北東アジアの平和と安全保障 (政策提言 No.199)
2024年09月13日配信
東アジアの長期にわたる平和を維持する:国際ワークショップの報告
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はじめに
世界各地で緊張が高まるなか、戸田記念国際平和研究所と中国社会科学院日本研究所(IJSCASS)が共同開催した国際ワークショップにおいて、1979年以降に東アジアで続いてきた長い平和は持続できるという見解が示された。地域の各国が責任ある行動をし、対立を回避し、自制心を働かせ、多様な開発の道筋を容認し、互いを安心させ合う限り、東アジアの平和を維持し、さらにはいっそう深めることも可能である。
IJSCASSは、日本および関係地域の研究を行う中国最高峰の学術機関である。戸田記念国際平和研究所は東京にある国際研究機関で、専門家、実務家、政策立案者の間で政策志向の対話の場を設けており、北東アジアにおける平和と安定を長年の焦点としてきた。両機関とも、動乱の時代に相互理解を高め、協力を促進する手段として、学識者と政策立案者の国際的対話を促すために尽力している。
東アジア地域は世界の3分の1の人口を擁する、世界経済の三大中心地の一つである。1979年以降は長い平和が続いており、国家間戦争は起こっておらず、暴力的な国内紛争も極めて少ない。それが経済的繁栄を可能にし、無数の人々を貧困から脱却させ、東アジアを世界で最もダイナミックな地域の一つにしたのである。
しかし、その長い平和が、国際環境の悪化と米中対立によって脅かされている。ワークショップでは、ウクライナの戦争、台湾問題、朝鮮半島の核化、南・東シナ海における領土紛争といったさまざまなことが不安定化の要素になっているという議論がなされた。一方、中国、韓国、日本の間に漂う不信と和解実現の欠如は、東アジアにおける共通の安全保障体制を構築する努力に水を差している。
このような観点から、ワークショップは、研究者と政策立案者の協力関係を築き、対話を促し、地域の課題に対する有望な多国間アプローチを明らかにすることを目指した。これは、2023年11月に東京で開催された戸田記念国際平和研究所およびJISCASSの代表者と日本内外の研究者らによる先のワークショップに続くものである。
対話の重要性
東アジアは多くの矛盾をはらんでおり、そのため対話が極めて重要である。ただし、東アジアには、自ら問題に取り組むという長い伝統もある。中国の見解では、アジアにおける平和と開発はアジアの人々の手に委ねるべきであって、東アジアは大国のゲームの駒にされてはならない。
中国はこう見ている。東アジアにおける安全保障上の弱点の主な原因は米国の同盟システムであり、それが分断と不信という後遺症をもたらしている。同時に、多国間経済協力と質の高い対外開放を推進することによって、新冷戦の回避を模索している。また、アジアで生まれた平和五原則に則った、包摂的で開かれた東アジアを追求している。その上で中国は、グローバルガバナンスと国際的平和創造におけるより積極的な役割も担おうとしている。
中国と他の東アジア諸国の発展の見通しは、相互に依存している。中国の外交政策の核は、共通の包括的かつ協調的で持続可能な安全保障を促進することであり、それゆえ中国は、東アジア地域における分断と対立ではなく結束と協力を模索している。従って、対話努力が極めて重要な役割を果たす。
戸田記念国際平和研究所の主要な目的は、中国、日本、韓国の研究者と政策立案者の間に緊密な協力関係を構築し、お互いに注意深く耳を傾け、学び合う安全なスペースを作り出すことである。東アジアが直面する課題は一方的に解決することはできない。協力的、分析的な問題解決が必要である。封じ込め戦略は逆効果であり、地域に安全保障のジレンマをもたらす。中国、日本、韓国の3カ国協力の提案を奨励するべきだ。中国の先制不使用政策は、核リスク削減戦略を考えるうえでの基盤となり得る。「ゴンシャン」(共生: 平和的に共存し互いに利益を高める)という概念に基づいて、戸田記念国際平和研究所は、いかにして武力紛争を予防し、地域の平和をより持続可能にするかについて考え方を共有することに関心を向けている。
