ソーシャルメディア、テクノロジーと平和構築 (政策提言 No.111)
2021年06月25日配信
認知・情動マッピングとデジタル平和構築
エバン・ホフマン
本稿(Evan A. Hoffman著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.111「認知・情動マッピングとデジタル平和構築(Cognitive-Affective Mapping and Digital Peacebuilding)」(2021年6 月)に基づくものである。
エバン・A・ホフマン
要約
イデオロギーは、異なるナラティブや世界観を支えることによって、紛争の発生、エスカレーション、解決に根本的な役割を果たす。本政策提言では、テクノロジー支援型認知・情動マッピング(Cognitive Affective Mapping/CAM)を可能にする新しいソフトウェアツール「Valence」を用いたイデオロギー可視化技術を紹介する。そのうえで、最近オンラインで行われた紛争解決演習から得られた教訓を示す。演習では、2020年に開催された一連のファシリテーター付きZoomセッションにおいて、カナダで継続中の水をめぐる紛争について複数のステークホルダーがこのツールを使用して取り組んだ。
はじめに
オンラインツールを使用した世界観のマッピングは、当事者たちに自身の行為がどれだけ紛争の一因となっているかをよりよく自覚してもらうことで、平和構築を手助けする。認知・情動マッピング(CAM)は、世界観を可視化するツールである。本政策提言は、水をめぐる紛争についてCAMを使用したカナダのケーススタディから得られた教訓を紹介する。結論では、平和構築者、援助供与機関、その他の関係者に向けた政策提案を示す。
世界観と平和構築
平和構築介入を計画する際、さまざまなタイプの分析を行うことが重要であり、これには、ジェンダーに配慮した紛争分析、勢力関係の評価、各当事者の交渉上の立場と利害の判定、利害関係者のマッピング、暴力のタイプとレベルの分析、各当事者の信念、価値、感情の認知・情動マッピング(彼らの世界観)などがある。
平和や世界の中で平和的に存在する方法を志向する世界観もあれば、より対立的な世界観もある。対立的な視点は、暴力を行使する決定がなされるような、より過激主義的な見解を招くかもしれない。
既存の中核価値と一連の人生経験、さらに現実あるいは認識上の脅威が加わることにより、自己防衛戦略が生まれる。物の見方や信念が似通った集団に「心理的シェルター」を求めることによって、居心地の良さや安心感が得られる。
安全に対しては非常に広範な2つのアプローチがある。防衛的および/または攻撃的手段と動的関与である。これら2つのアプローチは、われわれが周囲の他者についてどのように感じているかを反映する。
防衛的/攻撃的手段のアプローチは通常、人々や集団の間で心理的距離と分断を広げ、それにより疎外感と不信感に拍車をかけるのみである。より二元的な考え方が広まり、二極化が進むと、さまざまな集団の間で多元的な物の見方/認識/真実が同時に存在しうることを認める認知的複雑性の余地が少なくなる。
説得力と影響力のあるリーダーが、さらに「よその」集団を非難し、暴力が唯一の解決であるとさえ主張するかもしれない。暴力行使の手段に資源が投入されるようになれば、その集団は軍事化し始めたということができる。
支配的なナラティブを損なう新情報や対抗情報は、認知バイアスによって無視される。オンラインの「エコーチェンバー」が、ナラティブをいっそう強化する。集団に歯向かう者や反対意見を持つ者は、名誉失墜や脅しによって排除され、あるいは抑制されるかもしれない。穏健派は集団内に居場所がなく、そのため中核集団はさらに強硬化し、その結果、過激主義的な物の見方や行動を採用するようになる。
この種の状況において、平和構築者の最も重要な任務は人々が過激主義的な世界観からより穏健な世界観へと移行できるよう、支援することである。出発点は、世界観を可視化し、それらについて話し合う枠組みを提供することである。
世界観のシフトが平和構築に寄与
優れた平和構築介入は、その土台に明確な変革の理論(Theory of Change)(ToC)がなければならない。認知・情動マッピング(CAM)のToCは、紛争状態にある人々が自分たちの世界観をマッピングし、それを他者と共有すれば、彼らは自分たちの行為がいかに紛争の一因になっているかを自覚できるようになり、他者への共感を深めることができるというものだ。これが、紛争レベルを低減する測定可能な変化をもたらすのである。
上述のようなCAMのToCに基づき、われわれは以下のような指標の測定を目指す。1) 紛争に関する認知、2) 自己認識、3) 他者に対する認識、4) 他者に対する共感。
「Valence」という新しいソフトウェアも、世界観を可視化し、より深く理解するために利用できるテクノロジー支援型認知・情動マッピング(CAM)を可能にする。
CAMとは何か?
