協調的安全保障、軍備管理と軍縮 (政策提言 No.120)
2021年11月26日配信
困難を退け「可能性」を実現する:“中東の非核・非大量破壊兵器地帯”
タリク・ラウフ
要約
本政策提言では、中東における非核兵器地帯創設の機会と障壁について考察し、この理想を推進するための核拡散防止条約加盟国間の作業部会のモデルを提案する。
はじめに
私たちは、核兵器の近代化と不安定化をもたらす新兵器技術の開発による新たな冷戦の始まり、深刻な気候変動、国連軍縮機構のほぼ完全な崩壊、中東に関する長年の約束の反故に直面している。
非核兵器地帯
非核兵器地帯(Nuclear-Weapon-Free Zones:NWFZ)創設の当初の構想は、新たな核兵器保有国の出現を防ぐという観点から考えられた。
赤道直下の南半球全体とアジア大陸の北半球の一部は、NWFZ条約の対象である。また、地球上の特定の無人地域は正式に非核化されている。
NWFZは、核兵器の製造、実験、駐留を禁止し、平和利用を認め、検証条項を含み、場合によっては制度を設け、さらに核兵器保有国から安全保障上の保証を要求している。
核拡散防止条約と中東非核兵器地帯
核拡散防止条約(NPT)第7条では、各国がそれぞれの領域内にNWFZを創設する権利が確認され、1995年のNPT運用検討・延長会議(NPTREC)では、地域的な非核化措置が世界と地域の平和と安全を強化するという確信が表明された。
しかし、中東地域の国家間の対立と不和は、非核兵器地帯実現の推進力が失われたとみられ、国連中東会議が非核兵器地帯創設のプロセスを前進させるために利用されていないことを意味する。国連中東会議は、話し合いばかりで実行の伴わない会議を1週間開催するのではなく、後述するように、三つの作業部会を通じてウィーン、ハーグ、ジュネーブで会期中作業を行うことに合意すべきである。
国際原子力機関(IAEA)と中東非核兵器地帯
2000年、IAEA総会は「中東に関連するNWFZの経験に関するフォーラム」の開催をIAEA事務局長に求める決定を採択した。私は2002年にIAEAに入局した際、事務局長からこのフォーラムを開催するための準備を命じられた。2002年から2004年の夏にかけて、私は“緊密な協議”を通じて、中東地域の全てのIAEA加盟国からアジェンダを受け入れてもらうことができた。
残念ながら、中東地域の一国によるイラン核問題の取り扱いをめぐるIAEA事務局との意見の相違により、フォーラム自体が招集されたのは2011年11月のことであった(IAEAの新事務体制が圧力に屈し、「イランの核計画の軍事的側面の可能性」に関する報告書を発表した後である)。
中東地域の国々やIAEAの他のNPT加盟国による、このような明らかに深刻さを欠いた態度や、IAEA事務局によるイニシアティブの欠如により、IAEAでは中東非核兵器地帯の問題について、毎年のIAEA総会で形式的な声明が発表されるだけで、真剣な検討はもちろん、肩肘張らない検討さえも行われない状態が続いている。
IAEA事務局は1991年以降毎年、「中東におけるIAEA保障措置の適用」と題する前回の報告書を、中東地域におけるNPT保障措置協定や追加議定書の締結状況の変化を反映させるために更新し、忠実に繰り返している。報告書の「セクションB:フルスコープ保障措置の適用」は、私が執筆した当時の文章を基本的に一字一句繰り返している。しかし、この点に関して事務局が努力をした証拠は示されていない。“セクションC”では、NPT運用検討プロセスに対するIAEAの貢献と、国連中東会議第1会期に提供した背景文書について概説している。
IAEAの最新の報告書では、「中東NWFZの創設に向けた必要な一歩として、モデル協定の策定に必要な共通基盤を見つけるために、中東地域の国々と引き続き協議し、協力する」としているが、ここでもそのような協議の証拠は言及されていない。
“中東における保障措置の適用”に関する儀式的な年次決議は、なんらフォローアップ措置を講じておらず、近年、測定可能な成果を達成していない。中東地域におけるIAEAのNPT加盟国は今、この有用性を再評価する必要がある。
中東非核兵器地帯
新たなNWFZという点では、中東は昔から義務が未履行のままである。
従来からエジプトは、NPT運用検討プロセスやIAEA総会、中東地域におけるNWFZ創設に関する国連総会第1委員会において、1995年の中東に関するNPTREC決議の実施に向けた取り組みを率先して推進してきた。
2018年、国連総会第1委員会は、中東地域における核兵器などの大量破壊兵器のない地帯の創設に関する会議の招集についての決定73/546を採決によって採択した。
そこで、中満泉事務次長兼軍縮担当上級代表と軍縮部が会議の準備を進めた。会議は2019年11月18日から22日まで国連本部で開催され、会議議長にはヨルダン国連常駐代表のシマ・サミ・バフース大使が就任した。イスラエルは会議の第1会期に出席せず、情報筋によると会議を弱体化させようと努め、また、米国も出席しなかった。
2020年の中東会議は例外的に延期され、2021年11月29日から12月3日の会期となり、第2会期にはイスラエルも米国も出席しないとの報告がなされた。
