政策提言

気候変動と紛争 (政策提言 No.97)

2020年11月06日配信

フィジーにおける気候変動、移住、平和構築:
課題、議論、進むべき道

フォルカー・ベーゲ、柴田理愛

 本稿(Volker Boege, Ria Shibata著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.97「フィジーにおける気候変動、移住、平和構築:課題、議論、進むべき道(Climate Change, Relocation and Peacebuilding in Fiji: Challenges, Debates, and Ways Forward)」(2020年11月)に基づくものである。

 2020年10月5日と6日、戸田記念国際平和研究所、国際NGOのコンシリエーション・リソーシズ、トランセンド・オセアニア(Transcend Oceania)は、「比較学習: フィジーにおける気候変動、移住、平和構築(Comparative Learning: Climate Change, Relocation and Peacebuilding in Fiji)」と題した対面とオンライン併用ワークショップを開催した。

 ワークショップの目的は、平和と紛争の課題を気候変動と移動の観点から認識し、気候変動の影響で移住が必要な人々に対応する際の最善の方法を模索し、さまざまなステークホルダーを引き合わせて経験の交換や将来の協力を見据えた議論を促すことである。

 フィジー、ニュージーランド、オーストラリアから50人を超える研究者、市民社会団体及び活動家、政策立案者のほか、国際組織、寄付団体、非政府組織の代表者が参加し、気候変動の紛争を伴いがちな影響がもたらす課題や、紛争に配慮し、平和を支援する気候変動緩和策および適応策への道筋について対話を行った。ワークショップでは、特定の地域およびテーマに焦点を当てた。すなわち太平洋島嶼国フィジーについて、そして、フィジーで差し迫った問題となっている気候変動に起因する人間の移動についてである。フィジーは、気候変動がもたらす問題への対処において、世界的なパイオニアとなっている。伝統的首長、地方自治体の代表者、教会、女性や若者のリーダーなど、さまざまな地域リーダーに参加してもらう予定だったが、コロナ禍に対応した形式にしたため実現しなかった。

 本政策提言は、重要な知見を明らかにしてまとめ、最後に政策提案を示す。

 フィジー政府は、気候変動の影響により近い将来移住が必要になる80以上の集落を特定しており、長期的にはその数はもっと多くなると見ている。フィジー政府は、移住政策、戦略、計画の策定に率先して取り組んでいるが、同時に、そのような移住は最後の手段と考えるべきであることを強調している。現在、コミュニティー単位の脆弱性と適応性の評価を全国規模で実施しており、全国向けの退避ガイドライン(Displacement Guidelines)および計画移住ガイドライン(Planned Relo-cation Guidelines/PRG)を策定している。近頃では、気候移住と避難民信託基金(Climate Relocation and Displaced Peoples Trust Fund)を設立し、総合的リスク・脆弱性評価枠組み(Comprehensive Risk and Vulnerability Assessment Framework)を作成し、現在はPRGの標準運用手順(SOP)の作成に取り組んでいる。

 PRGは、国家主導の適応戦略の一つである。計画移住を行うには、包摂的な参加型プロセスに従って、影響を受ける可能性があるコミュニティーと密接に協議しながら計画を策定する必要があることを、政府は認識している。

 太平洋地域の政府やコミュニティーは、移住プロセスを促進するためにさまざまな国際的および政府間組織、プログラム/ネットワークの支援を受け、連携して取り組んでいる。そのなかには、ドイツ国際協力公社(GIZ)や、国連人間の安全保障信託基金とニュージーランド・エイドから資金提供を受けた、太平洋気候変動移住および人間の安全保障プログラム(Pacific Climate Change Migration and Human Security Programme: PCCMHS)(2019~2022年)がある。

 移住を成功させるために重要な要素は、いつ、どのように、どこに移住するかという意志決定の主導権を、コミュニティーが持つ必要があると認識することである。

 しかし、ベストプラクティスに基づいて計画され、実行された移住であっても、太平洋の人々が抱える根深い課題を完全に改善することはできない。土地と人々の結び付きは、移住に関する議論において見過ごされてはならない。移住がもたらすアイデンティティー、文化、精神性への脅威は、さらに注目されるべき問題である。

