政策提言

気候変動と紛争 (政策提言 No.131)

2022年07月05日配信

オセアニアの気候変動、人口移動と移転 パート1:背景と概念

ジョン・R・キャンベル

Image: ChameleonsEye/Shutterstock.com

 本政策提言は、太平洋島嶼国・地域(PICT)に焦点を当て、気候変動と人間の移動について考察する。環境に影響される移住の種類を概説し、気候変動と移動に関する様々な「理論」を論じた後、PICTにおける移動に関連する土地の重要性を検討し、気候変動による移動の事例を検証する。

 気候変動が引き金となったり、あるいは気候変動によって引き起こされる移住の問題は、ここ10年ほどの間に注目を集めるようになり、研究や出版物が大幅に増えている。環境悪化と移動との間に明確な関連性を見いだせない研究者もいれば、気候変動が移住の促進要因であるという考えを強く支持し、地球温暖化による環境破壊の大きさに深い懸念を抱いている研究者もいる。

 本政策提言には、さらに三つの政策提言がリンクされている。一つ目は、気候変動による移住者の発生源となる可能性が最も高い場所と、その可能性のある移住先を検討し、地域全体のコミュニティー移転に焦点を当てる。二つ目は、気候変動にさらされる最前線に位置するとされることが多い太平洋諸島、特に環礁国からの移住の役割と傾向について検証する。三つ目は、移住の選択肢が非常に限られている国々への影響について考察する。これらの報告が、太平洋地域における気候変動による移住、人間の安全保障、起こり得る紛争に関する研究の背景として役立つことが期待される。

 太平洋諸島地域は、完全な独立国から、旧植民地国と自由連合を結んでいる国、植民地として残っている領土まで、様々な政治的地位を持つ22の個々の政治主体で構成されている。2020年の同地域の推定総人口は1,230万人(SPC<太平洋共同体>、2021年)であり、世界人口のわずか0.16%にすぎない。

 島嶼環境における気候変動の影響に関する研究は限られているにもかかわらず、PICTは気候変動の影響の多くに強くさらされていると広く報告されている。海面上昇の影響に関する一般的な理解は、島々、特に環礁が「上昇する海面下に沈む」、あるいは完全に浸水するという概念を生じさせることが多い。しかし、その影響ははるかに複雑である可能性が高い。海面上昇と「タイタニック国家」の「沈没」という仮定に焦点を当てることは、PICTにおける気候変動がもたらす他の非常に深刻な影響から注意をそらす傾向がある。

 人々は、防潮堤の建設から移住まで、様々なレベルで気候変動の影響に適応している。PICTで環境問題由来のコミュニティー移転が行われた場合、その多くは定住地に壊滅的な被害をもたらす熱帯低気圧のような極端な気候現象の後であった。しかし、必ずしも災害だけが移転を促進するとは限らない。多くの場合、それは「最後の藁(我慢の限界を超えるもの)」または引き金である。個人や家族の移住も、災害発生後に増加する可能性がある。

 島々は気候変動の影響にさらされるかもしれないが、自動的にその影響を受けやすいということにはならない。現実には、島々は気候変動の影響に強くさらされているが、同じような大きさの他の土地よりも必ずしも脆弱ではなく、そこに住む住民もそうではない。しかし、植民地主義、資本主義の拡大、グローバリゼーションの過程で、伝統的な回復力の多くの側面が失われ、脆弱性が生まれたことは事実である。気候変動によって危険への曝露が増大すれば、より大きな損失が予想される。

 前述したように、太平洋諸島とその島民は、本質的に脆弱ではなく、植民地主義、開発、グローバリゼーションの過程で衰退しただけの、困難な環境における長い伝統のある回復力を有している。しかし、気候変動に関する研究や政策立案は、物質的安全保障に焦点を当てており、生活の重要な精神的・関係性の側面を無視してきた。特に、この地域の土地は人々と特別な関係にあり、土地と人々は互いを構成していると考えられ、一方がなければ他方は適切に存在できない。本政策提言では、当地域全体でこの概念を指すために、オーストロネシア語の*banua(村)という用語を使用する。

