政策提言

ソーシャルメディア、テクノロジーと平和構築 (政策提言 No.70)

2020年03月03日配信

紛争とソーシャルメディア:
インド・パキスタン間の平和構築を目指す市民社会の活動

カマール・ジャフリ

 本稿(Qamar Jafri著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.70「紛争とソーシャルメディア:インド・パキスタン間の平和構築を目指す市民社会の活動(Conflict and Social Media: Activism of Civil Society for Peace Between India-Pakistan)」(2020年3月)に基づくものである。

 カシミール地方をめぐってのインドとパキスタンによる紛争は、1948年から1999年までの間に4回の戦争に発展した。市民社会の活動家による平和に向けた努力は長年にわたって続けられてきたが、どちらの国においても平和活動家によるソーシャルメディアの利用は新たな戦略となっている。本提言では、市民社会のメンバーがどのようにしてこの革新的なコミュニケーション戦略を採用し、すなわちソーシャルメディアと他の方法を組み合わせることによって、抗議、対話、アートといった活動を計画し、調整し、実践しているかを考察する。

 2019年2月14日、パキスタンを本拠とする自由闘争グループ「ジャイシュ・エ・ムハンマド」は、インド領ジャンムー・カシミール州のプルワマ地区でインド治安部隊を狙った自爆テロについて犯行声明を出した。この攻撃の後、印パ間でカシミール地方をめぐる紛争が急速に激化した。パキスタン空軍は、インド軍戦闘機による領空侵犯に対抗して戦闘機を撃墜し、負傷したインド人パイロットを捕虜にした。

 敵対的な環境が正常化へのプロセスにあったちょうどその頃、2019年8月にインド議会はインド憲法第370条を廃止し、パキスタンを激怒させた。第370条は、イスラム教徒が多数派を占める地域に特別な権利を保障していた。これらの出来事の後、緊張は再びエスカレートし、停戦ライン(インドとパキスタンの国境線)を越えた軍事的動員や小競り合いが増加した。これは、直接的な戦争への危険な兆候である。

 緊迫した関係のただなかで、ソーシャルメディアは、南アジアに差し迫る戦争に関するフェイク情報とヘイトスピーチによって紛争を煽るツールとなった。しかし、両国の市民社会は同じツールを使って、隣り合う核保有国の平和的な関係を実現するために努力を重ねているのである。そうした市民社会の手法と戦略、国境を越えた民際外交と南アジアの平和に与える影響について検討する。

 インドとパキスタンの市民社会のメンバーは、WhatsAppやFacebookといったソーシャルメディアを利用し、両国の平和へ活動する人を動員する戦略を策定している。

 市民社会のメンバーによるソーシャルメディアを利用した平和活動には、Facebook、Twitter、YouTube、WhatsAppを通した平和メッセージの作成と拡散がある。アーティスト、映画俳優といった中立的な人々も、戦争への抵抗としてポスターやビデオメッセージといったクリエイティブな反戦アートに参加している。以下の節では、さまざまな活動や戦略、その影響、そして、平和推進者やソーシャルメディア企業にとり重要なポイントを検討する。

 両国の活動家が利用できる第1の戦略は、主にFacebook、Twitter、YouTubeを使った平和キャンペーンを発足させることである。これは、貧困や非識字といった共通の課題について両国の中立的な人々を動員するために役立つだろう。

 第2の戦略は、中立的な人々を路上や街頭へと呼び寄せ、デモ、抗議活動、音楽イベント、地域の平和と調和の象徴としてのアートの活用という形でピープル・パワーを構築することである。例えば、プルワマ地区のテロ攻撃の後、パキスタンのカラチ、ラホール、イスラマバードでは多くのグループが抗議活動を実施し、一方、インドのグループもパキスタンとの和平を支持するデモ活動を行った。彼らは、両国の若者を結びつける戦略として、アート、詩、絵画、音楽を用い、両国で見られる戦争を支持する物語に異議を唱えた。

 また、活動家たちは、寛容、愛、平和のメッセージを草の根レベルで拡散した。例えば、2019年7月、イスラマバードの平和活動家サイード・アリ・ハミードは、パキスタンのさまざまな都市でピース・リキシャ・キャンペーンを開始した。庶民の足である「リキシャ」に、パキスタン公用語のウルドゥー語と地域言語のパシュトゥ語、サライキ語、シンディ語などで愛と平和のメッセージを書き込んでいったのである。

 市民社会は、クリエイティブな戦略を用いて反戦への語りかけを促進することができる。例えば、「戦争ではなく、チャイ(お茶)にしよう」は、Facebookで何千ものいいね!、コメント、シェアを集めた。チャイは、インドとパキスタンの人々の間で最も愛され、よく飲まれる飲み物である。Twitterのハッシュタグ「#SayNoToWar(戦争にNOを)」も、インドとパキスタンの人々の間でトレンドのトップに上がった。両国の人々の間で流行ったもう一つのことは、自撮り写真に「#profileforpeace(平和のためのプロフィール)」を付けてFacebook、Twitter、Instagramにアップロードすることである。

 ソーシャルメディアは、両国の女性たちが和平のステークホルダーになるために声を上げる手段となっている。プルワマ事件の後、パキスタンとインドの女性の権利のための活動家たちは、ソーシャルメディアを積極的に活用し、地域における戦争と暴力の脅威増大に直面する未来世代の安全について懸念を表明した。彼女たちはオンラインで平和のメッセージを交換し、未来の子どもたちを戦争と破壊から守るための支援を訴えた。

