北東アジアの平和と安全保障 (政策提言 No.31)
2019年02月01日配信
朝鮮半島非核化の見通し:核なき未来に向けた過去からの教訓
本稿(Herbert Wulf著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.31「朝鮮半島非核化の見通し:核なき未来に向けた過去からの教訓(Prospects for Denuclearisation of the Korean Peninsula: Lessons from the Past for a Nuclear-Free Future)」(2019年2月)に基づくものである。
要旨
金正恩(キム・ジョンウン)委員長とトランプ大統領の間でより友好的なやりとりが交わされるようになったことで、北朝鮮の核兵器開発計画の阻止、凍結、中止に取り組む新たな機会が開かれた。交渉を成功させるためには、核問題だけでなく、安全保障に関する懸念と経済協力も含めた段階的行動計画に基づいて進めることが不可欠である。成功するか否かはあらゆる関係国・地域の政治的善意にかかっている。
有望な合意
2007年、六者会合(中国、日本、北朝鮮、ロシア、韓国、米国)は画期的合意に達し、核関連施設の閉鎖、完全な外交関係の回復に向けた対話、制裁解除、北朝鮮に対する一連の支援措置などについて、行動対行動で進めていくことが米朝間で合意された。
同合意は、北朝鮮核危機が重大な局面を迎えるなかで達成された。北朝鮮は経済制裁と中国からの支援減少という圧力に直面していた。一方、中東問題で身動きの取れなくなっていたブッシュ政権が対北朝鮮政策を大きく転換し、最大限の圧力を維持するとしていたそれまでの姿勢を軟化させた。
しかし、この前途有望と思われたアプローチは失敗した。米国と北朝鮮は互いに対立的な戦略を続け、合意の実施に関する解釈は両国間で異なっていた。米国内では、国務省と国防総省が異なるアプローチをとった。日本と韓国では、それぞれ2006年と2008年に対北朝鮮強硬派の政権が誕生し、安易に妥協や譲歩をしようとはしなかった。
2008年から2009年にかけて、北朝鮮が核開発疑惑の否定、要求、瀬戸際政策といった行動に出たことで、米国と国連安全保障理事会の双方から貿易・金融取引をさらに制限する制裁が科されることとなった。2009年5月、北朝鮮は2度目の地下核実験を実施し、これに対して、ブッシュ大統領は北朝鮮のコミットメントは不十分なものであると断定した。
その後、クリントン、ブッシュ、オバマの各政権によってさまざまなアプローチが試みられた。2018年にドナルド・トランプと金正恩による米朝首脳会談で非核化に向けた対話が始まるまでに10年の歳月が流れ、その間、北朝鮮の核開発計画は大きく前進した。
北朝鮮指導部は常に米国と対等の立場で交渉することを望んでいた。こうした心理的側面が北朝鮮にとってどれほど重要かを過小評価すべきではない。
選択肢とあり得るシナリオ
非核化に向けて、あるいは少なくとも現行の核開発計画の中止に向けて、どんな選択肢があるのだろうか。金正恩政権は精力的に核・ミサイル開発政策を推し進めてきたが、この行為は明確な国連制裁違反で、六者会合の他の5カ国すべての反発を招いてきた。北朝鮮問題の関係5カ国は、利害や交渉の進め方に対する考えが異なっている。米国は北朝鮮の孤立化または強制的な体制転換を目指す政策をとってきたが、経済面および政治面での協力を進めるのが望ましいというのが中国やロシアの考えで、韓国もある程度これに同調してきた。北朝鮮は、こうした関係国間の齟齬を利用してきた。では、この先はどうなるのだろうか。6つのアプローチを想定することができそうだ。
――6つのシナリオ
- 様子見:これは基本的にオバマ政権がとった戦略である。北朝鮮は引き続き核・ミサイル能力を向上させていることから、この政策は状況を改善させるより、悪化させる恐れがある。
- 軍事的手段:北朝鮮に軍事攻撃を仕掛ければ、大規模な戦争を引き起こし、朝鮮半島で多くの命が失われることになるだろう。にもかかわらず、トランプ大統領は、同盟国である日本と韓国に対して、「あらゆる選択肢が検討対象」であると断言した。
- 孤立化:北朝鮮を完全に孤立させてしまうと、北朝鮮人民が「ベルトを締める(空腹に耐える)」ことになるだろう。さらに、これを行うには、厳格な制裁を科すことに常に消極的な姿勢を示してきた中国政府の完全な協力を取り付ける必要もある。しかし、中国は板挟み状態に陥っている。中国政府にしてみれば、無秩序な崩壊も秩序ある南北朝鮮統一も容認できる政治展望ではないのである。
- 最大限の圧力:経済、外交、諜報、場合によっては軍事的手段も含むさまざまな方法で圧力をかけ、従順な行動をとらせる戦略である。しかし、この戦略は過去に北朝鮮政府の激しい反発を招くことになった。
- 強制的な体制転換:米国政府(2期目のブッシュ政権下で提唱されたものの行動は伴わなかった)を除き、どの関係国も北朝鮮の体制が突然崩壊することを望んではいない。大量の難民が発生するなど、計り知れない結果がもたらされることになるからだ。
