政策提言

協調的安全保障、軍備管理と軍縮 (政策提言 No.92)

2020年09月25日配信

核兵器禁止条約の検証システム構築について

トマス・E・シア

 本稿(Thomas E. Shea著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.92「核兵器禁止条約の検証システム構築について(On Creating the TPNW Verification System)」(2020年9月)に基づくものである。

 核兵器禁止条約(TPNW)が発効すれば、締約国は、TPNW検証システム(TPNW/VS)の技術的枠組み、範囲、制度的構造を決定することになる。

 核兵器禁止条約が発効した後、締約国が真っ先に行うべき最も重要な決定の一つは検証システムに関する合意である。TPNWが直面する最大の課題は、核兵器国に、条約締約国になること、そして平和、安定、最終的には自国の核兵器廃絶を目指して誠意ある取り組みを行うことを納得させることである。核兵器国が条約に関して決定を行う際、TPNW/VSがきわめて重要な役割を果たすだろう。

 TPNWは、核兵器を保有する締約国に対し、次のことを求めている。

  • 核兵器を廃絶すること
  • 核兵器施設を廃絶するか、または平和的用途に不可逆的に転換すること
  • 二度と核兵器を製造しないと誓約すること

 TPNW第4条に基づき、核兵器を保有する締約国が義務を履行していることを確認するため、これらの約束に対する検証が行われる。

 TPNW/VSに予想される最も困難な課題は、次のようなものである。

  • 核弾頭または核原料が隠匿され、核兵器関連活動が進行している可能性がある、核武装国の支配下にある既知または秘密の場所へのアクセス
  • 機密指定された形態の核分裂性物質を含む物品の検証に関する合意形成
  • 製造または取得された核分裂性物質の量、製造された各コンポーネントの同定および履歴、残存する核分裂性物質の処分に関する正確な情報の収集

 本政策提言では、締約国がこの任務を検討する際に一助となることを目的としている。

 似たような事例として、核不拡散条約とIAEA保障措置は、不拡散体制の中核を定義しているが、不拡散体制の範囲は拡大している。したがって、TPNWとその検証システムもおそらく、軍縮が継続され持続可能な形になるよう拡大するだろう。

 両者の主たる違いは、核兵器を保有するNPT締約国(NPTでは「核兵器国」、略して「NWS」と呼ばれる)とNPTの非核兵器国(NNWS)の大部分が、核拡散はきわめて危険であることに合意している点である。核拡散国は以前から、国家行動規範を無視する振る舞いをしてきた。そのせいでNNWSは、ますます自由を制限し、査察を厳しくする要求を次々に飲まされてきた。その一方で、九つの核武装国は進展を求める度重なる要請を拒絶しており、NWSは基本的に、NPT第6条の義務を50年にわたって無視している

 いずれの核武装国もTPNWに署名していないことを踏まえると、TPNW/VSの構築は困難な課題である。核武装国は、TPNWが自国の国家安全保障に寄与すると認識するか、あるいはTPNW締約国からの外交圧力が高まるまで参加することはないだろう。

 締約国は、核武装国を条約に呼び込むために、彼らの国家安全保障上の必要を予想しようと努める必要がある。ひとたびTPNW/VSが創設され、運用されるようになれば、九つの核武装国も参加をより好意的に考えるようになるかもしれない。

 TPNW/VSの適用範囲は、まずは既に挙げた三つの目標から始まると考えられる。核兵器に起因するリスクに取り組む国際メカニズムが存在せず、そのようなリスクが顕在化した場合は全てのTPNW締約国が犠牲になる可能性があることを踏まえると、TPNW/VSは特に、以下に関連する脅威を管理するべきである。

  • 敵対する核武装国間の緊張が核戦争に発展する可能性
  • 核武装国が自国の核兵器の不正使用を防止するために講じる措置
  • 核武装国が自国の核兵器に対する妨害破壊行為またはその偶発的爆発を防止するために講じる措置
  • 核テロリズム
  • 核拡散の魅力を減じるための措置

 国際核軍縮体制は、敵対する核武装国間に対して、できればTPNW/VSの枠組み内で2国間または3国間条約を締結するよう推奨するべきであり、それとともに、締約国が非常にセンシティブな活動を独自に検証することを認めるべきである。

 核武装国が条約に署名し、後戻りできない義務を受け入れる準備ができる前に、TPNW査察官が合同演習を実施し、核武装国が何を覚悟するべきかを現実的に理解しやすくし、実施を妨げる障害を特定することができたら役立つだろう。

 核軍縮へのコミットメントには不可逆的なプロセスが含まれなければならないが、核武装国が期限を区切った一時的な取り決めの下で、監視から離脱する権利を保持できるようにし、最終的には核軍縮への全面的なコミットメントを奨励することが役に立つだろう。

 既存核兵器の廃絶に向けた進展が見られるに従い、核軍縮体制の一環として適正な輸出入管理を導入することが適切であろう。

 核兵器禁止条約第4条第6項に従い、

「全締約国は、1から3までの規定に従い核兵器計画の不可逆的な廃止(全ての核兵器関連施設の廃棄又は不可逆的な転用を含む。)について交渉し及び検証するための一又は二以上 の権限のある国際的な当局を指定する。」