東アジア秩序の歴史と法的基盤
1951年のサンフランシスコ条約を東アジアにおける法的秩序の基盤と見なす人々もいる。しかし、米国が主導するハブ・アンド・スポーク型の同盟ネットワークや2国間防衛協定は、合意された秩序ではない。中国はサンフランシスコ条約の締約国ではなく、同条約を違法かつ無効と見なしている。中国の観点から言えば、東アジアに戦後秩序の法的基盤があるとするならば、それは1978年に日本とPRC(中華人民共和国)が締結した日中平和友好条約にある。この条約の中で日本政府は、PRC政府が中国の唯一の合法的政府であることを承認しており、台湾は中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを認めた1972年9月29日の日中共同声明の原則を確認した。中国の見解では、サンフランシスコ条約は、台湾の中国返還を約束した戦時中のカイロ宣言とポツダム宣言に違反している。条約の結果として日本は米国の戦略に組み込まれ、「極東条項」は日本に駐留する米軍が極東のどこででも活動することを可能にした。その結果、日本は、近隣諸国と和解して戦争について深く内省する機会を失ってしまった。
最近の安全保障協力に関する日米韓3カ国合意は、米国同盟システムをさらに強化することを目的としている。第2次世界大戦終結後80年近く経つが、東アジア秩序の合意された法的基盤はいまだに存在しない。必要とされるのは、全ての関係者間での戦略的な対話であり、真の東アジア安全保障秩序を構築し、共通の利益を足掛かりとし、実のある協力を強化し、相違を管理し、紛争の可能性に対処することである。
「秩序」とは、コミュニティーのメンバーの行動に関する法律と規則が守られている状態である。第2次世界大戦の後、その意味では秩序は存在しなかった。なぜなら、東アジアは地政学やイデオロギーに基づく境界線によって分割され、地域には大規模な戦争が起こっていたからだ。1979年以降、東アジアは、ブレトン・ウッズ体制という外部のルールに支配された経済的相互依存に基づく秩序へと移行した。この経済的相互依存の時代はいまや、地政学的対立の復活による脅威にさらされている。米国は、中国にグローバル体制のステークホルダーになるよう促すのではなく、中国の台頭を抑え込もうとしている。軍事戦略的分断が深まるにつれ、米国とその同盟国は反中国的になっている。NATOまでが、東アジアにおける安全保障上の役割を得ようと接近している。
日本の右派は、中国の台頭を受け入れ難いものと考えている。彼らの影響下で日本は再軍備を進めており、日本の統治はその平和憲法から離れて重大な変容を遂げつつある。
中国は、米国が構築した自由主義的経済秩序のルールの多くから恩恵を積極的に得ているが、同時に、自国や他の発展途上の国々の利益になるようなルールを作り上げようともしている。
島や海域をめぐる領土紛争がある場合、実効性のある法秩序を実現するのは難しい。南シナ海と東シナ海における紛争は、意図しない結果へと急速に進展する恐れがある。より寛大な姿勢でこれらの領土紛争を解決する(小島嶼は人の居住を維持することができないため、国連海洋法条約<UNCLOS>に基づき、12海里を超える排他的経済水域は持たないという合意を結ぶことによって)ことが、中国の利益になると示唆された。そうすれば、地域経済協力が対立に取って代わることができ、中国に対し均衡を保つという米国の役割の根拠がなくなるだろう。
東アジアの長い平和が成功を収めるための条件
東アジアの長い平和は「底の浅い」平和であったが、それでもなお、国家間戦争の回避という点では目覚ましい記録を打ち立てている。その主な理由は、地域の指導者たちが経済発展を優先したことと、1972年以降に米中関係が改善したことにある。ASEANと多国間協力が果たしてきた役割も重要である。しかし、今日、米国と中国は協力を弱めており、各国政府が開発よりも安全保障を優先するというリスクも存在する。気候変動に取り組むために米国と中国が協力を維持、拡大すれば、平和を持続することができるだろう。南北朝鮮の分割を、彼らは受け入れることができた。台湾はもしかしたら長い平和にとって最大の脅威かもしれないが、中国が自ら進んで交渉に乗り出すことで、台湾問題から抜け出すことが可能だろう。
