協調的安全保障、軍備管理と軍縮 (政策提言 No.110)
2021年06月18日配信
核兵器禁止条約と日本
小溝泰義
この論考は、2020年12月24日に霞関会のウェブサイトで「意外と知らない『核兵器禁止条約』」という題名で掲載されたものです。
2020年10月24日、ホンジュラスの批准により批准数50という発効要件が満たされ、その90日後の2021年1月22日に「核兵器禁止条約」(Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons(TPNW)。以下「禁止条約」と呼ぶ。)が発効する運びとなった。しかし、「禁止条約」に参加しない国に条約の禁止規定は及ばず、核兵器国およびその拡大抑止に依存する核の傘下国は「禁止条約」に反対している。とは言え「禁止条約」が発効すれば、核兵器国およびその同盟国も、これを無視できまい。「禁止条約」が国連総会の下の条約交渉会議で122カ国の賛成により採択され、かつ、発効するということは、国際社会に核兵器の禁止が急務だとの認識が広がっている証しだからだ。
わが国は、日米安全保障条約を安全保障政策の基軸に据え、米国の拡大抑止に安全保障の多くを依存する一方、唯一の戦争被爆国として、国連総会の場で長年にわたり核兵器廃絶決議を主導し、多くの国々の賛同を得てきた。現実と「理想」には相当の開きがある。多くの国々は、中国、ロシアという体制の異なる核兵器国と国境を接し、また、北朝鮮の核問題も身近に抱える我が国の事情を認識し、わが国が唯一の戦争被爆国として究極的には「核兵器のない世界」を目指しつつ現実的な対応を重視することに理解を示してきた。しかし、「禁止条約」に対する日本の反対姿勢を目にした国々や核廃絶を求める市民社会の諸団体の中には、わが国が掲げる「核兵器のない世界」との「理想」は、政治的意思と政策の伴う現実目標ではなく、単なる空念仏ではないかとの疑念が生じてもいる。
本年初め、伝統ある米科学誌“Bulletin of Atomic Scientists”の世界終末時計が真夜中(世界の破滅)まで100秒という、東西冷戦最盛期よりも深刻な危機認識を示した。核問題と気候変動という2つの地球規模の重要課題への為政者の対応の欠如が主な理由だ。「核戦争の危機は、冷戦時代よりも深刻だ」と訴えるウイリアム・ペリー米元国防長官は、近著「核のボタン」(トム・コリーナとの共著)で偶発的核戦争の脅威を強調するとともに、核の惨事を免れるために米国がとるべき措置について、核の先制使用の禁止、ICBMの退役、新START条約の延長、戦略ミサイル防衛の制限などの具体的な勧告をしている。また、岸田外相(当時)が設置した「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」は、2018年3月に提出した勧告文書の第25項で「核抑止は、ある環境下においては安定を促進する場合がありうるとはいえ、長期的かつグローバルな安全保障の基礎としては危険なものであり、したがって、すべての国はより良い長期的な解決策を模索しなければならない。」(筆者仮訳)と指摘する。この勧告は、核兵器国の公式的な立場と異なるが、米、仏、露、中の有識者(米国専門家の一人は、歴代米共和党政権下で、START交渉や、地中貫通弾の開発にも関与している)を含む賢人会議のコンセンサスで採択された。
核兵器の存在自体が提起する非人道性および危険性への認識の高まりから、核兵器に依存しない国際安全保障を模索する新たな動きが国際社会に起こっており、「禁止条約」もこのような流れの中で採択された。わが国も、これを軽視せず、国際動向の現実の一側面と理解した上で政策を検討すべきではなかろうか。そして自国の安全保障を損なわずに我が国ができることがある。核問題の今後を考える上で、本稿が何らかの参考となれば幸いである。
1.「禁止条約」の採択に至る経緯
核兵器国やその同盟国の反対にもかかわらず、国連で交渉会議が開かれ、短期間で核兵器禁止条約が採択されたのは、なぜか。 一言で言えば、多くの非核兵器国と幅広い市民グループが、核兵器の非人道性と使われる危険に気づいて行動を起こしたことによる。特に、核兵器禁止条約の採択に至る最近の過程で、ICAN(International Campaign to Abolish Nuclear Weapons)という市民社会のキャンペーン組織が、草の根で大きな推進力となったことは間違いない。 その意味で、被爆者の訴えと幅広い市民社会の貢献を代表してICANがノーベル平和賞を受賞したことは理に適っている。
