政策提言

気候変動と紛争 (政策提言 No.18)

2018年08月31日配信

気候変動がもたらすグローバル安全保障上の課題

ハルバード・ブハウグ オスロ国際平和研究所(PRIO)

 本稿(Halvard Buhaug著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.18「気候変動がもたらすグローバル安全保障上の課題(Global Security Challenges of Climate Change)」(2018年8月)に基づくものである。

 近年、干ばつ、熱波や山火事、欧州難民危機、アラブの春の暴動といった“極端”な事象を気候変動に結び付ける動きがある。気象事象は、人々の健康、生活、食料安全保障など、人間の安全保障のさまざまな重要な面に直接的な影響を及ぼし得る。しかし、気候変動は平和や社会の安定を直接脅かす脅威ともなっているだろうか。本稿は、より包括的な気候安全保障の議論に関する三つの側面について論述するもので、武力紛争が気候変動に対する脆弱性にどう影響するかという逆の因果関係についても簡単に考察する。

 武力紛争発生地域は地理的に集中している。1950年以降、赤道付近の乾燥気候地域や熱帯気候地域は、紛争発生率が大陸部の10倍の高さとなっており、紛争の発生密度や発生件数あたりの死者数においても大陸部を上回っている。

 紛争が特定の気候地域に集中している現象のわかりやすい説明として、経済発展の遅れ、脆弱で非民主主義的な統治、豊富な天然資源の存在、人口の多さなど、類似の分布パターンを示す重要なリスク要因の反映であり、産物であるというものがある。低緯度地域の国々は実質上すべて、国際通貨基金(IMF)の定義で「発展途上国」に分類されており、主に赤道周辺とサブサハラ・アフリカ地域に位置する最貧国は、総じて他の国々に比べて人口が多く、政治的に不安定である。各地域間の長期的な成長と発展度合いの差は各地の気候や環境の条件によるものと考える向きもある。

 このように紛争地が明らかに集中していることについては、近隣国の暴動による難民の流入、国境をまたぐ民族的つながり、外部からの軍事介入、抜け穴だらけの国境の結果であるという補足的な説明もできるかもしれない。

 しかし、仮に紛争が特定の気候地域で集中的に発生しているとしても、気候そのものが紛争の原因となり得るだろうか。これまで気候と地理と武力紛争の関係について、厳密かつ系統だった研究や調査が行われたことはない。しかし、地理と経済発展の実証的関係については、相当な科学的研究が行われてきた。

 環境決定論に与することなく、武力紛争は、困難な環境条件が長期的な社会の発展を妨げ、植民地搾取を促す要因となっている地域で集中的に発生しており、周辺環境と社会経済発展の遅れが極端な異常気象に対する地域社会の脆弱性を高めていることもその原因となっていると想定して良さそうだ。

 世界の平均気温の変化と武力紛争の関係は、前述の空間的関係ほどわかりやすくはない。1990年以降、温暖化傾向が特に顕著になったが、世界全体で見た武力紛争による死者数は第二次世界大戦後で最も低い水準になっている。単純な人は、地球温暖化と紛争犠牲者数の減少が相関関係にあると結論付けるかもしれないが、紛争の影響下にある国々が国際社会の支援の下、暴動をうまく抑制できるようになったと考えるのが妥当だろう。今後、気候変動によってこの好ましい傾向が反転する事態は起こりうるのだろうか。

 2007年に、三つの関連する出来事が重なり、気候と安全保障の関係に関する科学的研究への投資を増大させる大きな弾みとなった。一つめは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第4次評価報告書(AR4)の公表である。同報告書は、人為的気候変化の最新の状況に関する最も包括的な評価と予想される結果を報告するものだった。二つめは、国連安全保障理事会で初めて、安全保障上の脅威として気候変動が議論されたことである。三つめの重要な出来事は、人為的気候変動に関する認知を高めたとして、IPCCとアル・ゴア元米副大統領にノーベル平和賞が授与されたことである。これは問題の緊急性を告げる最終警告であり、国際的に政治の場での議論が科学的根拠に先行していることを示すものだった。

 直接的な関係はあるのだろうか。

 2007年以降、気候変動と暴力的紛争に関する査読付き学術論文の収集がいっきに進んだ。おそらく意外に思われるだろうが、この研究では、暴力的紛争と気候変動の直接的かつ一般的な関連性を示す証拠はほとんど見いだせなかった。

 研究者の関心は、次第に、気候変動が平和や安定に直接及ぼす影響から間接的な影響の経路へと移った。一般的に、三つの経路が特に説得力があると考えられている。

間接的影響の経路I:生産者ショック

 一つめは、気候変動がマクロ経済の縮小を通じて政治の不安定化や紛争をもたらすというものである。極端な気象は、ほとんどの途上国で主要な経済部門となっている農業の生産性に悪影響を及ぼす。初期の調査は降雨パターンと紛争に強い相関関係があることを示唆していたが、最近の研究では方向性が必ずしも明確ではない。したがって、農業国における環境脆弱性の差異を解明するには、さらなる研究が必要である。

間接的影響の経路II:消費者ショック

 二つめは、気象要因による食料価格ショックの結果として紛争が起きているという因果関係を想定するものである。いわゆる「食糧暴動」は新しい現象ではないが、2011年のアラブの春の暴動後、学術的関心を集めるようになった。以降、食料価格の上昇とデモや暴動をはじめとする社会不安リスクの間に統計的に有意な相関関係を見いだす数々の研究が発表されている。