ウクライナの紛争を終わらせるために中国が2023年2月に発表した12項目の提案は素晴らしい出発点であり、休戦は、大国の保証があれば、東アジアの平和に寄与するだろう。
中国だけでなく、東アジア地域の大部分が成長中であることを認識することが重要である。日本は東アジアにおける重要な投資国であり、東南アジアは経済大国になりつつある。地域経済統合は、地域秩序の基盤をもたらす。東アジアの国々は、新冷戦という概念を退け、デカップリングに背を向けるべきである。代わりに協力と統合を維持し、安全保障上の理由から自由貿易の対象外となる技術を可能な限り少なく抑えなければならない。
地域問題への取り組みには共同アプローチが必要である。全ての当事国に受け入れられる地域秩序を構築するためには、構造的な改革が必要である。それは必然的に漸進的なプロセスとなるだろう。それには東アジア諸国が関与するべきだが、外部の国の関心事項も認識するべきである。米中対立を克服することが、世界の関心事項である。
米軍司令官らの間で2027年までに中国と台湾の軍事衝突が起こるかもしれないと言われており、それをめぐって、紛争時には韓国と日本を米国側に参画させるべきだという圧力が生じている。中国の見解では、これが日米韓同盟を危険で脅威を与えるものにしている。ワークショップ参加者の一部は、中国の国家再統一の必要性は尊重される必要があるという意見を述べた。中国の見解では、軍事的手段に訴えるという選択肢は保持されなければならない。そうでなければ、平和的再統一は決して実現できないからだ。
中国以外の参加者の批判的見解によれば、米国にとって、東アジアにおける対立を温存することが利益になる。それによって米国は、東アジアにおける覇権と軍による保護を維持するための防衛費を増額する理由ができるからだ。
地域秩序に関する合意形成が必要である。そのためには、経済、政治、安全保障に関する協力のメカニズムが必要である。長い平和を維持するためには経済に重きを置いた協力が不可欠であり、全ての国が前向きな手段によって相違に対処する必要がある。東アジアは、地域における米国の役割を管理し、東アジアを二つの陣営に分けようとする米国の政策に対処し、その一方で米中関係の均衡を維持する必要がある。
東アジアの安全保障における米国の役割
米国は、域外国家でありながら、東アジアにおける仲介役の機能を果たしている。米国の外交政策が断固として守ってきた原則は、アジア、欧州、中東における地域覇権国の出現を未然に防ぐというものである。ピア競争(同等者の競争)の予防は、今なお米国の政策の主要原則である。
米国は常に、地域内の競争で強い方を抑えるようにバランスを取り、弱い方を支援する傾向がある。自由主義の原則を謳ってはいるが、その外交政策は大抵の場合、レアルポリティーク(現実主義の政治)に基づいている。
米国は、北大西洋、アジア太平洋、インド太平洋のような想定上の巨大圏域を作り出し、その全てに米国が存在することを正当化しようとしている。
外交政策は常に国内事情に左右され、国内政治は外交政策より優先される。現在、米国の国内政治は混乱状態にある。米国の政治家にとって、最大の敵は外国ではなく国内にいる。米国政治の二大陣営を団結させる数少ない目的の一つは、中国からの挑戦と認識されるものに対抗することである。
当初、東アジアにおける米国の役割は、吉田ドクトリンに基づくものだった。日本は米国のリーダーシップに従い、軍による占領と政治的服従を受け入れた。その見返りに、日本は米国の資本と市場への優先的アクセスを獲得し、米国の冷戦政策でいかなる軍事的役割を果たすことも免除された。しかし、この取り引きはもはや効力を持たない。米国の資本はもはや以前ほど不可欠ではなくなり、東アジア諸国のほとんどにとって優先的貿易相手国は米国に代わって中国となっている。米国の経済力は低下しつつあるが、その軍事的優位は根強く、東アジア地域においてと言わずとも少なくとも世界規模では持続している。米国は自国の責任と手段の間に大きな隔たりが生じ、帝国主義の行き過ぎにに直面するかもしれない。リベラルな国際主義に対するコンセンサスは崩壊した。国内政治の2極化を背景に、孤立主義、政策的行き詰まり、反外国的な論調が拡大している。