- 協力と安全保障(体制維持の保証):北朝鮮のきわめて困難な経済・社会状況を踏まえ、金正恩政権は一定の条件下で協力することに前向きな姿勢を示してきた。
――経験からの教訓
国連安保理常任理事5カ国(中国、フランス、ロシア、英国、米国)以外の国際情勢に目を向けると、北朝鮮の核兵器の行方を考えるうえで、今後の展開として少なくとも5つの類型がある。
イスラエル方式:イスラエルの核保有は広く知られているにもかかわらず、同国の歴代政権は一貫して核の存在を「肯定も否定もしない(NCND)」政策を貫いてきた。北朝鮮は核実験を実施したことが確認されており、自ら核保有国であることを宣言しているので、この方式が北朝鮮の将来像でないことは明らかである。
リビア方式:2003年、カダフィ大佐は国際関係の修復と引き換えにすべての大量破壊兵器を廃棄することに同意したが、2011年に追放、殺害された。北朝鮮指導部は核開発計画を強制的な体制転換に対して現体制の存続を担保する保険のようなものと捉えている。
インド方式:インドが実行可能な軍事的手段の選択肢として核兵器を有していることは明らかである。米国は2005年、インドの核開発を民生用に方向づけするかたちで、30年にわたり続けてきた核関連取引に対する制裁を解除することで、事実上、インドが核兵器不拡散条約(NPT)枠外の核兵器保有国であることを容認した。インドは信頼できるグローバルプレーヤーと見なされているのに対し、北朝鮮の現体制は信頼されていないため、この方式が踏襲されることはなさそうである。
イラン方式:イランとの交渉は山あり谷ありであったが、2015年、同国の核開発について、厳しい制裁の解除と引き換えに国際査察を受け入れるとの合意にこぎつけることができた。北朝鮮と同様の合意を目指すうえで問題を複雑にしているのは米国の対イラン政策に一貫性がないことである。そのことを北朝鮮は深く憂慮している。
南アフリカ方式: 南アフリカ共和国は、アフリカ民族会議(ANC)主導の政権移行に先立ち、1989年、核開発計画を終了させた。北朝鮮でこのような根本的な体制転換が起こりそうにない限り、南アフリカ方式は現実的ではなさそうだ。
呼び出してしまった魔人のジーニーを元に戻せるか?
――北朝鮮の真意
近年における北朝鮮政府の政策転換の最も明確な理由は体制の存続である。公式には、北朝鮮政府は経済と核開発の両立を目指している。厳格な制裁から協調路線への転換は、経済を押し上げ、政権の安定性を向上させる狙いがあると思われる。しかし、これは、北朝鮮が政権存続に不可欠な核開発計画を放棄するということではない。
北朝鮮の戦略の2つめと3つめの理由は中国と米国に対するものである。北朝鮮は、経済的に中国に依存しているものの、小突き回されはしないということを明確に示したいと考えている。複雑な米中関係が北朝鮮に「弾力的」な政策を取る隙を与えている。米国はすでに取り得る制裁措置をほぼ上限まで使い切っている。北朝鮮に対するさらなる経済的締め付けの鍵を握っているのは、米国政府ではなく、中国政府である。
上記すべての選択肢の限界と結果的に逆効果になる可能性を踏まえると、北朝鮮の状況から学ぶべき重要な教訓が1つある。たとえ相手が敵対的な政権であっても、国際社会は直接交渉する必要があるということである。
――仲介者としての欧州連合?
EUは対イランで重要な役割を果たしたが、米国と中国をはじめとする主要関係国(六者会合の参加国)との緊密な協力の下、北朝鮮を直接対話に引き出すことで、再び重要な役割を果たすことができる。EUは、世界的危機に行動を起こし、核拡散問題に対処する責任があることを表明している。
EUの過去の実績を考えると、「様子見」を決め込んでいる現行の政策は驚きである。EUは1998年、北朝鮮との集中的な政治対話に乗り出し、2001年にはほとんどのEU加盟国が北朝鮮との外交関係を持つに至った。EUはこの地域における植民地や紛争に関する「歴史的な重荷」がなく、建設的な役割を果たすうえで好ましい条件を備えている。
――段階的アプローチと行動に向けた計画
いかなる交渉方式が見いだされることになろうと、そのプロセスは複雑かつ長期にわたるものになるだろう。関連する他の問題をすべて無視して、核兵器を手っ取り早く簡単な取り決めで除去することはできない。このプロセスは核兵器に関する取り決めをはるかに超えるものである。
金委員長の政策変更とそれに対するトランプ大統領の反応は、新たな交渉に向けた機会となっている。過去の挑発をこうした非公式なかたちで終わらせることは、より持続可能な合意に向けた第一歩となる。交渉を始める前に前提条件を設けるのは賢明ではない。この方法はすでに過去に失敗している。大量破壊兵器のさらなる拡散を阻止し、とりわけ核兵器不拡散条約を形骸化させないためには、非友好的な北朝鮮政権と交渉し、核・ミサイル開発計画を転換させるのが唯一実行可能な選択肢なのである。
