政策提言

協調的安全保障、軍備管理と軍縮 (政策提言 No.88)

2020年09月01日配信

EUの安全保障・防衛政策: ビッグパワーゲームの中で懸命に役割を模索

ハルバート・ウルフ

 本稿(Herbert Wulf著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.88「EUの安全保障・防衛政策: ビッグパワーゲームの中で懸命に役割を模索(The European Union’s Security and Defence Policy: Struggling to Find its Role in the Big Power Game)」(2020年9月)に基づくものである。

 EU内には、地政学的パワーゲームにおいて自らの役割を見いだすべきだという緊急の要請がある。グローバルプレイヤーとなるためには、EUは今行動しなければならない。ドイツの平和研究所が共同で発行する平和報告書は、2020年のパンデミックを「ヨーロッパにとって最後のチャンス」と呼んでいる。

 全体的論調は、EUは一致団結して外交・安全保障・防衛政策を整備する必要があるというものだ。しかし、主要な外交政策問題をめぐって、EU加盟国の間には分断が見られる。好戦的な米国政権の戦略、中国の攻撃的な侵略行為とアジアや他の地域における軍事力誇示に対して、EUが自らをグローバルな「ピース・パワー」と位置付けるには、どうするべきか? 地政学的競争が再浮上し、多国間主義の世界と良好な統治を脅かすようになった今、EUはどのような役割を果たし得るだろうか? 危機が起こる度に反射的に軍事的手段で反応するのではない、人権重視の政策をどうしたら策定できるだろうか? EU内で外交や安全保障問題における各国の多くの利害が対立している中、単一共通の外交政策の優先性を確立することは可能なのだろうか? そして、防衛政策における各加盟国の主権を考えれば、そもそもEUの統一的な軍事戦略や軍事力を目指す道があるのだろうか? もしあるなら、その目的は何だろうか? また、社会プロジェクトとしてのEUの目的はどうなるのだろうか?

 ヨーロッパにおけるこのような議論は、リベラルな国際秩序がすでに崩壊し、既存の多国間秩序が脅かされ、世界的な潮流においてEU加盟国が不穏な情勢や厳しい決定に直面している状況で行われている。

 EUは数十年にわたり、国際政治、外交、安全保障、防衛問題における役割を果たそうと努力を重ねてきた。より協調的な防衛・安全保障政策が求められており、これに向けて非常にゆっくりではあるが着実な前進が見られている。過去20~30年の間に、協力の強化、EUの軍事力、軍隊構造や兵器システム開発における重複の回避、調達の効率化、そして防衛産業における競争の促進を目的として、多くのワーキンググループ、研究、制度改革、協定、条約などが形成され、合意されてきた

 安全保障および防衛分野におけるEUの協調行動を目指して、大きな決断も下されてきた。1992年のマーストリヒト条約では、共通外交・安全保障政策(CFSP)が規定され、EUに協調のツールをもたらした。1999年の欧州ヘッドラインゴールの宣言は、コソボ戦争でEU(もっと言えば、NATO・ヨーロッパ)が空輸能力あるいは情報収集能力をあまり提供できなかったことへの反動であった。防衛問題に関する大きな政治決断の一つは、常設軍事協力枠組み(PESCO)を創設した2009年のリスボン条約である。この条約により、安全保障および防衛分野における加盟国間の協力は、たとえ他の加盟国の反対があっても、常設的に行うことができるようになった。

 もう一つの画期的な出来事は、防衛分野における欧州委員会の権限を拡大する決定である。ブリュッセルの欧州委員会は、外交・安全保障政策だけでなく、域内経済市場のルールを適用して欧州防衛技術・産業基盤(EDTIB)を確立することに積極的に取り組んでいる。委員会は、安全保障分野の研究プロジェクトを促進するほか、防衛分野のロードマップを行動計画によって策定している。

