政策提言

(政策提言 No.113)

2021年08月24日配信

地球の共有財を守る: グローバル・コモンズ法

デニス・ガルシア

 本稿(Denise Garcia著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.113「地球の共有財を守る: グローバル・コモンズ法(Protecting the Planet’s Commons: Global Commons Law)」(2021年8 月)に基づくものである。

 「グローバル・コモンズ」という言葉は、人類の生存に不可欠な非国家領域であり、世界規模の環境破壊や乱開発が加速する状況において、緊急に目を向ける必要がある。本政策提言では、グローバル・コモンズ法によって対応する法的保護について検討し、世界の協調と平和にとって国際法がいかに重要な手段であるかを示す。

 「グローバル・コモンズ」、すなわち公海(深海底資源を含む)、宇宙空間、月その他の天体、南・北極地域、大気(オゾン層や気候システムを含む)は、人類の生存に不可欠である。グローバル・コモンズの保護は、世界規模の環境悪化や乱開発を可能にする新たな技術進化が加速する状況において、緊急に目を向ける必要がある。

 グローバル・コモンズに付与される法的保護の総体は、国際法の明確な一部門を構成しており、筆者はそれを「グローバル・コモンズ法」と呼ぶ。グローバル・コモンズ法には主に三つの目的がある。1) 将来世代に対する保護責任、2) 平和的関係の基盤としての規範構築、3) 平和的礼譲原則の創出と紛争の平和的解決。

 国際法に基づく規則や規範は、グローバル・コモンズを保護するための国際協調の基盤を提供する。国家は国際法を遵守する傾向があり、特に地域内の他の国も遵守している場合はその傾向が強まる。国際法は、平和のための秩序化と招集のメカニズムである。

 グローバル・コモンズ法 は、国際法のなかでも、いかなる国家も管轄権を主張したり勝手に利用したりすることができない地球の領域に保護を与える唯一のものである。グローバル・コモンズ法において、国家は最重要の主体ではなく、その権利と義務は保護の主要な対象ではない。むしろグローバル・コモンズ法は人間的側面を重視し、そこでは個々人が参加者であり主体であると認識されるようになっている。

 四つの基本的原則がグローバル・コモンズ法の法的範囲の基盤となっている。すなわち、人類共有の遺産(common heritage of humankind:CHH)、 人類共通の関心事、世代間公平性、予防的措置である。この4原則を組み合わせることによって、グローバル・ガバナンスを形成することができる。なぜならそれらは、より公平にすべての人類に利益をもたらす条約や画期的な概念を掲げる理想に謳われているからである。

 グローバル・コモンズの最も紛争の多い領域、すなわち公海や深海採鉱においてさえ、なおも平和が最優先される。国連海洋法条約(UNCLOS)はいまやほぼ全世界を対象としており、主権主張の禁止、公平な利益共有、平和利用の規定、海洋環境保護の要請により、CHHの要素を強化している。

 CHHは、その最も純粋な形において次のような原則からなる。

  1. 誰も管轄権を主張することはできない。
  2. すべての国は、途上国の利益を含めた共同ガバナンスを目指す努力を支援することが期待される。
  3. 資源領域は、公平な配分を任務とし、紛争を平和的に解決するフォーラムの役割を果たす共通の権威の下で、すべての者に利益をもたらす利益配分という形で人類に帰属する。
  4. 人権に寄与する平和目的のためにのみ利用される。これらは兵器化されるべきではなく、したがって、これらの領域で兵器を配備または実験することはできない。
  5. 協調的な科学研究を、環境に害を及ぼさない透明性のある方法で実施し、その結果を共有して人類の利益とするべきである。

 現在の技術の進歩、富裕国と貧困国の格差の拡大、海底や宇宙空間を自国の利益のためにだけ利用しようとする富裕国の試みは、将来世代に害を及ぼす恐れがある。このような緊迫した状況において、グローバル・コモンズ法はグローバル・コモンズにおける平和を維持する役割を果たす。

 1972年、国連加盟国はストックホルムで会合し、環境問題に関する初めてのグローバルサミットにおいて、進行する環境破壊の世界的課題について話し合った。ここにおいて近代的な環境外交が誕生し、「持続可能な開発」と「世代間の公平性」という初期の原則が生まれたのである。

 世代間の公平性という概念の表明は、1992年の国連気候変動枠組条約(UNFCC)においてより確固とした表現となり、気候変動問題に取り組むグローバル外交の幕開けとなった。

 総合すると、グローバル・コモンズを管轄する国際条約や国際機関は、将来世代に対する保護責任者として機能する規範や慣行のモザイクを形成している。

 グローバル・コモンズ法の規範には、主に三つの目的がある。1) 平和と協調を促す共通基盤の提供、2) 富裕国と貧困国の格差の解消、3) 将来の損害の予防である。

 1957年にソ連の人工衛星スプートニク、その数カ月後に米国の人工衛星エクスプローラーが行った宇宙飛行を規制するため、新たな国際法が必要になった。主要なガバナンスメカニズムは、1967年の「宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約」(宇宙条約)であった。その重要性は、CHHの理念に基づく行動の指針を初めて明確に確認したことにある。さらにそれは、宇宙条約における法的拘束力によって再確認された。

 法律を成文化する新たな画期的方法として、UNCLOSは、海底、大洋底、それらの底土(「深海底の区域」)をCHHに指定した。この異例の進展により、グローバル・コモンズ法の形成に向けた道が開かれた。CHHは海洋法に盛り込まれ、UNCLOSの非締約国でさえも尊重する体制をさらに強化し、 承認と平等を切望する途上国に恩恵をもたらし、また、世代間の平等の重要性を明確に示した。

