政策提言

協調的安全保障、軍備管理と軍縮 (政策提言 No.53)

2019年10月15日配信

核兵器管理と世界秩序: ニューデリーからの展望

マンプリート・セティ

 本稿(Manpreet Sethi著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.53「核兵器管理と世界秩序: ニューデリーからの展望(Nuclear Arms Control and the Global Order: A View from New Delhi)」(2019年10月)に基づくものである。

 かつて二極的な核兵器管理(NAC)体制が可能となったのは、米国とロシアの双方が、戦略的安定性を確保するメカニズムと相互譲歩を受け入れることに意義を見いだしたからである。その結果、多くの2国間軍備管理条約が締結された。しかし、苦心して作り上げたNACは、時とともに弱体化してきた。現在、米ロの2国間NACは、新START条約(新戦略兵器削減条約)という細い糸でつなぎ留められている。

 間違いなく明白だと思われるのは、非常に陰鬱なNACの先行きである。米国とロシアは、核問題に取り組むことに少しも興味を示していない。一方で核兵器国の数は増しており、いくつもの核の2国間対立や核の連鎖関係という新たな現象が生まれている。さらに、先端技術は、かつてない形で核抑止に影響を及ぼす恐れがある。最後に、核戦争の遂行に小型兵器を用いること、限定核戦争など、危険で過去に放棄された考え方が息を吹き返しているようである。このような状況の変化がもたらす結果は、複雑かつきわめてストレスの高い、世界規模の核の難題であり、それは地域に深刻な影響を及ぼす。

 米国とソ連/ロシアの2国間NACは、核のリスクを低減するとともに「やられたら、やり返す」循環を止めるものとして、両国の核兵器を正当化するひとつの方策であると、インドは見なしていた。ただし、そのような統制に中国が加わっていないことをインド政府は常に意識しており、それでも、中国による核の脅威は、核不拡散条約(NPT)が実現する普遍的な核軍縮によって解決されると期待していた。しかし、1995年にNPTの無期限かつ無条件の延長が決定されたとき、この期待は打ち砕かれた。一方で、インドに対し、非核兵器国として包括的核実験禁止条約(CTBT)に加盟することを求める圧力は高まっていった。安全保障上の切迫性に鑑み、インドは、自国の核兵器能力を示すとともに核抑止を確立しなければという意識に駆られた。しかし、その過程でインドは、2国間軍備管理や多国間不拡散協定が核軍縮を実現する能力に対する信頼を失った。

 インドは核兵器を保有して以来、軍拡競争の管理手段、またはリスク低減手段としてのNACのより現実的な有用性を、より強く意識するようになった。進行するNACの情勢は、米ロ間で起きていることであっても、中国や、ひいてはインドにも影響を及ぼす。本稿では、世界レベルと地域レベル、特にインドに影響を及ぼす四つの主要課題に着目する。

 米国とソ連/ロシアのNAC取り決めは、他の国々にとって、追随、採用し、あるいは適応するべきお手本となった。しかし、現況では、これらの2国間条約のほとんどが放棄され、2国間あるいは多国間で追求されていたかもしれない関与するという精神と慣行が失われている。したがって、NAC構造は不完全な点が多くあったとはいえ、それが失われれば国際安全保障に影響を及ぼす枠組みだったのである。

 NACの喪失が生み出した真空は、各国が絶対的安全保障という概念を追求するなかで、「やられたら、やり返す」のスパイラルに突き進むことを容認するような空気によって満たされている。核抑止を裏付ける相互脆弱性という概念は、NAC体制において明文化が追求されたが、プロセスの犠牲となったようである。

 その結果、米中ロの3カ国は、攻撃と防衛の複合能力を獲得するプロセスを進めており、それぞれが他国の状況を認識してそれに反応し、戦略バランスを取り戻そうとしている。関与や対話が欠如するなか、敵対国同士は互いの意図について最悪のケースを想定するため、誤認識は避けることができない。インドも、中国の核兵器近代化を自国の安全保障への脅威と認識し、同じ罠に陥る恐れがある。

