政策提言

気候変動と紛争 (政策提言 No.132)

2022年07月05日配信

オセアニアの気候変動、人口移動と移転  パート2:起点、目的地、コミュニティーの移転

ジョン・R・キャンベル

Image: Don Mammoser/Shutterstock.com

 本稿(John R. Campbell著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.132「オセアニアの気候変動、人口移動と移転 パート2:起点、目的地、コミュニティーの移転(Climate Change, Population Mobility and Relocation in Oceania Part II: Origins, Destinations and Community Relocation)」(2022年7月)に基づくものである。

 本稿は、太平洋島嶼国・地域(PICT)における気候変動と人口移動(および不移動)の問題に関する2回目の政策提言である(政策提言No. 131も参照)。本政策提言は、気候変動に伴う移動について、既存および将来そうなり得る起点と目的地の検証から始まり、次に不移動の問題を考察し、コミュニティーの移転計画と実施において取り組む必要のあるジェンダーの問題に注意を喚起する。

 本節では、気候変動の悪影響にさらされる可能性が最も高い場所または場所の類型を特定し、評価する。次に、気候変動による移住者がどこに行くかという問題を検討する。これには個人と家族の移住、そしてコミュニティーの移転が含まれる。

 「ホットスポット」という用語は、急激な人口増加と、気候変動の影響への著しい曝露の両方を指す。

環礁:環礁の居住者は、海面上昇の脅威にさらされている海抜の低いサンゴ礁の島々の脆弱性に関する仮定によって「最初の気候難民」になる可能性が高いと以前から考えられてきた。しかし、ほとんどの環礁の島々は浸食によって縮小しているわけでも、海面上昇によって消滅しているわけでもないことが研究によって明らかになっている。実際、土地面積や標高が増加しているところもある。環礁へのその他の影響としては、水供給の喪失や劣化、食糧生産の減少、熱帯低気圧にさらされることの増加などが考えられる。

沿岸部:海面上昇が気候変動による移動の主な要因であると考えられる場合、気候変動による多数の移住者の受け入れが必要になる可能性はかなり高い。しかし、他の気候変動の影響も深刻な影響を及ぼす可能性があり、そうした点に注意することも重要である。それらの場所が移住のホットスポットになる可能性は、その場での適応への投資レベルにも左右される。

都市部:この地域の都市部の大部分は沿岸部に位置している。こうした環境では、高レベルの社会的・経済的脆弱性が、気候変動の影響に高レベルでさらされることと結びついている。このように、都市部は気候変動による移住者の増加を受け入れる可能性が高い一方で、気候変動によって人々が大きな被害を受けるリスクにさらされる可能性が逆説的に高い場所にもなり得る。

都市環礁:こうした地域では、気候変動の結果、都市化率が高まると、すでに多くの人口を収容する必要があり、気候変動の影響にさらされる機会が増える。物理的な地形という点では、都市を持つ環礁島は、農村や無人の環礁島に比べ、気候変動に柔軟に対応できる可能性が低く、その影響にさらされるリスクがさらに高まる。

干ばつ:ほぼ全てのPICTはしばしば干ばつに見舞われており、水の安全保障はほとんどのPICTにとって大きな懸念事項である。実際の文献における事例は見当たらないが、この地域全体での干ばつは、長期化すると、水と食料の安全保障の両方を低下させ、移住を引き起こす可能性がある。

河川の氾濫原と三角州:PICTの河川の氾濫原や三角州は、肥沃な土壌、淡水や海洋漁業へのアクセスなど、資源の利用可能性が高い。そのため人口も多い。気候変動シナリオでは、洪水の発生率と強度が増加すると予測されている。

