政策提言

気候変動と紛争 (政策提言 No.33)

2019年02月22日配信

地域社会の意見を取り入れて
気候変動が誘発する再定住計画を改善

フォルカー・ベーゲ/ウルスラ・ラコバ

 本稿(Volker Boege・Ursula Rakova共著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.33「気候変動に誘発された移住:課題と成果 - カートレット諸島の事例(原題:Climate Change-Induced Relocation: Problems and Achievements—the Carterets Case)」(2019年2月)に基づくものである。

 グローバル・サウスでは、気候変動が誘発する再定住に対し、国家機関、地元の慣習的意思決定機関、市民社会の団体というすべてのステークホルダーが関与するホリスティックで一本化したアプローチが必要とされ、特に、地元の伝統的なアクター(取組主体)およびネットワークとの敬意に満ちた関わり合いが必要である。戸田記念国際平和研究所の政策提言で、筆者らは太平洋のカータレット諸島からの気候変動に誘発された再定住について研究した。この事例は他の場所での将来的な移住の取り組みとも関係する幅広い問題を含む。この種の再定住の実現を希望する場合、これらの教訓が役立つと思われる。

 気候変動の影響により、パプアニューギニアのブーゲンビル自治州カータレット環礁の住民は、故郷の島で家族が暮らすことに未来はないと判断した。六つの低海抜の島で構成され、総面積がわずか0.6平方キロのこの環礁に、現在約3,000人の住民が生活している。淡水井戸と土壌の塩水化に伴い、魚、バナナ、タロイモ、その他の野菜を中心とする自給自足経済の維持が困難になった。マラリアの感染が増え、食料援助への依存も深刻化している。そして、ほぼ年間を通じて発生する激しい暴風雨により、船でブーゲンビル本島に行くことが危険になってきた。

 カータレットの住民は率先してツレレ・ペイサ(「自分たちで波を乗り切る」という意味)というNGOを立ち上げ、カータレット総合移住計画を立案した。その目的は、86キロ離れたブーゲンビル本土で主にカトリック教区から寄贈された移住地に、約1,700人のカータレット島民が自主的に移住することだった。再定住計画では、住居と社会基盤の整備、所得創出プロジェクト、医療・教育・訓練施設、受け入れ側地域社会のニーズと取り組んでいる。ツレレ・ペイサは受け入れ側地域社会からの反感と敵意が生じる可能性を引き下げることに苦心し、彼らと新住民との間に持続的な結びつきを確立することに努めている。

 ツレレ・ペイサは7名の理事会で運営される。理事2名はカータレット諸島とティンプツ(移住先の地区)それぞれの地元運営組織の委員長である。彼らを理事会に加えたことで、組織の指導層で地元の声が確実に代表されている。

 ティンプツ再定住地では、菜園作り(住民の消費分に加え、余剰分をカータレットに送る)、タロイモの植え付け、カカオの木を栽培し、カカオ豆を発酵・乾燥させて収入を得る方法の学習、住宅建設、植樹、飲料水タンクの設置など、相当な作業が行われた。移住者は受け入れ側地域社会の大工と労働者の助けを借り、地元の建築資材を使って住宅を建てた。住宅建設は受け入れ側地域社会に新たな収入源を提供し、また、建築技能を提供して腕前を見せるという意味で、地元地域社会に当事者意識と誇りが生まれる。

 これまでに再定住した人数は約100人にとどまる。再定住を希望する人のためのさらなる土地の確保は難しい。ブーゲンビルには土地が乏しく、ブーゲンビル社会の伝統的な土地保有のしきたりでは、新住民を容易に受け入れない。十分な土地が見つかったとしても、カータレット島民とブーゲンビルの地域社会の間で、慣習的に受け継がれてきた土地を交渉により獲得し、明確な法的所有権を取得することは難しい。土地購入資金の確保も深刻な問題である。移転を希望する全家族の移住には推定530万米ドルを要する。よって、財政的な制約が移住努力を阻む大きな障害になる。

 文化的遺産、自らのアイデンティティー、尊厳、神聖な地とのつながりを失うリスクを引き受けることになるカータレット島民にとり、自分の土地を後にして去ることは問題である。

 カータレットの地域社会で母系社会出身の女性にとっては、再定住は特に重い課題である。土地譲渡の連鎖が断たれるため、土地を失うことは彼女らにとりトラウマ的な経験になる。一方、彼女たちは自分の土地がもはや家族を支えられないことも自覚している。子どもたちの未来を確保するために移転する必要性と、ここにとどまりたいという願いの間で、彼女たちは引き裂かれている。

 カータレット島民の恐れと懸念は、再定住が単に物質的な問題をめぐる技術面での懸案事項ではないことを、あらためて浮き彫りにする。それには重要な文化的、心理的な側面があり、精霊信仰上の側面さえもある。これらのニーズと取り組むために、ツレレ・ペイサはカータレット島民が「故郷を離れる必要性に伴う恐れ、不安、トラウマを克服する」手助けをすることを目的の一つに掲げている。

