政策提言

協調的安全保障、軍備管理と軍縮 北東アジアの平和と安全保障

(政策提言 No.112)

2021年07月19日配信

中国戦略への結集

ハルバート・ウルフ

 本稿(Herbert Wulf著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.112「中国戦略への結集(Rallying for a China Strategy)」(2021年7月)に基づくものである。

 2021年6月に複数回行われた首脳会議で、米国政府は欧州諸国や他のG7加盟国に対し、中国に対する封じ込め戦略に向けて結集するよう説得を試みた。その一方で、欧州には対立路線に同意することへの ためらいが依然としてある。本政策提言では、米中対立の背景を検討し、中国に対抗するための協力を他国に呼びかけたバイデン政権の成果を問い、このライバル関係が長期的にもたらし得る帰結を示唆する。

 ジョー・バイデン米大統領は、2021年6月、一連の首脳会議を行うため初の欧州歴訪の第一歩を踏み出した。バイデン訪欧の喫緊の課題は、中国封じ込め戦略に向けて結集し、中国との激しい競争に同盟国を動員することだった。米国政府が共同努力を強く求める一方で、欧州各国の首脳らは、経済的、技術的、政治的、安全保障上といった様々な利害をはかりにかけている。

 米国の中国に対する態度は、数十年間揺れ動いてきたが、対中戦略の抜本的変更が明白になったのはトランプ政権下の2017年である。2020年7月、当時のマイク・ポンペオ米国務長官は関与政策の失敗を宣言し、イデオロギーの相違を強調した。「自由世界はこの新たな独裁政治に打ち勝たなければならない」。バイデン大統領はそれとは異なる表現方法と口調を保っているが、現政権は、中国の強引な政策に対するドナルド・トランプの対決路線を継承している。

 2021年6月にバイデンが行った欧州歴訪と、その直後の動きの重要な目的は、中国を打ち負かすための支援を集めることだった。トランプは中国の貿易黒字に固執したが、バイデンは西側が団結して中国のパワーに挑むことを望んでいる。

 中国の政治情勢、特にその外交政策は複雑であり、ときに混乱や議論を招く。中国の政策に見られる「部外者が内政問題に口を出す権利はない」という長年の原則は今も重要である。この原則は1950年代半ば、中国とインドが平和的共存の5原則を宣言したときにさかのぼる。これには、相互の主権と領土保全の尊重も含まれていた。これらの規範は今日もなお堅持され、人権批判に対する中国の拒絶や、かつての中国の通貨政策の基盤となっている。中国の振る舞いに対する外部の厳しい批判にもかかわらず、今日、中国の世界的な役割は重要な進展を遂げている。

 裕福な先進7カ国グループ(G7)(カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国)はEUとともに、英国コーンウォールで開催された第47回G7サミットでおおむね調和的な姿勢を示した。会議では、脅威としての認識が高まりつつある中国の台頭への対応が検討された。バイデン大統領は、G7が共通理解に達し、中国に対するより厳しい路線に共同で合意することを強く望んだ。3日間の会議の後に発表されたコミュニケは、アジアにおける人権問題と領土問題をかなり明確に取り上げるものだった。

同時に、そうした協力をする際にも、我々は中国に対し、特に新疆との関係における人権及び基本的自由の尊重、また、英中共同声明及び香港基本法に明記された香港における人権、自由及び高度の自治の尊重を求めること等により、我々の価値を促進する……

我々は、台湾海峡の平和及び安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的な解決を促す。我々は、東シナ海及び南シナ海の状況を引き続き深刻に懸念しており、現状を変更し、緊張を高めるいかなる一方的な試みにも強く反対する。

(外務省HPの成果文書より引用:100200083.pdf (mofa.go.jp))

 中国はG7の批判的表明をただちに非難し、 ロンドンの中国大使館の報道官が「中国の内政は干渉されてはならず、中国の評判は貶められてはならず、中国の利益は侵害されてはならない」と述べた。1

 中国は今や、リベラルな世界秩序への挑戦者とみなされ、彼らの目論見は世界秩序を、西側の利益のみに基づくのではなく、中国の利益にも寄与するように変更しようとしていると見られている。ワシントンは、「関与」戦略から「封じ込め」政策へと舵を切った。

