政策提言

気候変動と紛争 (政策提言 No.116)

2021年10月05日配信

ディアスポラが導く対話:気候変動が太平洋環礁国の文化的アイデンティティー、主権にもたらす課題

タウキエイ・キタラ、ジェームズ・バグワン、マイナ・タリア、ネレ・ソポアガ、アノテ・トン、キャシー・ジェトニル=キジナー、タミー・タベ、テレエアオ・テインギイア=ラティテ、エクスレイ・タロイブリ、イェシー・モズビー、カテリナ・テアイワ、ピーター・エンバーソン、イアン・フライ、スーザン・ハリス=リマー、サイモン・コフェ、キャロル・ファルボトコ

 本政策提言は、クイーンズランド太平洋諸島評議会が「地球の友オーストラリア」と協力して、2020年と2021年に開催した2回のオンラインフォーラムと1回の会議で話し合われた主要テーマを統合し、要約したものである。その目的は、気候変動が太平洋環礁国の主権と文化的アイデンティティーにもたらす課題への取り組みについてさらなる対話を促すことである。

 2020年、クイーンズランド太平洋諸島評議会 (PICQ)が「地球の友オーストラリア(FOE)」と協力し、気候変動が太平洋環礁国の主権にもたらす課題をテーマとする2回のオンラインフォーラムを開催した。2021年、PICQは対話を継続し、気候変動が太平洋環礁国の文化的アイデンティティーと主権にもたらす課題に関するオンライン会議を開催した。

分断に橋を架け、空間を横断する包摂的対話は歓迎され、推進されなければならない

 2回のオンラインフォーラムは、太平洋諸島のディアスポラの人々が、気候変動と主権という共通の課題について対話を促進する機会となった。講演者らは、ディアスポラのコミュニティーにとって結びつきがいかに重要であるかを強調した。低排出なデジタルフォーラムという形態は、物理的に排出過多な移動が必要な他の気候変動対話と対照的であった。また、PICQは、オーストラリアの先住民グループなどとの間に生まれつつある結びつきを認識し、育んでいる。

独立への道のりや脱植民地化の苦闘など、環礁国の主権の歴史は重要な出発点に

 太平洋諸島の環礁国は、ツバル、キリバス、マーシャル諸島である。環礁国は、ほぼ全体が環礁や礁と呼ばれる小さな低地の島で構成される。植民地支配から独立した際、環礁民は、小国であるがゆえに国際社会において自分たちの声を広める必要があることを理解した。

 太平洋諸島民は、脱植民地化の苦闘において、強制退去、環境劣化、その他植民地支配の影響力がどれほど重大であったかを認識している。

母国としての環礁から切り離すことができない主権とアイデンティティー

 環礁民は、海面上昇により母国が沈むことを望んでいない。環礁民にとって、アイデンティティーは土地と切っても切れない結びつきがあり、このことは気候正義を理解するための基礎をなす。環礁は、そこの住民にとって母国であり、アイデンティティーの源である。従って、気候変動のために母国を失うことは実存的脅威なのである。土地との文化的結びつきは外部の人間には十分理解されておらず、そのため、アイデンティティーと文化の重要性に対する国際的な認識がなかなか得られずにいる。

主権の脱植民地化

 主権とは、外国の支配がないこととして議論された。それは、西側に押し付けられた宣言や協定によって決まるのではない。太平洋島嶼国の主権は、先住民の精神性、文化、言語、政治システム、自然との関係によって構成される。先住民の慣習的な知恵が、文化とコミュニティーを継続させる道筋を示すだろう。

 主権の主流概念は、旧宗主国の法制度に由来するもので、今日でも太平洋島嶼国を含む全ての国家により国際法の基本原則として支持されている。環礁コミュニティーは、自らのプロセスと自らの知恵を持っている。環礁民は、この文化的心臓部を出発点として主権について語り、子どもたちに説明し、政治や法律に関する国際的な場を含むさまざまなプラットフォームで主張していかなければならない。

 何をもって国家と見なすか、何をもって国土と見なすか、そして何を大切にするかという、太平洋の宇宙論的視点を広めなければならない。議論に参加する全ての者は、誰のマナ(mana)(太平洋諸島の多くの言語で「スピリチュアルパワー」を意味する)が推進され、誰が知識の保有者として認められているのかを問う必要がある。