 次のステップは、「気候変動による移住者」が行きそうな場所を特定することである。

 人は元の定住地に近い選択肢を求める可能性が最も高い。コミュニティー移転のための政策が策定されている国では、政府の支援はほとんどが慣習地内で移動するグループに限られている。国内の移動は都市部への移住という形をとる可能性が最も高い。気候変動によって今後数十年のうちに都市部への移住者が増え、町や都市が膨張すれば、現在すでに顕在化している都市問題が大幅に拡大するとみられる。さらに、多くの都市部も気候変動の影響にさらされている。

 もし環礁での生活がますます困難になり、国内移転の選択肢が限られ、都市部がすでに人口密度が高い場合、多くの環礁住民が国際移住者になる可能性が高い。大都市がある国への移住が可能な場合、環礁住民の多くはすでに移住を決断している。また、気候変動によって移動が生じるとすれば、個人や家族の移住が主だった形態になる可能性が高い。

 PICTではコミュニティーの移転は困難をはらむものであり、慣習地内での移転であっても、移動せざるを得ないと感じている人々にとっては苦痛を伴うことは明らかである。

 フィジーは、政府が支援する積極的なコミュニティー移転政策を採用しており、830のコミュニティーが「気候関連事象」によるリスクにさらされていると特定され、そのうち48が「緊急に移転が必要」と考えられている。コミュニティー移転プロジェクトに関するフィジー政府のガイドラインは、プロセスにおける全ての関係者の責任と期待を概説し、地域の参加と移転する人々の声を考慮する必要性を強調している。

 海面が上昇し続けた場合やより急速に上昇した場合、環礁の島々が受ける影響度によっては、被害コミュニティーの国内再定住が見込めなくなる環礁国の運命は不確実である。国内のコミュニティー移転に対応できないような国の人々は、コミュニティー構造を再現することが非常に困難な地域外の場所ではなく、太平洋周辺への再定住を希望するかもしれない。

 国際的な文献ならびに複数のPICTの文献によると、世界のあらゆる地域の災害環境において、ジェンダーに基づく暴力が増加し、都市部や避難所でより蔓延していることが明らかである。気候変動適応戦略の準備には、こうした要素を考慮に入れ、またこうした環境における安全性を向上させる必要があるのは明らかである。

 気候変動の影響に対する脆弱性は、社会的、経済的、政治的プロセスに左右される。こうしたプロセスがジェンダー化されている場合、脆弱性もまたジェンダー化されることが予想される。移住は通常、控え目に見積もっても最初は男性が支配する。比較すると、移転には全てのコミュニティーメンバー、全ての性別、若者と高齢者、健常者と障がい者が関与する。しかし、移転プロジェクトや意思決定のプロセスについて概説した複数の記事は、移転に関する意思決定のほとんどが男性、しかも多くの場合年配の男性によって行われていることを指摘しており、これは多くのPICTコミュニティー、特に農村部における社会構造のジェンダー化した性質を反映している。

 気候変動政策の立案、移転計画、気候変動研究においてジェンダーが軽視されていることは、さらなる注意を払うべき喫緊かつ重大な課題である。

 コミュニティー移転プロジェクトに関与する主体には、伝統的指導者、自治体指導者、宗教指導者を有する地域コミュニティー、そして多くの場合、様々な省庁や非政府機関に所属する国家政府代表である。これらの主体間の緊張の高まりを抑える努力をしなければならない。

 PICTの大多数の人々の生活におけるキリスト教の重要性を考慮しなければならない。キリスト教の指導者が関与している場合、多くは決定がより受け入れられやすい結果となる。

 「資金提供者」の要求は制約される必要がある。一般的に、「援助国」は排出国であり、この観点からは、移転プロジェクトを高圧的に管理すべきではない。

 新しい用地は、土地の所有権と保有権を特に考慮して慎重に選定しなければならない。さらに重要なのは、移転したコミュニティーがさらなる、あるいはこれまで以上のリスクにさらされることのないよう、環境影響評価を慎重に実施することである。新しい村のための用地の開墾は、環境を悪化させない方法で行う必要がある。また、包摂的な社会的・文化的影響評価手法を開発する必要がある。