 カータレット島民の苦境は国際的にかなりの注目を集めた。しかし、それは実質的な支援にはつながっていない。ツレレ・ペイサの再定住プログラムは、寄付団体や国際市民社会から、わずかな支援しか受けていない。パプアニューギニアの国としての援助も、ささやかなものである。2007年10月に、パプアニューギニア政府は公的なカータレット再定住プログラムに対して80万米ドル相当の予算を配分した。だが、長期的なコンサルティングに加え、数件の調査と社会的影響に関する研究が実施されたにもかかわらず、現実の再定住にはつながらなかった。

 国が主導した過去の移住の試みは、地元での移住者と受け入れ側地域社会の間の紛争、および不適切な再定住先が原因で失敗した。近所の人たちが移住者を標的にし、住宅と菜園、市場で販売する生産物を破壊し、若者たちを襲撃し、女性に性的暴行を加えた。

 国連開発計画(UNDP)によれば、これらの過去の再定住計画が失敗した原因は、移住する側の地域社会が移転を躊躇したこと、再定住の計画と実施において、移住先の選択を含め、地元の意見を取り入れなかったこと、適切な土地が不足していたこと、受け入れ側地域社会との社会的一体化への注意が足りなかったことである。

 それとは対照的に、ツレレ・ペイサのプログラムは包括的な地域社会の参加を基本とし、より将来性がある。このためUNDPでは、移住に対するツレレ・ペイサの地域社会をベースとしたアプローチが同地域の他の環礁に関する良好な移住モデルになりうると考えている。

 カータレットの住民は国やその他の方面からの援助を待つことなく、自分たちの運命を自らの手に握り、その実行にあたっては相当の能力と創意工夫を示した。現場の人たちには独自に行動して対応する能力がある。彼らは受動的な気候変動の被害者ではない。その一方で、国際機関と国の政府の責任逃れを許してはならない。地元の対応能力を国際・地域機関や政府と国家機関の無策をごまかす口実にしてはならない。

 とはいえ、気候変動の影響に対して特に脆弱なグローバル・サウスの多くの地域で、国家機関が効果的に機能せず、サービスの提供に問題があることも真実である。そのような脆弱な状況では、国家機関と国際的寄付団体が国以外のアクター、すなわちNGOや地域社会ベースの組織をはじめとする市民社会のアクター、地元の慣習上のネットワークや伝統的権威者などと密に協力することが特に重要である。これらの地元の伝統的指導者は、地域社会の意思決定機関、自然資源、環境を管理する。ツレレ・ペイサの例が実証するように、彼らは再定住プログラムのプランニング、意思決定、実施において重要な役割を務めることが可能であり、実際にその役割を果たすため、再定住という対策を含め、気候変動適応に関与する必要がある。

 ツレレ・ペイサに関して興味深い点は、それが欧米的な理解における単なるNGOや市民社会の組織ではなく、欧米の「市民社会」というカテゴリーには収まりきらない非国家的なアクターと密接に結びついているということである。ツレレ・ペイサは地元の長老会、すなわち慣習的社会の伝統的権威者の要請により設立された。したがって、ツレレ・ペイサは「橋渡しをする組織」の一例であり、地元の慣習的生活を基盤とする世界と、国や市民社会という「外部」の世界とを結びつけている。

 カータレットの事例から、以下の政策提案が導かれる:

  • 気候変動による移住では、国家機関、地元の慣習的意思決定機関、市民社会団体などのさまざまな社会圏のステークホルダーによる活動を、すべてを包含する意思決定機関の枠組みに収めて統合すべきである。特に、地元の伝統的なアクターとネットワークの潜在能力を活用せずに見逃すことは避けなければならない。
  • 再定住は社会経済的、政治的、心理的、文化的、哲学的、霊的、物質的、非物質的要素を包含するホリスティックな方法で理解し、取り組むべきである。
  • 再定住には潜在的な紛争の可能性が内在するため、紛争配慮の方法で再定住を実施し、再定住地域社会と受け入れ側地域社会双方のニーズ、利益、期待を考慮に入れるべきである。
  • 新規移住者と受け入れ側地域社会の双方が、全当事者との継続的対話を通じ、再定住プロセスのあらゆる段階に意味のある形で含まれ、全面的に参加する必要がある。
  • 世界から地元に至るさまざまなレベルの移住統治を連携し、異なる統治レベル、異なる社会圏、異なる地方、異なる世界観のステークホルダーをつなぐ橋渡し役を務める機関に、特に支援を提供する。

 本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.33の要約版である。

フォルカー・ベーゲ:戸田記念国際平和研究所の気候変動および紛争プログラムを担当する上級研究員。太平洋地域における平和構築とレジリエンスの分野で幅広い研究を行っている。

ウルスラ・ラコバ:パプアニューギニアの環境活動家、気候変動活動家。ツレレ・ペイサの事務局長を務めている。