Valenceは、アイディアをデータの単位とし、他のアイディアとの関係に基づいて計算して因子に分解できるものとして扱うことにより、信念体系の内容の認知・情動マッピングを可能にする。CAMに関するValenceの使用は、カナダ、オンタリオ州のウォータールー大学のイデオロギー紛争プロジェクト(Ideological Conflict Project/ICP)の一環として行われている。
CAMプラットフォームでは、感情的にポジティブな(快い)概念を緑色の楕円で表し、感情的にネガティブな(苦痛な)概念を赤い六角形で表し、感情的に中立な概念を黄色の四角で表す。紫の六角形の中に紫の楕円が入っている場合は、両面感情を表す。線の太さの違いや破線か否かは結びつきの強さを示し、アイディアとアイディアの近さは概念的な近似性を示唆する。個々のCAMは、それを作成した人物の内面世界を反映した固有のものである。プラットフォームは、単純な紛争も複雑な紛争もマッピングできる。個々のCAMは、それを作成した人物によって異なる。
テクノロジー支援型認知・情動マッピングの強みと弱み
どの紛争解決ツールもそうだが、CAMのオンライン作成には強みと弱みがある。
Zoomのような会議ツールを使ったセッションでCAMのオンライン作成を行うことにより、地理的に非常に広い範囲にまたがる人々をつなげ、移動の費用を削減し、参加者間の物理的暴力を不可能にすることができる。
CAMのオンライン作成は、とても柔軟性が高い。セッションは、1つのステークホルダー集団に対して行うこともできるし、一対一のコーチングで自己啓発のためにも、紛争のダイナミクスを変えることができる影響力ある現地リーダーに対しても、あるいは対立し合う2つ以上の集団に対しても行うことができる。また、オンライン上でのCAMの作成は、物理的な部屋の大きさや座席数による制約も受けない。
CAMは拡張性がある。CAMを紙面で作成する場合、紙がなくなったり、全てをページに収めるために非常に小さく書く必要が生じたりする。オンラインのCAMであれば、大量の詳細情報をマップに記載することができる。ズームインやズームアウトによって、より大局的な全体像やより細かい詳細を把握することができる。
CAMのマップは共有が容易であり、そのことは独自の強みである。CAMはデジタルデータなので、何千とは言わないまでも何百件でもフラッシュドライブに保存できる。また、デジタル形式なので、地球の反対側の人ともEメールでほぼ即時に共有することができる。
欠点としては、Valenceマッピングツールを使用してCAMをオンライン作成するには、参加者が安定したWi-Fi接続、マイクとカメラが利用可能な性能の良いコンピューター、それに最小限のコンピュータースキルが必要な点である。そのため、インターネットアクセスが限定的な途上国や農村部での平和構築活動にはあまり向いていないかもしれない。
CAMのオンライン作成はデジタルの足跡を残すため、多くの攻撃を受ける環境では、参加者にとってセキュリティ上の脅威をもたらす可能性がある。人々が匿名で参加できるようにするため、実施中もデジタルセキュリティの評価を行うべきである。
最後に、デジタルCAMは、それが作成された時点のある人物の世界観のスナップショットを提供するに過ぎない。世界観は動的であり、変遷するものであるため、この問題を克服するためには、異なる時点で2回以上のCAM作成を実施することを検討するべきである。
カウチン盆地のケーススタディから得られた教訓
2020年、ICPの研究者は、カナダ、ブリティッシュコロンビア州のカウチンバレー地域に住む人々と、3回シリーズで土曜日の朝2時間のZoomミーティングを実施した。セッションの目的は、紛争解決ツールとしてのCAMの有効性をテストすることである。
参加者はZoomミーティングで顔を合わせ、ファシリテーターの手引きを受けながらそれぞれのコンピューターでValenceマッピングツールを使い、自分自身のCAMと「反対者」のCAMを作成した。
参加者の発言やアンケート調査の結果から、参加者が、自分自身の考え方についても、他者がどのように信念や世界観を形成するのかについても、貴重な知見を得たことがわかった。