(1)この動きの直接のきっかけは、2010年4月のケレンベルガー赤十字国際委員会(ICRC)総裁声明が「赤十字国際委員会は、核兵器のいかなる使用も国際人道法に合致するとみなすことは不可能であると考えます。」と述べて、各国に核兵器廃絶に向けた行動を呼びかけたことにある。この声明は、1996年の国際司法裁判所(ICJ)勧告的意見が、核兵器の威嚇または使用は、国際人道法上の原則・規則に一般的には違反するとしつつも、国家の存亡にかかわる自衛の極端な状況については合法か違法か判断できないとした「穴」を埋めて、核兵器の違法性を明確化させるものだった。この声明を受けて、核兵器不拡散条約(NPT)や国連の場で、人道的アプローチによる核軍縮推進の運動が活発化した。そして、2013年と14年にノルウェー、メキシコ、そしてオーストリアで3回にわたって開かれた「核兵器の人道的影響に関する国際会議」 (International Conference on the Humanitarian Consequences of Nuclear Weapons) 、とりわけメキシコとオーストリアの会議では、参加者が、被爆証言に大きな衝撃を受け、また、核兵器の事故や核戦争瀬戸際の危機が想像以上に多いことを学び、誰もが事故・誤算やテロで被害者になりうると実感した。 この結果、今まで、核軍縮は米ロ間の問題だと考えていた非核兵器国の間にも当事者意識が高まり、核兵器の速やかな法的禁止を求める動きへと発展した。
(2)核兵器の法的禁止アプローチの変遷
核兵器の法的禁止の議論は、上記のICJの勧告的意見を契機に活発化した。1997年には、国際反核法律家協会などの市民団体が作成した「モデル核兵器禁止条約」(Model Nuclear Weapons Convention)をコスタリカが国連総会に提出(A/C.1/52/7)。2007年には、改訂版がNPT運用検討会議準備委員会に提出された(NPT/CONF.2010/PC.1/WP.17)。この条約案は核兵器の全面的禁止規定に加え、禁止の管理のための検証措置等も定める包括的なもので、多くの非核兵器国がこれを支持したが、段階的アプローチを主張する核兵器国の反対により、実定法としての条約交渉には至らなかった。この他の法的禁止の様々なアイデアも同様だった。
これに対し、2010年以降の人道的アプローチの諸活動の中で、2011年ころからICANが主導したBan Treatyキャンペーンは、核兵器国の反対を前提に、核兵器国抜きで核兵器の全面禁止を法的に宣言しようとするもの。当初、この考えに、非同盟諸国を含む多くの国や核問題専門家の多くは、核兵器国の参加しない法的禁止には意味がないとして否定的だった。しかし、人道的アプローチの議論の積み重ねの中で、核兵器の存在自体がはらむ危険性への認識と危惧が高まり、核軍縮の停滞を打開する手段として、禁止を法的に宣言する方法に支持が集まり出し、また、医師、人権、環境、地方自治体等の様々な分野の団体が条約化へのアイデアを持ち寄った。「禁止条約」は、Ban Treatyの禁止先行方式を基礎に、核兵器国等にも門戸を開放し、かつ、将来的に検証措置を具体化すること等も規定するとの平和首長会議(Mayors for Peace)の提案なども加味したものとなった。
2.「禁止条約」の性格
2017年7月7日に採択された核兵器禁止条約は、兵器の禁止という意味で軍縮条約の系譜に属するが、それ以上に、人権・ 人道の観点から、人類の安全保障を目指すものだ。 そこに、この条約が、核兵器の禁止を核兵器保有国だけに任せるのではなく、全世界が取り組む課題ととらえる理由がある。
紙面の制約上、本稿の議論に関連する側面に限って「禁止条約」の特徴に触れたい。
まず、条約の背景・趣旨の理解を知る上で重要な、前文について、核兵器の非人道性と使用のリスクに対処するため核兵器廃絶が必要とし、ヒバクシャを、被害者および核兵器廃絶への貢献者として二重に特記していることはよく知られている。一方、看過されがちだが、法的禁止は、「核兵器の不可逆、検証可能、透明性のある廃絶を含む核兵器のない世界」への重要な貢献と位置づけ、禁止の先にある目的と、それに向かう行動にも言及していることに注目したい。国連憲章やNPTなどの既存の法規範の尊重・強化も謳う。また、「禁止条約」の作成は、核軍縮の停滞、核依存の継続、核の近代化等への憂慮に基づくと説明する。これは、核兵器国等の反対に抗して「禁止条約」を作った理由である。
