政策提言

気候変動と紛争 (政策提言 No.121)

2022年01月14日配信

気候変動による南太平洋の「安全保障」脅威への対応プロセスを探る

イアン・フライ

 本政策提言では、太平洋に安全保障上の懸念をもたらす主要な気候変動関連のトリガーポイントについて説明する。そのうえで、気候変動がもたらす脅威とそれらに取り組む機会について検討し、そのための上位政治機関を創設する手段として、東南アジア諸国連合(ASEAN)と太平洋小島嶼開発途上国(PSIDS)との間で新たな協力体制を構築する選択肢を探る。

 海面上昇、北極圏の氷の減少、氷河融解、降水量の極端な変動、頻度と激しさを増す嵐といった気候変動に直面する現状は、人類の定住社会がいまだかつて経験したことのないシナリオである。これらの影響はすでに、世界の主な地域において国家の脆弱性や安全保障上の問題を増大させる原因となっている。こうしたあらゆる気候変動の危機は、太平洋地域を、ますます拡大する安全保障欠如の中心地にしている。

 本政策提言の目的上、「安全保障」とは、国防軍やより広い社会そのものが特に関心を寄せる国家安全保障、域内安全保障、そして国際安全保障に関連するものと見なすことができる。

 気候変動は、太平洋島嶼国(PICs)およびその地域全体の生計に影響を及ぼす。

 安全保障上のリスクをもたらす恐れがある主要なトリガーポイントはいくつかあり、次のようなものがある。

  1. 気候変動に起因する避難民
  2. 漁業の衰退、減少する水産資源をめぐる競争
  3. 地域内の外国軍施設への影響

 気候変動に起因する避難民の発生は、国家、地域、国際レベルで安全保障問題のトリガーポイントとなる可能性がある。気候変動に起因する海面上昇により、一部の国は居住不可能になる可能性があり、その結果領土に対する主権を失うかもしれない。

 気候変動はすでに、地域の食料安全保障に影響を及ぼし始め、避難民を発生させている。避難民が発生すれば、それは国内外に多くの安全保障上の脅威をもたらす恐れがある。太平洋における気候変動の影響は、さまざまな形で現れている。

  1. 干ばつ
  2. 淡水供給量の減少
  3. 異常気象による害虫の大発生
  4. 高潮
  5. 水産資源の減少
  6. 海面上昇で高まる核汚染の危険性

干ばつ

 水資源が乏しいPICs、とりわけ環礁国において、干ばつは生計に大きな影響を及ぼす。国内の農作物栽培に利用可能な水が欠乏することにより、食料輸入の必要性が増大することが研究により示されている。これは、一部の島嶼国やコミュニティーにおいて栄養・衛生問題の悪化を招き、ひいては避難民の発生につながる恐れがある。

淡水供給量の減少

 淡水供給量の減少は、他の気候関連事象とも関係性があり、多くのPICs、特に環礁国に多大な困難をもたらしている。

異常気象による害虫の大発生

 ソロモン諸島における研究では、異常気象の結果として、農作物と食料安全保障に影響を及ぼす害虫種が大発生したことが示されている。

高潮

 米国地質調査所による近頃の研究では、21世紀半ばまでに環礁国のほとんどが波による洪水や高潮による被害のために居住不可能になることが示唆されている。

海面上昇で高まる核汚染の危険性

 マーシャル諸島で米国が、キリバスのマルデン島で英国が、仏領ポリネシアでフランスが実施した核実験は、核汚染という遺産をもたらした。気候変動による海面上昇がこれらの場所の汚染拡大をもたらし、ひいては地域の水産資源の安全性に影響を及ぼすのではないかという懸念が表明されている。

 こういった気候変動の影響の複合作用がPICs、特にツバル、キリバス、マーシャル諸島のような環礁国からの避難や強制移住を引き起こす可能性がある。太平洋地域は、気候変動による地域内移住に関する独自の懸念に直面しているが、他地域の島の人々が太平洋地域への移住を余儀なくされる可能性もあり、気候変動関連の移住問題がいっそう悪化する。