環礁民は、主権の喪失を予防するため、環礁における気候レジリエンスを構築しつつある

 主権喪失という問題を未然に防ぐために、多くの手を打つことができ、またそうすべきである。重要なことは、これは、排出量削減と適応、損失と損害に関するパリ協定に定められた計画を含んでおり、これらは温室効果ガスを最も多く排出している大規模先進国にとって特に重要な義務である。そのような措置が講じられ、島嶼部で気候レジリエンスが構築されれば、太平洋諸島の環礁民は自らの主権を失わずに済む。気候レジリエンスの構築を妨げる大きな障害は、必要な資源へのアクセスである。環境を汚染した人々は、適応や損失と損害の費用を支払う道義的責任がある。

 環礁国では、気候変動問題の解決策を見いだすために政府、市民社会、その他において、多大な努力がなされている。国際交渉への参加もその一環であるが、各国の適応計画、緩和策、芸術活動、草の根運動も同様である。

気候変動下における環礁国のための地政学的考察

 太平洋諸島フォーラムのリーダーたちは20年以上にわたり、気候変動を極めて重要な地域安全保障問題と認識していた。気候変動の影響から海上境界線を守るための取り組みが行われている。しかし、このような対策を取ったからといって、世界的な排出削減が不要になるわけではない。外部の人間が提案した、主権を侵害しようとする「解決策」は受け入れられない。一つのアイディアとしては、ひとつの海洋大陸である汎太平洋連合を結成し、太平洋島嶼国の全ての主権をひとまとめにして、地政学的に有利な大きな連合となることである。

気候変動問題に取り組む際、環礁先住民の文化と精神性を優先しなければならない

 環礁民は、祖先から引き継いだ先住民の知恵を大切にする義務がある。気候変動の影響に対する対策の立案には精神性を組み込まなければならない。島の人々が、赤ん坊の誕生後にへその緒を環境に捧げるとき、それは彼らが土地と海の一部であることを思い出させ、彼らをその場所に結びつける。

 慣習的な知恵との結びつきが失われた場合、公式、非公式の両知識体系における教育が重要な役割を果たす。どうすれば高齢者の知識をコミュニティーの中で最も効果的に共有し、活用することができるか? どうすれば 先住民や地域の知識が、支援者や他の外部組織によって適切に認識され、尊重され、評価されることができるか?  もっと多くの太平洋島嶼民が太平洋研究の課程を学び、主導することができるのではないか? 例えば 環礁民が学校とコミュニティーの両方で海洋航海術の歴史やスキルを学ぶことができるのではないか?

環礁民は、どのような移動のあり方を重要と考えるか?

 ニュースメディアが島嶼部からの大量移住にばかり目を向けるのは、誤っている。太平洋地域の一部の人にとって、移動は気候レジリエンスの構築に役立つが、それは主に労働移動によるものである。若年層を中心とする国際的な労働移動は、長年にわたり環礁における生活の特徴となっており、島嶼部の気候レジリエンスを支えることができる。これは、環礁民にとっての母国の重要性と関連している。

 被害を受けている環礁民全員の声が聞き届けられているわけではない。コミュニティー移転から学ぶ必要があり、また、全ての計画立案、意思決定、実施、監視、評価にコミュニティーが関与する必要がある。

 2021年7月22~23日のオンライン会議は、気候変動が文化的アイデンティティーと主権にもたらす影響に関する学びを広げた。会議には、環礁の文化や先住民の知識を持つ人々、政治家、学識者、市民社会の代表者など、多岐にわたる分野の専門家が参加した。会議では主に二つのテーマについて話し合った。ディアスポラを含む環礁民の文化、歴史、知識を中心に据えて気候変動の問題への解決策を策定すること、そして、主権と気候変動の政策的・法律的側面に関する意識を高めることである。

ディアスポラを含む環礁民の文化、歴史、知識を優先して解決策を考案する

 多くの文化的知識が共有され、それが文化的アイデンティティーに関する理解を深めるために寄与した。数人の講演者が、気候変動の問題への取り組みに島嶼民の関与を得るため移動に関するナラティブが重要であることに特に言及した。

法律と政策の整備

 気候変動が主権と文化的アイデンティティーに及ぼす問題の解決策は、気候変動問題の複雑性にふさわしく、さまざまな法律や政策の場で模索されている。人権、特に文化権、そして国際環境法の分野で有望な進展が見られる。埋め立てなど環礁を物理的に適応させる計画によって、海面上昇に対して土地を強化することができるだろう。

 2回のオンラインフォーラムと1回の会議では、環礁の文化的アイデンティティーや主権の問題に関して、国境を越えた対話、国際法、市民社会、教育、研究、教会、政策決定といった多くの領域で対話や啓蒙の必要があることが示された。

