政策提言

現代平和研究と実践 (政策提言 No.81)

2020年06月30日配信

国家安全保障体制の再点検:
台湾、韓国、日本のCOVID-19対応比較

ファンティン・チェン/クンユエ・カミアーレ・チャオ

 本稿(Fang-Ting Cheng, Kung-Yueh Camyale Chao共著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.81「国家安全保障体制の再点検:台湾、韓国、日本のCOVID-19対応比較(National Se-curity System Recheck: Comparison of the response of Taiwan, South Korea and Japan to COVID-19)」(2020年6月)に基づくものである。

 COVID-19は、国家安全保障に対する非伝統的脅威を象徴している。COVID-19の大流行は、経済の停滞、資産の喪失、人々の移動の自由に対する制限等をもたらした。注目すべき点は、ウイルスにとって国境は無意味であるにもかかわらず、各国がそれぞれ個別にコロナ禍への取り組みを行っていることである。そのため、コロナ禍への対策には、国によって違いが見られる。

 本政策提言の目的は、台湾、韓国、日本の感染拡大防止策を明らかにし、そこから得られたプラスとマイナスの教訓を詳細に解説することである。

 この3カ国には共通の特徴があり、それがこの比較研究の信頼性を高めている。いずれも比較的開放的な市民社会で、公衆衛生、ヘルスケア、健康保険制度、そして比較的類似した政治・経済制度を有している。

 国家の安全保障の文脈において、脅威とは破壊を引き起こす能力と意思を有するはずである。1990年代以降、国家安全保障の定義は国家防衛や外交分野だけにとどまらず、政治的、経済的、社会的環境やその他の側面を包括的に含むものへと拡大された。

 感染症は起源が不明であり、それ自体に害を及ぼそうとする意図はない。感染症と他の環境的脅威の違いは即時性であり、死亡や損傷が短時間で発生する。感染症の大規模な流行は、容易に公共の危機を引き起こし得る。なぜなら、人命損失の急拡大を回避するため、社会が迅速に対策を講じなければならないからである。

 さまざまな安全保障の課題の中でも、国境を越える危機は、もっか重大な脅威となっている。国境を越える危機には、いくつか共通の特徴がある。

  1. 地理的境界を容易に越えるために、都市および大陸にとって脅威となる。
  2. 社会秩序、産業、政治、国際関係などの機能的境界を飛び越える。したがって、当該危機の因果関係や影響を予測することは困難であり、それはおそらく不可能である。
  3. 従来の時間的境界を超越するため、 “グラウンドゼロ(中心地)”が一つではない。
  4. 危機に対応する責任または権威が不明確な権力の空白を生み出す。最善の対応は何かに関する見解がさまざまに分かれる可能性がある。
  5. 国境を越える危機において無力を露呈した政府の正当性を弱体化させる。

 重症急性呼吸器症候群(SARS)やCOVID-19のような感染症の流行は、五つすべての特徴を備えている。国境を越える危機が公益に影響を及ぼし、社会秩序を乱す可能性がある場合、一般的に公共部門や公的な部隊が対応に当たる必要がある。

 国境を越える危機の発生と拡大に対応するには、危機管理の五つのタスクが重要と考えられている

タスク1. 無関心の段階から準備する

 危機が発生した際は、戦時下同様の体系的な準備態勢が重要である。これには、制度、行政、法律面での措置があるが、その適切性は、高い不確実性と緊急性によって左右される可能性がある。具体的措置としては、司令センターの設置や法律の改正などがある。

タスク2. 新たに出現し、進化する危機を理解する

 指導者と当局はまた、何が起きつつあるかを認識しなければならない。脅威の評価と対応のスピードによって、その後の結果が決まる可能性がある。具体的措置としては、情報収集、専門家の意見の聴取、シナリオ分析の実行などがある。

タスク3. 大規模な対応ネットワークを管理する

 当局はさまざまな機能的ネットワークを動員するために、戦時下同様の対応を迅速に実施しなければならない。これには戒厳令や緊急事態の宣言、ネットワークと資源の動員などがある。最高意思決定者、先進的情報技術を持つ複数の機関の間の調整が必要である。

タスク4. 信頼性のある回答を示す

 当局は一般の人々に対し危機の詳細な説明を行い、状況がどのように対処されているかを伝えなければならない。戦時下同様のアプローチを取るためには、伝統的メディアとSNSを駆使して迅速かつ正確な情報共有を行う必要がある。透明性はきわめて重要である。なぜなら、それが恐怖とパニックを落ち着かせ、リーダーへの信頼を高めるからである。

