政策提言

ソーシャルメディア、テクノロジーと平和構築 (政策提言 No.103)

2021年02月05日配信

平和構築とテクノロジー革新の規範

ポール・ハイデブレヒト

 本稿(Paul Heidebrecht著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.103「平和構築とテクノロジー革新の規範(Peacebuilding and the Norms of Technological Change )」(2021年2月)に基づくものである。

 本政策提言は、新たなテクノロジーの規制に対する三つの大きな課題を取り上げたうえで、それに代わる選択肢となる戦略に焦点を当てている。本稿の主張は、平和構築に携わる人々は、先端テクノロジーの開発に関わる文化と規範に影響を及ぼすためには、これまで以上に民間セクターとの関わりを強くしなければならないというものだ。本稿では、カリフォルニア州シリコンバレーと、カナダ・オンタリオ州のウォータールーで「シリコンバレー・ノース」と呼ばれる二つの対照的なイノベーション・エコシステムに言及する。

 戦争とテクノロジーの歴史は関係が深い。第二次世界大戦以来、国際社会は戦争テクノロジーを規制することで紛争の悪影響を最小限にしようとしてきた。しかし今日、平和構築に携わる人々や各国政府は、急速に発展している新たな戦争テクノロジーへの対応に苦慮している。ソーシャルメディア、サイバーセキュリティーおよび人工知能(AI)の兵器化が、新しい活動や政策的対応を必要としているからである。この政策提言の前半では、これらの先端テクノロジーがどのように開発されるのかを概観する。後半では、新しいテクノロジーの開発において平和構築の優先順位を上げ、具体的な目標としていくための新たな戦略として、テックカンパニー(技術系企業)の文化と規範に影響を及ぼす機会について探っていく。

 私たちは、現代のテクノロジーは現代科学に従属するものだとか、理論的知見のブレークスルーが科学の発展に繋がり、それがさらに新たなテクノロジーを生むと考えがちだ。政府や大学が、最先端のテクノロジーを管理する最善の位置にあり、民間セクターは付随的な役割を果たしているに過ぎない、と。しかし、今日ではその逆が真なのだ。テクノロジー革新の主たる原動力は、公的セクターよりもむしろ民間セクターなのである。

 シリコンバレーが好例である。インターネットとソーシャルメディアの誕生に繋がった集積回路とパーソナル・コンピュータの専門知識と経験は、第二次世界大戦と冷戦時代に、ペンタゴンが資金提供した開発事業から生まれた。シリコンバレーの基礎を作ったのは政府の支援であるが、過去数十年間、その目覚ましい成長の原動力となったのは民間セクターの投資だった。

 シリコンバレーの方法論はスタートアップに集中している。新しいテクノロジーは、新しいアイデアを迅速かつ絶えずテストし、実用化している新興企業、すなわちスタートアップで生まれている。優れたアイデアは、採用の早い企業を惹きつけ、あるいは投資を呼び込むことで、スタートアップは「規模を拡大」したり、より大きなテックカンパニーに買収されることで、マーケットから「退場」できることになる。いまやスタートアップこそが発明とイノベーションの主役といえる。

 起業家、インキュベーターや アクセラレーター、投資家、さらにテクノロジーやビジネス関係の仕事によって構築されている経済圏には、それぞれ明確に定義された役割があり、標準化されたツールやテクニックが採用されている。例えば、「リーン(Lean)」なスタートアップのプロセスは、起業家たちが、準備ができたと思えるより先に、 将来の顧客となりうる相手と共有するためのMVP(Minimum Viable Prototype)を製作することで、新しいアイデアを試し始めることを奨励する。これにより、現実のニーズに合うかどうか確認する前に、製品の完璧な仕上げに数カ月あるいは数年も費やすことを回避している。

 「スタートアップの流儀」はスピードがすべてである。Googleが先んじた「デザインスプリント」のプロセスでは、わずか数日から数週間で、アイデアを着想から現実のものとする。このような仕事の仕方のスピードは、顧客ニーズに非常に反応しやすく、いち早く市場に出られることから商業的な優位をもたらす一方で、政府による管理や、振り返りの機会を回避するものとなる。

 ハイテク業界は、今やそれ自体が文化、すなわち特定の社会グループを定義するようになった規範、習慣、直観および感性のセットである。政府は、新たなテクノロジーを管理しようとする時、この新しい文化的文脈を理解し、有効に関わる必要がある。

 電子データを生成し、保管し、処理する能力は、私たちの社会のあらゆる分野に影響を与えてきた。ハイテクは、容易に新しい用途に応用させることができ、新しいマーケットに展開することができるため、普及力があり利益性があることを証明してきた。

