政策提言

協調的安全保障、軍備管理と軍縮 北東アジアの平和と安全保障

(政策提言 No.118)

2021年11月05日配信

中国、カンボジアとミャンマー危機

スタイン・トネソン(Stein Tønnesson)

 本稿では、ミャンマーで続く政治的、経済的、社会的、衛生的危機に関連して中国が直面するいくつかのジレンマについて論じる。最後に、中国は、2022年に議長国カンボジアのもとでASEANと建設的な協力を行い、アウン・サン・スー・チーの解放、2020年に選出された国民議会の再建、自由で公正な選挙を新たに開催できるまでの暫定連立政権の形成を実現するチャンスがあると結論づける。

はじめに

 中国は、ミャンマーにとって主要な外国投資家であり貿易相手国であり、一帯一路構想の一環として現在建設中のマンダレー、ヤンゴン、そしてベンガル湾の新港チャウピューを結ぶ回廊によって、ミャンマーと中国西部を結合しようとしている。2021年2月1日に起きたミャンマーの軍事クーデターとその後の政治的、経済的、社会的、衛生的危機は、一帯一路プロジェクトを危うくしている。

 現在、中国は人民主権、国家主権、不干渉、自国民を保護する義務という原則に関わる厳しいジレンマに直面している。本政策提言では、中国が両面作戦をとり、ミャンマーの国内紛争については表立って一方側に組しないことで、ミャンマー危機を解決するために東南アジア諸国連合(ASEAN)と協力する可能性を残していると論じる。

 北京はこれまで、様子見の姿勢を取ってきた。中国は過剰な暴力を非難し、政治犯の釈放を求めているが、国連総会がミャンマーへの武器流入阻止を求める決議案を採択した際は棄権した。中国はいかなる制裁も科していない。中国は、タッマドゥ(Tatmadaw:ミャンマー国軍)への主な武器供給元だが、反政府グループにも武器を供給している。中国は投資を引き揚げておらず、酸素、新型コロナウイルスワクチン、その他の必要な医療品を供給してミャンマーを支援している。中国による援助は、政府機関と非政府組織の両方を通じて提供されている。

 概していえば中国は、他国の内政問題への不干渉という金科玉条を守っているといえるだろう。多くのレベルで大きな影響を及ぼしているが、武力の行使や威嚇はしておらず、タッマドゥとミャンマーの多くの少数民族武装グループとの間の紛争についてはどちらの側にも表立って味方してはいない。

 ミャンマーは、中国にとって経済的にも戦略的にも大きな重要性を持つ。ミャンマーの人口5,600万人のうち約200~300万人が中国系である。中国企業はミャンマー全土に存在する。

 武力闘争によってミャンマー国内の中国系在留者や永住者の生命に影響が及び、中国企業が損害をこうむり、パイプラインが切断され、あるいは中国の建設工事ができなくなれば、中国企業や中国系住民は中国に介入するよう求めるだろう。このことは、北京に植民地のジレンマをもたらしている。受け身のままでは、自国の市民と利益を守ることができない。そうすると敵対者は、さらに中国の利益を侵害しようとする恐れもある。一方で、中国が武力で介入するなら、平和五原則(1954年に確立)に違反し、ミャンマーの複雑な国内闘争に巻き込まれることになる。それが、潜在的な反中感情を引き起こす可能性もある。

 ミャンマーにおける北京の主要な利益は、ミャンマーが自力で十分な政治的安定を築くのを見ることである。それにより中国は植民地のジレンマから脱却し、その一方でミャンマーの経済発展を主導する役割を果たすことができるようになる。

 ミャンマーの政治的安定における中国の主要な利益は、必ずしも中国雲南省のさまざまなグループや企業が持つ特定の利益と一致するわけではない。一部の民族グループは、両国の国境にまたがって生活している。ミャンマー側では、彼らは自前の軍隊を持っている。これらのグループの武器は大部分が中国製であり、おそらく中国との国境に沿ったネットワークを通して輸入されている。

 中国は、その輸送回廊によってミャンマーの複雑な状況に足を踏み入れており、それは多くの対立するグループに新たな経済的機会をもたらしている。その意味で、彼らが戦争ではなく金儲けをすることを可能にしているのかもしれない。一方では、彼らが戦利品を求めて争うように仕向けているのかもしれない。北京の視点から見ると、ミャンマーにおける包括的な和平プロセスを支援し、連邦軍を含む全連邦の和解を目指すことには魅力がある。中国はほぼ間違いなく、2016~2020年にアウン・サン・スー・チーが主導して開催された一連の連邦和平会議においてこの方向で進展が見られることを期待したはずだが、他の全ての者と同様、失望することとなった。軍事クーデターは、ミャンマーの和平プロセスを完全に保留にしてしまった。

 中国は、タッマドゥとの合意なくしてはミャンマー危機に解決を見いだすことはできないことを理解している。

 中国は、アウン・サン・スー・チーをよく知り、信頼するようになったが、最初は、そうでもなかった。2012~2015年の間、中国は、彼女が日本、米国、その他の西側諸国による過剰な影響を招くことを恐れていた。しかし、2016年に国家顧問に就任すると、彼女は緊密な関係を築いて中国を安心させた。そして、2017年にタッマドゥがロヒンギャをラカイン州から追放した際にはこれを批判せず、彼女は西側諸国の信頼を失った。