 EUは、リベラルな国際秩序と多国間主義の世界を強力に支持しており、規範の推進者として力強い役割を果たすことができると思われる。このような状況で、EUは5つの潮流に直面している。これらの潮流を受けて、現在、安全保障と防衛分野における責任と能力の拡大を求める声が高まっているのである。

 何百万人もの移民のヨーロッパ到着、特に2015/2016年のそれは、いまや“移民危機”あるいは“難民危機”と見なされている。むしろ、EUの難民・移民政策の危機と呼ぶべきだろう。当時、ヨーロッパへの移民は、共通の難民政策の合意が形成されていないなど、EU加盟国間の根本的な不一致を露呈した。EU内の政治的分極化は、基本的に、庇護希望者を保護することへの倫理的、法的、政治的な義務と責任に関する意見の分裂である。

 2010年代半ばの状況は、まったく初めてだったわけではない。しかし、その規模はいまだかつてないものだった。ヨーロッパへの移民の流れは、20世紀半ば、バルカン戦争の後に始まり、2015年にピークに達した。ほとんどの難民は戦時下の国を逃れてきた人々で、多くのアフリカ諸国から北アフリカを経由して来ていた。2015年、EUは、このような状況に対処する用意がまったくできていなかった。

 長年にわたり、EUの加盟国とその機関は、共通の移民政策の合意を形成してこなかった。問題の核心は、EU加盟国が移民を最初に到着した国に送還する権限を認める、いわゆる「ダブリン・システム」である。そのため、ギリシャ、イタリア、マルタ、さらにはスペインやハンガリーのような国々は重い負担を強いられており、約束され、期待されたような他のEU加盟国からの支援も得られていない。

この根本的危機に対処するため、EUは、三つの問題領域に取り組んでいる。

  • 第1に、出身国および通過国と協力して、移民の根本原因に取り組み、政治、人道、開発面の援助によってそれらの国々を支援すること。紛争の根本原因に取り組むことは良いアイディアではあるが、それは決して短期的な解決策ではない。
  • 第2に、EUの対外国境を、物理的にフェンスによって、また、主として警察の動員や軍事的手段によって強化および防備し、難民を入国させないこと。
  • 第3に、共通の欧州難民制度を確立すること。

 結論として、まだ解決策の見通しは立っていない。通常の超国家的かつ全会一致の決定に代わる解決策としては、国家主義に立ち戻って各国がそれぞれの問題に取り組むことにするか、あるいは中心グループの加盟国が政策ソリューションによって先を行けるようにする「二重スピード」コースになるだろう。しかし、それは、EUが広めようとしている好ましい共通の道筋ではない。

 英国のEU離脱が意味することは、EU共通の防衛・安全保障政策の合意達成がブレグジット後はより容易になるだろうが、英国の財政貢献と重要な軍事力はもはやEUにもたらされないということである。ブレグジットによって、協力がより複雑になり、おそらくより費用のかかるものになると言って間違いないだろう。

 米国政権によれば、ヨーロッパは自身の防衛のために十分な対策を行っていないという。2014年、NATOは、各加盟国がGDPの少なくとも2%を防衛予算に充てることを目指す決定を行ったが、この目標を達成したのはNATO28カ国中9カ国のみである。

 多くのヨーロッパ諸国は、通常、米国の批判に反論し、例えば、開発援助のために米国よりもはるかに多くの資金を費やしていると主張してきた

 しかし、いまや、米国への依存を減らすためにEUは支出を増やす努力を強化し、ヨーロッパの安全保障問題における自律性を高めるべきだという議論がなされている。また、近年、数カ国の防衛予算が増額されている。

 EUの防衛政策は、EUとNATOの加盟状況の相違によって複雑になっている。NATOとEUの役割分担については、まだ合意が達成されていない。

 中国の経済力拡大は、根本的なパワーシフトをもたらした。経済大国であり軍事大国である米国と中国が世界的競争を繰り広げる中、EUの立場はひいき目に見ても取るに足らないものである。EUは、米国との密接な同盟関係を継続したいと思っている。その一方で、EUは、中国との協調政策も追求している。EUは、中国を経済的競争相手であると同時に体制的ライバルであると見なしている。一部のEU加盟国は他の加盟国より中国に経済的に依存しているため、EU全体としてのアプローチを実現することは難しい。