米国は、自らを不可欠な主導国であると主張している。その不可欠性を正当化するために、米国は脅威を必要としている。つまり、脅威の誇張は、支配力を維持するという目的の一環である。
インド太平洋地域は、米国の外交政策の戦略的重心となっている。東アジアで米国は、日本、韓国、フィリピン、シンガポールにおける軍の駐留を維持するか、あるいは太平洋諸島の基地を足場とする純粋なオフショア・バランサーになるかの選択に直面するかもしれない。どちらの戦略も、米国の利益を脅かし、その制海権に挑戦するかもしれない競争相手を抑え込むことが目的といえる。米国は、世界の指導国であることへのこだわりにより、他国の台頭を理性的に見ることが困難になっている。米国の新たな防衛戦略は、中国を「最も重要な戦略的競争相手であり、迫りくる難題」として扱っている。その結果、米国と中国は典型的な安全保障のジレンマに陥っている。
米中戦略競争の焦点地域は、中国周辺にある。多くの中国人の意見では、米国は、中国の発展を抑え込むために台湾を利用している。米国は、一つの中国という政策を空洞化させ、台湾を武装化し続けている。台湾問題は、適切に対処しなければ、中国と米国の真っ向からの対立を引き起こす最大の要因となりかねない。これをいかに回避するかは、中国と米国にとって大きな課題となるだろう。
米国は「力による抑止」という現実主義的な概念を信じており、東アジアにおける軍事的プレゼンスを継続的に強化している。これは、地上発射中距離ミサイルの配備計画に反映されている。米国の軍事費支出は世界の軍事費支出の40%、米国のGDPの3.2%を占める。それに対し、中国の軍事支出は米国の4分の1に過ぎず、GDPのわずか1.8%である。米国は日韓との3カ国協力を強化しようとしており、日本に対し、中国封じ込めのために資金協力と軍事協力の両方を提供するよう強く要求している。韓国にとっては、どちらの側につくかを選べという圧力になっている。
AUKUSを「小さなNATO」に発展させ、NATOとアジア太平洋地域の米同盟国との協力を促進するという考え方には、中国の軍事的台頭を抑えるという目的もある。
日本は、東アジアの安全保障において特別な潜在的役割を担っている。米国のくびきにつながれたままでいるなら、日本は大きなリスクを冒すことになる。日本は、日中平和友好条約に基づく約束を守り、中国および米国との偏りのない関係を維持し、場合によっては両国の仲立ちとなることを考えたらどうだろうか。地域の安定を維持し、軍事対立を回避することは、大いに日本の利益になる。しかし、ワークショップでは、日本が近い将来この方向に動くだろうと予想する人は誰もいなかった。日本の現行の外交政策は、日米同盟強化に強く執着したままである。
尖閣諸島/魚釣島をめぐる紛争は、両国が国内向けに歓心を買おうとしなければ、対処できるだろう。鄧小平のアプローチは、資源の共同開発と主権問題の棚上げを提案することだった。日本と中国が同諸島に12海里の領海のみを設定することで合意し、中間線原則と中国の大陸棚自然延長原則の間の妥協点に基づいて東シナ海の海洋境界線を取り決めることが提案された。
日中の和解は、いかにこれらの領土問題に対処し、戦時中の痛ましい過去を認識するかにかかっており、それが東アジアの平和への鍵となる。
東アジアの安全保障における中国の役割
伝統的な安全保障という意味で、中国は東アジアに勢力圏を広げようとはしていない。むしろ、上海協力機構を通して中央アジアを安定化し、一帯一路構想を通してユーラシア大陸における役割を拡大することを目指している。同時に、中国は外交的に予防線を張り、敵を作らないようにして、徐々に世界的な影響力を拡大している。核心的利益(台湾、新疆、チベット)は油断なく守るが、勢力圏を望んでおらず、必要ともしていない。また、中国と他国の3カ国同盟も形成されていない。中国の防衛支出は巨額ではあるが、GDPの2%以内に抑えられており、それは自らへの自信と米中対立を回避できるという確信を示すものと見て良いだろう。巨大な経済を背景に、中国は世界第2位の軍事大国となっているが、日本に続いて軍事予算を倍増させるようなことはしていない。
