政策提言

(政策提言 No.89)

2020年09月04日配信

テクノロジー、軍備管理および世界秩序:根本的な変化が必要だ

ユルゲン・アルトマン

 本稿(Jürgen Altmann著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.89「テクノロジー、軍備管理および世界秩序:根本的な変化が必要だ(Technology, Arms Control and World Order: Funda-mental Change Needed)」(2020年9月)に基づくものである。

 われわれの世界は、サイバー戦争、自律型兵器システム、人工知能の広範な軍事利用、遺伝学および人間の心身の改造の分野における新たな可能性、ならびに、破壊のテクノロジーへのより広範なアクセスを特徴とする、根本的な軍事技術革命の瀬戸際にある。

 米国は軍事費全体の10%にあたる年間約700億ドルを、ロシアは軍事費全体の約8%にあたる40~50億ドルを軍事研究開発に支出している。中国が軍事費全体の5~10%を研究開発に支出しているとの推定に基づくとその額は130~250億ドルになる。その他の国々も新たな軍事技術に投資しているとはいえ、質的な進展のペースは米国、ロシアそして中国によって決定されている。

 米国の軍事費が世界の軍事費全体に占める割合は約38%であるが、軍事研究開発費については米国が世界の3分の2近くを占めており、米国は新たな軍事技術を牽引する存在といえる。したがって、おおむね米国の研究開発活動を見ていくことで動向を知ることができる。

 自然科学/技術における平和研究の一つの課題は、新たなテクノロジーの潜在的な軍事用途を評価することである。それらは軍備管理、軍縮または国際人道法上の問題をもたらし得るか? 軍拡競争を刺激し、あるいは潜在的な敵国間の状況を不安定化させ得るだろうか? 戦争以外でも人類、環境または社会に問題を生じさせるのであろうか? これらの危険を予防するため、科学は弾道ミサイル防衛、宇宙兵器、自律型兵器システム等、多くの分野で予防的制限のための概念を発展させてきたが、軍事技術の全般的な進展は鈍化していない。

 予防的軍備管理は、戦争の防止を最優先とする古典的な軍備管理の目標を追求する。それは将来の展開の可能性に向けられている。まだ存在していない軍事システムを排除することに成功すれば、現存する軍備を縮小する根拠を整えることができるだろう。

 軍事研究開発の分野の一部は冷戦時代に開始された事業が継続しているものであり、例えば宇宙兵器、弾道ミサイル防衛、極超音速ミサイルなどがある。サイバー兵器や人工知能など、過去20年ほどの間に登場した分野もある。これらは軍事システムでもあるが、さまざまな軍事用途を持つ基盤技術でもある。

 米国は、1970年代に弾道ミサイル迎撃(ABM)基地を任務解除した後、弾道ミサイル防衛(BMD)への関心を再び高め、大規模な開発・試験事業を行ってきた。ABM条約(迎撃ミサイル制限条約)からの脱退(2001/2002年)後、米国は海上および陸上の複数の地域でBMDシステムを展開した。現在のBMD システムの標的は、北朝鮮などの攻撃に限定されているが、トランプ政権は米国に対するいかなるミサイル発射も対象とするとして範囲を拡大した。ここで、極超音速滑空体が特に困難な問題をもたらすこととなる(下記参照)。

 人工衛星時代の当初から間もなく、対衛星(ASAT)兵器の開発が始まった。1960年代および1970年代、ソ連は榴散弾攻撃用のランデブー/フォロワー衛星を開発・試験していた。1980年代には、米国が直接上昇・直接衝突型ASATシステムを開発・試験していた。その後、米国はヒット・トゥ・キル飛体を用いた弾道ミサイル防衛ミサイルの展開に成功した。ロシアは2000年代から直接上昇型システムの開発を行っている。中国およびインドも類似の技術の実用化に成功している。

 人工衛星は軍事作戦の中核であり、ASAT兵器開発を促す要因となっている。しかし、試験によって生じたスペースデブリが、他の多くの人工衛星を危険にさらしている。2018年、米国は「宇宙は世界の最新の戦闘領域」であるとして、宇宙軍の創設を決定した。「宇宙条約」では、宇宙空間において禁止されるのは大量破壊兵器のみであり、宇宙兵器全般を禁止する提案は採用されなかった。

