協調的安全保障、軍備管理と軍縮 (政策提言 No.133)
2022年07月22日配信
戦略的安定性と軍備管理の最新状況を読み解く
アンドリュー・フッター
Image: Denis_kh/Shutterstock.com
要約
核の世界に生じる変化は、戦略的安定性と軍備管理に重大な影響を及ぼす。そのような変化は、技術的、地政学的、規範的な要因が複合的に働いて促進される。本政策提言では、これらの要因について検討し、その上で、核のゲームのルールや核兵器使用を阻止する方法を再考するための推奨事項を提案する。
はじめに: 変容した核の世界
われわれは、世界の核秩序における変遷と不確実性の時代に生きている。それは、核を取り巻く環境全般にわたる技術的、地政学的、規範的な変化と変容がもたらした結果である。今日の広範囲に及ぶ多面的な変化によって、われわれは、核の状況を検討して概念化する方法を再考するよう迫られている。
既成の世界の核秩序に突きつけられた課題の中核には、技術がある。なかでも、技術的変化の三つの側面が顕著である。1)これまでとは違う機能を備えた新たな、または改善された戦略的軍事能力をもたらすポテンシャル、2)これまでとは違う、改善された、または全く新しい方法で戦略的任務を遂行する能力、3)戦略的作戦における核兵器と非核兵器の区別、戦略的任務と戦術的任務の区別の曖昧化である。
また、技術的変化は戦略的任務にも影響を及ぼし、技術開発は核システムのセキュリティに関する疑念と不安をもたらし、危機管理やエスカレーション管理に影響を及ぼす。技術それ自体は、世界の核秩序を変革するものでも、軍備管理体制を弱体化させるものでも、新たな問題や危険を生み出すものでもない。むしろ、最も重要なのは、その技術の応用や使用に関する政治的決定である。
地政学的変化と核のナショナリズム
米国の抑止の考え方は徐々に、「大国」の核課題を(再)優先し、核兵器と非核兵器のいずれの選択肢もこれを達成するために開発するという方向に修正されつつある。モスクワと北京にとっては、このような情勢が両国の核兵器に対する米国の「反撃能力」の新時代を告げるものではないかという懸念が高まっている。良く言っても、そのような動きは、軍備管理による核兵器削減の可能性を減じ、核備蓄のさらなる制限の見込みをなくし、戦略的安定性を困難にするものと思われる。悪く言えば、3カ国が軍拡競争を繰り広げる新たな時代を開くものとなるかもしれない。
この20年、ロシアの核兵器はあからさまな政治の道具となっており、核のレトリックと脅しは、2022年に勃発したウクライナ戦争においてとりわけ顕著な役割を果たしている。中国は南シナ海における影響力を拡大しようとしており、その戦略的軍事力の増強は、地域における米国主導の同盟体制に対する挑戦と見なされ得る。インドは近年、その核兵器の規模と能力を徐々に増強するとともに、さまざまな抑止目的で幅広い戦略非核兵器を開発し始めているが、同時に、米国とロシアに対しては、どちらとも公式な同盟関係を避けることを望みつつ、より密接な関係による便益のバランスを取ろうとしているように見える。言うまでもなく、インドは不拡散条約の枠組みに加わっていない。
抑制ではなく優位性の追求を特徴とする新たな多極的な核情勢によって、核軍備管理の既成概念、核兵器削減の見込み、相互の核の脆弱性に基づく戦略的安定性が脅かされる新たな時代が始まろうとしている。
規範的変化
規範的変化には三つの要素がある。1)技術的変化や地政学的変化により核リスクを管理する新たなメカニズムが必要になるという認識、2)核兵器に対する拒絶と同時に、開発途上世界の大部分、特に「グローバルサウス」諸国において増大する原子力エネルギー需要、3)核秩序、ひいては軍備管理と戦略的安定性に関するわれわれの考え方に、外部から突き付けられた挑戦である。その結果、核をめぐる世界の状況はますます二極化している。
現代の技術的課題や政治的課題に対処する標準的なアプローチは、主要な核保有国の間の軍備管理、抑制、規範、信頼醸成メカニズムという既成の手法を利用することである。より急進的なアプローチは、技術革新が持つ変革のポテンシャル、核の多極体制、新たな核の危険を、軍縮に向かう真の道筋の一環として用いることであろう。
新たな核情勢を構成するもう一つの重要な要素は、再び高まりつつある原子力への関心である。原子力エネルギー需要の大幅な増大は、新たな拡散の懸念をもたらす可能性があるが、同時に、原子力施設の安全性とセキュリティ、そして恐らく軍事標的としての重大性に対して改めて注意を向けるものでもある。
規範的変化の最後の要素は、より全体的なものであり、それを最も顕著に体現したものが核兵器禁止条約である。禁止条約は、公式な核秩序の外にいる人々が、核武装国に対して、また、核抑止は国際政治における中心的かつ合法的な秩序メカニズムであるという彼らの主張に対して圧力をかけようとする真剣な取り組みを表している。また、禁止条約は、数を増やしつつある一部の学識者の声も反映しており、その根底には、核の現状を維持する支配的なナラティブや考え方に異議を申し立てたいという願いがある。
今後に向けて
では、こういった全てのことは、世界の核秩序の未来に向けて何を意味し得るだろうか?