条約本文第1条 (禁止)は、核兵器を包括的 (開発、取得、貯蔵、使用、威嚇等のすべての局面)かつ無差別 (すべての締約国)に禁止する。 第12条 (普遍性) は、禁止が実効性を持つよう(核兵器国を含む)すべての国の参加を奨励し、いくつかの条文で、そのための工夫をしている。 例えば、核軍縮条約には、義務の履行を確保するため「検証」規定が不可欠だが、核兵器国の参加なしに信頼できる検証措置の具体規定は作成できない。このため、平和首長会議の提案(A/CONF.229/2017/NGO/WP.15)に即した形で「禁止条約」は、枠組み条約の手法を採用している。 すなわち、第4条に定める核廃棄義務の「検証」は概略規定にとどめ、締約国会議に関する第8条に、具体的措置の検討および決定を締約国会議の任務の一つとして明記している(1項(b))。 締約国会議には、締約国でない国や国際機関、NGOもオブサーバーとして参加できる(5項)。 したがって、加盟前の核兵器国や核の傘下国も議論に参加できる。
3.「禁止条約」に対する批判と反論
核兵器国やその同盟国は、「禁止条約」に様々な批判をしている。ここでは その代表的なものを5点取り上げ、「禁止条約」推進側の反論を記す。
(批判1)国際安全保障環境の現実を無視している。
(批判2)核兵器国が参加しない「禁止条約」は、法的に無意味。
批判1、2についてのコメントは似通っているので一緒に扱う。
条約批判者と推進者の間に、核抑止の有効性と核兵器の存在自体が内包する危険性への認識の違いが存在する。核兵器国とその同盟国は、核抑止が機能していると考え、国際情勢が不安定な中で核兵器廃絶を考える事は不適切だと主張する。これに対し、条約推進者は、近年NPT第6条の核軍縮誠実交渉義務の履行が進まず、核兵器の近代化に巨額の投資がされ、国際紛争の火種も増す中で、13000以上の核弾頭(2020年1月時点)が存在していることを問題視し、核兵器の存在自体が偶発的核惨事を生む危険に危機感を強めている。さらに、過去の核軍縮は、国際緊張が極まる中で指導者が違いを超えて歩み寄り実現した例がいくつもあること(例えば、ケネディ・フルシチョフによる部分的核兵器禁止条約の締結やレーガン・ゴルバチョフによるINF全廃条約の合意)を想起し、危機の時こそ、指導者はリーダーシップを発揮して緊張緩和を図るべきだと考える。そして、市民社会の諸団体や非核兵器国の多くは、核の脅威は世界全体に及ぶのだから、核兵器国と核の傘下国の重責は当然として、他の国々にも問題解決への責務と発言権があると考え、不完全なりに今できることを追究した結果が「禁止条約」だ。包括的な核兵器禁止条約(Nuclear Weapons Convention)が望み薄ならば、人道的な観点から禁止の法的宣言を先行させ、核兵器をstigmatize(悪の烙印を押す)することにより核抑止政策からの転換を促すことを目指したのだ。「禁止条約」は、非締約国を法的に拘束しないが、条約が発効すれば、核兵器の保有、使用、威嚇などに関する政治的、倫理的な規範性は増す。そして、既述の通り「禁止条約」には、将来的に核兵器国等の参加を可能とするための様々な工夫が施されている。
なお、核抑止の問題点や核軍縮の必要性を認識する米国の元高官は多く、ロバート・マクナマラも回顧録の「付章 1960年代の核による危機と21世紀への教訓」で、「アメリカはじめ大国が大量の核兵器を保有しているかぎり、われわれがその使用の危機に直面する」おそれを指摘している。
(批判3)NPTと矛盾し、NPT体制を弱体化させる。
この批判は、ICANの活動家が、当初、NPT第6条の誠実交渉義務履行の停滞に業をにやしてNPT無用論を唱えた頃の残像が起源だと思われる。しかし、禁止条約推進の議論の中でNPTを重視する必要が明らかとなり、「禁止条約」は、NPTが核軍縮、不拡散の要石であるとの認識にたち、NPTとの整合性に意を用いて作成された。また、前文に「法的拘束力のある核兵器の禁止は、不可逆的な、検証可能なかつ透明性のある核兵器の廃棄を含め、核兵器のない世界を達成し、維持するための重要な貢献となる」との認識を明記していることは、「禁止条約」が将来的に禁止の管理の具体化も進めること、及びNPT第6条の誠実交渉義務を前進させる位置づけにあることを意味している。
NPTの外で条約交渉をしたことは、NPT軽視であるとの批判もある。NPTの運用検討会議や準備会合に参加し交渉した経験者には説明の必要もないが、これらの会議で条約交渉をすることは日程的にも予算的にも非現実的だ。