 食料価格と社会不安リスクの関係はそれ自体重要であるが、その一方で、気候変動はほとんどの場合、取るに足らない役割を果たしているに過ぎない。代わりに、輸送費(石油)や肥料代、世界的な金融不安、過度の買いだめや市場投機、持続不可能な食料政策といった要因が食料価格ショックの顕著な理由になっている。また、抗議活動は食料価格だけが原因で起きているというより、むしろ政治や経済に対する根本的な不満が人々を突き動かしていると考えられる。つまり、食料価格の上昇は不満を募らせた人々を結集させる機会となっているということである。

間接的影響の経路III:強制的な移住

 気候変動と武力紛争をつなぐ三つめの経路は強制的な移住に関わるものである。移住者は元々の居住者と天然資源、公共財、雇用を奪い合い、結果的に潜在的な社会的対立や共同体間の敵対意識を増大させることになるかもしれない。

 この影響のメカニズムについては、他の二つの経路ほど複製可能で一般化できる研究が行われてきたわけではないが、2016年に行われた研究レビューでは、「気候変動が大規模な人口移動をもたらすという命題と今日見られる移民の動きは総じて暴力的紛争の引き金となるという命題の両方を肯定する限定的な証拠」が存在すると結論付けている。大規模な内戦よりもそこまで激しくない紛争(対立住民間の暴力や都市暴動)の方が気候の影響との関係を明確に示す結果が得られ、気象の変化が紛争の力学(激しさや期間)に及ぼす影響についても、より一貫した証拠が示された。しかし、最近の学術研究で採用されたよりきめ細かなアプローチでは、強力かつ「統計的に有意な」紛争リスクへの影響を確認できなかった。

 気候変動と今日における暴力的紛争の因果関係を示す証拠が限定的であることをもって、気候変動と社会安全保障の関連性をすべて退けることを正当化するべきではない。第1に、現時点で利用できる研究は従来の統計手法の範囲内で行われている。第2に、気候変動の影響への対応や適応が可能なのはある時点までで、その時点を過ぎると、最後に乗せた藁がラクダの背骨をおるように、行動が大きく変化することになるかもしれない。

 一方、社会制度はきわめて硬直的であり、武力紛争の多発地域と原因が近い将来に大きく変わることはなさそうだ。入手可能な最も信頼できる科学的証拠によれば、政治的要因や社会経済的要因に比べて気候が紛争リスクに与えた影響は限定的で、今後も限定的なものにとどまると示唆している。

 この評価に誰もが同意するわけではないだろう。実際、シンクタンクや非政府組織(NGO)は、暗示的にも明示的にも、気候変動を要因とする安全保障上の脅威を相対的な観点で語るのを嫌がる傾向がある。

 しかし、私たち科学者には証拠に基づいた最良かつ最も正確な見識を提供する義務があると思う。さまざまな紛争要因の相対的重要性を推定する努力を忌避すること、すなわち、気候関連の安全保障上の脅威など特定の一分野に注目し、気候関連以外の安全保障上の脅威を無視することは、その意図に反するものであり、効果的な平和構築政策の策定を妨げることになる。

 極端な異常気象は人類の安全保障と幸せを脅かす現実の脅威となっており、気候変動はうまく適応できない社会の状況をさらに悪化させることになると考えられるが、本政策提言では、暴力的紛争は、今後も引き続き、平等と発言力、法の支配、少数派の保護、経済的福祉などの問題に関連する政治的な要因が主たる原因となって引き起こされることになりそうだという議論を展開した。気候変動は、こうした要因のいくつか、特に、農業生産や人々の生活の安全保障に結び付いているものに影響を及ぼし、より広くは発展を妨げることになるかもしれないが、熱波や穀物の不作、気象が引き起こす大規模な破壊は、紛争を促す別の大きな状況がない限り、暴力的紛争につながることはなさそうだ。

 気候変動が武力紛争に与える真の影響について科学は明確な答えを見いだせていないが、逆の因果関係については疑う余地がない。おそらく、武力紛争は単独で気候変動に対する脆弱性に最も大きな影響を及ぼす要因である。したがって、長期的な停戦を確保することが、紛争の影響を受けた社会において各地域の気候変動の影響に対する耐性や適応力を高めるための重要な戦略となる。これは、長期的な計画と投資を呼び込むために必要なことである。

 近年、極度の貧困、栄養失調、乳幼児死亡率、マラリア、若者の識字率に関する取り組みに進展が見られることは、成功事例である。気候変動は人類がかつて直面したことのないような大きな試練かもしれないが、この試練に立ち向かううえで、私たちもまた、かつてないほど有利な立場にある。将来の気候変動がもたらす安全保障上の脅威を最小限にとどめるための最良の策は、現代の戦争を引き起こす主要な要因に対処し、必要な投資を行い、解決を図ることである。

 本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.18の要約版である。

ハルバード・ブハウグ(halvard@prio.org):オスロ国際平和研究所(PRIO)の研究教授で、ノルウェー科学技術大学(NTNU)の政治学教授も務める。ノルウェー研究審議会(RCN)の助成金(No. 268135/E10)と欧州研究会議(ERC)の助成金(No. 648291)を得て実施された気候変動と安全保障に関する二つの共同研究プロジェクトを主導する。