  • フォーラムや会議で明らかになった、環礁コミュニティーとそのパートナーが行動を起こすべき領域のいくつかを以下に挙げる。
  • 文化的アイデンティティーと主権を保護し、育てることの重要性を引き続き広め、意識を高める。例えば、自然や精神性が太平洋諸島民の人間形成、特に太平洋諸島の文化と価値観の形成にどれほどかかわるかに焦点を当てる。また、自然の重要性や太平洋諸島民と自然の関係性を理解することが極めて重要である。
  • 太平洋諸島民が、引き続き文化的慣行や文化的価値観を通してアイデンティティーを強く持つことにより、気候変動の問題に対するレジリエンスを構築する。
  • 環礁コミュニティーや国家のリーダーや教育者が引き続きさまざまな方法(教育、宗教、法制度、芸術など)で環礁民をエンパワーして、彼らが文化的アイデンティティーと主権を守れるようにし、気候変動の問題に対して文化的な価値と精神性に基づく持続的な解決策を目指して努力する。
  • 環礁地域の法律専門家とそのパートナーが引き続き、気候変動対策において環礁の文化的アイデンティティーと主権が優先されるよう、法制度の枠内で重要な役割を果たす。
  • 環礁の若い人々やディアスポラが文化的アイデンティティーを受け入れられるようエンパワーし、彼らの文化的アイデンティティーが気候変動の問題に取り組むうえでいかに役立ち得るかを理解できるよう支援する。例えば、ダンス、歌、言語、手工芸、漁業、作物栽培、保存食作りや料理、その他の文化的に独自なあらゆる技能や活動への参加を広めることによって、文化的な価値や技能が特にディアスポラの若い世代に受け継がれるようにする。
  • 移住に関する文化的知識、主権や文化的アイデンティティーに対して持つ関係性を、公式・非公式の教育・知識体系に組み込むことを奨励する。
  • 太平洋諸島民、特に環礁民が、オーストラリアの先住民コミュニティーやトレス海峡コミュニティーとの結びつきを深め、共同で知識と問題解決に取り組めることを可能にする。
  • ポリネシア、ミクロネシア、メラネシアの垣根を超えた環礁コミュニティー間の対話、そして環礁出身のディアスポラとの対話を引き続き促し、知識の共有に重点を置き、文化的アイデンティティーと主権に関する問題への解決策を協力して策定すること。
  • 環礁国のリーダーやディアスポラのリーダーがオーストラリア、ニュージーランド、その他の先進国に対し、環礁国政府と協力するだけでなく、連邦レベルで外交政策、労働移動政策、気候変動政策において、より着実に太平洋諸島出身ディアスポラに関わるよう促す。

 オンラインフォーラムと会議では、気候変動が文化的アイデンティティーと主権に及ぼす問題に取り組むために、太平洋出身ディアスポラが島に残る環礁民と協力して果たすべき重要な役割が強調された。PICQはすでにオーストラリアにおいて、連邦レベルで太平洋の人々の声を届けるために全力で取り組んでいるが、オーストラリアにおける太平洋諸島民の声は、もっと注意深く耳を傾けられなければならない。フォーラムと会議では、太平洋諸島出身のディアスポラ・コミュニティーと彼らの母国の結びつきが文化的に大きな意味を持ち、重要な知識の源となることが示された。

 本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No. 116 の要約版である。

執筆者

タウキエイ・キタラはツバル出身で、現在はオーストラリアのブリスベーンに居住している。ツバルNGO連合(Tuvalu Association of Non-Governmental Organisation/TANGO)のコミュニティ開発担当者。ツバル気候行動ネットワークの創設メンバーでもある。ツバルの市民社会代表として、国連気候変動枠組条約締約国会議に数回出席。ブリスベーン・ツバル・コミュニティー(Brisbane Tuvalu Community)の代表であり、クイーンズランド太平洋諸島評議会(Pacific Islands Council for Queensland/PICQ)の評議員。現在、グリフィス大学の国際開発に関する修士課程で学んでいる。

ジェームズ・バグワンは、太平洋地域のキリスト教組織の頂点である太平洋教会協議会の事務局長。会員は太平洋地域の人口の約80%を占め、地域全体で31の教会と9カ国の教会協議会が加盟。

マイナ・タリアは、ツバル気候行動ネットワーク事務局長。 現在、シドニーのチャールズ・スタート大学の博士課程に在籍し、「先住民の知恵、聖書、地政学という3つの軌跡から見たトゥアコイ(近隣)と気候変動」を研究。