 先端技術の導入は、現時点でコントロールされておらず、これまでにない、完全には理解されない形で核抑止に影響を及ぼすだろう。曖昧さは、敵対国を常に憶測に駆り立て、誤解をもたらす可能性がきわめて大きく、不慮のエスカレーションを引き起こす恐れがある。弾道ミサイル防衛、対衛星兵器、対潜水艦兵器、精密攻撃ミサイル、サイバー戦力、AI戦力といった、非戦略的な攻撃・防衛技術によるものであっても、各国は核兵器近代化に反応するため、軍拡競争は不可避のようである。このような対称的および非対称的反応は、組み合わせて用いられた場合は特に、非核兵器の攻撃が一国の核兵器または衛星/通信網を全滅させるかもしれないという恐怖を生み出す。そのような戦力喪失の恐怖に駆られて、国々は核兵器の安易な使用に走る恐れもある。

 にもかかわらず、各国は、そのような方向に突き進んでいる。それどころか、先端技術を用いた新たな軍拡競争は、コントロールが難しくなる一方である。なぜなら、以前は核弾頭の数や発射システムがコントロールの対象だったが、いまや抑止力を高めるのは非対称の反応だからである。今日、このような作用・反作用のダイナミクスは、国家と国家、戦略的技術と非戦略的技術との間に明白に見いだされる。危機の際には、それが圧力を高め、パニックをもたらし、望ましくない行為を引き起こす恐れがある。そのような先端技術が存在する現在、核戦争になだれ込む可能性は大幅に高くなっている。

 インドは、このような状況を考慮に入れて、自国の対応を編み出さなければならない。そのコストは高くつくが、中国で早晩導入されるに違いない兵器システムとの技術格差を考えると、インド政府は対応せざるをえないと感じているだろう。軍拡競争に巻き込まれるリスクは、現実のものとなっている。

 かつてNACは、相互に認識したリスクを軽減するための、相互に合意した方策を可能にする、相互に利益のある努力と見なされていた。しかし、戦略的不安定性に対する共通のリスク認識、ひいてはリスク軽減における共通の利益は、近頃では影が薄くなっている。パキスタンや北朝鮮のような国は、長年にわたり、不安定感を作り出すことによって自国の核抑止力を高めることができると信じている。もっとも、トランプ大統領とプーチン大統領でさえ、似たような行動への傾向を示しており、それは、強制的にエスカレーションを抑止するための小型核兵器使用を表明したことに表れている。

 曖昧さに依拠する政策の人気が高まっているように見えるが、このことは、透明性、明確性、先行不使用に基づくドクトリンを堅持している現在のインドの姿勢に影響を及ぼす可能性がある。インドの核ドクトリンが現在の核情勢に適合していないと考え始めているハイパーナショナリストたちの攻撃の的になり得る。

 インドは過去20年間、「信頼できる最小限の抑止力」という概念を運用化することに専念し、NACをインドの政策決定者が念頭に置くことはほとんどなかった。しかし、核の安定性を高めると同時に自国の軍備構築を正当化するため、現在は、特に中国との2国間関係においては、NACの価値を評価するべき時かもしれない。

 しかし、この提案には、二つの点で課題がある。第1の課題は、NACがもたらし得る利点に対する国内の理解不足である。また、NACは、これまで遠くから傍観されるのみで、核軍縮には不十分な手段と認識されている。

 第2の課題は、中国のNAC全般に対する姿勢、そして、とりわけ核保有国インドへの姿勢に見ることができる。習近平国家主席は、米国大統領に対し、いかなる交渉にも関心がないことをきわめて明確に示している。その主張は、米国やロシアと比べれば中国の軍備ははるかに小規模だという前提に基づいている。そして、米国との交渉を拒否したことに鑑みれば、インドとの交渉も期待できない。なぜなら、中国は、インドの核兵器保有を正当化するかのように見えるいかなる行動を取ることも拒否しているからである。しかし、インドの視点から見れば、意味のある唯一のNACはインドと中国の間に起こり得るもので、それはインドとパキスタンの関係にも良い影響をもたらす可能性がある。しかし、中国とインドは、核抑止と戦力増強という活発なゲームにいそしみ、それに付随するあらゆるリスクを引き寄せている。実際、中国政府は、インドの核戦力が拡大する場合のみ、リスク低減措置に意味を見いだすだろう。中国は、今のところ米国に関心を向けており、自国の将来的能力を制約し得るいかなる協定も結ぶことも望んでいない。

 中国がインドにどのように反応しようとも、インドにとって、安全保障強化のプロセスとしてNACへの理解を深めることは利益となるはずであり、それがゼロサム関係の脱却に役立つだろう。一時的な損得にとらわれることなく、長期的利益を見据えることができる政治的手腕が必要である。

