政策提言

気候変動と紛争 (政策提言 No.37)

2019年04月04日配信

気候変動により移住を余儀なくされる人々の
土地と安心をいかに確保するか

ジョン・R・キャンベル

 本稿(John R. Campbell著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.37「オセアニアにおける気候変動、移住と土地(Climate Change, Migration and Land in Oceania)」(2019年4月)に基づくものである。

 キリバス共和国出身のタビタ・アウェリカ(21歳)は、気候変動に関する環礁諸国連合(CAN-CC: Coalition of Atoll Nations on Climate Change)が開催した会議(2019年12月)で世界の首脳に対し、気候学者の意見に耳を傾け南太平洋地域に暮らす人々の嘆願を聞き入れて欲しいと訴えた。「私は祖先から受け継いだ土地を離れるつもりはない。私の母なる土地を諦めない。私が故郷と呼ぶ唯一の土地を離れはしない」。彼女はそう語った。

 彼女の言葉には、気候変動により居住不可能になる恐れのある太平洋島嶼国に暮らす人々が今後直面する困難な問題が反映されている。土地は太平洋諸島の社会を構成する重要な要素となっており、ほとんどの地域の住民は祖先から受け継いだ土地に強い一体感を持っている。人々と土地はいずれが欠けても完全なものとはなり得ないのである。それにもかかわらず、これまでほとんど、太平洋諸島の土地が気候変動の影響や適切な適応策(および軽減策)の策定に関する分析の対象とされることはなかった。

 ポリネシア語の「fauna」とその同族語には「島、領土、領地」「領地の人々」「胎盤」という意味があり、土地は母、兄弟、姉妹、祖父母といった親族関係を示す言葉で称されることが多い。土地は、存在論的安心(人、物、場所、意味といった物事がずっと変わらずにいるという確信を与えるもの)と、帰属感や自分が何者かについての確信に支えられた人生の連続感を与えてくれる。移住はいつの時代にも行われてきたが、従来、移住は循環的なものである場合がほとんどだった。住んでいた土地を離れても、たいていはその土地にまた戻ってきたのである。誰もいないまま土地を放置することはできなかったので、常に誰かがとどまり、その土地との関係を維持した。

 人々の物質的、社会的、文化的な安心が土地に深く根差している場合、二つの大きな課題が出てくる。第1に、土地との大切なつながりが維持できるよう、そのままの場所で適応するためのあらゆる努力をしなければならない。第2に、移住が不可避な場合は、暴力的な結果を招く可能性を小さくするために、移住に伴う心理的、精神的、感情的な喪失感の軽減に全力で取り組まなければならない。計画立案は、文化的、社会的、感情的、心理的な混乱を最小限に抑え、ひいては紛争の可能性を最小化させるような手順を踏んで行うべきである。

 太平洋地域の独立島嶼国においては、国土の90%を超えるほとんどの土地が譲渡不可能で、売買その他の方法で所有権を恒久的に移転することができない。一般的に、土地は現世代だけでなく過去と将来の世代にも属する共有財産であると考えられているのである。さまざまな伝統的な方法で土地を交換することはできるし、これまでにも行われてきた。しかし、人々が慣習上の所有地以外の土地に居住し生活することはあっても、たいていは使用権(他者の財産を使用する一時的な権利)に基づくものである。

 このことはさまざまな影響をもたらす。気候変動の影響は環境劣化と関連しており、居住地の資源基盤ではすべての住民を十分に養えなくなるかもしれない。さらには、その土地はもはや居住者をまったく養えておらず、地域社会がまるごと移住せざるを得ない状況に陥っている可能性すらある。このように気候変動が生み出す移住者は、新たな居住と生活の場を探す必要がある。移住先が農村部であろうと都会や都会近郊の不法占拠居住地であろうと、慣習上の所有者との緊張や軋轢が生じる恐れがある。

