政策提言

気候変動と紛争 (政策提言 No.108)

2021年05月14日配信

協働、紛争、移動:ソマリランドにおける気候変動への現地の対応

モハメド・ファダル、ルイーズ・ウィフ・モー

 本政策提言では、ソマリランドの現地の人々や組織が気候変動の影響にどのように対応しているかに関する2020~2021年の定性調査から得られた知見を紹介し、これを論じる。

 ソマリアで実施したわれわれのベースライン調査は、気候変動への適応や気候と安全保障の結びつきに焦点を当てた調査を補足するものである。この調査には、三つの役割がある。第1に、ソマリランドの人々が気候変動をどのように経験しているか、その影響にどのように挑み、対処しているかについてインタビュー調査を行い、そこから得た知見を共有する。第2に、気候変動、紛争、協働、移動が交わる領域で問題となっている複雑性への注意を喚起し、限られた安全保障課題の枠を超えて考える基礎として、詳細な研究課題に取り組むことを奨励する。そして第3に、当初の調査結果に基づく一連の提案を示すことである。

 本政策提言は、五つの節からなる。第1節では、背景を簡単に説明する。第2節では、気候変動がソマリランドにもたらす影響の最も顕著なパターンのいくつかを概説する。第3節では、気候変動の影響に対して現地の行為主体が対処し、取り組み、耐えようとしているさまざまな方法について、インタビュー調査から得られた主な知見を示す。第4節では、これらの当初の知見を基に、さまざまな対処方法が気候移住のパターンとどのように重なり合うかを模索し、これを大局的な観点として用いて、気候変動、紛争、協働の関係性において問題となっている複雑性を伝える。最後の節では、政策や今後の研究に向けて一連の提案を示す。

 ソマリランドは、現在のところ国際的には未承認であるが、独立を自ら宣言した国家であり、ソマリア連邦共和国の領土として国際的に承認されている地域の北部に位置する。ソマリランドは、1991年にソマリアからの独立を宣言し、旧ソマリランド国を領土とした。ソマリランド国は、1960年6月26日から7月1日までの数日間独立を享受した後、ソマリランド信託統治領と統合してソマリア共和国を形成した。

 ソマリランドにおける気候変動は、長年にわたる内戦、ソマリアとの分離、社会政治的および経済的な(現在も進行中の)変遷によって形成されたソマリランドの近年史という、大きな背景の中で位置づけねばならない。

 シアド・バーレ(1969~1991年)の軍事独裁政権時代には、森林や野生生物の広範囲にわたる荒廃、大規模な強制立ち退き、何世紀にもわたり確立されていた貿易関係の弱体化、海港の閉鎖、井戸の破壊、季節移動の慣習や関係の断絶が起こり、持続可能な生活の構築と維持が難しい状況が、特に農村部門において生じた

 1991年の独立国家宣言後、ソマリランドは和解と復興のプロセスに着手して目覚ましい成果を挙げ、多くの改革・開発アジェンダとイノベーションを前進させる機会を切り開いた。それは、公共部門と民間部門の人々が共同で取り組んだ結果であり、また気候変動に関連する問題にとっても重要な意味を持っている。

図1: ソマリランドを構成する地域/2000 Somaliland Mission

 ソマリランドにおける気候変動の表れ方は、重なり合う部分があるとはいえ多様であり、関連し合う複合的な影響をもたらす。主な傾向には、次のようなものがある。

干ばつ: 干ばつがより頻繁になり、長引くようになったことは、ソマリランドにおける気候変動関連のストレス要因として最も深刻なもののひとつである。かつてそのような干ばつは、ソマリランドの歴史において予測可能なものだった。近年干ばつの間隔が短くなったため、家畜に大損害が生じ、回復期間が短くなり、それが結果的に飢餓状態をもたらしている。前回の干ばつ(2017年)では、ソール州、サナーグ州、トゲアー州に暮らす遊牧民および半遊牧民の実に50%が国内避難民(IDP)キャンプに収容されることになった。

天候変動: 予想降雨量が減少し、雨季と乾季のタイミングの予測可能性が変化した。その結果、土地利用を調整し、家畜資産を維持する役割を果たしていた家畜飼育制度が弱体化している。

砂漠化: 干ばつと天候変動、さらには無秩序な土地利用に起因して、放牧地が大幅に減少しており、草木がまったく育たないか、ごくわずかなため、雨が降った後も種を植え付け、再収穫する間もないまま食べ尽くされてしまう。農村コミュニティーはますます痩せていく土地を奪い合い、家畜の数は減り、その質は低下し、ますます貧困に陥っていく。

