気候変動と紛争 (政策提言 No.36)
2019年03月01日配信
気候変動とソロモン諸島の地域社会における紛争と平和構築
ケイト・ヒギンス/ジョサイア・ドーラ・マエスア
本稿(Kate Higgins・Josiah Maesua共著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.36「気候変動とソロモン諸島における紛争と平和構築(Climate change, Conflict and Peacebuilding in Solomon Islands)」(2019年3月)に基づくものである。
気候変動がソロモン諸島の地域社会や紛争にもたらす影響について有意義に関与するには、その地域の世界観、すなわちソロモン諸島に暮らす人々の物質的、経済的、政治的、社会的、精神的な世界に深く根差した方法で取り組む必要がある。先般、戸田記念国際平和研究所に寄稿した政策提言で述べたように、気候変動が引き金となって深刻化もしくは発生した紛争を解決するためには、何をもって平和と正義とするかについての地域社会の認識を踏まえた方法で取り組まなければならない。
南西太平洋に浮かぶ1,000に近い島々で構成されるソロモン諸島では、主に農村部に位置する小規模な地域社会が何世紀もの間、気候変動と極端な異常気象をしのぎ、きわめて予測不可能な環境のもとで健全な生活状態を維持してきた。長年にわたる植民地支配、資本主義、布教活動、戦争、紛争をくぐり抜けて存続してきたことは、ソロモン諸島に暮らす人々がいかに適応力に優れているかを示している。同諸島の多くの地域社会は、土着の慣行と外部から取り入れた新たな慣行を組み合わせることでさまざまな変化への適応を図っている。その変化の中には、今日の急激な環境変化によって深刻化しているものもある。
地域の平和構築メカニズム
気候変動が紛争に与える影響と潜在的な平和構築の機会を検討するにあたっては、こうした地域の適応力を真剣に受け止め、各地域社会で指導者がその土地に根差した「日常的な平和構築」メカニズムをどのように用いているかを認識することが重要である。同時に、各地域社会はその社会を取り巻くさまざまな近代的制度と関わり、土着の慣習と新たに取り入れた慣習を組み合わせることで相対的な平和と安定を地域レベルで達成している。
気候変動が農村部の生活や国内移住に大きな影響を与え、結果的に紛争要因にも大きな影響を及ぼしていることを踏まえると、政府や市民社会、政策立案者、外部関係者はいかにして地域住民の世界観を受け入れ、これに寄り添うかたちで紛争の防止・抑制を図ることができるのだろうか。そして、外部者はどうすれば地域の適応力を活用し、外部主導型の援助や開発をめぐる紛争の発生を回避することができるだろうか。
私たちは6点の重要な提言を行っているが、その第1は、地域社会への支援は、社会生活は精神、人間関係、政治、経済などさまざまな側面で気候変動に関わっていることを踏まえた対話に基づくものでなければならない。また第2は、外部支援が地域社会の適応力に応じたものとなるよう、その土地に既に存在する制度を活用すべきである。つまり、地域社会で適応プロジェクト委員会や災害プロジェクト委員会を新たに立ち上げるのは避けるべきだということである。既存の枠組みのもとで取り組みを根付かせ、新たな紛争を発生させないためには、新たな組織を立ち上げるよりも、教会、首長や長老といった慣習上の指導者、女性や若者の代表者、教師や保健師のようなサービス提供者など、既存の現地の制度や体制と協働するべきである。紛争は往々にして外部から持ち込まれたプロジェクトをめぐって発生するのである。
今日、ソロモン諸島の多くの地域が海面上昇、食料や水の供給不安といった気候変動による緊急かつ直接的な影響に直面している。気候変動は国内各地に存在する紛争要因を増幅させるかもしれない。その中には土地や資源の管理も含まれるが、これらの要因は1998年から2003年に起きた民族紛争に関わる対立の傷跡や世代間トラウマとも結びついている。同諸島における現在の紛争要因と気候変動の影響を直接結び付けるのは誤りであるが、特に気候変動によって環境への負荷が高まっていたり、居住者が移住せざるを得ない状況に陥っていたりする地域において、急激な物理的環境変化がいかに地域社会生活の平和と安定を脅かし得るかを無視するのもまた誤りである。