 気候変動が世界の他の地域に連鎖的な影響を引き起こしていることは明らかで、それがもたらす避難民や移民という世界規模の脅威は、どれほど強調しても誇張ではない。そして、世界の他の場所から避難するこうした人々の一部は、太平洋地域にまで流入するかもしれない。パプアニューギニアとナウルに収容センターが設立されたことは、気候変動難民をめぐる国際的緊張を示す早期の兆候といえるかもしれない。

 さまざまな研究において、海水温の上昇、酸素濃度の低下、海洋酸性化、サンゴの白化、マングローブの生態系の喪失は、太平洋地域における漁場の利用可能性に影響を及ぼし、食料安全保障に重大な影響をもたらすだろうと示唆されている。人々は別の栄養源を見つける必要に迫られるため、これは、さらなる避難民の発生を促す要因となる可能性がある。

 乱獲は、地域内および国際的な緊張の大きな原因となり始めており、違法な漁業活動は地域の組織犯罪と関連があると思われる。PICsは悪質な事業者に対して非常に脆弱であり、また、 気候変動に起因して漁業資源が減少するにつれて、このような緊張は高まると見込まれる。

 オーストラリア軍、ニュージーランド軍、米軍が派遣するさまざまな監視船や偵察機が頻繁に見られるようになり、ニュージーランド政府がPICsで大規模監視を行っていることが報道されたことから、太平洋地域における国際安全保障上の緊張が高まっていることが窺える。気候変動が水産資源のさらなる減少に拍車をかければ、こういった緊張は必然的に高まっていく。

 太平洋地域の水産資源獲得競争をめぐる緊張が地域の安全保障上の懸念を高めており、地域における軍事活動増強の口実として使われていることは明らかである。このような緊張の高まりは、気候変動に起因する水産資源の減少が資源獲得競争に拍車をかけることによって、ますます深刻化する一方である。

 気候変動に起因する海面上昇と高潮が一部の太平洋諸島の防衛インフラを脅かす恐れがあることが、研究により示唆されている。特に米国が懸念を抱いているのは 、マーシャル諸島のクワジェリン環礁とハワイ諸島にある防衛・宇宙インフラの今後である。長期的に見て、一部の島々は恒久的に浸水する恐れがある

 太平洋地域の軍事施設の強靭性を高めようとする、またはそれらを他の立地に移転させようとする試みは、地域および国際レベルで緊張を生む可能性が高い。太平洋地域に軍事施設を有する国は、これらの施設の今後について慎重に検討し、安全保障上の緊張をあおることのない将来に向けた戦略的アプローチを取り決めなければならない。

 気候変動の影響とそれらが地域住民にもたらす問題の多くは、十分な対策を取れば防ぐことができる。

 太平洋地域は、気候変動、漁業衰退、安全保障の間の関連性について、傍観者になることなく、より大きな政治的アジェンダの中で検討する適切な地域型プラットフォームを見いだす必要がある。太平洋諸島リーダーズフォーラムは、地域の気候変動と安全保障問題に関する調整役にふさわしく思えるが、オーストラリアとニュージーランドに大きく支配されており、残念ながら両国は中国によって米国の外交政策の代理人と見なされている。

 太平洋諸島フォーラム加盟国の間では、気候変動対策の調整役を誰が担うべきかをめぐり継続的な緊張が存在している。太平洋島嶼国に加え、重要な役割を果たすいくつかの大国も参加する、より広範な機関が必要である。

 本政策提言で論じた問題の多くは、気候変動と関連しているが、これらの懸念に取り組む手段が気候変動対応のための体制から直接生まれることはあり得ない。あまりにも多くの要因が作用しており、それらはパリ協定や国連気候変動枠組条約の締約国の義務を超えるものである。問題を関連付けるために、新たな地域統合型アプローチを取る必要がある。