 地域社会全体が移住を余儀なくされる場合、おそらくその社会は崩壊し、各世帯もしくは集団ごとに移住先を決めることになる。多くは、自らが属する土地や帰るべき土地を持たないまま、都会に移り住むことになる。

 移住を余儀なくされる人々と移住先の土地の慣習上の所有者の双方にとって、地域社会全体の移住がもたらす悪影響を軽減し得る多くの措置が存在する。

 まず、危険にさらされている土地を特定する必要がある。気候変動が土地にどのような物理的影響をもたらすかについては、比較的よく知られている。例えば、海岸浸食、浸水、極端な異常気象の甚大化や頻発化、疾病媒介生物の変化やその他の健康衛生問題のほか、農産物の収穫量や漁獲量が減る可能性もある。こうした問題は、人々の居住地や資源に被害をもたらし、人々の暮らしに打撃を与えることによって、物質的な安定を脅かす。多くの太平洋島嶼国では、脆弱性評価がすでに実施され、居住不可能になり得る場所が認識されつつある。

 移住する場所を特定しなければならないが、その際、ある地域社会がその領地の一部を別の地域社会に譲り渡すことに伴う困難を認識する必要がある。影響を受けやすい地域社会ともともと付き合いのある地域社会が土地の提供について話し合いを始められる場合もあるかもしれない。あるいは、自主的な土地提供の申し出を募ることができるかもしれない。こうしたアプローチは困難ではあるが、不可能ではない。すでに、フィジー共和国の首相と太平洋教会協議会(PCC)は、移住を余儀なくされる問題に関した太平洋地域の決意を支持する人々の間には連帯感が生まれていると認識している。

 早い段階から移住する側と受け入れる側の地域社会の代表者を交えて行う計画の策定や協議は、慎重かつ文化的に適切な方法でなされるべきである。計画は長期にわたり、気候変動の影響の悪化に左右されるものであることを各当事者が理解することが重要である。

 各国政府および当事者の協議は、金銭的なものに限らない補償の問題や、移住する側のニーズについても、取り上げるべきである。移住する側は、ひとたび移住先に定着した後は、できる限り慣習上の故郷で暮らしていたときと同じように、生活、土地、居住に関する安心を得られるべきである。これには、集落を形成し、必要最低限の生活の糧と商業的な必要条件を満たすに足る土地(およびそのための十分な漁場)も含まれる。

 また、移住する側と受け入れる側の代表者が早い段階から交流を持つことも奨励されるべきである。例えば、双方の住民がそれぞれの地域社会の社会的、文化的、物理的な特性を理解できるよう互いの土地を訪問し合うなどしたうえで、まずは、一部の移住者が“先発隊”として移り住み、再定住を円滑に進めるといったことが考えられる。

 そうすることで、移住先の土地の開発を進めることができる。この段階では、定住に先立ち、住居を建て、庭をつくり、インフラを整備することになる。

 何らかの問題がある場合は、その問題が確実に特定され、できる限り速やかな解決が図られるよう、移住する側と受け入れる側の双方の地域社会の関与の下に継続的な監視と評価を行う必要がある。

 これらの措置は、移住を余儀なくされる人々と移住者が再定住できるよう土地を譲り渡す人々のいずれにとっても、移住によってもたらされる地域社会全体の悪影響を和らげる可能性がある。気候変動が生み出す移住は特定の地域における軋轢を高めるかもしれないが、その一方で、積極的かつ長期的な計画策定を進めることが推奨される。逆説的ではあるが、地域社会全体の移住は最後の手段であるが、移住計画の策定を最後まで先延ばしにしてはならない。これを放置すれば、後々の世代にも及ぶ禍根を残すことにもなりかねない。

 本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.37の要約である。

ジョン・R・キャンベル:ワイカト大学(ニュージーランド)リサーチ・アソシエイト。ほぼ半世紀にわたり、太平洋諸島における災害リスクの軽減や気候変動への適応など、人間と環境の関係について研究活動を続けている。