政策提言

協調的安全保障、軍備管理と軍縮現代平和研究と実践 (政策提言 No.75)

2020年05月21日配信

核兵器が爆発したら、集中治療病床が何床必要か?

トム・サウワーラメッシュ・タクール

 本稿(Tom Sauer, Ramesh Thakur共著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.75「核兵器が爆発したら、集中治療病床が何床必要か?(How Many Intensive Care Beds Will A Nuclear Weapon Explosion Require?)」(2020年5月)に基づくものである。

 2019年の暮れ、中国・武漢で新型コロナウイルスが出現した。中国の封じ込め努力もむなしく、やがてウイルスは世界中に広がった。各国は、最悪のシナリオが現実になれば、医療崩壊が起こる恐れがあることに気付いた。

 核兵器とそれがもたらす危険に主な専門的関心を抱く人々にとって、 新型コロナウイルスのパンデミックは、三つの中核提言を掲げて10年前に発足した「人道イニシアチブ」をまさしく実証するものである。第1に、核戦争の人道的影響に対処する能力は、いかなる国家も個別に持たず、また国際システムも集合的に持たない。第2に、したがって、いかなる状況においても核兵器が二度と使用されないことが、すべての人類の利益である。そして最後に、不使用の唯一の保証は、核兵器の完全廃絶である。これらの指針は、2017年7月に122カ国の賛成を得て国連で採択された核兵器禁止条約を強力に後押しした。

 パンデミックは、核爆弾の威力に関する第1の提言に込められた真理を物語っている。新型コロナウイルスがもたらしたパニックに対して誰もがほぼ同じ反応をしたことから、われわれは、災害に対処するために必要なICU病床の数が、世界的脅威への抜本的措置をとるべきタイミングを判断する新たな手段となるという結論に達した。核爆弾に関連付けて言えば、1個の核兵器、あるいは戦争においては多くの核兵器爆発が引き起こす災害に対応できるICU病床数は、充分には程遠いだろう。

 本格的な脅威評価は、脅威の規模と発生確率の推定からなる。核の大惨事が発生する確率は短期的には低いが、長期的にはほぼ確実であり、発生すれば必ず大きな影響を及ぼす。また抑止力の安定性は、すべての核兵器保有国において理性的な意思決定者が常に政権を取っているかどうかによって決まるが、その点については、現時点でおしなべて安心とは感じられない。

 利用可能な集中治療病床数を新たな指標として採用し、核の大惨事が起こった場合に当てはめてみよう。スティーブンス工科大学の研究者、アレックス・ウェラースタインのNukemap(ニュークマップ)を試算に用いて、核弾頭が標的都市を攻撃した場合の概算結果を出すことができる。パキスタンが実験した最大の爆弾がデリー上空で空中爆発した場合、358,350人が死亡し、128万人が負傷するという。ほぼ間違いなく、負傷者はこれよりはるかに多くなるだろう。ロシアが、800キロトンの核弾頭を搭載した「トーポリ」ミサイル1基を、ベルギーのブリュッセルにあるNATO本部に向けて発射した場合、536,180人が死亡し、572,830人が負傷する。中国の5,000キロトンの「東風5」ミサイルがブリュッセルに到達した場合、839,550人が死亡し、さらに876,260人が重傷を負う。ベルギーの1,900床のICU病床 (ブリュッセルおよび近郊の病床は、即時に破壊されるか利用不可能となるため、除外されている)では、これほどの規模の人道的災害に対応を開始することもできないだろう。まして、複数の核弾頭が爆発したらどうなるだろうか?

 いかなる社会も、このような人為的災害に準備を整えることなどできるわけがない。にもかかわらず、多くの国が、必要であれば米国が 核兵器を使用するという脅威に基づいて、その防衛方針を策定している。

 新型コロナウイルスが人類に被害をもたらす最後のパンデミックでないことは、間違いない。したがって、われわれはこうした災害というものに対して準備をするべきであるが、もっとも、核兵器がいつどこで、そして誰によって再び使用されるかは予測できない。しかし、いつかどこかで、それが選択され、あるいはひょっとしたら不注意によって、核弾頭が爆発するであろうことは、嫌でも確信せざるをえない。

 核戦争、あるいは単に1個の核兵器が爆発するという事態の発生確率は、ゼロより大きく、その確率は高くなりつつあるようである。ドナルド・トランプ米大統領が2020年末までに新STARTを延長しなかった場合、それは50年間で初めてのこととなり、検証規定を盛り込んだ二国間軍備管理条約が世界にひとつもなくなってしまう。2010年以来、核兵器保有国による新たな軍備管理条約の交渉はなされていない。いまや北朝鮮は核兵器を保有し、イランも次に続く可能性がある。

 世界は、核兵器拡散の“大流行”という明らかな脅威に直面している。

 現在のところ、新型コロナウイルスに効果のある治療や予防措置はない。しかし、核兵器の使用に対する“ワクチン”は、存在する。それは、核兵器の禁止に関する条約であり、単に核兵器禁止条約と呼ばれることが多い。残念ながら、核不拡散条約(NPT)の第6条に基づく法的義務にもかかわらず、核兵器保有5カ国とその同盟国、そしてNPTに加わっていない4カ国の核武装国は、禁止条約が処方する予防薬の服用を拒否している。核兵器を「持てる者」は、NPTの下で核の特権を放棄することを約束したにもかかわらず、それを拒んでいる。

 医師たちの方が、よく分かっている。核戦争になったら、自分たちが何の助けにもならないことを分かっているのだ。だからこそ、世界医師会や他の国際医療組織は、核兵器禁止条約を支持しているのである。

 コロナウイルスのパンデミックはいつか終わり、人生は続く。しかし、世界がパンデミック前の状態に戻ることはなさそうである。各国は、重要な医療用品や医療機器の国内生産体制を再構築し、将来の疫学的危機に備えて、ICUの収容人数急増を管理する制度的構造を創設し、きわめて重要な国境警備の一部を再構築するだろう。また、重要物資の単一供給源への依存を低減するため、世界のサプライチェーンに機能的冗長性を組み込むだろう。

 しかし、核戦争に対しては、そのような対策は備えとはならない。いかなるインフラも、それがどれほど高度なものであれ、大規模なものであれ、すさまじい死傷者数に対処できるはずがない。禁止条約というワクチンによる予防が、あまねく処方されなければならない。したがって、パンデミック後の世界において、核兵器の廃絶は、最も急を要する最優先課題でなければならない。

 本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.75の要約版である。

トム・サウアーは、ベルギーのアントワープ大学准教授で、国際政治学を専門としている。過去には、ハーバード大学ジョン・F・ケネディ行政大学院で研究員を務めた。2019年ロータリー学友世界奉仕賞(Rotary International Alumni Global Service Award)を受賞した。

ラメッシュ・タクールは、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授であり、現在は同大学の核不拡散・軍縮センター長および戸田記念国際平和研究所の上級研究員を務める。元国連事務次長補。

 本稿は、2020年4月28日に「原子力科学者会報」に最初に掲載されたものです。

https://thebulletin.org/2020/04/how-many-intensive-care-beds-will-a-nuclear-weapon-explosion-require/