 EUの対ロシア関係は、ロシアのクリミアおよびウクライナ政策を受けて、厳格な制裁政策と対話を模索する外交的イニシアティブとの間で板挟みになっている。軍備管理の問題については、グローバルフォーラムと条約を維持することがEUの関心事項であるが、この点でEUは主要プレイヤーではなく、米露関係に依存している。

 このような地政学的側面が強い駆け引きにおいて、EUが共通外交・安全保障政策を通して役割を見いだそうと苦心することは、今に限ったことではない。EUの野心は、二つの大国のいずれに対する依存も減らし、自らが主要プレイヤーになることである。これはすでに、2003年の欧州安全保障戦略で、「より良い世界における安全なヨーロッパ」とためらいがちに表明されていた。そして、2016年のグローバル戦略では、「共有されたビジョン、共通の行動: より強いヨーロッパ」という自信を強めた言葉で表明された。

 EUの原則には、関与、協力、多国間主義の世界の堅持、グローバル・ガバナンスの回復の重視がある。しかし、最近では、防衛をEUの最重要事項にする方向で重点がシフトしてきている。EUの防衛態勢を強化するという政治的意思が、ここには明確に表れている。しかし、それをどのように実践に移していくかは、まだ分かっていない。

 コロナ危機によってまったく新しい状況が生まれ、それは、世界のリーダーシップに対する信任に肯定的な影響と否定的な影響を及ぼしている。米中の対立は、EU委員会によれば、「両国間の多面的紛争という国際安全保障上の脅威を露呈させた」。コロナ危機によって、EUの政治的意思決定者たちは、社会全体のロックダウンによる経済的悪影響に対処するために、多くの鉄則を放棄せざるをえなかった。これが最も顕著に表れたのが、通貨の安定性や累積債務に関する規則など、EUおよび加盟国の予算規則である。2020年7月、今後7年間にわたる総額1兆8000億ユーロのパッケージが合意された。さらに、7500億ユーロのコロナ復興基金が計画されている。議論は難しく、賛否両論となったが、合意に達することができた。

 コロナ危機が予算面で及ぼす長期的な影響がどのようなものになり、復興計画がどのようなものになるかは、まだ分かっていない。安全保障と防衛分野の予算面では、二つの相反するシナリオが考えられる。

 第1に、コロナ危機の経済的悪影響が予算にもたらす圧力を考えると、EUとNATOの高官はやめるよう警告しているものの、EUの防衛予算が凍結あるいは削減されるかもしれない。

 第2に、それとは対照的な、そして、より可能性が高いシナリオは、EU加盟国および欧州委員会の復興計画があまりにも大規模なため、現行の防衛予算がほとんど取るに足らない額に見えるというものである。軍備調達計画が経済状況の安定に用いられることによって、防衛産業に利益をもたらす可能性がある。

 欧州委員会の今後7年間にわたる予算は、研究開発、気候変動対策、デジタル化に関する将来の重要プロジェクトを犠牲にするものであることが議論を呼んでいる。このような多くの不確実性にもかかわらず、防衛費には多額の予算が配分されるだろう。なぜなら、EUの米国依存を減らすという政治的意思がそこにあるからである。それと同時に、加盟国間の連帯に関する議論も湧き起こっている。主にフランス政府とドイツ政府の後押しにより、復興の端緒として協力と相互支援を促すために寛大な条件を受け入れるという強力な潮流がある。それは、ひいては、長年にわたって存在しているEUの南北格差を解消できるかもしれない。