タスク5. プレッシャー下で学習する

 危機の後、当局がどのような教訓を得たかを知ることは有意義である。強いプレッシャーと緊急事態に対処するためには、現行の政策や措置を戦時下同様に迅速に調整する必要がある。国際協力と国際組織の役割のさらなる強化が不可欠である。

 SARSとCOVID-19には、国境を越える危機の特徴がある。 第1にCOVID-19は容易かつ急速に国境を越えて拡大している。第2にCOVID-19は大きな規模で人命と社会秩序に影響を及ぼしている。第3にCOVID-19の発生源や拡大の出発点に関する意見の相違が論争、責任転嫁、そして政治レベルでは権力の空白を引き起こした。

 多くの国は、緊急事態宣言、戒厳令布告、人の移動や集合を厳しく禁じるいわゆる「ロックダウン」アプローチの実施といった措置を講じた。これらのソーシャルディスタンスによる対策は、包括的統制、司法機関による承認、一般の人々からの信頼と協力を必要とする。

 北東アジア諸国では、死亡者数と感染者数は比較的安定している。6月20日の時点で、台湾の陽性確認者数は446人、死亡者数は7人で、症例致死率は1.57%である。韓国の陽性確認者数は12,373人前後、死亡者数は280人で、症例致死率は2.26%前後である。また、やはりアジア太平地域の国であるニュージーランドの陽性確認者数は1,159人前後、死亡者数は22人、症例致死率は1.90%前後で、同国も効果的に流行を抑えていると見なされている。これらの3カ国の症例致死率は世界全体の5.29%を下回っている。一方、日本は、陽性確認者数17,881人、死亡者数954人、症例致死率5.34%で、明白な違いが見られる。

 2019年12月31日、多くの出来事がおおむね次のような順序で起こった。台湾政府は中国の武漢でSARSのような症例が発生していることを察知した。台湾の衛生福利部(MOHW)と疾病対策センター(CDC)は、流行状況を評価しWHOに連絡した。「ヒト-ヒト感染」の可能性の評価が行われた。台湾政府は十分な数のマスクと国境安全の確保を開始し、影響を最小限に抑えるための「特別条例」を制定した。空港でのスクリーニングを強化し、武漢からの直行便に対して検査が実施された

 2020年1月20日、台湾政府はあらゆるレベルで政府機関間の調整を行う中央感染症指揮センター(CECC)を開設した。台湾の1人目の感染者は、1月21日に確認された。以後、台湾の防疫プログラムは全面的に改良されている。

 SARSの流行後、台湾ではウイルス対策のための法制度が整備されたため、タスクフォースがCOVID-19に対する政府の迅速かつ途切れのない対応を促した。

 台湾は1月後半より海外からの入国制限、マスク供給量の増加、健康保険カードを利用した配布システム、生活必需品の十分な供給を維持するためのスーパーマーケットとの協力など、重点的なウイルス対策を実施した。

 さらにはビッグデータ解析を活用して、スマートフォンによる接触追跡や自動警告通知を行い、健康保険データを用いて補足した。これにより、通常の疫学的接触追跡調査に要する資源を効率的に管理することが可能になった。

 1月20日以降、CECCは少なくとも1日1回の記者会見を開いて最新情勢を報告したうえで、報道陣との質疑応答で詳細な情報を提供した。

 社会的パニックや恐怖が起こらないようにするため、CECCは、思いやりを持つよう記者会見の出席者に繰り返し念を押し、感染者に罪はなく、何も悪いことはしていないことを強調した。

 要約すると台湾の成功モデルに寄与した主な要因は次のようなものである。

  1. 早期発見
  2. 初期段階で感染源を遮断
  3. 強制的措置により感染源を追跡
  4. 先進的情報通信技術を活用した疫病管理
  5. 社会経済的損失を抑制し、復興に向けて準備
  6. 成熟した協力的な市民社会

 このように台湾では他の国より多くの時間をかけて隔離体制を強化し、通常の医療制度を維持することができた。台湾のCOVID-19対策は世界で最も成功を収めている事例の一つである。台北市当局は5月11日に公共エリアを開放し始め、人々は徐々にニューノーマルの日常生活に戻りつつある。

 韓国は2015年の中東呼吸器症候群(MERS)流行から教訓を学んでおり、それがCOVID-19への対応に影響を及ぼしている。公衆衛生危機が発生した際は検査体制を即時に承認できるよう、法律が改正された。その結果、韓国政府はCOVID-19への対応を他の多くの国より迅速に行うことができた。