 国際法の予防原則を用いてすべての人への被害を予防することを明確かつ法的に表現したのは、1987年「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」(モントリオール議定書)である。同議定書はこれまでに最も成功を収めた環境条約と大方に認められており、締約国は197カ国に上る。議定書の前文には、各国がオゾン層を保護する予防措置を講じることを決定すると述べられている。

 予防原則を環境問題に適用するという決定は、1992年のUNFCCCにおいても繰り返された。同条約第3条は、各国が予防措置を講じなければならないと規定している。モントリオール議定書とUNFCCCに予防原則が盛り込まれた効果として、三つの要素を挙げることができる。第1は、予防原則を発動するべき被害の基準であり、これには些細な損害から不可逆的な損害まで幅がある。第2は、科学的不確実性であり、予防原則の発動を通して知見が得られ、それがさらなる科学的調査を促進する可能性がある。第3の要素は、損害を招くと思われる活動に対する立証責任を擁護者に転嫁するとしたことである。

 平和的礼譲原則が創出されたグローバル・コモンズの特筆すべき二つの地域がある。北極地域(公海のみがグローバル・コモンズ)と南極地域である。完全な比較はできないが、どちらも過酷な気候とほぼアクセス不能であることを特徴とし、どちらも気候変動の圧力にさらされているため、両地域の保護のために国際協調が求められる。どちらもUNCLOSの適用対象であるが、他の重複する機能を持つ制度の適用対象でもある。

 南極を保護する最初の条約は1959年の南極条約であり、これを基礎とする「南極条約システム」と呼ばれる一連の国際協定により緻密な規制がなされている。 条約の重要な点には、平和目的のみの利用と軍事化の禁止(第1条)、南極地域における科学調査の自由と協力(第2条)などがある。

 北極地域は、莫大な資源が見込まれるにもかかわらず、三つの理由から平和の地域となっている。第1に、すべての国は中央統治機関である北極評議会の法的拘束力を有する規則やソフトな規範に従っている。第2に、北極評議会のメンバー国はおおむね安全な国家で、ほとんどが世界平和度指数のランキングで上位に位置しており、また、2011年の「北極における航空と海上の捜索および救助の協力に関する協定」が信頼醸成の証しとなっている。第3に、北極評議会のほかにも、UNCLOSが紛争の平和的解決のための基本的枠組みを提供している。

 北極地域は、数百万人が居住し、国際貿易の一端を担っている。一方、南極地域は、科学調査と保全のみに限定された地域である。しかし、どちらも平和と協力の地域である。紛争は平和的に解決され、これらの地域は平和の礼譲原則の手本となっている。

 グローバル・コモンズ法 は紛争のない状態を維持するために役立ち、協調を促進し、協調の広がりを部分的に説明する。国際法のこの部門は、権利や義務を国家に帰属させるのではなく、個人と人類に帰属するという点で類を見ないものである。国家は使用者であり受益者であるだけでなく、保護責任者でもある。したがって、軍事対立ではなく平和によって特徴付けられ、法的(主権的)所有権が存在しないこれらの領域を保全する義務と責任を持つ。

 グローバル・コモンズ法は、明確な目的、すなわち地上の特定領域をすべての人類のために将来にわたって保護するという目的を遂行するという点で、国際法の他の部門とは異なる。その目的は、すべての現存世代と将来世代の利益のために、世代を超えて人類遺産を保護することである。ここで言う遺産とは、国籍に関係なく、すべての個人に属するものを指す。人類は、主権の柵を乗り越えて、新たな脅威や課題から地球を保護することで、地球のカストディアン(管理者)となる。

 しかし、国家が単独でその役割を果たせると考えるのは幻想である。なぜなら、多くの国家はそのための技術的、財政的能力を持たないからである。だからこそ、国際機関や科学者とのネットワーク化された多面的なパートナーシップが極めて重要となる。原則的にカストディアンシップとは、地球上のすべての人に恩恵をもたらす領域を保全することの国家的利益を高めようとすることである。このアプローチは、技術的な先進国、途上国を問わず、人類を視野に入れたものである。人類(政府、科学者、個人、先住民コミュニティー、国際機関の間のパートナーシップ)は、グローバル・コモンズのカストディアンとなり、主権ばかりを振りかざすのではなく、21世紀に現れる新たな脅威から地球を守り、人類を保護する役割を負っている。

 本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言 No. 113の要約版である。

デニス・ガルシアは、ノースイースタン大学の経験ロボット工学研究所教授。ロボット兵器規制国際委員会副議長、自律型兵器の規制に関する国際パネル(ドイツ外務省)メンバー、自律インテリジェントシステムの倫理に関する電気電子技術者協会グローバルイニシアチブのメンバーを務める。自律型致死兵器とそれらが平和と安全保障に与える影響に関して国連で証言を行った。2006年にノースイースタン大学教授に就任。それ以前には、ハーバード大学ベルファー科学・国際問題センターで3年間、また世界平和財団(国内紛争プログラム)で研究を行った。著書:Small Arms and Security: New Emerging International Norms、Disarmament Diplomacy and Human Security: Norms, Regimes, and Moral Progress in International Relations。フォーリン・アフェアーズ誌、欧州国際安全保障ジャーナル、インターナショナル・アフェアーズ誌他に論文掲載。

https://www.foreignaffairs.com/authors/denise-garcia

https://www.nature.com/articles/d41586-020-02460-9

https://www.northeastern.edu/cssh/faculty/denise-garcia