持続可能な解決、すなわち、明確な基準を設けるとともに、地域協力と信頼構築と多国間主義への道を開き、北朝鮮に相当の経済支援と安全保障(体制維持の保証)が提供されるような解決をもたらすためには、「凍結対凍結」もしくは「行動対行動」の計画が必要である。こうしたプロセスは、核開発計画、安全保障、経済を網羅し、本格的な交渉が始まるまでは国連制裁を厳密に維持するかたちで、3段階で進めることができる。
第1段階:交渉
北朝鮮の核・ミサイル開発計画の凍結を主眼とする。計画凍結の見返りとして、北朝鮮に法的拘束力に裏付けられた安全保障(体制維持の保証)が提供されるべきである。米国がこうした措置を講じることに前向きになることが必須条件である。経済面では、北朝鮮にとって最も重要な分野(エネルギー、インフラ、食料供給)が交渉の対象とされるべきである。
第2段階:実施
この段階では、北朝鮮が核兵器不拡散条約への再加盟を果たし、すべての核兵器開発計画を凍結するとともに、国際原子力機関(IAEA)の立ち入り検査を受け入れる必要がある。安全保障面では、朝鮮半島の安全保障に関する法的拘束力のある条約を締結するとともに、南北朝鮮の通常戦力の削減や米韓軍事演習の中止といった信頼構築措置を講じることも必要である。経済面では、国際社会による制裁解除を含む協力が必要である。電力網の再構築とインフラ整備や農業における協力が優先課題となる。
第3段階:最終的解決
北朝鮮のあらゆる軍事用核技術が廃棄され、兵器級核物質が除去される。南北朝鮮国境が非武装化され、分断された朝鮮半島の将来の政治秩序に関する交渉が開始されることになるだろう。ただし、そのためにはこの地域から米国の核兵器がすべて除去されなければならない。経済面では、法的拘束力を有する契約に基づいて経済協力が継続される。すべての経済関係が正常化される。
結論
新たな有望な交渉の可能性を示す控えめな予兆があるにもかかわらず、北朝鮮の核兵器という主たる問題は未解決のままである。「安全保障(体制維持の保証)」の詳細も示されておらず、「非核化」の定義も定まっていない。いくつもの物議を醸す問題について交渉するとなると、長期にわたる複雑な交渉となることはほぼ確実で、おそらくは期待どおりにいかないことも出てくるだろう。
北朝鮮政府は、米国と対等の立場で交渉するという何十年も待ち望んだ念願をついに果たした。孤立した政権に関する情報はほとんど入手できないため、北朝鮮の真意や内政に関する判断は推測にならざるを得ない。北朝鮮はこれまでに、核兵器の放棄に関する交渉に前向きな姿勢を示すことも含め、さまざまな目的で核兵器開発計画を利用してきた。
第1:抑止力として利用する。北朝鮮の政府当局者は、米国の圧力に「追い詰めらた」と感じていることを繰り返し、強く訴えてきた。このシナリオは、核兵器不拡散条約に基づく交渉や国際公約にしても、これまでに幾度にもわたり行ってきた交渉にしても、北朝鮮が真剣に受け止めたためしはないという前提に基づいている。
第2:交渉の切り札として利用する。このシナリオは、補償一式を手にすることができるなら、北朝鮮は核開発計画を中断する用意があるという想定に基づくものである。
第3:現体制の存続を担保する保険として利用する。北朝鮮政府がこの選択肢を放棄するか否かが今後のあらゆる交渉の鍵を握ることになる。
第4:同時並行で複数の選択肢を追求する。北朝鮮政府は、核・ミサイル開発計画の完全な放棄について交渉をしつつ、同時に核・ミサイルの開発も進める。
朝鮮半島の非核化、とりわけ北朝鮮の核兵器開発計画をやめさせることは、核兵器不拡散条約ならびに軍縮条約の守護者としての国連の役割の将来的な有効性を試す試金石と見ることができる。北朝鮮の政策は、核と長距離ミサイルの開発に向けて、同国が強い野心を持っていることを示している。しかし、それと同時に、金政権は常に、完全な非核化に向けた政策を模索し続けており、計画の中止について交渉する用意があることを表明してきた。果たして、北朝鮮は本当に、核兵器を放棄する気になり、軍事転用可能なすべての核関連施設の撤去に応じることになるのだろうか。北朝鮮は厳しい駆け引きをすることで知られている。国際社会にどういう経済的対価が突きつけられることになるのだろうか。
本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.31の要約版である。
ハルバート・ウルフは、国際関係学教授でボン国際軍民転換センター(BICC)元所長。2002年から2007年まで国連開発計画(UNDP)平壌事務所の軍縮問題担当チーフ・テクニカル・アドバイザーを務め、数回にわたり北朝鮮を訪問した。現在は、BICCのシニアフェロー、ドイツのデュースブルグ・エッセン大学の開発平和研究所(INEF:Institut für Entwicklung und Frieden)非常勤上級研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・国立平和紛争研究所(NCPACS)研究員を兼務している。