 2020年1月22日、韓国疾病対策予防センター(KCDC)は1名のCOVID-19感染を確認したと発表した。2月4日、韓国は中国・湖北省からの外国人の入国拒否を開始した。2月後半、KCDCは、感染確認例が急増しそのほとんどは新天地イエス教会の信者である31番目の患者から感染したと報告した。韓国の症例の70%近くが新天地イエス教会に端を発するものとなっている。

 韓国は首相を本部長とする中央災害安全対策本部を設置し、2月23日に国家緊急事態を宣言し、大規模かつ整然とした防疫プログラムを実施して、都市の全面的ロックダウンは行わなかった。迅速かつ大々的に検査を行う(1日2万件以上)という方針は、感染拡大の防止に貢献している。

 韓国当局は、伝統的および革新的な情報通信技術・機器を用いて感染患者を隔離し、接触者の追跡・隔離も行った。

 隔離対象者は、自治体の担当職員に自身の健康状態をアプリで報告した。対象者が指定された隔離エリア内にとどまるようにするため、GPSサービスが用いられた。隔離エリアを離れた場合は、本人と担当職員にアラートが送信された。

 2月26日、国会は感染症予防・管理法(CDPCA)、検疫法、医療法の改正案を可決した。改正により、当局は感染が疑われる者の検査、隔離、治療を行うことができるようになる。検査を拒否する、隔離エリアを離れる、法律に違反する者は起訴され、1年以下の懲役または1千万ウォン(約8,200米ドル)以下の罰金が科される可能性がある。また政府はマスクその他の医療物資の流通、輸出、移転の統制を開始した。

 情報開示という観点からは、韓国に住む人はKCDSが開催・発表する毎日のテレビ記者会見、報告、ホットライン、最新情報のほか、携帯電話にテキストメッセージで送られる公式緊急速報にアクセスすることができた。感染患者の移動履歴を追跡し、直ちに検査を受けるよう促すべき優先順位の高い接触者を絞り込むため、携帯電話とクレジットカードが用いられた。

 その結果韓国は、患者数が一時期世界で最も多くなったものの、有効な施策を迅速に実施することによって感染拡大を抑え込むことができた。感染者数と死亡者数は、3月末にピークに達した。

 COVID-19に対する日本政府の対応は、台湾や韓国で取られた対応とは異なる。1月16日、日本で最初のCOVID-19感染例が武漢を訪問した旅行者において確認され、1月28日、内閣はCOVID-19を指定感染症に指定した。同月、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」号での集団感染が発覚し、日本からの乗客も感染した。

 1月30日、日本政府は安倍晋三首相の指揮の下、新型コロナウイルス感染症対策本部を設置した。日本には感染症対策に特化した組織がない。2月1日からは湖北省に滞在していた外国人の入国拒否が開始された。2月3日、ダイヤモンド・プリンセス号は横浜港に入港したが、乗客の下船は許可されなかった。3月16日までに乗客・乗員3,711人のうち719人が陽性となった。

 専門家やメディアに厳しく批判された日本政府の対応について、二つの比較的説得力のある議論を挙げる。

 2つの主な懸念: 東京オリンピックとさらなる景気後退

 最初の主な懸念は、東京オリンピックの中止または延期がもたらす経済的損失だった。1年延期による経済損失額は約6,408億円(約60億米ドル)、中止による損失額は約4兆5,151億円(約424億米ドル)と推定された。海外から圧力がかかるまで、政策立案者たちはパンデミックのために確定事項を変更する必要はないと考えていた。

 二つ目の主な懸念は、2019年10月の消費税率引き上げが景気をさらに悪化させたことである。積極的な防疫措置は人命を救うが、経済状況の悪化に拍車を掛ける。それが安倍政権にとって、感染拡大防止策を検討する際の焦点となった。

 3月24日に政府がオリンピック延期を正式決定した直後、当局は感染が疑われる症例に対する比較的積極的な検査を開始したが、検査数は他の先進国よりはるかに少なく、OECD加盟36カ国中下から2番目だった。

 政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の第1回会議は、2020年2月後半に開催された。5月4日の会議では、日本のウイルス検査数が他の先進国に比べて少ない状況にあり、この新たな感染症に対処する検査体制を確立できなかったことが明らかとなった。

 経済支援策が発表され、緊急事態宣言など比較的踏み込んだ移動制限や検査体制が確立された。しかしこの制限は強制的ではなく、自主規制的な“自粛”文化に基づいて市民に自発的制限を求めるものだった。6月20日の時点で、日本における感染確認例と死亡者の数はピークに達していない。