 NACは、 兵器システムを削減するというより、いわば管理された透明性によって予測可能な核関係を形成するものであり、最悪のシナリオ、見込み違い、認知の誤りに基づく戦略立案を避けるために役立つ。NACをめぐる交渉は、たとえそれが具体的成果をもたらさなくとも、関与の習慣を浸透させ、お互いの戦略的思考に対する洞察をもたらし、主要な概念や危険に関する共通の理解を促すために役立つ。

 NACに関する展望はひときわ不鮮明であるが、将来のリーダーが、リスクを軽減して軍拡競争を止める相互制約を受け入れることに意義を見いだすという希望は常にある。以下に、NACの将来的可能性に関するいくつかのアイディアを説明する。

  1. 誤認識を減らすことを目的とした戦略的対話を開始する。お互いの脅威の認識や核ドクトリン、戦力方針について説明するための意見交換から始める。
  2. 抑止力の前提条件として、相互に脆弱性があることを認識する。絶対的安全保障という概念を公に否定することは、戦略的攻撃・防衛システムに対する相互制約が、あらゆる方面から受け入れられるようにするために役立つだろう。敵対国が講じている措置やお互いにダメージを受ける相互脆弱性を受け入れることが、信頼できる抑止力を実現させる鍵となる。
  3. 危機安定性は、低い警戒レベルを定式化することによって、大幅に高めることができる。幸いなことに、中国、インド、パキスタンの軍備は、すでにそのような状態にある。特に新たな技術によって危機対応のための時間が短縮された場合は、これを正式なものとする協定を結ぶことが危機安定性を実現する有益なステップとなるだろう。
  4. 抑止崩壊が起こった場合の影響に関する共同研究や映画制作により、人々の想像を掻き立て、大衆の現状安住を打破することは、NACに賛同する国民の支持層を構築するための補足的努力となり得る。
  5. 先行不使用(NFU)を条約として制定する。現在、先行不使用ドクトリンを公式に宣言しているのは、中国とインドのみである。他の国々はこれを宣言方針として退け、米国は、拡大抑止のコミットメントによりNFUを受け入れることはできないと主張している。しかし、核兵器の先行使用が政治的配当をもたらし、使用を価値あるものにするようなシナリオは、ほとんど見当たらない。NFUは、たとえ宣言されなくともデフォルトの戦略になり得る。なぜなら、デュアルユースシステムを導入する動きが強まるなか、通常兵器と核兵器の境界が曖昧になっていることが注目を集めているからである。

    中国も、多国間のNFU条約、あるいは少なくとも米国、ロシア、中国からなる3カ国声明を提案しているが、米国からもロシアからも積極的な反応は得られていない。一方、中国政府とインド政府では、NFUへのコミットメントにいっそうの曖昧性を織り込む必要があるかどうかに関する初期的な議論が始まっている。そのような変化が起きるとすれば、退行的および危険であり、軍事的に愚かなステップになるだろう。

 上記のリストは網羅的なものではない。また、特に現在の政治状況においては、いずれの選択肢も容易ではない。しかし、引き続きこの問題についてさまざまな考え方を模索し、核兵器国がそれらをどの程度受け入れることができるかを検証することは必要不可欠である。まず第1に必要とされる発想の転換は、予測可能性、透明性、制約性を高め、政治的対立の悪化を防ぐというNACの利点を受け入れることである。これは、国家間の「信頼の赤字」が膨らんでいる時代に最も有益であろう。また、NACは普遍的な核軍縮が実現するまでの暫定措置と見なすこともできる。

 核兵器のない世界を目指す長く険しい旅路において、NACは、有用な休憩場所となる。すべての核兵器国は、この努力の一員となり、プロセスに関与する彼らなりの理由を見いださなければならない。

 本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.53の要約版である。

マンプリート・セティ博士は、ニューデリーのインド空軍力研究センターで特別研究員として、核安全保障に関するプロジェクトを率いている。過去20年にわたり、セティ博士は、原子力、戦略、不拡散、軍縮、軍備管理と輸出管理、BMD(弾道ミサイル防衛)について研究および執筆を行っており、著名な学術誌数誌に100篇を超える論文を発表している。2012年に首相の軍縮に関する非公式グループのメンバーを務め、インドのトラックIIイニシアチブに関与した。セティ博士は、優れた戦略・安全保障研究に授与される名誉ある賞、K・スブラマニアン賞の受賞者である。

なお、2020年には、文民としては稀なことに、その尽力と専門的能力に対してインド空軍参謀長より表彰を受けた。