 移動のタイプを区別するには、いくつかの重要な要素がある。それには、1)出発地から目的地までの移動の距離、2)移動の期間、3)どのような境界を越えるのか、4)どのような人口数が関係するのか、5)移動せざるを得ないと感じるかどうかなど、移住に影響を与える環境の特徴が挙げられる。

 「移住」と「移動」という用語はしばしば同じ意味で使われるが、過去20年間、社会科学者たちは区別してきた。移住は伝統的に空間的なプロセスとして考えられており、場所間の移動、そのような移動の理由、関係する人数などに研究の焦点が当てられている。移動の研究もこうした問題に関心を持っているが、それに加えて、文化的プロセス、権力の役割、移動する人々としない人々に関する様々な表現、場所の重要性、そして移住研究では除外されがちな日常的な移動、また少なくとも学術文献では無視されがちな例外的なケースに重きを置く傾向がある。

 天候とは、特定の場所や時間における雨、高温、風などの短期的な大気の状態を指す。気候は一般的に、平均的な気象条件を指し、通常は30年間にわたって測定される。従って熱帯低気圧がPICTで発生した場合、それは気象現象である。極端な状況が落ち着き、住居が再び住めるようになるまで、人々は避難や立ち退きを余儀なくされることも多い。このような移動は気候変動による移住ではなく、一つの気象現象に対する反応である。移動が極端な気象現象に対応するための長期的な手はずの一部である場合、平均的または予想される気候条件に対処するための手段であるため、気候移住と呼ばれることがある。だがこの場合でも、気候変動の移動ではないが、その区別は単純ではない。気象現象が移動のきっかけとみなされることもあるが、状況の悪化に対する認識が長期的な原動力となる。

 ほとんどの移住や移動は、経済的、社会的、文化的、教育的、環境的プロセスなど様々な理由で起こり、通常はこれらの複雑な組み合わせから生じる。環境悪化が唯一の要因であることはまれだが、居住不可能な場所になった場合、環境的要因を無視することはできない。もしコミュニティーの移転が必要で、しかもそれが積極的なものではなく事後対応的なものであれば、問題はほぼ確実に発生し、持続することになる。可能な限り長く移動しないことを保証し、持続可能なコミュニティー移転を最終的には実現できる、耐久性のある方法を見つけることは論争となり、困難なプロセスである可能性が高い。

 適応は様々なレベルで行われる可能性があり、海面上昇やその他の影響から地域を「保護」するための「無計画な」のものから工学的なプロジェクトまで、幅がある。適応のための重要な検討事項は、影響プロセスのどの時点で適応的介入を行うべきかである。現在までのところ、適応のための支援は大幅に資金不足であり、適応が進まないために、PICTのコミュニティーは気候変動の影響にますますさらされ、脆弱性も高まっている。移住は、とりわけ他の適応策の効果が不十分な場合において、コミュニティーに及ぼすあらゆる影響に対する適応策とみなすことができる。

 極端な例では、ある場所において気候変動の影響が非常に深刻で、住民の物質的な人間の安全保障がもはや成り立たなくなる場合の「強制移住」という概念がある。その対極にある「自発的移住」は、気候変動という文脈において、移住者が移住するかその場に留まるか、選択肢があることを示唆している。これらの二つの用語の間にあるのが「誘発的移住」であり、これは移住の決定に強制的な要素があることを示唆しているが、恐らく地域の生活条件を緊急に破壊するものではない。この場合、移住者の中には去ることを選ぶ人もいれば留まることを選ぶ人もおり、移住者の意思決定には選択の要素があることを示している。