 中国は、国民統一政府(NUG)との表立った接触を避けている。NUGは、ミャンマーでは新しい政治勢力であり、国民民主連盟(NLD)とミャンマー政治の世代交代を象徴する。アウン・サン・スー・チーが自由を取り戻すまでに時間がかかるほど、彼女が党の支配権を回復するのは難しくなるだろう。NUGは、包摂的な連邦主義的アジェンダを掲げ、ロヒンギャ問題に対して人権に基づくアプローチを採っており、多数民族地域と少数民族地域の両方でタッマドゥとの武力闘争を呼び掛けている。中国は恐らく、NUGが大きな影響力を獲得するのではないかと気を揉んでいるだろう。そのため北京は、76歳のアウン・サン・スー・チーが高齢の助言者らとともに政権に復帰するほうを好むと思われる。近代ビルマ国家を建国したアウン・サンの娘であり、数十年にわたり断固として軍事独裁政権と闘ってきた彼女がミャンマー大衆の間で絶大な人気を持つことを、中国は十分に認識している。

 可能であるなら、中国は恐らく、ミャンマーが憲法統治に戻り、NLDとタッマドゥの新たな協力体制を構築できるよう支援するだろう。その過程で、タッマドゥはよりプロフェッショナルな連邦軍として変容を遂げ、政治的役割を縮小することが期待されるかもしれない。

 中国は、国連がミャンマーへの武器流入阻止を訴えたときに棄権した36カ国の内の一つであるが、他の安保理常任理事国とのミャンマーに関する話し合いに参加し、決議案の内容を和らげて全会一致の声明を目指すよう他国を説得した。安保理は、2021年2月4日に報道声明を、3月10日に議長声明を、そして4月1日にさらなる報道声明を全会一致で発表し、ミャンマー軍の暴力を終わらせ、アウン・サン・スー・チー、ウィン・ミン大統領、その他の政治犯を釈放するよう求め、対話と和解を呼び掛けた。

 中国はもちろんASEAN加盟国ではないが、中心的な対話パートナーであり続けている。ASEANの主要な貿易相手国であり、一部の加盟国(カンボジア、ラオス、タイ)とは特に強い関係を持っている。中国にしてみれば、ミャンマーの軍事政権に対してより厳しい路線を取るようASEANに促すほうが、自国だけでそうするよりも魅力的だろう。また、ASEANの関与には、日本や西側諸国が干渉するリスクを減らすという追加的利点もある。

 中国西部はミャンマーとの貿易を必要としており、計画されている輸送回廊によって大きな利益を得る立場にある。そのためには、ミャンマーにおける最低限の政治的安定が必要である。

 中国がミャンマーを混乱に向かうままにさせても、独自の解決策を押し付けようとしても、どちらも大きなリスクを伴う。後者の選択肢は、ミャンマー国内に反中感情を引き起こし、西側の干渉を招く恐れがある。一方で、ミャンマーの国内情勢が悪化し続け、なおかつ計画された建設作業を中国が続行するのであれば、中国人の生命と投資を保護するために強制的に介入せざるを得なくなるかもしれない。それは、中国が非常に重視する国家主権と不干渉の原則に反するものであり、中国による干渉への懸念を他の東南アジア諸国に植え付ける恐れがある。

 今後北京にとって最善の道は、ASEANや新たな国連特使であるシンガポール人のノエリーン・ヘイザーと戦略的に協力し、アウン・サン・スー・チーの解放、合法的に選出された議会の再建、ミン・アウン・フライン国軍司令官の新しいプロフェッショナルな総司令官への交代、暫定連立政権の形成を実現することだろう。

 北京は、ASEAN議長国カンボジアと協力しつつ、インド、西側諸国、日本の懸念にも耳を傾けながら、このような方向で取り組みを行うことで、国際社会から高い評価と尊敬を得ることができるだろう。カンボジアとミャンマーは、仏教国の仲間である。カンボジアは、1991年に多国間で調印されたパリ和平協定のおかげで、長年カンボジアと他のインドシナ地域で繰り返された戦闘と虐殺を終わらせることができた。カンボジアは中国と緊密な関係にあり、中国による巨額の投資を受けている。

 カンボジアの指導者フン・センは、ASEANのパートナーや中国と協力してミャンマーにおける悲惨な流れを変えることにより、ASEANにおける自身の立場を一気に高め、国際外交の舞台で名を残す機会を目の前にしている。

本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No. 118の要約版である。

スタイン・トネソン(Stein Tønnesson)は、オスロ国際平和研究所(PRIO)研究教授、ジャーナル・オブ・ピース・リサーチ誌アソシエイト・エディター(アジア担当)、グローバル・アジア誌編集委員。研究分野は東アジアの平和、東南アジアの国家構築、南シナ海の紛争、ベトナムの革命と戦争、ミャンマーの国内武力紛争におけるソーシャルメディアの役割。2011~2017年にはウプサラ大学東アジア平和プログラムの責任者を務め、その成果として、Explaining the East Asian Peace (NIAS Press 2017) を刊行。2018~2020年には、ミャンマー平和安全研究所(MIPS)と武力紛争におけるソーシャルメディアに関するプロジェクトを共同で行った。そのプロジェクトに基づく最初の論文がジャーナル・オブ・コンテンポラリー・アジア誌に受理された。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。