ホットスポットについて言えば、釣魚島/尖閣諸島問題は管理可能であり、双方の間には暗黙の了解がある。中国の船舶と航空機は、島から12海里の線を超えて近づくことを避けている。
台湾問題については、武力行使をするか否かという問題は中国が決めることだという意見がワークショップで出された。衝突は差し迫っておらず、不可避でもなく、中国は台湾を本土に統一する期限を設けていない。中国は軍事演習を自制しており、実施する際は事前に発表し、実弾は使用していない。しかし、中国と米国の双方とも超えてはいけない一線がどこにあるのかが曖昧であること、南シナ海よりも台湾のほうが危機の際の出口が少ないことが示唆された。また、武力衝突のリスクは台湾海峡よりも南シナ海のほうが高いが、台湾有事の場合は深刻化を食い止めるのがより困難であるため、より危険が大きくなるという議論もなされた。
北朝鮮については、ウクライナにおける戦争のため、状況が悪化している。ロシアが武器や弾薬を購入する目的で北朝鮮に接近しているが、戦争が停止すればこの状況は終わるかもしれない。韓国は、ウクライナに武器を供与すれば自国の安全保障環境を損なう恐れがあるため、これを回避するべきだという意見が出された。金正恩にとって、核兵器を使用するのは自滅行為となるだろう。中国は、六者会合の再開を望んでいる。
南シナ海は、依然として危険なホットスポットである。セカンド・トーマス礁をめぐる中国とフィリピンの紛争と対立に起因する衝突のリスクが非常に高い。そのような衝突は限定的なものであろうが、深刻化のリスクは予測不可能である。
非伝統的な安全保障の分野では、協力の余地がかなりある。中国、日本、韓国は、海上貿易、海運、石油輸入の大国である。彼らは、海洋エコシステムの保護、捜索救難、さらには海賊、武器密輸、人身売買のような違法活動の抑制を行う責任がある。海洋環境に適用される国際法や2国間合意は増加している。しかし、東・南シナ海における環境問題の解決は、問題に対処する機関がないため困難である。中韓漁業協定のような2国間協定を拡大し、多国間協定にすることが役に立つかもしれない。公海と海底の統治には、UNCLOSの曖昧な規定より踏み込んだ新たな体制が必要である。
北東アジアにおける協調的安全保障体制の構築
新たな安全保障体制が生まれる状況とは、これまで東アジアにおける支配的な安全保障システムであった「扇」型あるいは「ハブ・アンド・スポーク」型のシステム(米国を中心として2国間関係が放射状に外に広がる形)の終焉である。このシステムが直面している課題は、激化する戦略的競争、2極間の緊張、拍車がかかる軍備増強、そして日本と韓国が今後いっそうの自律性を求める可能性である。
新たな安全保障システムの構築に対する課題は、特にナショナル・アイデンティティーの問題にある。これには、未解決の領土問題、終結していない内戦や国家統一プロセス、解消されていない歴史的不満、和解の欠如などがある。国家統一プロセスを完了していない国々では、「われわれ」とは誰かという問題が未解決のままである。「われわれの国を再び偉大にする」というナラティブは、米国だけでなく、日本と中国にも存在する。台湾の頼清徳が学校のカリキュラムや教科書の変更を通して進めようとしている「建国」の動きは、中国を悩ませている。米国の研究者らは、これを無視し、民進党(DPP)が民主主義だからという理由で無害な政党と見なす傾向がある。しかし、同党のアイデンティティー構築プログラムは台湾国内に分断の種をまき、中国本土との関係を複雑にしている。成熟した社会は、混合的アイデンティティーの繁栄を許すべきであり、アイデンティティーの多様性を尊重するべきである。台湾人であり中国人であるという考え方のほうが、単一のナショナル・アイデンティティーへの固執よりも豊かで現実的である。
