政策提言

協調的安全保障、軍備管理と軍縮 (政策提言 No.153)

2023年01月27日配信

紛争解決の原則はウクライナに適用できるか?

ヒュー・マイアル

Image: Lightspring/Shutterstock.com

 ロシア・ウクライナ戦争で和平合意に至ることは困難ではあるが、本政策提言では、仮に両当事者が現在の立場から脱却しようとするのであれば、紛争解決の原則を適用し得ると提案する。本稿では、紛争の背景、考え得る和解の輪郭、紛争解決のプロセスについて検討する。

 2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻は、欧州大陸に大国間戦争の破局的再来をもたらした。伝統的な紛争解決の考え方や実践を、この紛争にどのように適用できるだろうか? 紛争の拡大と激化という明白なリスクを回避するためには、紛争を終結させようとする努力が不可欠である。しかし、本稿の執筆時点では、早期和平はほとんど期待できず、紛争は極めて解決に至りにくいと思われる。

 戦争の継続に伴い、両国は相容れない立場からますます抜け出せなくなっている。損失、恐怖、犠牲者が増えるにつれ、相手によってなされた悪行に対する認識が大きくなり、妥協はいっそう受け入れ難く思えるようになる。ロシア軍がウクライナで行った戦争犯罪、民間人の殺害、甚大な物的損害を考えると、ウクライナ側と西側の多くの人にとって、勝利なき和解は問題外である。ロシアの支配者層も、ドンバス地域などにおけるウクライナ人の戦争犯罪という同様のナラティブを持っており、ロシアは「ナチ化」とNATOの侵略に対抗して闘っているという考え方を今なお保っている。そのため、どちらの側も妥協や退却をするつもりは一切ない。

 それぞれの側が最大限の目標を追求している間は、相互に受け入れ可能な解決は見いだされない。しかし、合意に至らないことで、すでに両方の側に膨大かつ受け入れ難い人命の喪失と損害が生じており、今後も耐え難い人命の犠牲が生じる恐れがある。状況は、紛争の激化と拡大のリスクもはらんでいる。

 従って、現在の行き詰まった状況から交渉へと移行するためのプロセスが必要である。対話のきっかけとして、また、ロシアの介入の根拠を弱体化させる手段として、西側とウクライナ側は、恐らく侵攻が始まる前にすべきだったこと、具体的にはNATO拡大を停止し、ウクライナがNATO加盟国にならず、代わりに中立を宣言することを受け入れるべきだということが提案できる。ロシアは、2月24日以前の位置まで軍を撤退させることに同意すべきであり、和平合意に関する交渉が開始されるべきである。

 紛争解決が適用される第1段階は、最初の時点で紛争を回避する試みにある。紛争を回避する機会はあった。ロシアが侵攻する前、NATOがウクライナを受け入れることに同意するかは決して確実ではなかったが、侵攻によってその見込みは小さくなるよりむしろ大きくなった。戦争が起こった理由は、プーチンが、ウクライナのヤヌコビッチ大統領に抗議するマイダン革命が国内で発生した民衆の運動であることを信じようとせず(むしろクーデターと解釈した)、また、NATOがロシアを崩壊させる意図がないことを信じようとしなかったからである。プーチンはその侵略行為によって引き起こされた恐ろしい出来事に対して責任があるが、西側はウクライナのNATO受け入れという、ロシアにとっては明白なレッドラインであり、しかも短期間には実現しそうもなかったにもかかわらず、その意図を示すことにより反応を誘発してしまったことに責任がある。

(1)ウクライナに関する和解

 紛争解決の主要目的の一つは、過去の紛争でどのような要因が働いていたかを学び、現在の紛争や新たな紛争への教訓とすることである。ケント大学紛争分析研究センターのネオ・ロイジデス所長は、ウクライナ紛争の和解に向けた一連の提案を示した。それは、ウクライナの戦争のような極めて解決困難な紛争でも、和解に向けた本格的な紛争解決の選択肢があり得ることを示している。

 詳細の程度は異なるが、他にも多くの和平計画が出回っている。多くの場合、和平計画は、ゆっくり、少しずつ、幾度もの破棄を経て策定される。この紛争に和平合意があるなら、それは同様の断続的な経過をたどるかもしれない。和解への前向きな姿勢、相互に受け入れ可能な条件に徐々に至ることが、このプロセスの要である。

 現在は戦略的膠着状態が見られる。ウクライナは、自国よりはるかに人口が多く、核兵器を保有する国に勝利することはできそうにない。ロシアも、徹底抗戦を決意した広大な国であるウクライナを打ち負かし、占領することはできそうにない。双方が互いにひどい痛手を負わせ合っている。しかし、いずれの側も、戦争継続のコストが和解のコストを上回る段階にはまだ達していない。今なお双方とも最終的には勝利すると期待しており、相互に受け入れ可能な和解の在り方は、まだ両者の間で十分に検討されていない。