NPTは、前文、本文11条及び末文からなる「基本条約」(核軍縮は第6条に簡潔な規定があるのみ)であり、その実施のためには、他の条約や枠組みが必要。
例えば、第3条に定める核不拡散の保障措置は、NPT締約国である非核兵器国が国際原子力機関(IAEA)との間に締結する保障措置協定に委ねられる。
核軍縮の誠実交渉義務を定める第6条の履行については、90%を超える圧倒的な核兵器数を有する米ソ(米ロ)2カ国間の軍縮交渉によって主に実施されてきた。オーストリア外務省ハイノッチ軍縮・軍備管理・不拡散局長(当時)の論文(2019年)によれば、新START条約の他、SORT条約(2002年)、STARTI条約(1991年)、SALTI条約(1972年)に、NPT第6条の義務の実施である旨の明文の言及がある。
包括的核実験禁止条約(CTBT)は、NPTの枠外で交渉され、同条約にNPT第6条への言及はないが、一般に第6条の実施に資すると考えられている。
(批判4)核軍縮の検証措置を欠く。
この点は、上記2.末尾に、すでに述べた。核兵器国の関与なしに信用に足る検証措置規定は具体化できない。そこで、平和首長会議の提言(A/CONF.229/2017/NGO/WP.15)に即する形で、「禁止条約」は、検証措置について「枠組み」規定の手法で対処した。将来、核兵器国や核の傘下国も交えて信頼性のある検証措置を具体化することを予定するものだ。
(批判5)核不拡散のための国際原子力機関(IAEA)保障措置を弱体化させる。
NPT第3条の保障措置締結義務を満たすために、法的に必要とされるのは、IAEAとの包括的保障措置協定(INFCIRC/153(corrected))の締結だ。因みに、北朝鮮の核疑惑が公になったのは、包括的保障措置協定の枠組みの中でIAEAが行った査察と情報分析で未申告活動が探知されたためだ。しかし、イラクの場合、IAEAの包括的保障措置下にあったものの、第一次湾岸戦争後、占領下での徹底的な調査により秘密計画が明らかになるまで、IAEAは、イラクの違反行為を探知できなかった。そこでIAEAが検証措置の強化のために作成したのが、追加議定書(INFCIRC/540(corrected))だ。包括的保証措置が「信用する。しかし検証する。」という申告をベースとしてその正確性を検証するものなのに対し、正確性に加えて完全性を担保するため、対象範囲とアクセスを拡大したのが追加議定書だ。IAEA事務局は、対象国の原子力活動に平和利用からの逸脱がないことを確証するためには、追加議定書が不可欠だと強調する。多くの国もその普遍化に協力し、現在約140カ国がこれを締結している。しかし、IAEAの場で、この締結を法的義務とすることは実現していない。なお、日本が追加議定書を締結した際、拡大申告に大変苦労したようだ。対象範囲が病院や工業施設など膨大な範囲に拡大した事に加え、IAEAが、拡大申告の対象施設・活動について、日本の政府当局や原子力事業者よりも遙かに詳細な情報を有するため、何度も申告の訂正が必要だったからだと聞く。このことは、原子力活動の監視は、IAEAの保障措置が全てではなく、国際社会の幅広い不拡散防止努力の中の目に見える中核であることを示唆する。また、追加議定書も万能ではない。科学技術は日進月歩であり、保障措置も状況に応じてさらに進化する必要がある。
以上を踏まえて、「禁止条約」第3条の(核兵器その他の核爆発装置を保有しない国に対する)保障措置に関する規定を評価したい。確かに、条文にIAEAの追加議定書への明文の言及がないことは残念だ。しかし、現状では、IAEAの場でも、この締結を非核兵器国の法的義務とできていないことに留意すべきだろう。一方で、第1項で「少なくとも、この条約が効力を生ずる時に効力を有するIAEAの保障措置協定を維持する。ただし、当該締約国が将来追加的な関連文書を採択する事を妨げない。」と定めており、追加議定書の当事国も、これを維持する義務を負う。また、第2項はIAEAの包括的保障措置協定を未締結の締約国に対し、この締結と維持を義務づけた上で、「当該締約国が将来追加的な関連文書を採択することを妨げない。」と規定する。苦心の作だが、保障措置の実効性担保のため、第3条の規定を、締約国の会合等でさらに検討する価値はある。
また、核兵器その他の核爆発装置を廃棄する義務を負う締約国に関する第4条の第3項には、「追加議定書」を指すと解される説明的な表現で、IAEAとの間に締約国全体に未申告活動がないとの十分な確証を与える保障措置協定を締結し維持する義務を課している。さらに「将来追加的な関連文書を採択することを妨げない。」とも規定する。なお、第3条及び第4条の「追加的な関連文書」とは、IAEAの追加議定書のみを指すのではなく、技術進歩等に伴い今後作られうる追加的な保障措置強化のための文書を含むと解される。