エネレ・ソポアガは、ツバルの外交官、政治家で、2013年から2019年までツバル首相を務めた。現在は、野党の党首。「適応技術」や脆弱な途上国への手頃な持続可能技術の移転など、気候変動に対する国際的取り組みを求め続けている。

アノテ・トンは、キリバス共和国大統領を3期にわたって務め、気候変動との闘いと海洋保全の努力におけるリーダーとして世界に知られている。2度にわたってノーベル平和賞候補。カンタベリー大学で理学士、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで経済学修士を取得。韓国の国立釜慶大学校より工学名誉博士号、南太平洋大学より法学名誉博士号を授与。

キャシー・ジェトニル=キジナーは、マーシャル諸島出身の詩人、パフォーマンスアーティスト、教育者。2014年にニューヨークで開催された国連気候サミットの開会式で詩の朗読を行ったことで、世界から称賛を受けた。彼女の創作とパフォーマンスは、「CNN」「デモクラシー・ナウ」「ハフィントン・ポスト」「NBCニュース」「ナショナルジオグラフィック」などに取り上げられている。若い環境活動家の非営利組織ジョー・ジクンの共同創設者。同団体は、マーシャル諸島の若者たちをエンパワーし、母国の島を脅かす気候変動や他の環境影響に対する解決策の模索を支援している。

タミー・タベは、南太平洋大学の移住問題専門家。研究テーマは、太平洋島嶼民が移住者となって国外の土地で直面する課題と、彼らがどのように適応し、地元コミュニティーに溶け込んでいくかを調査することである。

テレエアオ・テインギイア=ラティテは、キリバス非政府組織協会(Kiribati Association of Non-Government Organisations/KANGO)の理事長。現在南太平洋大学に勤務、作家および詩人として活動し、キリバス国内と周辺コミュニティー組織と強い結びつきを持つ。

エクスレイ・タロイブリは、気候資金の専門家であり、太平洋地域や国連気候変動枠組条約締約国会議においてフォーラムリーダーや経済相に気候資金に関する分析や政策アドバイスを提供。太平洋諸島フォーラム事務局気候変動資金アドバイザー、気候変動とレジリエンスに関するチームリーダーを務めている。

イェシー・モズビーは、トレス海峡のマシグ島民、トレス海峡諸島中部のクルカルガル部族地域に住む。彼は、伝統的所有者、父親、アーティストにして職人であり、「#TorresStrait8」を通して気候変動に関する人権侵害の苦情を国連に申し立てており、トレス海峡地域における350.org オーストラリアの運営を担っている。

カテリナ・テアイワはアーティストであり、オーストラリア国立大学(ANU)太平洋学准教授。ANUの太平洋学講座創設者であるテアイワの太平洋問題に関する解説は、「ザ・カンバセーション」「シドニー・モーニング・ヘラルド」「ザ・ガーディアン」「インサイド・ストーリー」「ニューヨーク・タイムズ」「ABC」「フォーリン・アフェアーズ」「オーストラリアン・アウトルック」に取り上げられてきた。太平洋共同体事務局、UNESCO、オーストラリア外務貿易省(DFAT)で文化政策および持続可能な開発に関するコンサルタントを務めた。また、南太平洋大学のオセアニア・ダンス・シアターの創設メンバー。

ピーター・エンバーソンは現在、国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)太平洋気候変動移動プロジェクトに従事。国際交渉の複雑性に特に関心を持ち、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)年次会議におけるフィジー政府代表団の一員として、「適応」および「損害と損失」に関するテーマについてフィジーを支援している。

イアン・フライは、オーストラリア国立大学の国際環境法・政策専門家であり、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)におけるツバル交渉官。UNFCCC、パリ協定、および関連文書に伴う移住政策に主な重点を置いている。

スーザン・ハリス=リマ―は、グリフィス大学気候行動ビーコンに所属する。著作に「Gender and Transitional Justice: The Women of Timor-Leste」がある。しばしば各国政府の政策アドバイザーを務め、政策文書を作成している。

サイモン・コフェは、ツバルの国会議員であり、法務・通信・外務大臣。弁護士資格を有し、これまでにフィジーの民間法律事務所アソシエート、ツバル法務長官府検察官、国民弁護人補佐官、ツバル水産局法務顧問、より最近ではツバルの上席判事を務めた。

キャロル・ファルボトコは文化地理学者であり、研究関心は気候変動に関する適応、移住、気候リスクの政治にある。オセアニアの文化、アイデンティティー、気候変動の問題について幅広く業績を発表している。