(2)在外ロシア人に関する暫定合意

 欧州とウクライナの危機の根源はソ連崩壊にあり、旧ソ連共和国におけるナショナリズム運動の盛り上がりという背景がある。ソ連解体により、多くの旧ソ連国民が自分とは異なる多数派民族の支配する共和国に散らばったままになった。1991年のソ連崩壊時にロシア国外に新たに独立した国家で暮らすことになったこれら2,500万人のロシア民族について、プーチンは、その悲劇的運命と彼が見なす状況を長年にわたって強く訴えてきた。

 西側は、相当数のロシア系少数派の権利が今なお十分に尊重されていない国へNATO加盟を拡大することによって、自らを厄介な立場に置いてしまった。ロシアと西側の長期的関係改善を目的とする、より大局的な和解の要素として、これらの国々に欧州安全保障協力機構(OSCE)の勧告を実行するよう求めるべきである。それに対してロシア連邦は、自国内の少数派住民の保護に関してOSCEの基準を守ることを約束するべきである。OSCE加盟国は、少数派住民の問題を監視し、援助するというOSCEの能力を強化するべきである。

(3)新たな安全保障構造

 ロシアによるウクライナ侵攻以降、西側の安全保障議論のほとんどは、ロシアがいまや欧州の安全保障にとって最大の脅威になると見なし、ロシアを敗北させ、経済的に孤立させ、制裁を加えるよう呼びかけるものである。同様に、ロシアの安全保障関係者も、西側を拡大主義的、覇権主義的で、ロシアに対して威嚇的だと見ている。そのため、それぞれの側が他方に対して身構えている状況である。安全保障のジレンマは、いっそう深刻化しつつある。対立が激化し続けるなら、平和的な打開の道があり得るかどうかは不明である。

 選択肢は、国連憲章の原則に立ち戻り(双方ともこれを守っていると主張してはいるが)、協調的な安全保障秩序を採用することである。それは、西側ではNATOに与えられた政治的重みを減じ、また、ロシア側では「シロビキ(siloviki)」が支配する軍・治安部組織の政治的重みを減じるということである。合意された新たな安全保障秩序へ動き始めるべきだ。全てのOSCE加盟国の安全保障会議でこれについて議論することが考えられる。

 2021年12月、ロシアは「安全保障に関するアメリカ合衆国とロシア連邦との間の条約案」を提案した。それは「受けるか否か」を迫るものとして提示され、その後間もなく侵攻が起こった。この提案は多くの部分が一方的であり、西側にとっては受け入れ難いもので、真剣に検討されることはなかったが、一部の点は新たな国際的和解に盛り込んでも良いと考えられる。より公平な条約によって、ディエスカレーション、警戒態勢解除、軍の前進拠点からの撤退を伴う真の武装解除と非武装地帯を欧州に実現することを目指すべきである。

 ウクライナ紛争とその背景にあるより広範な国際秩序をめぐる争いは手ごわい課題であるが、この紛争で絡み合う問題に対処し得る帰結を見いだすことは、原則的には可能である。

 本稿では、もしNATOが拡大の停止を約束したら、そして、もしウクライナが中立を受け入れたら、ロシアが侵攻で掲げた理由はなくなり、ロシア連邦がウクライナから軍を撤退させることも考えられると論じてきた。また、双方が軍事紛争をエスカレートさせるのを停止し、ディエスカレーションに着手することも考えられる。そのうえで停戦が合意されれば、交渉の道が開けるだろう。戦闘が続いている間は、第三者の調停者がマルチトラックプロセスを通して和解の見込みを模索することも考えられる。最終的には、戦争当事国による協定合意だけでなく、ウクライナは国民的対話を行う必要がある。

 ウクライナにとって、ロイジデス案に沿った妥当な和解合意を提案することは政治的な利益をもたらすだろう。そのような案と併せてNATO拡大停止の合意を提示することにより、ロシアがウクライナと戦争する根拠を弱めることができる。このような働きかけの主な対象は、プーチン自身ではなく、ロシアの人々、特にロシアの支配者層の中でもロシアの長期的安全保障、繁栄、国の保全を懸念する人々と考えられる。すでにこの戦争は人気がなく、成功しておらず、費用がかかっていることを考えると、プーチンの行為を正当化する根拠が否定されれば、ロシア人が戦争を続けたいと思う理由などあるだろうか? それが、併合の取り消しを可能にするために必要な「出口ランプ」にもなり得る。そのうえで、プーチンは引退し、合意の交渉に当たる新たなリーダーに道を譲れば良い。

本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイトに引用文献も含めて掲載した政策提言153の要約版である。

ヒュー・マイアルは、英国・ケント大学国際関係学部の名誉教授であり、同国の紛争研究学会の議長を務めている。ケント大学国際関係学部教授・政治国際関係学部長、ケント大学紛争分析研究センター所長、王立国際問題研究所の研究員(欧州プログラム)を歴任した。戸田記念国際平和研究所の上級研究員。