  1. 気候変動に起因する移住は、非常に複雑な問題である。技術、財政、ロジスティクス、政治、経済、社会、文化、心理、精神性など、幅広い問題が相互に絡み合い関係する。これまでの経験から、一般的に、移住を余儀なくされた人々の暮らしは、移住後に悪化することが分かっている。これは容認できる結果ではない。移住が実際に当事者の発達、福利、安心にどれだけ貢献しているかという問題に取り組むため、いっそうの努力が必要である。
  2. 柔軟性が高く、状況に対応し、全体的かつ総合的で、さまざまなステークホルダーに配慮した多重層的な方法が必要である。しかし、技術的な面に偏った取り組みが中心になり、社会的、文化的あるいは精神的な側面は取り残されがちである。さらに、集落移転の場合は、多くの層にまたがるさまざまな関係者の協調と協働が必要になる。地元関係者、地域外の関係者、地域のさまざまな意見を代表するグループ、そして、伝統的首長、地方自治体の機関、教会指導者といった地域のリーダーなど、重要な役割を果たす関係者である。地域社会の視点と政策立案者の視点のギャップを埋め、地域の住民の草の根の声を国家や政治の領域に届け、国家や政策の言語を地域の人々が理解できる言葉に翻訳することは、気候変動適応策における大きな課題である。複数の層にまたがり、多様な立場の関係者の間の対話を促進することによって、適応を人々に押し付けるのではなく、一緒に実現していくことができる。
  3. 信頼が危機に瀕しているとき、複数の視点・世界観や意見の間で包摂的な対話とコミュニケーションを行う必要がある。世界中の多くの国々で、コロナ禍への対応が政治の指導力に対する信頼を大幅に低下させている。コロナ禍は、保健衛生問題から安全保障問題へと変化しており、市民の自由を侵害し、移動に制約を課す口実としてしばしば使われている。気候変動も、安全保障の問題として取り上げられている。どちらの場合も、軍事化の拡大などを引き起こす要因となってしまう。そのような反応は、もっかの問題の原因に本当に取り組み、適切な対応をするものとはいえない。国家の関係者と地元社会との対話の糸口を見つけ、忍耐と文化的配慮が求められる難しい対話の準備をすることが極めて重要である。信仰を基盤とする組織も、国家とコミュニティーの分断の橋渡しするために極めて重要な役割を果たす。
  4. 多くの場合移住の計画とタイムテーブルは外部の関係者によってあらかじめ決められており、外部から課せられた、多くはわずか2~3年という余裕のない時間枠と、地元のニーズややり方に配慮した長期的アプローチの必要性との間に緊張が生じる可能性がある。移住を失敗にしないためには、段階を踏んで着実に進む必要がある。さまざまな関係者の間で関係と信頼を構築し、意味のある地元当事者の参加を実現するためにも、長期的な時間枠が不可欠である。また、標準化された方式がもたらす問題もあり、したがって、移住計画と紛争防止の両面で高い柔軟性が必要とされる。
  5. 過去数十年にわたり、都市化は太平洋島嶼国における社会変化の大きな特徴となっている。気候変動はそれを促す要因の一つである。人々は気候変動から逃れ、被害地域(沿岸の村落や低地の小さな島など)から(少数の)都市部へと移動する。これまでのところ、都市部の拡大は主に、ポートモレスビー、ポートビラ、ホニアラ、大スバ圏など、都市周辺の非公式居住区あるいは不法占拠地区の形を取っている。これらの非公式居住区は、人口過密、サービスへのアクセスの制約、不十分なインフラ(水、衛生、廃棄物処理、電気供給など)といった特徴がある。食料の安全保障は、しばしば切迫する。非公式居住区には、失業、犯罪、日常的な暴力、ジェンダーに基づく暴力、家庭内暴力、グループ間の紛争といった社会問題が蔓延している。さらに、非公式居住区は限界地に立地することが多く、そのような場所は特に気候変動や自然災害の影響を受けやすい。河川の氾濫原、急な斜面、マングローブの沼地、浸水しやすい沿岸部などである。そのため、人々は結局また気候変動による同じ影響、または別の影響に見舞われることになりがちである。

    このような問題は、現住者が法的権利を持たない非公式居住区の住民を脆弱にし、彼らの生活条件を不安定にする。これに加え、彼らは根本的な精神性、心理、魂の問題に直面しなければならない。太平洋諸島の人々にとって土地と人の複雑な結びつきは何よりも重要なものであるが、それが断ち切られてしまうのである。