 太平洋は、域外から地域パートナーの関与を得て、気候変動の影響とこれらの影響に起因する緊張に取り組むため、より広範で包括的なアプローチを生み出す必要がある。地域の主要プレイヤーとの効果的な対話が可能な、最も緊密な地域間フォーラムとして、東南アジア諸国連合(ASEAN)が太平洋小島嶼開発途上国(PSIDS)と協力することが考えられる。

 ASEANとPSIDSの地域間協力によって達成し得る対策として、以下の例が考えられる。

  1. 「気候変動と安全保障に関するASEAN-PSIDS首脳円卓会議」の設立
  2. 「気候変動と安全保障に関するASEAN-PSIDS政府高官と市民社会代表者の対話」の設立

 地域におけるより幅広い安全保障課題に取り組み、地域の現行制度に内在する偏向を避けるため、よりバランスの取れた視点を備えた地域対話の仕組みを設立する必要があると思われる。これは、毎年開催される「気候変動と安全保障に関するASEAN-PSIDS首脳円卓会議」を設立することによって達成することができるだろう。

 そのような円卓会議は、実際の変化や行動に結び付かない、単なる対話と見なされないことが重要である。

 「気候変動と安全保障に関するASEAN-PSIDS政府高官と市民社会代表者の対話」を設立することにより、首脳円卓会議の先行会議として、政府高官と市民社会代表者が一堂に会することができる。

 政府高官対話は、気候変動と安全保障に関連する課題について議論し、政策を策定する戦略委員会を設けることが考えられる。これには次のような課題がある。

  1. 気候変動、乱獲、違法・無規制・無報告漁業の影響に取り組む対策など、漁業管理における協力の拡大を図る地域的アプローチ。これには、気候変動の影響に対する適応策として保護海域を設定する地域的協力の強化を含めるべきである。
  2. 気候変動に起因する避難民に保護を提供する法的制度を策定する。
  3. 再生可能エネルギーやエネルギー効率化技術の開発と普及を促進する協力的アプローチなど、温室効果ガス排出量を削減する地域的アプローチを策定する。
  4. 保護海域を策定するため、国家の管轄権の範囲内および範囲外で協力する。
  5. 過去に核実験を行った場所の放射能汚染を監視し、気候変動により影響を受ける軍事施設の状況の定期報告を監視する独立した科学的検査を行うタスクフォースを設立する。

 地域の安全保障上の緊張を高めることなく地域の国家が気候変動の影響に取り組むことができるような、バランスの取れたアプローチを取る必要がある。ASEAN諸国とPSIDSの連携を可能にする公式プロセスを設立することが、気候変動と安全保障の関連性に取り組み、軍事大国とその同盟国との間の緊張を緩和するために、最もバランスの取れたアプローチかもしれない。

 本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.121の要約版である。

イアン・フライは、国際環境法・政策の専門家である。国連気候変動枠組条約(UNFCCC)、パリ協定および関連文書に伴う緩和政策を専門にしている。2015~2019年にツバル政府の気候変動・環境大使を務めるなど、22年間にわたってツバル政府に勤め、持続可能な開発に関する世界首脳会議、持続可能な開発委員会、UNFCCC、京都議定書、生物多様性条約、国連総会、国連小島嶼開発途上国会議など、多数の国際フォーラムにツバル政府代表として出席している。オーストラリア国立大学フェナー環境・社会学部の上級講師を務める。フライ博士は、太平洋地域の国連代表として国際環境法委員会に参加するほか、IUCN世界環境法委員会メンバー、気候政策・法律研究所(Centre for Climate Policy and Law)(オーストラリア国立大学ロースクール)研究員、オーストラリア太平洋学会(Australian Association for Pacific Studies)会員、世界国際関係学会会員、国際小島嶼学会会員である。