新型コロナをめぐるナラティブの衝突は米中関係を悪化させ、それぞれの国の「ソフトパワー」を生かす努力の崩壊をもたらした。コロナ禍以降、両国の若い学生たちは、相手国に対するネガティブな見方をするようになった。
協調的な安全保障体制を構築するためには、このようなナショナル・アイデンティティーの問題に対処する必要がある。経済問題と安全保障問題に関する中国、日本、韓国の3カ国協力をプロセスの中心にして、「二つのアジア」を一つにまとめる必要がある。また、「ミニラテラル(少数国の協力枠組み)」型の協力も、協調体制に向けた一つのステップとなり得る。扇型やハブ・アンド・スポーク型のシステムよりも「竹格子」型構想のほうがレジリエントだといえるだろう。
ウクライナにおける戦争は、東アジアにおける協調的安全保障体制を妨げるもう一つの要因である。これによって各国はバラバラな陣営に分かれがちであり、北東アジアにおける新冷戦の懸念に拍車がかかっている。また、欧州諸国と中国の関係にもひびが入っている。
もし中国が対立の政策を追求するのであれば、世界は新冷戦か第3次世界大戦になだれ込む恐れがある。当然ながらこれは、中国の観点から見て望ましくない。中国は、「人類運命共同体」を構築し、多極性、包摂的グローバリゼーション、中東とウクライナの安定化を優先事項としている。
中国が困難な課題と見なしているのは、米国が冷戦時代のような政策を追求している状況で、どのように協調的安全保障体制を実施するかということだ。中国のアプローチは、米国の意思決定者との頻繁な接触を維持し、領土問題に関する自制を示し、非伝統的安全保障問題に関する協力を促進し、3カ国協力を発展させ、「10プラス3」枠組みによってASEANおよび北東アジア諸国との協力を強化することであるべきだ。
東南アジアにおける紛争防止を促進しているASEAN地域フォーラム(ARF)と同じような安全保障体制を構築する余地があるかもしれない。同様のメカニズムを3カ国協議に付随させれば、脅威の認識をめぐる議論を促し、信頼醸成を促進することができるだろう
台湾について言えば、頼清徳の総統就任演説を本土は挑発的と見なした。本土の反応は軍事演習であり、台湾はそれを挑発的と見なした。馬英九が台湾総統だった時代は、双方が経済統合と人的交流を促進していた。それ以降、接触と協力は減少している。本土は非公式な紛争防止メカニズムから手を引き、民進党は台湾の本土への経済依存を削減する道を模索した。上海国際問題研究院の台湾香港マカオ研究所は、台湾への学術的訪問と香港での台湾指導者との交流を提案したが、民進党はこれらのイニシアチブを妨害している。
中国、日本、韓国と地域の周辺国
相違を乗り越え、周辺地域の平和に寄与するために、地域の小国はどのような役割を果たすだろうか?
モンゴルのような小国は、域内協力によって恩恵を受け、協力の不在によって真っ先に被害をこうむる。ロシアと中国に挟まれた内陸国であるモンゴルは、両方の隣国とも、隣接していない「第3の隣国」とも、良好な関係を築こうとしている。同国は、東アジアの平和と朝鮮半島の非核化に向けて尽力するとともに、北朝鮮にも経路を開いている。モンゴルは2013年より、東アジア諸国の活発な対話を促す「ウランバートル対話」を開催している。また、六者会合を再開するためにもモンゴルは重要である。同国は、中国、日本、韓国の3カ国協力を支援している。東アジアのこれら3カ国は、いずれも2024年の国連安全保障理事会の理事国である。奇しくもこのように3カ国が揃ったことは、外交協力の絶好の機会をもたらす。
中堅国が牽引する多国間主義は、東アジアの平和を守る重要な要因となっている。ASEAN地域フォーラム(ARF)、シャングリラ会合、アジア太平洋安全保障協力会議(CSCAP)のような機関を通して、アジア諸国は対話と協力の枠組みを構築してきた。このような多国間プラットフォームは、戦略的信頼を構築し、誤解を緩和し、平和的な紛争解決を促進するための役に立つ。しかし、多国間主義はすたれつつあり、地域問題においてASEANが果たす役割はかつてより小さくなっている。中国の台頭に対抗することを目的とするAUKUSや日米豪印Quad(クアッド)のような、より小規模で安全保障志向の枠組みは、中国の軍備増強を促し、より包摂的な多国間主義を脇に追いやるリスクがある。それらは、東アジアの長い平和を守ってきた複雑に絡み合う関係性を解体させる傾向がある。