    非公式居住区の住民は出身地や慣習との結び付きを保っているため主体性やレジリエンス(回復力)があるが、それでも国家機関の支援が必要である。十分な資源を配分し、全ての当事者を認知し、紛争に配慮し、気候に配慮するためには、都市計画が緊急に必要である。そのような計画には、居住区の住民と地元の知識が組み込まれなければならない。それは彼らのために実施するのではなく、彼らとともに実施するべきである。
  6. 技術的情報に基づいた移住計画では、社会的、文化的、精神的側面は軽視されがちである。残念ながら、外部の人々のやり方に現地の人々が考え方や話し方を合わせる必要に迫られることが多く、その逆はない。非物質的、心理的、精神的側面は外部の人々に十分認識されず、あるいは理解されないことが多く、従来の“損失と損害”という用語で捉えたり、“評価”することは難しい。
  7. 単なる形だけではなく、本当に意味のある地域社会の当事者の参加を実現するには、難しい課題がある。これと関連して、権力の不均衡やその力学という問題が対処されないままであることも多い。そこで、次のような問いが生じる。誰を意思決定に含めるか、誰が包含と除外の決定を行うか、協議と参加は実際にはどのようなものになるか、誰の声が聞かれ、誰の声が封じられるのか、政府と地域社会の溝をどのように埋めることができるのか、太平洋地域での透明性の高い意志決定や本物の協議とは実際に何を意味するのか? 移住事業では、資源や意思決定権限のレベルが異なっており、したがって異なるレベルの力を持つステークホルダーが共同作業をしなければならない。通常は政府や国家機関のほうが大きな力を持つ(ように見える)一方、現地の人々は全く無力というわけでもなく、例えば移住プロセスに抵抗したり妨害したりすることができる。したがって、力の不均衡やその力学という根本的な問題を適切に認識し、対処することが重要である。
  8. 人間だけを中心にしたアプローチの限界が問題視され、「生命全体」のアプローチを求める声が上がった。それは、人間だけを切り離して中心に置くのではなく、物質界と精神界の両方における人間以外の存在に対して、人間と人間社会を関係づけて理解するアプローチである。それによって、気候変動に伴う移住に対する理解と実践が根本から変わるだろう。気候変動による移住に対する、従来的な人間中心のアプローチはそれを捉えていない。人間の安全保障のような進んだ概念でさえ十分とはいえず、いまなお文化的、精神的側面を区分化し、これに適切に対処できていない。

 ワークショップの議論を踏まえると、以下のような提案が考えられる。

  1. 気候変動に起因する移住について考え、計画する際は、政策のプロジェクトサイクルから脱却しなければならない。長期的な時間枠とプログラムが必要であり(10年以上)、長期にわたって資金を確保しなければならない。
  2. 集落移転の場合、一つ一つの全ての段階で意思決定を包摂的で透明性の高いものにし、幅広いステークホルダーが関与し、さまざまな層を関連付ける必要がある。
  3. 移住事業では、計画、意思決定、実施、さらにはモニタリング、評価にも地元コミュニティーの参加を中心に置かなければならない。
  4. そのような地元コミュニティーの参加は、当事者が自分の言語で意見を言い、自分たちの慣行に従うことを可能にし、また、現地の伝統的知識を含んだ慣習的なやり方に基づいて行わなければならない。
  5. 都市計画は、気候変動に起因する人間の移動という面にいっそうの注意を払う必要がある。気候変動を都市化の促進要因として考慮に入れ、都市部の居住区を気候変動の(紛争を伴いがちな)影響から守らなければならない。
  6. 気候科学専門家、教会、地域社会を代表する中心者の間で協働と対話を行い、気候科学、現地の伝統的知識、当事者の宗教的世界観と宇宙観を織り合わせ、それを気候適応や移住に関する政策と実践の基盤としなければならない。
  7. 移住は、紛争に配慮しなければならない。紛争分析と平和構築は、現地の個別の状況に応じて、当事者や他のステークホルダーとともに、その個別の状況を対象として策定しなければならない。
  8. 経験、知識、見解を交換するための対話を、全国各地で、垂直的(地域社会と政府など)にも水平的(移住のさまざまな段階にあるコミュニティー間など)にも行わなければならない。
  9. 集落移転を支援するためにやってくる外部の関係者は、まず耳を傾け、学ばなければならない。また、彼らは、地元コミュニティーの声や当事者の経験が国際社会に聞き届けられるようにする役割がある。

 戸田記念国際平和研究所は、今回のワークショップ開催に当たり、パートナーとして多大なご協力をいただいたコンシリエーション・リソーシズおよびトランセンド・オセアニアに心から感謝する。

フォルカー・ベーゲは、戸田記念国際平和研究所の「気候変動と紛争」プログラムを担当する上級研究員である。ベーゲ博士は太平洋地域の平和構築とレジリエンス(回復力)について幅広く研究を行ってきた。

柴田理愛は、ニュージーランドのオタゴ大学国立平和紛争研究所の研究員である。研究関心分野は紛争解決と融和で、アイデンティティー、記憶、被害者感情、困難な紛争における謝罪の役割に目を向けている。