政策提言

北東アジアの平和と安全保障 (政策提言 No.127)

2022年04月08日配信

韓国の地政学:課題と戦略的選択

文正仁(ムン・ジョンイン)、李聖元(イ・ソンウオン)

Image: Anton Balazh/Shutterstock.com

 本稿(Chung-in Moon and Sung-won Lee著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.127「韓国の地政学:課題と戦略的選択 (South Korea’s Geopolitics: Challenges and Strategic Choices)」(2022年4月)に基づくものである。

 この政策提言では、中国と米国の対立が韓国に与える影響について考察する。韓国が現在直面しているジレンマと、今後可能な戦略について考察した上で、前進する道として「超越的外交」を提案する。

 本政策提言では、韓国の地政学的課題と戦略的選択に関する国内議論を考察する。第1に、朝鮮半島の地政学的力学について簡単に歴史的概観を示す。第2に、中国と米国の覇権争いに直面する韓国の戦略的ジレンマを考察する。第3に、本提言では現在韓国で議論されている四つの戦略オプションを特定し、それらが2022年3月の大統領選挙における国内政治にどのように織り込まれているかを追跡する。最後に、現在の戦略的ジレンマに代わるものとして、超越的外交を提案する。

 19世紀後半の複雑な地政学的力学を経て、1990年の冷戦終結によって朝鮮半島に平和と繁栄の新たな地平が開かれ、韓国はソ連や中国との国交を正常化することができた。北朝鮮の核開発への野望が南北間の交流と協力のプロセスの妨げになることもあったが、韓国の歴代政権は5回(2000年、2007年、2018年4月、5月と9月)の南北首脳会談を実施した。しかし、韓国の半島としての性格を回復させる努力は、南北関係の停滞、さらには中国と米国の対立の激化によって妨げられてきた。

 武漢でCOVID-19が発生したことで加速した中国と米国の戦略的ライバル関係は、四つの主要な面で起こっている。

 地政学面:米国は中国の軍拡を包囲し、さらには封じ込めるための戦略的攻勢をかけている。韓国は両国の間で揺れ動いている。米国は韓国の同盟国であり、中国は戦略的協力パートナーである。ソウルは現状維持を望んでいるが、双方からの圧力が高まり、韓国は難しい立場に置かれている。

 地理経済面:米国は中国を世界のサプライチェーンから孤立させようとしている。中国は「双循環(二重循環)戦略」(国内消費だけでなく輸出にも依存する)と自立型経済の構築で対応してきた。中国は韓国の貿易総額の約25%を占め、米国は12%、日本は7%である。現在、2万社以上の韓国企業が中国で事業を展開している。

 技術面:米国は中国に対し、米国のコア技術へのアクセスを制限するとともに、同じような考えを持つ国々と技術同盟を結ぶことで、厳しい措置を講じてきた。韓国の中国との技術協力は非常に限られているが、米国は韓国に中国の技術的台頭に対処する側に立つよう求めている。

 イデオロギー/価値観:米国は、香港や新疆ウイグル自治区の民主主義や人権状況の悪化を批判し、各国の支持を集めている。中国は人権侵害を否定し、中国の特色ある独自の民主主義を強調している。米国は韓国に対し、韓米同盟は軍事的な次元を超え、価値観を共有するものであることを再認識させた。しかし、ソウルは「一つの中国政策」と国交正常化時に約束した内政不干渉の原則に縛られている。

 米中の戦略的ライバル関係という地政学は、韓国にとって克服し難いジレンマをもたらしている。現在の国内での議論は、四つの戦略的選択を示唆している。

 親米的な「バランシング」、すなわち、中国の修正主義的な台頭と拮抗するために、米国側につくこと。このアプローチは保守派の識者やメディアに好まれている。その推進派は、米国主導の地域軍事活動への積極的な参加、貿易、投資および技術におけるデカップリング戦略への参加、中国の人権侵害や民主主義へのより強い異議の表明を求めている。しかし、中国の経済的報復は韓国経済に致命的な打撃を与えかねない。