米国と中国は、抑止と自制のバランスを取り、お互いを安心させる道を探る必要がある。例えば、中国が平和的統一を改めて約束し、米国は台湾の独立を支持しないことを改めて誓うといったことだ。米国は台湾への武器売却と公式訪問を縮小すればよいし、中国は台湾海峡とルソン海峡での軍事演習を縮小すればよい。
中国はすでに一定の自制を行っており、平和的統一のために尽力していることを繰り返し述べ、軍事演習を事前に発表し、台湾の海岸から12海里までの領空に入ることを避けている。
抑止と自制、安心のバランスを取り、多国間主義を強化することによって、東アジアは平和地帯であり続けることができる。中堅国や小国は、多国間フォーラムにおける協力を支援することによって貢献することができる。
日中韓の国家戦略と3カ国協力: 共通の利益と相違
中国共産党の中央委員会第3回全体会議(3中全会)の後、中国が対外開放に新たな重点を置いていることは、中国、日本、韓国の協力を進める新たな機会となるだろう。2024年5月に開催された第9回日中韓首脳会議は、予想以上の成功をおさめ、貿易・経済協力、災害対策、さらなる対話の制度化が対象となった。朝鮮半島の非核化やサプライチェーン問題といったセンシティブな問題についても話し合われた。中国と韓国は、外務省レベルとトラック1.5レベルの戦略的対話を行うことで合意している。
ただし、障害もある。韓国と日本は、中国への経済的依存を戦略的リスクと見なしており、米国にならって中国を中傷している。両国は、中国との3カ国協力よりも日韓の2国間協力に、中国よりも米国との3カ国協力に、より大きな関心を示している。両国は、中国が北朝鮮の核兵器計画を止めないことを非難している。日本は台湾問題に関する米国の政策に従っており、それが中国との相違を広げている。
日中韓の協力の余地は大きく、その機運は高まっている。たとえ障害があっても、機能的協力は可能である。
半島国家である韓国は、ある面では大陸国家、またある面では海洋国家である。韓国は、米国の数多い同盟国またはパートナーの一つであると同時に、中国を最大の貿易相手国ともしている。これにより、2極化した冷戦時代の特徴である分断された陣営とは異なる、絡み合う相互依存の網が生まれる。
米中競争は世界規模にまたがり、長期にわたるかもしれないが、短期的に見れば断層線は東アジアのホットスポットを通っている。それは中国の前庭であり、中国はここで引き下がることはできない。バイデン政権は「民主主義国家」と「独裁国家」の分断という構図で世界を捉えており、それが、平和を維持するために必要とされる種類の妥協に到達することを困難にしている。
韓国は難しい立場にある。米国と中国が対立を深めるほど、韓国は身動きが取りにくくなる。北朝鮮との緊張は高まっている。前の文政権は、韓国の太平洋国家的役割と大陸国家的役割を橋渡ししようとし、北東アジアとの経済協力を目的とする北方政策、ASEANやインドと協力しつつもクアッドとの関与は避ける南方政策を追求した。これにより、中国と米国のどちらかを選ぶべきだという圧力を緩和していたのである。尹大統領は、このアプローチを捨て去った。彼は、片方の側につくことによって、北朝鮮、中国、ロシアとの関係を悪化させている。
韓国の前政権による取り組みの趣旨に反し、同盟国と友好国のみを仲間に入れるという米国の政策は、中国を封じ込めることを目的としており、地域における安全保障のジレンマを悪化させている。その結果、北東アジアのほとんどの国は、地域協力よりも軍備競争と対立の道を選んでおり、それ以外のアプローチを好むであろう国々に多大な機会費用をもたらしている。競争的な貿易取り決めは、経済協力を安全保障問題化している。
そのため、地域の危機管理メカニズムと協調的安全保障メカニズムが緊急に必要とされている。平和と安全保障に関する多国間協議の場を作ることは、地域紛争を最小限に抑え、北朝鮮の核問題を管理するために不可欠である。差し当たり、米国の安全保障同盟と多国間グループの混合が、最も現実的な道筋かもしれない。