中東会議2021年会合
今こそ中東地域のNPT加盟国が言葉を行動に移し、2021年の中東会議を活用して、将来の地域条約とその実施組織の可能な要素を発展させるプロセスを整える時である。中東地域条約は核兵器などの大量破壊兵器を対象とするものであるため、会議では以下の三つの、予め結果について予断を持たない専門作業部会を設定し、合意することが望ましい。(1)ウィーンを拠点とする核兵器と検証に関する作業部会“A”、(2)ハーグを拠点とする化学兵器と検証に関する作業部会“B”、(3)ジュネーブを拠点とする生物兵器と検証に関する作業部会“C”である。
このような会期間プロセスが確立され、実施されない限り、国連中東会議の年次会合は本質的に話し合いだけの場にとどまり、1995年NPTREC決議の実施や将来の地域条約の要素開発の進展をさらに遅らせることになる。
METOプロジェクト
中東地域における核兵器などの大量破壊兵器のない地帯のための中東条約機構(METO)<訳者注:このMETOはMIDDLE EAST TREATY ORGANIZATIONというNGOであり、1955年にトルコ、イラク、イギリス、パキスタン、イランの5カ国で結成された中東条約機構=METO=とは別である>プロジェクトは、イスラエル軍縮運動のシャロン・ドレフが立ち上げ、継続させている市民社会のイニシアティブであり、中東地域の国家や他の国々の専門家の支持を集めている。METOは、可能性のある地域条約の要素案を作成し、能力開発訓練を提供し、中東地域における核兵器などの大量破壊兵器の廃絶に関する地域条約を推進するためのアウトリーチに従事してきた。
結論
私は、中東地域のNPT加盟国が、IAEAの専門知識と経験を活用し、現在発効している五つの非核兵器地帯条約を支援し、可能な核検証の方法と原子力の平和利用の応用に関する技術的研究を準備することを提案する。
国連中東会議第2会期に参加する中東地域のNPT加盟国は、核兵器の廃棄と検証、化学兵器の不拡散と検証、生物兵器の不拡散と検証の三つの技術グループの設置にも合意すべきである。
この技術的作業は、政策立案者や市民社会にとって、中東の非核兵器地帯(NWFZ)/非大量破壊兵器地帯(WMDFZ)の創設という問題を、話し合いだけの場という退屈なものから、具体的で測定可能な行動へと移行させるために有用であろう。
潜在的な将来の条約に向けた努力は、懐疑論者や否定論者ではなく、楽観主義者や、大量破壊兵器のない中東、そして平和、正義、安全保障、発展の地域へと変貌を遂げるという理想の推進に真剣に取り組む人々が参加する必要がある。この地域と世界の人々には、それに劣らない価値がある。
更新:2023年7月
2018年12月22日、国連総会は「中東地域における核兵器などの大量破壊兵器のない地帯の創設に関する国連会議の開催」に関する決定A/73/546を採択した。同会議は、1995年のNPT会議で採択された中東に関する決議を付託事項とし、中東のWMDFZを創設する法的拘束力のある条約を、同地域の国々が自由に合意した取り決めに基づいて作成することを義務付けている。
国連会議はこれまでに以下の三つの会期をニューヨークで開催している。(1)2019年11月18日~11月22日、ヨルダンのシマ・バフース大使が議長を務め、政治宣言とその最終報告書を採択、(2)クウェートのタレク・アルバナイ(Tareq Albanai)大使が議長を務め、2021年11月29日~12月3日、報告書を採択し、「会議期間に構成国間の審議を継続するための作業委員会の設置」を決定、(3) 2022年11月18日~11月22日、レバノンのジャンヌ・ムラド(Jeanne Mrad)が議長を務め、報告書を採択した。第4会期は2023年11月13日から17日に予定されている。
(1) 2020年7月7日から9日、(2) 2021年2月23日から25日、「既存の非核兵器地帯に関するグッド・プラクティスと教訓」に関する二つの非公式ワークショップが開催され、オンライン形式で実施された。
新型コロナウィルスにより2020年から延期された第10回NPT運用検討会議は、2022年8月1日から26日までニューヨークで開催されたが、最終文書で合意することはできなかった。中東WMDFZに関する合意文書では、特に国連会議の「最初の2会期における進展」を認めたが、次回の運用検討サイクルに向けた目標は設定されなかった。多くのアラブ諸国は、エジプトが米国とともに秘密裏に中東に関する文書を起草し、それを既成事実として提示したやり方に不満を表明した。
本稿は、政策提言No. 120の要約であり、全文は戸田記念国際平和研究所の英語版ウェブサイトで参照できる。
タリク・ラウフは、国際原子力機関(IAEA)の事務局長直属のIAEA NPT代表部の元核検証・安全保障政策調整課長(2002年~2011年)、保障措置および核セキュリティ担当、中東における保障措置適用に関する事務局長年次報告書ならびに中東に関連するNWFZの経験に関するIAEAフォーラム担当。IAEAに加わる前は、中央アジア非核兵器地帯条約の初期草案を作成し、モンゴルの非核兵器地位法制化と国連承認に協力した。