 「極超音速」の語は、音速(常温で秒速0.34 km = 時速1,200 km)の5倍を超える場合に用いられる。極超音速ミサイルには、極超音速滑空体(HGV)および極超音速巡航ミサイル(HCM)の2種類がある。

 米国は2003年以降「通常兵器による迅速な全世界攻撃(conventional prompt global strike: CPGS)」構想のもとHGVの開発・試験を行ってきたが、2016年以降は新たな構想を優先している。ロシアは1980年代に極超音速ミサイルの取り組みを強化し、2018/2019年に両方の種類の開発及び展開を行った。中国も積極的に研究を行っており、2014年以降HGVの試験を行っている。

 極超音速滑空体(「ブースト滑空体」ともいう)は、ロケットにより宇宙空間に打ち上げられた後、弾道ミサイルと同様、宇宙空間を楕円の軌道で落下し(すなわち、高度100~200kmにとどまり)、上層大気を通過した後、誘導された急降下によって標的に接近する。射程は弾道ミサイルの最長射程を超え(10,000~13,000 km)、飛行時間は10分から60分の間とすることができる。

 対HGV防衛は、対弾道ミサイルの場合よりはるかに難しい。HGVのほうが宇宙空間フェーズが短く高度も低いため、滑空体が標的地域にある地上レーダーで検知できる範囲外に滞在している時間が、より長いためである。滑空フェーズおよび曲線で飛行できる能力のために、検知および反応のための時間が相当に少なくなる。

 一方、極超音速巡航ミサイル(HCM)は大気圏を離れない。HCMの高度は30 kmにとどまり、射程は最長で数千kmである。1,500 kmを飛行する時間は 9~15分であり、検知および反応するには短い時間である。

 HGVもHCMも通常弾頭または核弾頭のいずれも搭載することができる。核ミサイルは新START条約の対象であるが、同条約が2021年に延長されるかどうかは未定である。HGV およびHCMのための特別なルールを追加しなければならないだろう。

 自律型兵器システム(AWS)は、いったん作動した後は、さらなる人の介入なしに標的を選択し交戦する。制御プログラムがセンサーのデータを分析し、潜在的な標的を捜索・分類し、選択した標的を攻撃する。その前身となるものはあるが、複雑な環境下で長時間機能できるAWSはいまだ存在しない。AWSは、空中、水上、水中および陸上を移動することができるようになるだろう。

 AWSには、多くの軍事的利点がある。操縦者は遠隔地にいて危険が少なく、電波接続も不要で、反応までの時間はずっと早くなるだろう。しかし、戦場で起きる事象に対する統制は弱くなるし、システムがハッキングされる可能性もある。

 AWSの導入は、遠隔操作の無人航空機(UAV)をめぐって現在生じているものよりもっと急速な軍拡競争に繋がるだろう。それは、AWSの脅威に直面した側もAWSを展開する強いインセンティブが働くからだ。

 アルゴリズムが国際人道法を遵守できるかどうかは疑わしい。もう一つの問題は、互いの距離が近い2群のAWSの 相互作用から状況が悪化するダイナミクスである。観察された攻撃に対する迅速な反応は予めプログラムされておかねばならない。そうでなければ反応する前にシステムが破壊されてしまうからである。誤認警報の場合、相互のフィードバックによって「フラッシュ戦争(flash war)」となりかねない。

 AWSにより奇襲攻撃が容易になり、その結果、緊張とより迅速な反応へのプレッシャーも高まるだろう。特に問題となるのは、多方面から攻撃できるスウォーム(群体)であり、これがAWS軍拡競争の一角を占めるだろう。

 AWSは、2014年以来、特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の文脈で専門家の議論の対象となってきた。しかし、軍事大国の反対により、この枠組みにおける制限または禁止は非現実的と思われる。おそらく、AWSの禁止は地雷やクラスター弾と同様、CCWの枠外で追求しなければならないだろう。

 サイバー攻撃は、情報収集のための敵の軍事または民生コンピューターシステムへの侵入から、大規模な物理的攻撃の効果に匹敵する軍事または民生インフラの破壊まで多岐にわたる。インフラの破壊に対処するための自衛措置には物理的兵器による反撃も含まれる。国際法のマニュアル類ではサイバー空間および物理的世界における戦争のルールを検討中である。