 にもかかわらず、マスク着用に慣れた国民、感染発生地への近接性とそれによる早期認識、そして日本の文化、すなわち“自粛”によって、日本の状況は緩和されている。

 本節では、五つのタスクを検討することによって各国の対応を分析するとともに、3カ国の戦時下同様の対策に焦点を当てる。

台湾 韓国 日本
1. 初期段階から準備する
2. 危機を理解する
3. 対応ネットワークと
ICTの活用
4. 透明性と信頼性
5. 過去の経験と政策学習

 出典:著者。低~高のレベルは、各国が感染者数に応じてどの程度の対策を講じたかを示す。感染者数が比較的少なくても具体的な措置を講じた国は、実施レベルが高いと見なされる。

タスク1. 初期段階から準備する

 台湾はウイルスの脅威に対処するために軍隊のような制度を確立した。また、CECCは複数の政府機関の人員により構成されていた。

 韓国も憲法に基づいて強制力を持つ法的措置を実施し、より積極的かつ効果的に感染症の継続的拡大に歯止めをかけている。

 日本では制度的準備が不足していた。指揮本部は、当局が強制的措置を実施するための正当性を提示できる法的基盤を持っていなかった。

タスク2. 危機を理解する

 台湾は感染拡大が起こる前に検査体制、国境管理、マスク管理で先手を打った。長期的影響を緩和する救済措置が実施された。

 韓国では感染が拡大した後に迅速な対応がとられた。政府は防疫レベルを引き上げ、法律改正、緊急事態宣言、医療物資の統制、ウイルス検査の強化などを行った。

 日本は感染を早期に認識していたにも関わらず、オリンピック延期を決定するまで本腰の対策を行わなかった。

タスク3. 対応ネットワークとICT活用

 台湾ではビッグデータに基づくICTツールを活用した対応ネットワークが重要な役割を果たしている。

 韓国は感染者とハイリスク集団に対して厳格な統制を行った。政府はまた、支援策を提供するとともに、規則違反者に対しては罰則を適用した。

 日本政府は、感染拡大防止策として最新の有効な手法を用いるというよりも、自主規制に依存していた。

タスク4. 透明性と信頼性

 台湾ではCECCが毎日生放送で記者会見を行い、国内の感染拡大状況の経過を説明した。

 韓国の当局は定例記者会見および毎日の記者会見を開催することにより、情報共有を図った。一般市民は非常に意識が高く、協力的であった。

 日本では最新の情報が毎日伝えられていた。しかし、中心となる組織がないために、情報が複数のリーダーから発信される不完全なものとなっていた。

タスク5. 過去の経験と政策学習

 台湾はSARSを経験した後、リスクを予見することを学んだ。これは国家安全保障としての疫病対処に極めて重要なことである。

 韓国は2015年のMERS流行の後、防疫プログラムを改善するために一連の法改正を実施した。

 日本では過去の深刻な感染症流行への対処から得られた知識が、COVID-19への対応にあまり生かされていなかった。

 台湾、韓国、日本の経験に基づき、われわれは国境を越える危機に対処するために以下のような提言を示す。

 I. リーダーと一般市民の意識を高めることによって、危機発生リスクを把握し、迅速な措置によってこれらのリスクを管理し、体制の過剰負荷や崩壊を防ぐ。

 II. 法的枠組み、成熟した市民社会、技術的ツールを基盤とした危機管理体制を強化する。

 III. 危機発生リスクを低減するために投資し、先進的なスマートICTを活用するなどして、レジリエンスを高める。

 IV. 危機への準備態勢を強化して、効果的な対応を可能にするとともに、回復、復旧、復興において「より良い再建(Build Back Better)」を実現する。

 V. 感染症の封じ込めに成功したと見なされる国の間で、まず、経験、限界、課題を共有し、ピア・ラーニング(協働学習)と国際協力を強化する。

本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.81の要約版である。

ファンティン・チェンは、2019年より台北の国立台湾大学政治学科で客員研究員を務めている。台北でサバティカルを開始する以前は、日本貿易振興機構アジア研究所(IDE-JETRO)法・制度研究グループで研究員を務めていた。

クンユエ・カミアーレ・チャオは、20年以上にわたって公共政策分野で働いてきた。現在、国際気候開発研究所(International Climate Development Institute)(ICDI)でエグゼクティブ・ディレクターを務める。また、2016年1月から2018年9月まで気象学会国際会議(International Forum of Meteorological So-cieties)(IFMS)の事務局長を務めた。