日本は、今なお世界第4位の経済大国であり、海上貿易に大きく依存しているが、人口の減少という傾向では地域の中で抜きん出ている。1947年、日本は国の主権の発動たる戦争を放棄し、国際紛争を解決する手段としての武力による威嚇または武力の行使を拒絶した。日本はまた、経済発展と貿易を優先するプロセスを主導し、それが東アジアの長い平和を確立した。日中関係は親密ではなく、日本は戦時中の指導者の責任追及をドイツのように徹底的に行わなかったものの、1978年の日中平和友好条約には戦争と覇権主義を避けようという中国と日本の決意が明確に示されていた。冷戦が終結すると日中関係は悪化し、安倍晋三首相は、世論を反中国に誘導して過去の平和主義を放棄する手段として、東シナ海の尖閣諸島/釣魚島をめぐる中国との対立を利用した。ウクライナ戦争を受けて、岸田首相は、東アジアにウクライナと同様の事態が起こるのではないかという懸念を表明した。2024年の防衛白書には、日本が「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境のただなかにある」と記されている。日本は、中国とロシアによる北方の合同海軍演習、北朝鮮のミサイルと核兵器、台湾有事のリスク、南シナ海の紛争による脅威を感じている。それに対応して、日本は防衛予算を増額し、長距離兵器に投資している。
人口の急激な減少に伴い、経済成長は停滞し、政府は負債を抱えている。日本に再軍備の余裕があるかどうかは不透明である。中国や韓国と同様、東アジアにおける日本の共通の利益は、貿易、経済発展、協力である。これらのほうが安全保障上の相違よりも重大だと思われる。とはいえ、日本は安全保障と貿易の保護を米国に依存しているものの、安全保障上の相違は残りそうである。
日本の右派は、米国との同盟継続を好む現実主義的安全保障観を持つ人々と、日本の独立と自治を回復し、日本を武力行使できる「正常な」国にすることを望むロマンティックなナショナリストに分かれている。もう一つの道筋としては、中国が日本との友好平和条約を強化し、和解を促し、東シナ海の紛争を解決し、台湾海峡と南シナ海における紛争解決を促進することが考えられる。
中国、韓国、日本は依然として、貿易、経済発展、北朝鮮問題の緩和に大きな共通の利益を有しているが、相互の脅威の認識のほうが深刻になっているようだ。にもかかわらず、日韓関係の悪化と米国政治の分極化を考えると、日米韓の3国間関係の改善は不安定な基盤の上にある。ウィン・ウィンの安全保障概念が全当事国の利益になるが、抑止のパラダイムを多国間開発のパラダイムに置き換えるのは依然として困難な課題である。
おわりに
ワークショップでは、米国およびその同盟国と中国の対立の激化、地域の紛争が過熱するのを防ぐ適切な安全保障体制の欠如により、東アジアの長い平和は不安定な状態にあると結論づけられた。中国、日本、韓国が3カ国協力を構築し、平和と安全保障に対する東アジア独自のアプローチを確立することが重要である。日中関係の改善は、東アジアの平和へのカギである。そのためには恐らく、並行して米中関係の改善が必要となるだろう。米中関係が改善するなら、東アジア諸国が貿易、衛生、気候保護、非伝統的安全保障における共通の利益を構築することがより容易になるだろう。アイデンティティーに基づく紛争に、抑止は効果を発揮し得ない。その代わりに長期的な対話が必要である。東アジア諸国がお互いを安心させることができる方法を模索する必要がある。平和を確保するために、これらの諸国は持続的な自制を示さなければならない。
ワークショップによって、戸田記念国際平和研究所とIJSCASS、そして東アジア、オーストラリア、米国、欧州の研究者たちの関係はいっそう強固なものとなった。ワークショップでは、東アジアの平和を守り、強化する見通しについて模索した。本報告書では、議論に上がった多くの建設的な提案を要約した。次のステップは、戸田記念国際平和研究所が企画している3カ国共同研究グループの研究課題を特定することである。来年再びIJSCASSと戸田記念国際平和研究所の合同ワークショップを開催することが合意された。