 インドとパキスタンのヒンドゥー教徒とイスラム教徒は、何世紀にもわたって共同生活を送りながら過ごしてきた。共通の歴史、文化、食べ物を楽しむことによって、両国の人々、特に若者を結びつけることができるだろう。例えば、濃縮炭酸飲料の“ルー・アフザ(Rooh Afza)(魂の清涼剤)”は、インドでもパキスタンでも夏に需要が高く、国境を越えて取引されることで、人と人の絆を強めることができる。

 両国の兵役経験者たちは、憎悪と戦争に反対する声を上げている。メディア関係者も、報道によってインドとパキスタンの間の永続的な平和を促進しようとしている。また、ソーシャルメディアも、インドとパキスタンの学生たちの接触を増やし、関係を改善するために役立つかもしれない。

 両国の著名人は、紛争の激化に反対する声を上げている。例えば、両国の映画産業のスターたちはソーシャルメディアによる活動を通して憎悪と戦争のメッセージに対抗し、それぞれの国でピースウォークに参加した。もう一つの例として、インドの有名なニュース編集者ネハ・プラカシュは、パキスタン人のソフトウェアエンジニアと結婚し、Facebookに「文化と宗教が違うから結婚なんてできないかもしれないと思っていたけれど、まったく違っていました」と投稿した。

 ミュージシャンは市民社会の活動的なメンバーであり、宗教や国が異なる人々を結びつけるために一役買うことができる。インドとパキスタンの歌手たちは、両国の人々に平和のサインを送り続けてきた。

 インドとパキスタン両国の指導者や政治家たちは、紛争や戦争が南アジアの政治と人々に及ぼす影響を理解しているかもしれない。例えば、市民社会活動家からの圧力によって、両国の与党指導者は平和のサインを交換し、プルワマ事件の余波の中で怒りを静めるよう促された。これらの取り組みのストーリーはソーシャルメディアで共有され、それはしばしば何百件にも何千件にものぼった。

 また、両国の海外在住者、特に学生も、国際社会での平和メッセージや意思表示にFacebookやTwitterを用いている。例えば、2019年3月12日、“Oxford South Asian Society”(オックスフォード南アジア・ソサエティ)はFacebookのページで “Filming: Indo-Pak Dialogue”(録画: 印パ対話)と題するイベントを開催し、オックスフォード大学のインド人学生とパキスタン人学生の対話を録画してアップロードした。

 ソーシャルメディアを利用して平和への意思表明を共有することやヘイトスピーチを規制する動きは、いずれも平和のプロセスに良い影響を及ぼすだろう。捕虜の解放と宗教的マイノリティーのための礼拝施設の再開は、さまざまなソーシャルメディアでシェアされ、平和活動家らによって平和の追い風になると見なされている。

 プルワマ事件後に紛争が激化した際、Twitter社はパキスタンのTwitterアカウント200件以上について、利用規約に違反したとして一部のコンテンツを削除した。政府も、ソーシャルメディア上の「ヘイトスピーチと暴力」の拡散を抑制する新たな対策本部の整備を発表した。Facebook社とTwitter社は、極右のインド人政治家にフェイクニュースやヘイトスピーチの投稿を24時間以内に削除するよう警告した。2018年4月、50人以上のインド人政治家が、ヘイトスピーチを拡散し、対立住民間の暴力を煽ったとして裁判にかけられた。

 両国の市民社会のメンバーは、大衆の非暴力運動など、ピープル・パワーを発展させるために、より協調的な戦略を考案することによって、その取り組みの効果を高めることができる。この戦略は、両国の政府や国際社会に影響を与え、平和を目指す対話や合意によって、対立、特にカシミール紛争の解決をもたらす可能性がある。

 活動家は、偏見を減らし、両国間で平和に向けた積極的努力を行うため、Facebook、Twitter、YouTubeを活用して両国の一般人、特に若者の団結とオンラインへの接触を促すべきである。

 ソーシャルメディアを通して、人々は政府に対し、非識字、貧困、気候による人々への悪影響、失業といった共通の重要課題に関する取り組みを促すことができる。両国政府とソーシャルメディア企業は、ソーシャルメディア上のフェイクニュースとヘイトメッセージを抑制する法律の制定と実施において、積極的な役割を果たすべきである。

 FacebookやTwitter のようなソーシャルメディア企業は、利用者が倫理や規則を学び、事件やニュースに関するメッセージを理解するためのリテラシー向上に焦点を向けるべきである。オンライン・リテラシー向上プログラムによって、ソーシャルメディア利用者、特に若い人々に対して、ソーシャルメディア上のメッセージを選別する方法、ヘイトメッセージを拒絶する、または運営会社や政府の関連機関に報告する方法について教育するべきである。

 本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.70の要約版である。

カマール・ジャフリは、オーストラリアのロイヤル・メルボルン工科大学(RMIT)グローバル・都市・社会研究大学院(School of Global, Urban and Social Studies)の博士候補生である。彼の博士課程における研究は、アイデンティティーの対立、市民社会、市民の抵抗、人権、ソーシャルメディア、平和構築に焦点を当てている。カマールは、武力紛争防止のためのグローバル・パートナーシップ(GPPAC)の国別リソースパーソン(Country Resource Person)を務めている。カマールの知見は、グローバルな平和報告書 “Peace Insight” にたびたび掲載されている。彼は2017年RMIT 博士課程奨学金の受給者であり、市民の抵抗に関する研究で2018年ICNCフェローシップを受賞。以前は、パキスタンで教育、研究、非営利部門において10年以上の実務経験がある。