 IAEAがTPNWの唯一の検証機関としての役割を果たすことを支持するのであれば、次のような理由が考えられる。

  • IAEAは現に存在しており、高く評価されている。
  • 新たな組織を設立するより、IAEAを利用するほうがコストも時間もかからない。
  • IAEAには既存の能力と経験がある。

 しかし、以下に述べる理由により、TPNW締約国は、このきわめて重要な責任のために新たな組織を設立するべきである。

  • ガバナンス: IAEAは、機関内部から方向性を定め、国連安全保障理事会やNPT再検討会議と密接に協力する。また、第4条第6項に定める核軍縮検証の役割に対してTPNW締約国が統制力を発揮することは、特に一部のIAEA加盟国がTPNWに不参加のままである場合、困難になるだろう。
  • 現行のIAEA保障措置制度では、隠匿されたまたは未申告の核物質に対するチャレンジ査察が定められておらず、また、必要な規定を導入することは困難と思われる。
  • 注目の奪い合い: IAEAは、多くのプログラムを実施する国際機関である。第4条第6項の検証要件は、他のプログラムと競争しなければならず、結果的に第4条第6項に向けられる注意はTPNW締約国の意図を満たすには十分ではない可能性がある。
  • 論争: 核戦争の可能性を低減する脅威低減策、核兵器の安全性とセキュリティーといった、論争を呼ぶ可能性がある任務を検討するようIAEAに依頼することは難しいと思われる。
  • IAEAの不拡散ミッションの基礎である不拡散のコンセンサスは、IAEAにおいて核武装国が果たしている積極的な役割を反映している。これが、第4条第6項の検証によって損なわれる可能性がある。
  • 設備の調達および使用に関する要件: 第4条第6項に要する検証設備は、スパイを防止すると同時に必要な真正性保証も提供するため、必要なそれぞれの核武装国の要件に合わせて開発する必要がある。このような追加的要請は、核不拡散に関連するIAEAの役割や、TPNWに基づく明白な検証責任を損なう恐れがある。
  • 軍事的プレゼンス: IAEAのミッションに第4条第6項を加えることで、必然的にIAEAへの軍事参加が拡大するだろう。それは、IAEAが他の外交的要請や技術的要請を満たす際に足を引っ張る恐れがある。

 新機関の名称、所在地、構造については、TPNW締約国が決定することになるだろうが、 暫定的に新機関を「国際核軍縮機関(International Nuclear Disarmament Agency)」、略称「INDA」と呼んでも良いかもしれない。

図1. INDA組織図案

 締約国がINDAを選ぶ場合は、検証任務はINDAとIAEAの間で次のように分担すれば良いかもしれない。


INDA IAEA
1. 核武装国に軍縮を奨励する 1. 軍縮による核分裂性物質を処分する
2. 軍備削減と核分裂性物質管理を四つのレベルで検証する 2. 申告された施設における申告された核物質備蓄の転用を検知する
3. 未申告の核兵器、核弾頭、または核分裂性物質を用いた弾頭コンポーネントを検知する 3. 申告された施設における未申告の製造および加工を検知する
4. ミッションクリティカルな核兵器施設を認証し、廃絶する 4. 未申告の核物質および未申告の核活動を検知する
5. 核分裂性物質の非爆発性軍事利用を検証する 5. プルトニウム、HEU、U-233、Np-237、Am-241の全てについて、生産履歴を推定および検証する
6. 全ての核兵器の製造履歴および現在の所在を検証する -/-
INDA/IAEA の共同任務
未申告の核兵器製造施設を検知する
ミッションクリティカルな核兵器施設を平和利用に転換する

 核武装国は、TPNW締約国になるとINDAおよびIAEAとの接触を開始する。INDAは、条約に基づく進捗状況報告の基礎として、各国の検証書類の原本を保管することになるだろう。

 非核兵器国に関連するTPNW/VSは、ある面においては現行の検証活動と似通ったものになるが、新たな方法や手順も必要になる。

 TPNW の検証は、核分裂性物質の保有と使用に重点を置くが、他のコンポーネントや活動も対象に含むことがある。核兵器廃絶の検証には、個別の核弾頭の物理的破壊および真正性の検証、そして、あらゆる形態の回収済み核分裂性物質の計量、IAEA保障措置下で承認された処分プロセスに移行するまでの追跡を含むべきである。 軍縮ステップを四つのレベルに分類することによって、必要な検証活動を体系化することが容易になるだろう。