 中国に追従すること、すなわち、台頭する勢力の側に立つことで、安全保障と経済的利益を求めること。このシナリオでは、韓米同盟は終わりを告げ、韓国は中国とのより積極的な軍事・経済協力を求めるだろう。中国追従戦略は、特に米国が朝鮮半島から手を引いた場合、平和と安定を促進する可能性があるが、短期的なリスクがあり、さらに重要なのは、韓国内の強い反中国世論がその実現性を制限することである。しかも北京は現状維持を望んでいる。

 単独戦略、すなわち、韓国がより自律的な外交空間を占め、大国の影響力から脱却することである。右派のナショナリストは、米国の核の傘と拡大核抑止戦略の信頼性を疑い、韓国は核武装した中堅国になるべきだと主張している。左派の平和主義者は、韓国は永世中立国を宣言することで、大国の影響から自由になるべきだと主張している。どちらのアプローチも、ナショナリストや平和主義者の心情には訴えるかもしれないが、現実的でも実現可能でもない。あまりにも理想主義的であるため、国民の支持は得られないだろう。

 泥縄式の現状維持、すなわち、米国との同盟と中国との戦略的協力パートナーシップの同時追求。これは、知識人であれ一般人であれ、ほとんどの韓国人が好む戦略である。米中関係が友好的であれば「泥縄式」はうまくいくかもしれないが、米中関係が悪化するにつれて、現状維持戦略は限界に達しつつある。

 3月9日(2022年)の大統領選挙に向けて、米中対立の中での戦略的選択が話題となった。主要保守野党である「国民の力(PPP)」の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領候補は、親米バランシング戦略を支持した。彼は中国を重要な貿易 相手国として認めているが、米国との同盟強化を通じて中国の台頭に対抗することが韓国の国益にかなうと考えている。

 与党の「共に民主党(DPK)」の李在明(イ・ジェミョン)候補は、泥縄式政策による現状維持を支持する意向を示した。彼にとって、米国は「韓国の唯一の同盟国」であり、中国は「戦略的パートナー」であるため、自国は課題に合わせて双方の間で行動する必要があると訴える。

 尹錫悦は3月9日の大統領選挙を僅差で勝利し、尹政権は親米バランシング戦略を模索するようである。

 この先どうするべきなのか? 現状維持という選択肢を堅持する一方で、ソウルにはそれを超えるための想像力と革新的なアプローチが必要である。この観点から、われわれは超越的外交を提案する。 ポール・シュローダー(Paul Schroeder)は、弱小国が「問題を解決し、脅威を終結させ、その再発を防止するために、規範、規則、手続きに関する国際的な合意や正式な協定を含む何らかの制度的取り決めを行う」という試みを表現するために、「超越」という用語を作り出した。

 超越的外交は、中国と米国の対立と軋轢を緩和するための有効な選択肢となり得る。というのも、多国間の安全保障協力と、懸案となっている貿易と技術の問題を解決するための多国間体制の回復を提案しているからである。これは人権についても同じことがいえる。

 このような超越的外交は困難な挑戦であり、韓国一国だけでこれに着手することはできない。同じようなジレンマに直面している他のミドルパワーに属する国々、日本、オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、イタリアと協力すべきである。このグループは、地政学、地理経済、技術、価値観における米中対立を防ぐための規範、規則、手続きに関する新たな国際的合意を形成すべきである。これらの国は全て米国の同盟国であり、同時に中国の主要な経済パートナーでもある。これらの国の集団行動こそが、中国と米国を「チキンゲーム」から脱却させ、多国間協力を通じて国際秩序を回復させる唯一の実行可能な方法である。地政学は運命ではない。われわれは多国間主義を通じて地政学的運命を克服することができる。

 これは政策提言No. 127の要約であり、全文は戸田記念国際平和研究所の英語版ウェブサイトで参照できます。

文正仁(ムン・ジョンイン)は、韓国・延世大学名誉教授。文在寅前大統領の統一・外交・国家安全保障問題特別顧問を務めた(2017~2021年)。核不拡散・軍縮のためのアジア太平洋リーダーシップネットワーク(APLN)副会長、英文季刊誌「グローバル・アジア」編集長も務める。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。

李聖元(イ・ソンウォン)は、世宗研究所の研究委員。