4.わが国がすべきこと
わが国が今すぐ「禁止条約」を締結するのは困難だろう。しかし唯一の戦争被爆国であるわが国が「禁止条約」に反対し批判するだけなのは、おかしいと思う。「禁止条約」は、人道的視点から核兵器の禁止を目指すものだ。これは広島・長崎の被爆者の悲願でもある。また、わが国は、従来から、人間の安全保障に力を注いできた。
「禁止条約」ができても、実際に核兵器のない世界に向かうには、個別の利害関係を超えて国際社会全体が協力し得るか否かが問われる。対立的な安全保障環境をいかに協調的な環境に転換するかという基本的な発想の転換も必要だ。そして、平和の維持は、持続的成長に不可欠であると同時に、貧困や格差の解消は、紛争の原因を軽減し平和の維持に貢献する。その意味で、国連のSDGsの推進は、平和の維持や軍縮の進展を支えるものだと言える。このように広い視野と新しい発想で、軍縮を可能とする協調的な国際環境を醸成するためにわが国が果たすべき役割は大きい。
- 日本がすぐにすべきことは、「禁止条約」発効後1年以内に開かれる「締約国の会合」にオブザーバー参加し、核兵器のない世界に向けたわが国の活動やアイデアを発信することだ。第1回会合は、オーストリア開催が予定されているようだが、将来の会合を、広島や長崎で開催することを検討しても良い。
- オブザーバー参加の際、率直な対話を重視し、条約支持者の意見もよく聞くべきだ。新たな発見もあるに違いない。そして、日本が発信するにふさわしい事項は多い。
- 広島、長崎の被爆者の被爆証言と「このような悲惨な思いを他の誰にもさせてはならない」との普遍的・人道的メッセージが核兵器の使用を防ぐ力となり、核兵器廃絶を目指す重要なよりどころとなってきた。核兵器の非人道性の認識の発信は今後とも必要。広島、長崎に世界の人々の訪問を促進し、また、核軍縮促進のための国際会議や市民社会による平和創出への幅広い議論の場を提供すべきだ。
- 「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」の活動や提言を紹介する。
- 「禁止条約」の核廃棄に関する検証措置規定は、「締約国の会合」で具体化を図る予定だ。わが国は、核兵器国と非核兵器国が共に参加する核軍縮の検証措置の具体化のためのいくつかの活動に参加している。核軍縮検証のための国際パートナーシップ(IPNDV:International Partnership for Nuclear Disarmament Verification)や核軍縮検証に関する政府専門家会合(GGE: Group of Governmental Experts to consider the role of verification in advancing nuclear disarmament)などである。これら活動につき、公表可能な範囲で紹介するのも一案。
- IAEAの追加議定書の普遍化や、包括的核実験禁止条約(CTBT)の参加促進に関するわが国の実績も紹介に値する。また、保障措置に関する「禁止条約」第3条の強化を提案する。
- 核テロ、核セキュリティ対策、核物質管理等の法的規範および国際協力を一層強化するためのわが国の貢献を紹介する。
- 日本国憲法前文及び第9条の普遍的ビジョンを国際社会に展開する独自のアイデアを発信すべきだ。このために、緊密な日米対話に加え、ロシア、中国、朝鮮半島、ASEAN諸国等とも対話を重ね、実践的なアイデアを練るべきだ。
以上、断片的なアイデアに過ぎないが、わが国が核兵器国と非核兵器国の橋渡しをし、「禁止条約」のサークルとも胸襟を開いて対話するための一助になれば幸いである。
(本稿の文責は筆者に属し、特定の団体の見解を代弁するものではない。IAEAに通算9年勤務し、また、平和首長会議事務総長(2013-2019)として「核兵器の人道的影響に関する国際会議」から「禁止条約」交渉会議に至る一連の諸会合に参加・発言(英・日)した経験は、本稿の論調に反映されている。)
小溝泰義 在ウィーン国際機関日本政府代表部大使(2008~2010年)、駐クウェート大使(2010~2012年)を歴任。外務省を退官後、広島平和文化センター理事長(2013~2019年)を務める。1997~2002年にはIAEA事務局長特別補佐官を務めた。