失うものが最も大きい。なぜなら、それによって、欧州に対する影響力の最大の源泉が破壊されたからである。「テレグラフ」紙(英国)の欧州担当編集者ジェームズ・クリスプは、ロシアの仕業であると非難し、すでに高騰しているガス価格がパイプライン爆破によってさらに上昇し、欧州の生活費危機がいっそう悪化すると論じた。しかし、それならばロシアは、何も非常に高価な資産を破壊しなくても、バルブを閉めれば良いだけの話である。デビッド・アンダーソンは、クリスプの歪曲した説明を次のように「解明」した。「プーチンは、してもしなくても良さそうなことをしたかもしれないし、しなかったかもしれない。しかし、恐らく彼はそれをしているだろう。なぜなら、彼は将来何かをする計画を立てているかもしれないし、いないかもしれないからだ」と。

容疑者2: 米国

 ロシアでないとするなら、米国はどうか? ランド研究所による過去の分析は参照する価値がある。2019年に発表したレポート “Extending Russia” には、2015年に欧州に輸出されたロシア産天然ガスの39%がウクライナを経由し、30%がノルドストリーム1を経由してドイツへ、29%がベラルーシを経由していた。米国は「欧州における天然ガス供給を分散化し、ロシアを経済的に拡張させるため……さまざまな選択肢」を持っており、それには「ノルドストリーム2にストップをかける」ことも含まれていた。

 2022年2月にホワイトハウスで行ったドイツのオラフ・ショルツ首相との共同記者会見で、バイデン大統領は、ロシアがウクライナに侵攻したら「ノルドストリーム2は消滅する」と警告した。パイプライン爆発後、9月30日の記者会見でアントニー・ブリンケン国務長官は、「ロシアのエネルギーへの依存をきっぱりと断ち、それによってウラジーミル・プーチンが帝国復興の思惑を進める手段としてエネルギーを兵器化するのを妨げる絶好の機会だ」と述べた。

 人々が暖房か食事かの選択を迫られるような、予想される厳冬を乗り切るために、欧州に欠かすことのできないドイツとロシアの共同インフラを、米国が本当に攻撃するだろうか? むしろ、米国が攻撃を承認し、支援と計画によって後押しするが、直接的な関与はしないというほうが考えられる。

容疑者3: ポーランド

 ポーランドは、商業的にも歴史的にもそうするだけの理由がある。ロシアとドイツの協力はことさらに耐えがたく、歴史の古傷を開くものに違いない。ノルウェーから天然ガスをポーランド経由で欧州西部に送るパイプラインから得られる多額の輸送手数料は、ノルドストリームパイプラインによって減ってしまう。ポーランド政府は、ウクライナを助けるためにあらゆる手を尽くして努力をする急先鋒に立っており、顔を立てる和平交渉のためにモスクワにいかなる譲歩をすることにも断固として反対してきた。8月にキーウを訪問した際、アンジェイ・ドゥダ大統領は、ウクライナ侵攻への罰としてノルドストリーム2の停止は十分ではないと述べた。それよりむしろ、「パイプラインの清算、完全な解体」を彼は求めた。とはいえ、ポーランドがドイツとの関係に深刻な亀裂を入れるリスクを冒すという見方は、非現実的と思われる。

容疑者4: ウクライナ

 ウクライナは、爆発によって失うものが最も少なく、得るものが最も大きい。NATOや米国を直接引き込みかねないエスカレーションに対して最も懸念を抱いていないのは、ロシアの侵略による被害者たるウクライナである。商業的には、ノルドストリームは、ウクライナを経由しないロシアの天然ガス供給を可能にするものであり、大幅な減収と欧州における影響力の低下をもたらす。地政学的にも、ノルドストリームを爆破することによって、ロシアが欧州を脅迫するために不可欠な手段を奪うとともに、ロシアに対抗する有用な資産としてのウクライナの重要性をワシントンにアピールすることもできる。そのような工作には、訓練、補給、兵站支援、重要情報の面で米国の諜報機関や軍との緊密な協力が必要であることを考えると、それはNATO加盟国候補としてのウクライナの信頼性を高める役割も果たす。しかし、目下のところウクライナはNATO加盟国ではないため、ロシアはいまなおNATOの直接攻撃は受けていない。したがって、核兵器使用にまで至る無制御な戦火拡大を防ぐ重要な防火帯の役割を果たしている。逆もまた言える。パイプラインはドイツが一部を所有しており、ロシアは、NATO加盟国を直接標的にすることは慎重に避けてきた。

 トーマス・ファジは、オンラインマガジン「UnHerd」において、ドイツへの損害は副次的なものか、あるいはそれ自体が「経済戦争のターゲット」となっている可能性があるのかと問うている。ドイツへのロシア産天然ガス供給量を倍増させていれば、ベルリンとモスクワの二国間関係は強化されていただろう。ファジの指摘によれば、ドイツの新聞は、米国がロシアの天然ガスに代わって自国の液化天然ガスを欧州に販売することを望んでノルドストリームにどのように反対したか率直に論じている。米国の戦略地政学者ジョージ・フリードマンは、2015年、ロシアとドイツの共同行動が「(欧州において)私達の脅威となりうる唯一の勢力だ。われわれは、それが起こらないようにする必要がある」と述べた。通常そのような問いを投げかけるのは非陰謀論者であるという事実それ自体が、イラク戦争以来すでに世界の他の地域では低下していた主流メディアに対する信頼が、西側社会でも崩壊していることを如実に示している。

 本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載された政策提言 No.138の要約版である。

ラメッシュ・タクールは、国連事務次長補を務め、現在は、オーストラリア国立大学名誉教授、戸田記念国際平和研究所上級研究員、オーストラリア国際問題研究所研究員を務める。最近の編著書に「The nuclear ban treaty: a transformational reframing of the global nuclear order」がある。