適応力
気候変動の影響に対する地域社会の適応力を左右する要因として、まず地域の指導者が挙げられる。政府の対応が遅く、その対応力も限られていることから、この要因は特に重要である。例えばマライタ州の東クワイオ村では、医療保健センターで働く影響力のある地域住民の指導力だけでなく、土着の指導者を中心とする慣習的指導体制や昔から伝わる自然環境に関する知識も動員して、海面上昇への適応のための画期的な取り組みが行われている。またウェスタン州における別の事例では、気候変動で漁業資源が減少していることが科学的に示されているにもかかわらず、土着の指導者が地域住民に漁法や漁場を変えさせることで漁獲量を維持している。
二つめの要因はキリスト教の信仰の在り方である。ソロモン諸島の住民のほとんどは敬虔なキリスト教徒である。したがって、キリスト教は同諸島全域で大きな力を持っている。ただし気候変動に対する姿勢はさまざまである。例えばウェスタン州のある村では、この村はキリスト教史上の重要な場所なのでこの地に暮らす人々は気候変動から守られている、と教会指導者が説いている。その一方で、同諸島北部のポリネシアに位置する低環礁で移住の危機に直面しているオントンジャワでは、教会の信徒が気候変動について積極的に語り、適応のためのプログラムを運営し、移住の必要性について全国的な対話を実現すべく橋渡ししようとしている。
三つめの重要な要因は、気候変動とは何かについての住民の認識が地域社会ごとに異なるということである。学者や政策担当者は気候変動が科学的証拠で説明される専門的な問題であると理解しているが、村人たちは環境の変化をはるかに総体的な観点で捉えているようである。地域に暮らす人々の宇宙観(世界の起源と未来に関する観念)がこうした認識の素地になっているようだ。したがって、紛争要因に配慮しつつ気候変動への適応に関する課題に取り組むためには、気候変動を専ら科学的な現象として捉えるのではなく、環境変化に対する地域社会の考え方を取り入れ、その考え方を尊重し、大切にしなければならない。
四つめの要因として、外部主導の長期適応プロジェクト、標準化された解決策、短いプロジェクト・サイクルという条件下で、外部関係者(現地で働くスタッフやボランティアを含む)はプロジェクトの各過程を通じて地域社会の住民に寄り添うだけの時間の余裕を持てない場合が多いということがある。この部分が抜け落ちると、各地域社会内の状況や紛争の力学の複雑さを理解できない可能性がある。また、気候変動の影響に起因する問題を解決する術を持っているのは外部の者たちだけだ、という誤った認識を強めることにもなりかねない。その結果、ソロモン諸島全域で「ハンドアウト・メンタリティ」と称される外部支援頼みの状況に陥りやすくなる。
こうした悪影響はそれ自体が紛争の原因となり得るものであるが、これを阻止し、紛争を防ぐ必要性とその方法に関する幅広いコンセンサスを得るために、私たちは現地地域社会の視点と知識を踏まえた包摂的なアプローチを推奨する。紛争の影響を「修正」する役割を単独で果たすもの、あるいはその能力を有するものとして、国家機関や外部関係者を捉えるよりも、地域社会と外部関係者の関係に着目する必要がある。そうすることで、気候変動が原因で深刻化もしくは発生した紛争の解決を図る取り組みは、何をもって平和と正義とするかについての地域社会の認識を軸としたものになるだろう。
本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.36の要約である。
ケイト・ヒギンス:NGO「コンシリエーション・リソーシーズ(Conciliation Resources)」の太平洋プロジェクト担当マネージャー。太平洋地域においてガバナンス、平和構築、地域社会開発分野の活動を行っている。
ジョサイア・ドーラ・マエスア:国連開発計画(UNDP)ソロモン諸島事務所のナショナル・コーディネーター。現在、国連プロジェクトサービス機関(UNOPS)が運営する地球環境ファシリティの小規模助成プログラムのナショナル・コーディネーターも務めている。