 ヨーロッパの外交・安全保障・防衛政策の未来(そして、おそらくは平和政策の再浮上)は、どのようなものになるだろうか? ヨーロッパの価値の重要性に関する相違からより些末な組織的問題まで、多くの問題が未解決のままである。例えば、難民政策における共通の基盤が欠けているだけではない。報道の自由や司法の独立性を抑圧する動きに関する意見の不一致もある。

 統一的な防衛政策を妨げるものは、例えば、軍隊の構造の不一致や兵器システムの開発・製造の重複である。調整不足や資源の無駄に関する不満も、よく聞く話である。それにもかかわらず、国益の相違を乗り越えようとする機運がある。

 このような主に技術的、組織的な欠点だけでなく、いくつかの政治的な(むしろ哲学的ともいえる)根本的相違がある。フランスのマクロン大統領は、「権威主義的勢力」が拡大している世界において「軍事的信頼性」が不可欠であると強調した。さらに彼は、「基本的に私は、ヨーロッパの人間主義は、勝利を収めるために再び主権者となり、ある種のレアルポリティークを再発見する必要があると考えている」と加えた。ヨーロッパ各国の指導者たちはおおむね、その歴史ゆえに戦争の不毛さを身に沁みて理解している。彼らはしばしば、武力の行使は最後の手段であると強調する。

 軍事的介入に一定の抵抗がある一方で、EU各国の指導者たちは、防衛の欧州化に向けた制度改革を目指す政治的意思を明確に表明し、そのための準備を進めている。なかでも、EU防衛基金を設立し、2017年以降EU予算に防衛費を導入したことは、欧州委員会に積極的な役割を果たす機会をもたらした。2021~2027年度のEU予算では、安全保障・防衛費に総額130億ユーロが配分され、そのうち70億ユーロが欧州防衛基金に充てられている。EU加盟国の防衛費の総額と比べると、これは7カ年予算として大きな額ではない。ほとんど象徴的な、あるいは形だけの政治であるが、それが防衛分野における欧州委員会の新たな役割を象徴していることは確かである。

 骨が折れ、長期にわたり、しばしば苛立たしい、EUにおけるこれらのプロセスや議論は、大部分が妥協であり、多くのことが棚上げにされている。ヨーロッパの安全保障・防衛政策を強化するという野心は、軍備重視をもたらした。一方、共通外交・安全保障政策は後れを取っている。なぜなら、各国の国益は相互に排他的であり、形式的な妥協では外交政策の展望における矛盾を克服することはできないからである。人道主義的価値(人権、多国間主義、良好なガバナンス、報道の自由、司法の独立性、軍備管理など)が強調される一方で、多くの指標は、現実主義の政治とEUの軍事的役割強化の方向を指し示している。EUの軍事力を強化するという政治的意思がそこにはある。しかし、その実践は、矛盾をはらみ、効果はない。

 EUは、隣接する諸国の紛争を、必要であれば軍事的手段によって鎮静化したいと考えている。しかし、実際問題となると、ことは複雑化する。EUはいまなお、より統一化したEU政策を実現するには程遠い。なぜなら、EUは、特にその共通外交・安全保障政策において、いまだ連合ではないからである。「共通外交・安全保障政策」という言葉は、ほとんど撞着語法である。それは、各国の国益によって動かされ、「共通」のものはあまりなく、「安全保障」にはほとんど関係なく(平和については言うまでもなく)、これまでのところ、説得力のある戦略という意味では「政策」でさえない。概念上も実際上も、文民的選択肢と軍事的選択肢は現在曖昧である。EUの軍事力(何らかの統合的な形で)を形成する前に、現実的なEU共通外交・安全保障政策を策定し、合意することが重要である。それによって、優先順位が明確になる。第一に政治的概念、その次に、必要な文民的能力と軍事的能力である。

本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.88の要約版である。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。2002年から2007年まで国連開発計画(UNDP)平壌事務所の軍縮問題担当チーフ・テクニカル・アドバイザーを務め、数回にわたり北朝鮮を訪問した。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRIの科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。