 サイバー戦争の準備は、その機密性も相まって一層、相互の脅威、恐怖そして不信を増大させる。事前にマルウェアを仕込んでおけば、ものの数秒でサイバー攻撃を起こすことができる。サイバー空間は、攻撃および反撃という二つの自動または自律型システム間の相互作用による急速な状況の悪化を恐れなければならないもう一つの領域である。

 サイバー兵器および部隊の軍事管理は、攻撃者が不明なこと、増殖が容易なことおよび機密性のために困難である。サイバー 部隊に対する制限および遵守状況の検証という概念には詳細な研究が必要だ。第一歩として、国連および欧州安全保障協力機構(OSCE)の推奨する信頼醸成措置の対象をサイバー部隊にも拡大すべきだ。

 ナノテクノロジーは、その全体または構成要素の大きさが 1~100ナノメートル(10-9~10-7 m)であるシステムの総称である。軍事用途には、極小兵器システム、自律型ロボットおよび新たな化学/生物兵器がある。規制は各分野で具体的なものとしなければならないだろう。

 大国、とりわけ米国、ロシアおよび中国は、それぞれ自国軍のためのAIに大きな期待をかけている。未来のAIは軍事を一変させる可能性がある。兵站を向上させるのみならず、AWSの制御にも使うことができるだろう。AIは平時においても有事においても、あらゆるレベルの軍事および軍事的・政治的な意思決定において状況把握力を向上させ、意思決定を補助するものから意思決定そのものへと役割を変えていく可能性がある。

 軍事作戦のための機械学習は根本的な問題をはらんでいる。すなわち、アルゴリズム開発と学習は仮想の戦闘に大きく依拠せざるを得ない。しかし、プランナーたちは実際の紛争が同様に展開するとどの程度確信できるのだろうか?

 核兵器に関していえば、AIは発射の決定さえ任されるといった、大きな役割を担い得る。より多くの情報を処理することで、人間の決定はより適切になり、偶発的な核戦争のリスクを低減もするが、その逆の可能性もまたある。

 付加製造技術(AM)または3Dプリント技術は、液体または粉体の材料を層ごとに積み重ねていくものである。この製法は大量生産には向かないが、特別なコンポーネントや試作品の少数生産、鋳造やプレス加工の型の作製の際に有用である。ビルドファイルにアクセスできれば、禁止または制限されている製品も作ることができる。

 戦場で交換部品を作製できれば兵站を軽くすることができるが、小型無人兵器システムやコンポーネントが安価に大量生産できるとなれば、国際安全保障は危険に晒されることとなろう。

 AMの軍事利用を制限することは難しいと思われるが、問題のある特定の用途については、いまだ軍備管理下にないのであれば管理対象とするべきだ。

 1970年代以降、遺伝子工学は著しく進化し、DNA配列決定、改変および合成が実現した。合成生物学は人工の生物的システムを作成するものであり、個人または団体が意図的または偶然に、有害な生物製剤を作成する可能性について懸念がある。

 遺伝子工学には軍民両用の可能性がある。この分野は遺伝病の治療に明るい見通しを与え、基礎研究および応用研究の重要なツールとなっている一方で、軍事的には新たな生物兵器製剤の製造に使われる可能性がある。これは当然、ほぼすべての国が加盟している生物兵器禁止条約(BWC)に違反するが、BWCは非国家アクターにはほとんど障壁とはならないため、悪意ある使用の可能性が拡大するだろう。

 心身の改造という遠大な目標は、兵士強化という概念をもたらした。その可能性の中には外骨格、生化学の改変および脳インプラントがある。遺伝学的に改造された“スーパー兵士”や完全なサイボーグまでビジョンに入っている。このような改造は、人間の条件とは何かという根本的な問題を提起するものであるが、戦闘力を強化できるという見通しが、強い軍事的インセンティブをもたらし得る。

 新たなテクノロジーは、脅威を増大させ、軍備管理をより難しくする傾向を有するという共通の特徴がある。

 基盤技術の多くが、より広範にアクセス可能となってきている。非国家アクターや軍事大国ではない国家でも、非常に小さな施設で非常に危険なアイテムを生産することができるようになる。軍事利用の制限についての検証は、かなり立ち入ったものとする必要があるが、それは軍隊だけでなく産業および市民社会全体にとって受け入れるのが難しいことではないだろうか。