 気候変動とその影響に関する科学的理解の間に存在する相違や、また一方でコミュニティーの関係的、精神的存在論との間の大きな相違などについても、偏見なく対処しなければならない。

 移転は、持続可能な生計を促進する適応プログラムとともに実施されるべきである。水は重要な資源であり、真水の水源から離れた丘の上にコミュニティーを移動させると、深刻な負担が生じる可能性がある。

 最近の太平洋地域の研究では、PCITの人々が強制的な移転を望まない場合には、彼らにとって有効な戦略として、移動しない選択を認めるべきだという重要な反対論が出てきている。

 環礁の住民は、気候変動の影響に関する「科学的」表現を無批判に受け入れると予想されているが、科学には問題があり、今のところ、ほとんどの環礁は安全に生活できる場所のままである。恐らく、環礁の島々が住めなくなり、食物が育たなくなり、水が塩害を受け、浸食率が上昇し、大潮や高潮によって土地が浸水する頻度が高くなり、生活がより過酷で危険なものになった場合(またはその時)、人々は留まる決意をしなくなるかもしれない。しかし、その決断は彼らのものでなければならない。

 全ての移動しない選択が必ずしも完全に「自発的」でも、完全に「強制的」でもあるわけではない。(不)移動という用語(括弧付き)は、多くのPICTコミュニティーに通常的に存在する様々な移動を繊細に示している。人々は人生の様々な局面で移動することもあれば移動しないこともあり、その移動は近隣の土地/島々から、国家内、国際的な移住に至るまで、様々な規模で展開される可能性がある。この非二元的で多様な(不)移動は、気候変動による移住現象の重要な特徴である。「(不)移動」には滞在と移住の両方が含まれるが、「滞在権」という用語がより良い選択肢かもしれない。

 気候変動によって移住する人々、あるいは移転するコミュニティーが出てくる可能性は高い。実際、コミュニティーはすでに移転を始めており、気候変動が個人や家族の現在の移住率にどの程度影響しているのかを判断するのは困難である。

 環礁では、知識、計画、意思決定の管理を、最も利害関係のある人々、すなわち環礁住民自身の手に委ねることが急務である。無計画で土壇場での移転は、一般的に極めて不安定で、失敗することも多い。何十年にもわたってコミュニティー間のつながりを築くことは、たとえ移転の必要がなかったとしても有益であろう。このような積極的な措置をとることで、移転への必然的な道筋をつける必要はないが、移転が必要になった場合に役立つかもしれない。

 個人と家族の移住は、関係する人数の観点から、気候変動による移動の主要な形態となる可能性が高い。国内の都市部への移住と国際的な場所への家族移住という二つの目的地が考えられる。少数のコミュニティー移転プロジェクトに対する国際的な資金援助は行われているが、必要な資金には遠く及ばず、個々の移住者に対する支援は事実上行われていない。

 気候変動はすでにPICTにとって問題であることが証明されており、温室効果ガスの削減が迅速に達成されなければ、その影響はより破壊的で持続的になる可能性が高い。われわれは適応の問題に取り組まなければならず、それは今後数十年、いやそれ以上必要であろうが、地球全体、特に高排出国ができるだけ早く効果的な緩和策を実施することも極めて重要である。

 本稿は、政策提言 132の要約であり、全文は戸田記念国際平和研究所の英語版ウェブサイトで参照できる。

ジョン・R・キャンベル:1970年代から太平洋島嶼国の人口と環境問題を研究し、現在は気候変動への適応と災害リスク軽減の人間的側面(環境移住を含む)について研究している。バヌアツ北部の小島における人口と環境の相互関係に関する論文により、ハワイ大学で博士号を取得。フィジーにおける開発と災害に関する著書、太平洋諸島における気候変動に関する共著のほか、特にオセアニアにおける災害、環境管理、地球変動に関する多くの書籍や記事を執筆している。