 一部の欧州諸国の政府は、中国の軍事活動や軍備計画について懸念を抱きながらも、対立路線や強硬な姿勢を貫く米国政府に懐疑的になっている。

 2021年にオンライン開催されたミュンヘン安全保障会議で、バイデン大統領はNATO同盟国に対し、「中国との長期にわたる戦略的競争に共同で備える」 ことを呼びかけた。2019年にロンドンで開催されたNATO首脳会議までNATOの反応は鈍く、同会議では「5Gを含む通信分野の安全保障」が懸念事項として言及された。ブリュッセルで開催された2021年会議は、中国の影響力とその拡大に関して、以前とは異なるより懸念を強めた論調となり、NATOは中国の野心をルールに基づく秩序に対する体制的挑戦だと評した。

 加盟国間の意見の相違は、NATOが米国の中国封じ込め戦略に全面的に同意していると決して言えないことを示している。また、NATOの将来に関するその他の未解決の問題は、機能的(必ずしも地理的ではない)拡大の可能性、あるいは、宇宙、サイバー攻撃、気候変動、ハイブリッド戦争を、注目すべき安全保障リスクと見なすことによる安全保障アジェンダの拡張に関するものである。概して言えば、NATOは今なお自らの将来的役割について悩んでおり、中国との関係における米国とEUの利害は自動的に一致するものではない。

 米国・EU首脳会議の共同声明はG7の議論に明確に言及し、双方とも中国に対するアプローチにおいて協力することを相互に保証した。EUは、まぎれもなく米国に近寄っており、米国との同盟関係を引き続き発展させるだろう。それと同時に、EUは中国との協調政策も追求し、利害のバランスを見いだそうとしている。

 しかし、「EU全体」のアプローチを実現するのは難しい。なぜなら、EU加盟国が追求する利益はそれぞれ異なり、一部の国は中国への経済依存度が他の国より大きいからだ。そのため、この外交分野においてEUは意見を一本化することができず、 共通の基盤を見いだす、あるいは「利害のバランスを取る」ために苦心している。2

 EUの原則の中に、対決路線よりも関与と協調を重視するというものがある。EUの狙いは中国とのデカップリングではなく、ある分野ではEUと西側の価値観を主張し、ある分野では協力し、またある分野では競争することである。 これは、中国政府が規則に従ってプレーする気があるかないかにかかっている―そのルールはこれから中国と決めなければならないのであるが。

 三つ全ての首脳会議で、より強硬な対中路線が必要であるという点ではおおむね合意が形成されたが、具体的にどのように強硬路線を取るかについては意見がまとまっていない。

イデオロギーと利害の相違

 西側の市場主導型資本主義と中国の権威主義的資本主義体制(中国はそれを「中国発展モデル」と呼ぶ)には相違がある。イデオロギーの根本的相違とグローバルガバナンスの基盤に関する意見の不一致は、G7や他のいくつかのグループで影響を及ぼしている。

 G7体制は、度々批判を受けてきた。その大きな理由は、西側諸国からなる時代錯誤的かつ恣意的なメンバー構成である。そのため、他国の代表はゲストとして招待される。また、1999年には、世界上位の経済大国19カ国とEUからなるG20が創設された。G20は中国やロシアなど多彩な加盟国で構成されるが、米国政府の目下の目的や中国に対する懸念に応えるものとはなり得ていない。また、G7と異なり、G20は共通の価値体系を共有していない。G20フォーラムは、世界経済の安定化という自ら宣言した使命を掲げており、中国に対する正面攻撃を看過するとは考えにくい。

 もう一つのグループであるBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)は、中国や他のBRICS加盟国にとって、自国の利益を推進するための世界秩序の再構築または変革に重要な役割を果たした。しばらくの間BRICSはアジェンダ設定における重要な役割を果たしたが、今では内部紛争(特に中国とインド間)のため、BRICSはもはや世界秩序に新たな均衡を見いだすうえで重要な役割を果たすことはなくなった。中国の目覚ましい経済成長、一帯一路構想やアジアインフラ投資銀行設立のような独自のイニシアティブを通して、中国はBRICSグループを凌駕し、中国主導の制度に依拠している。

