政策提言

気候変動と紛争 (政策提言 No.17)

2018年07月01日配信

オセアニアの気候変動対策における紛争回避に必要な
慣習上のアクター(取組主体)と意思決定機関の関与

フォルカー・ベーゲ

 本稿(Volker Boege著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.17「オセアニアにおける気候変動と紛争:政策関連研究課題に関する課題、対策、提言(Climate Change and Conflict in Oceania: Challenges, Responses, and Suggestions for a Policy-Relevant Research Agenda)」(2018年7月)に基づくものである。

 紛争多発傾向という気候変動の影響に対する太平洋島嶼国(PIC)の脆弱性を考えると、この地域に対する関心が希薄であることには驚きを禁じえない。政策担当者は気候変動の影響による紛争の可能性に加え、適応と軽減のための政策および技術と取り組むために、これまでほぼ無視され、または過小評価されてきた、気候変動と紛争の関連性に関する課題に取り組む必要がある。これには気候変動に適応するための文化的要素と精霊信仰上の要素、先住民の知識、先住民固有の手法が含まれる。知識が欠落した部分を埋めるために、よりきめ細かな民族誌的研究により、オセアニアの地元の複雑な背景を探るべきである。西洋的ではなく人間中心でもない概念は特に注目に値する。

 オセアニアの沈みゆく島々は、人為的な地球温暖化がもたらす深刻かつ前例のない結果の象徴になった。それらの島の多くがこの影響に対する極度の曝露に直面しているが、適応のための選択肢は限られている。その注目すべき実例がソロモン諸島マライタ州周辺の島々である。海面上昇とその影響により島が居住不可能になりつつある中、住民はマライタ本島に移住し始めた。ツバル、キリバス、マーシャル諸島などの環礁で構成される低海抜国は消滅の危険性に対してとりわけ脆弱である。

 海面上昇、異常気象の頻度と激しさ、大気と海水面の温度上昇、洪水と長引く干ばつ、海岸浸食、塩水侵入、塩類化が島の経済と居住環境を脅かしている。気温上昇により、マラリアやデング熱などの蚊が媒介する病気の危険性も上昇する。気候変動の影響として新たに出現する幅広い経済的、社会的、文化的問題が、紛争を引き起こす格好の条件を提供する。

 この地域は気候変動のホットスポットであるため、気候変動の影響と結びついた紛争が太平洋島嶼国の地域社会で暮らす住民にとり重大な懸念である。集団間の暴力からドメスティック・バイオレンスまで、さまざまな形をとった暴力的な紛争が、気候変動の社会的影響、特に気候変動による移住と連関する可能性がある。オセアニア全域の太平洋島嶼国社会において、気候変動が誘発する暴力的紛争が激化するか否かは、気候変動の優れた統治の有無にかかっている。このことから、幅広い領域での統治上の施策を検討する必要がある。これは国家の機関や西洋的な理解でのいわゆる市民社会というものの組織だけでなく、地元の慣習的社会領域における伝統的な権威と意思決定機関についても、それらが果たす重要な役割を認識することが不可欠であることを意味する。

 気候変動が誘発する移住およびそれと紛争との関連性はさまざまである。たとえばパプアニューギニアでは、気候変動の影響により計画され進行中のカータレット環礁の島々からブーゲンビル本島への移住が比較的成功裏に進んできた。しかし、土地をめぐる紛争により、一部のカータレット島民が元の島へ再移住する事態に至った。また、ブカ島の移住地区のカータレット出身住民からは土地利用と漁業権をめぐる受け入れ側地域社会との紛争が報告されている。移住民の家と菜園が破壊された。さらに、移住民の若者が襲撃され、女性への性的暴行が発生した。

 この地域では他にもこの種の事件が発生している。わずかな自然資源、特に土地をめぐる紛争が、たとえば沿岸地域から高台に移転した新住民と旧住民との間で勃発する。キリバスでは、水不足が原因で、互いの土地に侵入することを余儀なくされた隣接する地域社会間で紛争が起きた。