 避難は、熱帯低気圧や火山の噴火など、PICTにおけるいくつかの極端な現象に対する一般的な対応である。避難という用語は、熱帯低気圧のような極端な気象現象が発生した際に、短期間で比較的短距離を移動する場合に使用される。また極端な現象は、損失によって地域の生計が崩壊し、送金で埋め合わせる必要が生じるため、しばしば個人の移住を引き起こす。

 一般的に、コミュニティー移転は「最後の手段」とみなされている。しかし、計画的なコミュニティー移転が行われる場合、他の現場での適応策が検討されたのか、あるいはコミュニティーがその場に留まることができる他の可能性よりも移転を選択した基準が明確でないことが多い。通常は、熱帯低気圧による壊滅的な被害を受けた後、コミュニティーの移動が必要になる前に積極的に計画を立てる方が直前になって無計画に再定住するよりも混乱が少ないと思われる。その一方で、ほとんどのコミュニティーは、*banuaの中に自分たちの居場所があるため、移動に抵抗する。

 気候変動に関する文献では、主に二つの観点から不移動が認識されつつある。一つ目は、人々が島の家に留まることを望む自発的な不移動という概念である。文献で言及されている二つ目のタイプの不移動は、「強制的な」不移動であり、気候変動によって著しく悪化した場所に「閉じ込められて」いる可能性があるが、移転のための代替地を見つける経済的・政治的資源を持たない人々のことを指す。

 移住の理由は、移動の起源となる地域の環境悪化とそれに伴う社会的・経済的課題だけに関連しているとは考えにくい。これまで世界各地に広く散らばる太平洋のディアスポラは環境悪化によるものではなく、むしろ国際的な目的地での社会的・経済的可能性に惹かれていたのだろう。さらに、個人または世帯の移住者は、家族、親族、および/またはコミュニティーのメンバーのもとへ行くために自ら目的地を選択して行く可能性が高い。気候変動による移住者の数が多くなれば、移住先の国が気候変動移住者の数を制限するため、移住先の選択肢が狭まる可能性がある。

 気候変動は、移住を決断する人々や移転するコミュニティーにも影響を与える可能性が高い。「強制的な」移転はPICTの人々、特に移動するための高台の後背地がない環礁に住む人々の間で恐らく最も大きな懸念となっている。知識、計画、意思決定の管理を、最も利害関係のある人々、すなわち環礁住民自身の手に委ねることが急務である。

 緊張の原因は、滞在する権利を行使したいという願望と、もしそれが必要になった場合、最も混乱が少なく、恐らくより平和的な移転を促進するための緊急時対応計画の策定にある。現代の資金調達や計画の時間枠には合わないが、何十年もかけてコミュニティー間のつながりを構築することは、たとえ長期的に移転が必要でなくなったとしても有益であろう。このような積極的な措置をとることで、必然的に移転への道筋をつける必要はないが、移転が必要になった場合に役立つかもしれない。

 気候変動はすでにPICTにとって問題であることが証明されており、温室効果ガスの削減が迅速に達成されなければ、その影響はより破壊的かつ持続的になる可能性が高い。われわれは適応の問題に取り組まなければならず、それは今後数十年、いやそれ以上必要であろうが、地球全体、特に高排出国ができるだけ早く効果的な緩和策を実施することも極めて重要である。

 本稿は、政策提言 131の要約であり、全文は戸田記念国際平和研究所の英語版ウェブサイトで参照できる。

ジョン・R・キャンベル:1970年代から太平洋島嶼国の人口と環境問題を研究し、現在は気候変動への適応と災害リスク軽減の人間的側面(環境移住を含む)について研究している。バヌアツ北部の小島における人口と環境の相互関係に関する論文により、ハワイ大学で博士号を取得。フィジーにおける開発と災害に関する著書、太平洋諸島における気候変動に関する共著のほか、特にオセアニアにおける災害、環境管理、地球変動に関する多くの本の章や記事を執筆している。