コロナ禍における気候変動の複合的影響: コロナパンデミックは気候変動のストレス要因に輪をかけて、ソマリ人の健康、医療制度、日常生活に打撃を与えるとともに、短期的には家畜への気候変動の悪影響を、長期的には経済への悪影響を進行させている。ソマリランドの政府の限られた能力が、公衆衛生対策にもコロナ禍からの復興の見通しにも影を落としている。

 ソマリランドの政府機関がこれらの影響に対応する能力は、多大な政治的・経済的制約を受けている。国際的に承認を受けていないため外部からの援助が限られているが、現地の行為主体やコミュニティは、自らさまざまな方法で対処しようとしている。

 天候の変動性や干ばつの増加に対し、多くの世帯は徐々に牧畜と農業を組み合わせ、半遊牧生活を選択するか、あるいは季節移動を完全にやめて農村に定住することによって対応するようになった。

 自動車輸送は、作物を売る市場へのアクセスを高める手段となり、非常時の移動を容易にすることにより、農村コミュニティーに変化をもたらし、農村の孤立を緩和しつつある。移動手段が便利になることで、医療や教育など、安全保障や社会サービスへのアクセスも向上する。

 WhatsAppグループや携帯電話による送金など、通信サービスを利用することで、親族に連絡して困った時の資金援助を受けることも容易になった。遊牧民や半遊牧民コミュニティーにとって、気候変動へのレジリエンスを構築するうえで携帯電話が発揮しうる価値については、教育目的、啓蒙活動、また、気候変動に関連する天災や人災などでの医療支援や緊急救援という観点からも、さらなる調査を行うに値する。

 気候変動による差し迫った危険に対処する手段として、いくつかの多様化戦略が策定されている。たとえば、近頃立て続けに干ばつに見舞われた後、牧畜で生計を立てている家族の中には、非常時の当座の策として家畜の頭数削減という手段に出ている。

 商業化の新たな時代を迎えているのが、家畜飼料ビジネスである。市販の家畜飼料は伝統的に、輸出市場向けのサプライチェーンにおいて輸出用家畜のみに供給されていた。

 われわれの調査は、東部3州(ソール州、サナーグ州、トゲアー州)において、代替的な天然資源を模索することの重要性も示している。これにより、牧畜民や農牧民が気候変動に対処する能力や機会を拡大できると考えられる。

 専門家とのインタビューによれば、事業拡大と多角化を支援する鍵は、既存の資源を補う潜在的な利益を定量化するためのベースライン調査を実施することである。それにより、諮問的、包摂的、かつ紛争に配慮した能力構築計画を策定することができるだろう。

 もうひとつのタイプの対応は、農村から都市への移住で、農村に住む家族の息子や娘が家族の収入を補うために都市に働きに出るというものである。このような戦略は、気候変動によってのみ形成されたわけではなく、長年にわたる世界的な都市化の傾向の一部である。“Displacement Tracking Matrix”(国際移住機関のデータ収集・分析ツール)は、2017年の地図上で干ばつの影響を追跡し、ソマリランドの国内避難民は1,004,400人、避難民キャンプは595カ所と推定した。

 移動は、長年にわたりソマリアの主要な資源を構成しており、特に畜産部門では厳しい環境や干ばつ期のような気候ストレスに対処する手段となっている。移住は、厳しい気候の下で生きていくための昔からの方法であり、その根幹には乏しい資源の組織的な共同利用がある。

 ソマリランドでは、移動志向の適応策と「縄張り型」/定住型適応策との間の軋轢を火種とする紛争が、さまざまな規模と深刻さで起きている。

 われわれのインタビュー調査は、土地囲い込みやそれが生まれる背景にある非常にさまざまな動機を示している。土地の囲い込みには、家畜を失い、国や国際機関のサービスを受けやすくするために定住しようとする貧しいコミュニティーから、商業的農業や飼料生産を目指すビジネス志向の行為主体、反対派コミュニティーを回避しようとする国際石油会社まで、さまざまなタイプの行為主体が関与している。

 ソマリランド各地で、協働による環境再生に重点を置いたさまざまなイニシアティブが展開している(図2を参照)。そのようなイニシアティブをコミュニティーと現地統治機関が推進している場所もあれば、ソマリランド政府が関与してコミュニティーが季節放牧地を用意できるようにしている場所もある。