 局地的な暴力的紛争は、気候変動により生じる無計画な移住の落ち着き先となることの多い都市の占拠地でも発生する。太平洋諸島の都心にある過密な不法占拠地数カ所では、ドメスティック・バイオレンスが増加している。これらの占拠地は、しばしば出身の島が異なるコミュニティー間の暴力的で時には死者さえも出る紛争の現場でもある。それらの地域社会の多くの住民が、気候変動の影響が原因で故郷の島を後にした。

 ブーゲンビルやソロモン諸島のような内戦後の脆弱な環境では、気候変動が「複合的悪化要因」であり、気候変動により誘発される移住および気候変動の他の影響は、特に再定住地区において、紛争の拡大につながる可能性がある。ただし、紛争拡大へとつながる行程について考えるにあたり、影響するすべての要因、特に意思決定機関の重要性と統治の質に注目する必要がある。

 気候変動により誘発される紛争が暴力的になる潜在的可能性は、主に次の4項目の変数に依存する:

  1. 気候変動による環境悪化の深刻さと緊急性
  2. 影響を受ける地域社会の脆弱性と適応能力(すなわち適応し、生活様式を変え、移住するために、どのような選択肢があるか)
  3. 紛争に関与し、問題「解決」手段として暴力を用いる能力と意思
  4. 社会的・政治的な背景状況の脆弱性または安定性

 第1の項目は政治介入が到達可能な範囲を超えるが(少なくとも局所的には)、他の項目については紛争防止と紛争配慮の政策を通じて取り組むことができる。これは、優れた気候変動統治とは、その国と社会が直面する弱点と脆弱性、強みと安定性という問題が考慮されていることを意味する。

 太平洋島嶼国のような国では、優れた気候変動統治および適応計画の中で、先住民の伝統的なアクターおよび意思決定機関の重要性も考慮に入れる必要がある。首長や長老、部族長、宗教上の権威者、信仰療法の治療者、大立者、占い女などの伝統的な権威者は、地域社会統治、自然資源、環境を管理する。彼らは土地の慣習に従い資源の利用を調節し、紛争を解決する。たとえば、伝統的な形の調停法または伝統的な「タブー」を使い、「禁猟区」での資源利用を調節し、制限することがある。よって、地域社会の適応能力のかなりの部分がそのような慣習上のアクターと意思決定機関にかかっている。

 さらに太平洋島嶼国では、教会が橋渡しをする組織の役割を果たし、地元の慣習的生活を基盤とする世界とその外界の国家や国際的な気候変動政策を結びつける。太平洋島嶼国の国民の大半が敬虔なキリスト教徒である。国家機関の手は都心から離れた地にまでは届かないが、教会は地上の至る所に存在する。したがって、気候変動の適応と統治に教会の参加を得ることがきわめて重要である。

 太平洋島嶼国の背景状況の中で気候変動の統治と適応のプランニングを成功させるには、先住民の宇宙論と世界観も考慮に入れるべきである。オセアニアでは、人間は孤立した個人ではなく、他の人間との関係性、そして人間界を超えた自然界と霊界における他のアクターとの関係性を通じて定義されるコミュニティーの一員と見られている。メラネシアのどのコミュニティーも、人、土地、海、先祖、精霊、樹木、村落、動物、言語、山、神を包含するホリスティックな宇宙論的考え方で理解される。その結果、環境または気候は、人、社会、神聖なものと区別できるものではなく、宇宙論的な意味でつながったものとして理解されている。太平洋島嶼国の背景状況において、この世界観は気候変動の適応と統治、紛争防止、そして平和構築の研究に対して広範囲に及ぶ影響力を持つ。

 相互に支え合う適応と平和構築のプロセスを通じ、気候変動と紛争との連関を克服するための協働が、優れた気候変動統治の鍵を握る要素である。最良の場合のシナリオでは、平和構築が気候変動適応を支え、気候変動適応が平和構築を支える。

 本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.17の要約版である。

フォルカー・ベーゲ:戸田記念国際平和研究所の気候変動および紛争プログラムを担当する上級研究員。太平洋地域における平和構築とレジリエンスの分野で幅広い研究を行っている。