カウチン盆地の演習から、CAMの使用に関し、実践者にとって有益な手引きとなりそうな7つの教訓が得られた。
- セッションの回数と長さを考える。数回の短いセッションか、2回の長いセッションか。
- 参加者の数を考える。理想的には8~10人に収まるグループを目指す。
- 1回目のマッピングセッションを行う前に、まず情報提供セッションを実施する。われわれの第1回セッションで目指したことは次のような事柄だ。現地の紛争指標を明らかにする、紛争解決の必須要素について訓練を通して能力強化する、主な紛争課題に関する利害関係やさまざまな視点を早期に認識するよう促す、参加者間の信頼を構築し、関係を深める、用語や手法について参加者に説明する、介入/マッピングセッションに進むことへの同意を得ること。
- 介入の前と後にアンケート調査を行い、ToCが紛争指標にもたらす変化を観測する。
- 代替的プラットフォームを検討する。われわれはZoomを使用したが、他のプラットフォームでも、同程度またはそれ以上にうまくいくかもしれない。
- われわれは、テクノロジーに対する人々のアプローチがさまざまであることを学んだ。最初に概念から取り組む人もいれば、ナラティブを創出する人もいる。区分化された環境で仕事をする人もいれば、活発に交流する人もいる。
- また、参加者が「反対者」と認識する人々のCAMとして作成したものを見ると、自分たちより反対者のほうが激しい怒りを抱いていると認識していることがわかった。
結論と提案
CAMは、集団や個人が自己の世界観を探求するためのユニークかつ有力な手段である。平和構築者は、ステークホルダーに直接介入するツールとしても、彼らの全体的な平和構築の取り組みを導き、情報提供する計画ツールとしても、CAMを使用することを検討するべきである。
援助機関は、これらの革新的なデジタル平和構築努力を支援するべきである。なぜなら、それらは紛争のダイナミクスに前向きな変化をもたらす可能性を持っているからである。また、それらがどれだけ成功したかは、CAMプロセスの一環としてステークホルダーが作成した指標を用いて、容易に測定することができる。
調停者は、公式の調停プロセスにCAMを組み込むことを検討しても良いだろう。各当事者の立場が「天と地ほどかけ離れている」場合、膠着状態を打開するためにCAMを使用する可能性は十分にある。これについて、さらなる研究を行うべきである。
最後に、安全保障当局者は、世界観を明らかにするという概念を十分に理解し、武力紛争の発生の予測や、過激主義的な思想や行動に駆り立てるアイディアをより深く理解するためにいかに利用できるかを知るべきである。
本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.111の要約版である。
執筆者
エバン・ホフマンは、カンタベリー大学(ニュージーランド)で政治学の博士号を取得している。研究の焦点は、国際調停と持続可能な和平合意である。また、2001年に英国のヨーク大学で戦後復興研究の修士号を、1999年にオタワのカールトン大学で心理学の学士号を取得した。2001年に、カナダ国際応用交渉研究所(CIIAN)より裁判外紛争解決(ADR)認証を取得した。紛争の予防および解決、平和構築、調停をテーマに多くの論文を発表している。これらの問題に関して、カナダ国際関係省(GAC)、カーターセンター、国連、EU、オタワ警察、セントローレンス大学(コーンウォール)、ベトナム法務省などに諮問サービスを提供してきた。過去15年間、世界中の何百人ものコミュニティーリーダー、大学生、警察官、政府職員を対象にワークショップや研修を実施している。著作には “The Mediator’s Handbook for Durable Peace” (CIIAN, 2010)、David Carment との共編書 “International Mediation in a Fragile World” (Routledge, 2017) がある。
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