 昔ながらの管理方法はもはや通用しない。核兵器不拡散の方法、すなわち、ウラン濃縮やその他この大量破壊兵器に必要不可欠な要素をマスターするための高度に専門化された資材およびシステムを管理することは、一般化したデジタルテクノロジーを中心に構築された新たな戦争のテクノロジーには適用不可能なのだ。

 平和構築の専門家たちは、人権、持続可能性および国際協調のレンズを用いて、平和と安全保障を優先させるやりかたで、この文化をどのように再び形づくるかという挑戦を受けて立つ責任を負っている。私たちの前にある第1の課題は、政策策定ではなく文化の創造なのだ。

 イノベーション・エコシステム、スタートアップ、そして巨大テック企業たちは、組織文化を形成しようと試みている。もっとも優れた人材を採用し、雇用し続けていくことは、テックカンパニーの成功を決定づける最も大きな要素だ。

 テックカンパニーたちが最も重要な資産として人材を重視することで、従業員たちは異例なほどの制度上の権能を持つこととなった。さらに、若い世代は、雇用主のミッションと自身の個人的な価値観が整合することをより求めている。

 今なお成長しているオルタナティブなイノベーション・エコシステムといえば、カナダ・オンタリオ州のウォータールー地域である。

 ウォータールーは、“北のシリコンバレー”と呼ばれることもあるが、Blackberryのような代表的なデジタル・イノベーションやメジャーなブランドを生み出してきた。地域のイノベーション・エコシステムの中心にはCommunitechがあり、地元のテック起業家らによって1997年に創設された団体で、今では1 ,400を超える企業が加盟している。

 2018年、Communitechは「誰ひとり取り残さない」、「あらゆる段階でインクルーシブに考える」などの六つの原則に対する企業のコミットメントを確率する取り組み、“Canadian Tech for Good Declaration”を策定し立ち上げた。それ以来、Communitechは、テック業界における多様性、公平性、インクルージョンを重視し続けている。

 Communitechは、スタートアップ、投資家および既存企業の文化的規範を形づくるのに生成的な役割を担っており、先の見通しを共有する新しい加盟企業を惹きつけている。この文化が花開くには、「テック・フォー・グッド」がエコシステムのその他のアクター、中でも投資家の注目の対象とならなければならない。

 問題は、政府と市民社会の団体が関与するかどうか、また、すでに民間セクターで明らかとなっているエネルギーに匹敵するものとなるかどうかである。時機には適っており、強い要望はあるが、その要望を実践に移すための理解と能力が不足している。政府は、「テック・フォー・グッド」文化の奨励に、もっと前向きになれるはずだ。

 市民社会は、平和と社会正義のレンズを組み込む点で重要な役割を担っている。ウォータールーのイノベーション・エコシステムは、地域社会との橋を架ける点で上手く前進している。より大きな課題は、国や世界規模で脆弱な立場にある人々を包摂するように拡大していけるかである。テック業界のパワーと影響力は、その製品およびサービスが、ウォータールーを遥かに超えるマーケットに実に容易に展開できるという事実にある。

 大学は、カリキュラム設計や、教室にとどまらない学習の機会の創出、また、研究の成功のための優先順位や手段の検討などを通して、文化の創造に寄与している。今日、大学はコミュニティーへの貢献度を通じて価値を示すことが期待されている。これは、社会と環境について強い関心を持つ民間セクターを育てることによって達成することができる。

 政府の政策と規制は、新たなテクノロジーがもつ潜在的な弊害を最小限にし、潜在的な利点を最大化するためには重要かもしれないが、新しい戦略が必要とされている。今日の新たなテクノロジーは今までとは異なり、民間セクターのアジェンダに主導され、ダイナミズムから派生してスタートアップのエコシステムを拡散し、そのデジタルの性質は潜在的な用途の幅を拡大させている。多様な課題を抱えながらも、「テック・フォー・グッド」ムーブメントは、平和構築に携わる人々が、政府およびその他の市民社会のアクターと共に、イノベーション・エコシステムおよび企業の文化に影響を及ぼす機会を提示している。

本稿は、戸田記念国際平和研究所の英語ウェブサイトで詳細な参照とともに閲覧できる政策提言103の要約です。

ポール・ハイデブレヒト(Paul Heidebrecht)は、Kindred Credit Union Centre for Peace Advancementの初代ディレクターで、コンラッド・グレベル・ユニバーシティー・カレッジで平和紛争学を教える特任准教授でもある。現在の研究テーマは、平和構築とソーシャルイノベーション、テクノロジーおよび倫理の交差領域や、政治的アドボカシーなど、幅広い学問分野と専門家としての経験を反映している。