図2: 環境省の活動(Somaliland ME&RD 2014)/ソマリランド開発基金

 これらのプロセスから、ガバナンスと制度、そしてさまざまなレベルの社会組織を結びつけるアプローチが可能であることがわかる。この分野のイノベーションは、大掛かりな管理計画や「グッドガバナンス」の方式というより、変化する圧力や機会の構造に応じて既存のネットワークや制度を徐々に変容させ、適応することに関わるサポートと言える。

 新しいタイプの動員方法や複数の場所にまたがるネットワークが広がりつつある。人道支援の分野では、既存の国際組織よりも、そのようなネットワークのほうがより柔軟かつ迅速に対応できることが多い。

 気候変動の影響に対する現地対応は、紛争、協働、イノベーションにも関連し、多面的な性質を持つことが、われわれの調査で示された。政策や今後の研究に向けた全体的考察と提案を以下に示す。

 目下の状況では、現地のレジリエンス強化への支援、特に最も脆弱な人々への支援を優先することが国際援助機関に求められる。

 脆弱な状況における気候変動の影響を、紛争/安全保障を中心とした限定的な観点からとらえようとすると、気候変動に対するレジリエンスを支援する現地レベルの協働やイノベーションの足掛かりを見いだせなくなる恐れがある。本調査では、さらなる注目と支援を向けるべき戦略の事例を特定した。それには、昔ながらの慣習的な協働制度、頭数削減の慣行、経済的多様化と牧畜/農耕の混合による適応、漁業/海洋資源などの活用不十分な手段と農耕・牧畜による生計手段の統合、そして、孤立解消を実現する新たなテクノロジーと輸送手段などがある。

 気候変動に取り組む国際支援がソマリランドのコンテクストにおいて有効かつ建設的であるためには、現地の気候変動適応策に関する調査に投資する必要がある。われわれのベースライン調査では、ソマリランドのさまざまな部門にわたる、さまざまな対応の間のトレードオフと相乗効果の両方を理解し、明らかにする必要があることが示された。

 現地の気候変動適応策に関する詳細な調査は、そういった複雑性を捉えるために役立つだろう。たとえば、気候変動に対する脆弱性と対応策の両方が持つ分野横断的な性質や相互作用などである。

 われわれの調査は、気候変動に対して最も脆弱な行為主体や人口層の気候変動適応策について、それらを形成する個別の社会的、空間的、経済的、政治的現実への洞察を得ることの重要性を浮き彫りにしている。ソマリランドにおいて特に注意を払うべき分野として、政治的にも、研究においても、政策や開発アプローチにおいても疎外されたままになっている牧畜コミュニティーの気候脆弱性と革新的適応策がある。

 気候変動の影響は紛争との直接的な因果関係がないものの、ガバナンスの欠如または「バッドガバナンス」は、気候変動の影響が紛争を激化させるリスクを大幅に高めることが、最近の分析において主張されている。そのような見方によれば、政策による対応は、ガバナンスの改善に重点を置くべきである。われわれの調査結果は、ガバナンスが課題の焦点であるという重要な所見とおおむね一致している。

 しかし、ガバナンスアプローチが気候変動、急速な社会経済的変化、それに伴う生計手段の変化という複合的に絡み合った不確実性に対処できるようになるためには、高い適応力と包摂性が必要である。それを支えるには、多元的かつ柔軟な、ネットワーク化されたガバナンスや制度を活用するアプローチを探求し、特定する必要があるだろう。

本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.108の要約版である。

モハメド・ファダル博士は、現在Social Research and Development Institute(SORADI)の研究責任者であり、以前は初代所長を務めていた。これまでにAcademy for Peace and Development(APD)の上級研究員、Independent Scholars Groupのコーディネーター、スーダンにおける国連開発計画(UNDP)プログラムマネージャーを務めた。また、ソマリランドの元計画大臣である。開発、環境、ガバナンス、平和、民主化の分野で幅広い経験を有する。このほか、コンサルタント業務、上級研究管理、能力構築、研究と政策の交流においても多様な実績を有する。

ルイーズ・ウィフ・モー博士は、ハンブルク大学の研究員として、クラスター・オブ・エクセレンス「気候、気候変動、社会(CLICCS)」に参加している。彼女の研究は、平和と安全保障のガバナンスに関する理論的視点と経験的視点を組み合わせたもので、サハラ以南アフリカを専門地域とし、特に10年以上にわたってソマリランドに重点を置いている。最近では、気候変動と安全保障におけるダイナミクスの相互作用、軍事介入における規範と慣行の変化、反乱鎮圧の復活、アフリカの平和組織における組織内紛争と協働、南南安全保障協力に関する比較展望などをテーマに研究を行っている。