 欧州諸国の政府が考慮する広範な利害関係や意思決定要因がある。すなわち、経済的依存関係と商業利益、技術競争、地政学的および安全保障上の考慮事項、同盟の結束や他の国内圧力、そして気候変動やパンデミックのような世界的課題における協力などである。

 2021年6月のブリュッセルNATO首脳会議のコミュニケは、この軍事同盟がリベラルな価値体系のためにも尽力することを強調した。

NATOは、歴史上最も強力かつ最も成功を収めた軍事同盟である。それは、われわれの領土と10億人の市民の安全、われわれの自由、そして、個人の自由、人権、民主主義、法の支配といったわれわれが共有する価値観を保証する。われわれは、団結、連帯、結束の根幹であるワシントン条約に記された共通の価値観によって結びつけられている。

 このような表明は多くのNATO文書に見ることができるが、多くのNATO加盟国において民主主義を脅かす独裁主義的傾向や右翼政党とポピュリストの台頭が見られ、それらが中国やロシアなどの外部圧力からの影響というより、恐らく内側から生じていることには注目すべきである。

 経済・軍事大国同士が熾烈な競争を展開する新たな「グレートゲーム」は、始まりつつあるか、すでに始まっているようだ。米中の争いは、この10年で決定的局面を迎えると思われる。

 このライバル関係の将来的帰結に対する楽観的観測は、これらの主要ブロック間に強い結びつきが継続するというものだ。経済的結びつきは今なお強力かつ重要である。しかし、経済的相互依存関係が中国の政治体制に変化をもたらし、社会を自由化するという考え方はもはや現実的ではない。今日の視点で見れば、それは甘い考えである。なぜなら、中国における発展や中国の対外アプローチは、既存のルールに適応するためというより、そのルールを変更することに向けられているからである。

 さらに、パンデミックで露呈したように、相互依存が常に好ましいとは限らない。パンデミック初期に突如サプライチェーンが途絶したことで、行き過ぎた経済のグローバリゼーションを再考する動きが生まれた。そのため、EUにおいても米国においても、よりレジリエントな国内経済を構築するべきだという圧力が高まっている。それは実質的に、通商関係の縮小をもたらすだろう。中国もまた、集中的な技術開発によって経済の自律性を高めようとしている。

 この戦略的ライバル関係に対する悲観的観測は、不気味で破滅的様相を呈する。なぜなら、戦争の可能性を排除しないからだ。過去20年間、中国の軍事費は極めてハイペースで増加している。とはいえ、中国の軍事力増強と近代化計画にもかかわらず、米国はなおも、少なくとも予見しうる将来においては、軍事的な優勢を維持するだろう。

 中国が現在たどっている行動の道筋は、20世紀における米国の振る舞いと似ている。どちらの政策も、極度の優越感情に影響されている。中国は、経済、技術、軍事、文化政策からなる複合戦略を追求している。その全てがアウトリーチと拡大を目的としており、西側が支配する世界秩序に挑戦するという真に世界規模の野心を掲げている。新たな権威主義はすでに多くの国々で懸念を引き起こしており、北京の新型コロナに対する強圧的で透明性に欠けるアプローチは中国の信頼性に関する懸念を高めた。中国指導部は、米国が音頭を取る中国封じ込め戦略に対して受け身ではない。米国の行動を敵対的戦略と見なしている。

 戦略的ライバル関係が今後どうなるかについては、長期にわたって不透明な状態が続くと思われる。この趨勢は恐らく、「冷戦2.0」の可能性と協調的かつ競争的な施策との間を行き来するだろう。緊張が世界に広がり、中国の影響力はアジア地域の外にも拡大し、ある種の機微な技術分野ではデカップリングが起こり、ワシントンはアジアと欧州の同盟国を動員する対抗戦略を展開するだろう。

  1. 本政策提言の執筆以降、またこのG7会議の後、台湾をめぐる緊張は高まっている。
  2. 2023年の補足: ウクライナに対するロシアの戦争は、EUのロシアに対するエネルギー依存を浮き彫りにした。他の分野では間違いなく中国に対する経済依存度のほうが高い。その結果、ほとんどのEU諸国が現在、経済関係を多様化して中国への依存度を下げることに関心を向けている。

本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.112の要約版である。

ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF: Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の科学評議会およびドイツ・マールブルク大学の紛争研究センターでも勤務している。