 武力紛争においても危機においても、攻撃の検知から標的における影響(の始まり)までの時間を知ることは、時宜にかなった意思決定と反応を行う上で最も重要である。その時間は発射の時点で検知できる場合に最大となる。兵器が標的に近づいてからでないと検知できない場合や、サイバー攻撃においては、意思決定と反応のための時間は短くなり、おそらく数秒しかないだろう。

 新たな軍事システムおよびテクノロジーによって、意思決定に掛けることのできる時間、また、攻撃の兆候が現実のものなのか、それとも不具合や誤った分類の結果であるかの再確認をするための時間は短くなる。

 より高速で精確な通常弾頭ミサイルならびにAWSは、戦略核兵器および指揮統制システムに対して使用され得るし、核兵器を搭載することもできる。核兵器保有国家間の戦争は、通常兵器使用から核兵器使用へエスカレートするリスクが増すだろう。深刻な危機においては、警告を受けての発射および先制攻撃のインセンティブが高まるだろう。

 基本的には、新たなテクノロジーによる国際安全保障の悪化は、そうしたテクノロジーの軍事利用の禁止または制限により、防止または少なくとも抑制することができる。基盤技術にはさまざまな軍事用途があり、民生にも普及していくだろう。問題のある開発を制限する場合は、軍事的な用途やシステムに絞って行うことができるが、それらがソフトウェアで構成されている場合、定義と検証について非常に難しい問題が発生する。すなわち、これらは軍民両用の技術であるために、民生としての用途に対してもある程度適用されなければならなくなる。

 そうした制限を設けることは至急に行うべきであるが、軍備管理の合意が崩壊し、核をめぐる状況がもはや単純な二極間のものではなくなった現在の政治状況において、その実施の見通しは暗い。

 多くの国家が、新たなテクノロジーを中心に軍事力を強化している。質的な軍拡競争の主たる牽引者(それが唯一の牽引者ではなくても)は、ロシアおよび中国の台頭の前に軍事的優位性を保とうとしている米国である。

 軍事のロジックを踏まえれば、米国、ロシア、中国の三大国が、戦争か平和かの判断を数分どころか数秒でしなければならないような世界の未来を共に構築しているといえる。奇襲攻撃の選択肢が増えると恐怖と緊張が増す。認識や誤認警報のリスクも増大する。こうした展開は、予防的軍備管理を行うことで歯止めをかけることができるかもしれない。

 三大国は、軍事的脅威を加速度的に増したとしても、自国の安全が持続可能な形で保障されるとは限らないことを理解すべきだ。米国は、いくつかの分野ではテクノロジー面での優位性を維持できるかもしれないが、数年後には残る2国が追いついてくるだろう。たゆみない軍事テクノロジーの革新は、どの国にとっても安定と安全がさらに脅かされるという代償を伴う。

 不安定な状況に陥らないようにするには、根本的な変化が必要だ。持続可能な国家安全保障は国際安全保障のもとでのみ可能になるという洞察を、大国が受け入れる必要がある。すなわち、軍事的な脅威を増すのでなく減らすということだ。大国間の通常戦争は核戦争へのエスカレーションという大きなリスクをはらんでいることから、核戦力のみならず通常戦力においても不安定化につながる展開は予防する必要がある。

 伝統的な軍備管理のメカニズムと革新的アプローチはともに機能し得るが、AWSおよびサイバー作戦については革新的アプローチが必要だ。基盤技術については、軍民両用の問題に取り組まなければならない。安定を包括的な目標とすべきだ。

 不安定化をもたらすテクノロジーの拙速な追求を防ぐためには、主要国が政治および軍事の戦略の方向付けを根本的に再考するしかない。それよりも包括的でない解決法は機能しない。

 本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.89の要約版である。

ユルゲン・アルトマン:ドイツ・ドルトムント工科大学の物理学者で平和研究者。物理学博士を取得(1980年、ハンブルク大学)後、1985年から軍縮における科学技術の問題を研究。焦点に据えている課題の一つは、軍縮・平和合意および保障措置の共同検証の文脈における監視用の音響・振動センサーの実験的研究である。もう一つは、新たな軍事技術の見通し評価および予防的軍備管理措置の分析である。主要な研究では、「非致死的」兵器、航空分野における民生技術および軍事技術の相互作用、マイクロシステム技術およびナノテクノロジーの軍事利用、および無人航空機について扱っている。アルトマン博士は、自然科学、軍備および軍縮の関係について教えており、当該分野の教科書の著者陣に参加している。