- 核兵器と核の脅威に対するわれわれの考え方は変わりつつある。核の物語の新たな章が始まろうとしていることは、ほぼ間違いない。そこでは、軍備管理と戦略的安定性がこれまでとは異なる様相を見せるかもしれない。
- 世界の核秩序の未来は、西側中心ではなくなるだろう。米国が重要であることに変わりはないが、核をめぐる政治、軍備管理、安定性の中心地は主にアジアへ、それよりは低い程度でグローバルサウスへと「リバランス」されるだろう。
- 技術的変化は、戦略的安定性と軍備管理に悪影響を及ぼす可能性がある。しかし、技術的破壊は運命づけられたものではない。最終的には、政治的決定が技術、戦略、リスクを動かすのである。
- 戦略非核兵器は、戦略的安定性と軍備管理においてますます重要な、影響力のある役割を果たすようになり、特定の機能に関しては核兵器を補完し、恐らくは核兵器に代わりさえするようになる可能性が高いと思われる。
- 軍備管理と戦略的安定性は、米国とその同盟国、ロシア、中国、インドのさまざまな利害や課題がせめぎ合う、正真正銘の多極ゲームになるだろう。
- ゲームの少なくとも一部には、新たな核のナショナリズムが反映されるだろう。核兵器の役割と重要性が復活し、大国にとっては過剰なまでに大きくなっていると思われる。
- 既成の軍備管理メカニズムの中には、この新たな状況に置いて目的に適合しない、あるいは少なくとも以前ほど顕著な役割を果たさなくなるものがあるかもしれない。従ってわれわれは、創造力を発揮し、非常に幅広く適用できる多面的なツールキットとして軍備管理を考えなければならない。
- 核兵器禁止条約にもかかわらず、目の前にある混乱した複雑な核の世界を管理するために、核兵器削減の一時停止を受け入れなければならないかもしれない。
- 核抑止に基づく世界の安定性という「管理された」体制の正当性と中心性に、外部から異議が突き付けられつつあり、それが今後どう展開するかは不明である。
- 世界の核秩序は今、核兵器の政治的便益を信じ続ける人々と核兵器に基づく既成体制を覆そうとする人々との間で、大きく分裂し始めているのかもしれない。
注
本論文は、過去に「第3の核時代における抑止と新技術と軍縮(Deterrence, Disruptive Technology and Disarmament in the Third Nuclear Age)」、国際平和拠点ひろしま(2022年4月)において発表した考え方に基づくものである。本論文の研究は、欧州研究会議から資金提供を受けた(グラント番号: 866155)。
本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.133の要約版である。
執筆者
アンドリュー・フッターは英国レスター大学の国際政治学教授であり、現代核兵器と安全保障問題を専門としている。現在、欧州研究会議から資金提供を受けた「第3の核の時代(Third Nuclear Age)」プロジェクト(https://thethirdnuclearage.com)を率いている。多くの著書および論文を執筆しており、直近では“Hacking the Bomb”(2018年)、“Threats to Euro-Atlantic Security”(2020年)、“The Politics of Nuclear Weapons”(2021年)のほか、専門家団体や世界のメディアにおいて定期的に執筆している。モントレーのジェームズ・マーティン不拡散研究センターやオスロのノーベル平和センターなど多くの主要研究機関で客員研究員を務めており、定期的に各国政府やNGOに対して専門家証言や助言を提供している。連絡先は、Ajf57@le.ac.ukまたは@andrewfutter。