図2. 図のステップに従って、核兵器複合施設から核分裂性物質が除去される

 図2に示したステップの検証には、申告された対象物を、図示されたいずれかのレベルの検証プロセスに受け入れる手順が含まれる場合がある。

 TPNWの検証は核武装国ごとに異なり、NPT非核兵器国の義務に関するIAEA保障措置の検証ほど明確でも信頼できるものでもない。

 核武装国は、TPNWの義務を果たす一方で、敵対する核武装国に軍事的優位性をもたらす恐れがある、または核拡散を促進する恐れがある核兵器の設計または製造に関する機密情報へのアクセスを防止することによって、検証を装ったスパイ活動の可能性から国家安全保障を守ることができる。この懸念から、TPNW/VSが収集できる情報の範囲、許可される物理的検証方法、検証設備の製造および実施方法について制限が設けられる。これらの制約は、国ごとに異なる可能性が高い。同時に、意味のある検証とは、独立的で、健全な科学的手法に基づき、検証結果の真正性に対する信頼性を提供するような形で実施されなければならない。

 いくつかの研究機関が、機密指定情報を漏らすことなく、また、ハッキングなどの被害を受けやすい技術を使わずに、核弾頭を“検証する”ために可能な方法を模索している。これまでのところ、機密指定されていない属性との比較をパス/フェイル方式で行う方法、および“既知の”参照事例の特定と比較するという二つの考え方が検討されている。

 上記の安全保障上の難題を考えると、ハッキングの可能性を回避する、またはこれに対処することも必要になる。

 今のところそのような方法は、仮定の話としても、いずれの締約国にも受け入れられていない。継続的な研究・開発が必要である。

 TPNW/VSは、九つの核武装国のそれぞれに、個別に、または核敵対国のサブグループの一部として対応する必要がある。TPNW/VSは、国ごとに、図2に示した四つの各レベルについて検証方法と手順を整備することになるだろう。

 核武装国が申告した“弾頭”が実際に本物か偽物かを判断することができれば、検証制度への信頼性が高まり、それぞれの国が核軍縮プロセスに向かうだろう。備蓄された全ての核弾頭を解体するには何年間もかかり得ることを考えると、そのような保証は、国際社会にとっても当該国の敵対国にとっても利益となるだろう。そのような方法が承認されない場合は、TPNW/VSが解体対象となる個別の核弾頭を特定および指定する能力が、追加的保証を提供するだろう。

 ある国の核兵器廃絶の検証ステップは、当該国が実施を申告した措置の検証に関する規定のステップに従うべきである。それでも、国家が核兵器を隠している、または新たな核兵器を製造する能力を隠匿している可能性はある。そのような懸念については、本稿で後ほど論じる。

 全ての核兵器計画は、核弾頭の製造、実験、保守、解体という生産チェーンを含む。個々の核武装国は、TPNW締約国になると、特に核兵器計画の履歴を申告し、必要な全ての施設を明らかにするべきである。

 核兵器複合施設は、九つの核武装国の間で大きく異なっており、全ての核兵器関連施設の廃絶または不可逆な転用を求めるTPNW第4条第2項の規定を満たすために、TPNW/VSはそれぞれの国に合わせて整備する必要がある(下線は強調のために追加)。

 核弾頭製造複合施設には、核分裂性物質の取得にかかわる要素のほか、必要な非核分裂性物質サブシステムにかかわる要素が含まれる。TPNW締約国は、どの核兵器関連施設が第4条第2項に基づく検証の対象となるかを定義するとともに、「検証された廃絶」および「不可逆な転用」という言葉も定義する必要がある。

 上記の施設について、検証は、特定された各施設の場所、機能、履歴の確認を含むべきである。TPNW締約国は、TPNWの要件を確定する前に、核兵器取得経路分析システムについて IAEAと協議するべきである。

 検証機関は、核武装国の条約締約国のうち1カ国またはそれ以上が不正を意図することを前提とし、そのような不正行為を抑止または検知する検証活動を特定する必要がある。未申告の核弾頭または新規製造がないことを検証することによって、核武装国がTPNWの義務をごまかすのを防ぐことができるだろう。

 この検証には、二つの懸念事項を含めるべきである。第1に、当該国が申告した全ての核物質が平和利用にとどまり、他の目的に転用されていないことを保証すること。TPNWに定めるとおり、この検証はIAEAによって行われることになるだろう。

 第2の懸念事項は、核武装国が核弾頭を隠したり、秘密の核弾頭計画を策定したり、発覚を防ぐための隠蔽装置を開発したりする試みについて、TPNW/VSは、国家情報機関の情報を含む“第三者情報”を用いて知識を得る必要があるという点である。

 TPNW締約国は、必要と思われる場合には検証制度の一環としてチャレンジ査察を導入するかどうかを検討するべきである。

トマス・E・シアは、米国とアイルランドの国籍を有し、現在、米国科学者連盟の非常勤シニアフェローを務めている。シアは、24年間にわたってIAEA保障措置局に勤務したほか、パシフィック・ノースウェスト国立研究所に勤務した。シアは、6カ年の三者イニシアティブの下でIAEAの取り組みを指揮した。これは、ロシアと米国の核兵器計画から除去された、機密指定された形態の核分裂性物質に対するIAEAの検証の実行可能性を検討するものである。1980年代および90年代には、日本が保有する全てのプルトニウム、高濃縮ウラン、および日本のウラン濃縮プラントに対するIAEA保障措置の実施を担当した。