北東アジアの平和と安全保障 (政策提言 No.32)
2019年02月11日配信
朝鮮半島における平和の構築――
休戦協定から恒久的平和協定への転換
2019東京会議報告
本稿(Hugh Miall著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.32「朝鮮半島における平和の構築――休戦協定から恒久的平和協定への転換 東京会議2019会議報告(Building Stable Peace on the Korean Peninsula: Turning Armistice into a Stable Peace Agreement / Report of Tokyo Colloquium 2019 organised by The Toda Peace Institute)」(2019年2月)に基づくものである。
はじめに
2019年2月、戸田記念国際平和研究所は、六者会合の参加国のうち5カ国から代表者を招いた国際会議を開催した。2018年に国際関係の改善が見られたことを受け、朝鮮半島の非核化の実現、朝鮮戦争の正式な終戦宣言への見通し、休戦協定の恒久的な和平合意への転換の可能性という三つの重要な問題が話し合われた。
この会議では、朝鮮半島における安定平和の構築について、各国・地域の視点で捉えた対照的な見解が示された。いずれの出席者も個人の立場で発言した。
韓国の視点
文在寅(ムン・ジェイン)大統領政権下の韓国は、非核、不戦、体制転換なしという三つの原則に基づく政策を推し進めてきた。韓国は、自国の思いどおりに北朝鮮を吸収することで統一を果たそうとはしない。
韓国は現在、順調にいけば朝鮮半島に安定平和を構築し、両国による戦闘の恐れを除くことのできる和平政策を推進している。
韓国は平和実現の取り組みを三つの経路で同時並行的に進めてきた。
第1の経路は運用的軍備管理の取り組みである。これまでに著しい成果があり、南北間の軍事的信頼醸成に寄与している。
第2の経路は、現行の休戦協定を終戦宣言および関係国間の平和協定もしくは平和条約に置き換えるというものである。終戦宣言の当事国としてどの国が想定されているのかは定かではない。しかし南北朝鮮は、この課題については米国を交えた3カ国もしくは中国も含めた4カ国での話し合いを追求することで合意している。
第3の経路は、北朝鮮と朝鮮半島の非核化である。非核化については米国と北朝鮮の間に見解の大きな隔たりがある。米国が「まずは核廃棄、見返りはその後で」という原則を主張してきたのに対し、北朝鮮は「行動対行動」の原則に基づいて同時進行で見返りが与えられるべきだという立場をとってきた。韓国は両者の妥協点を探ってきたが、ここへ来て米国と北朝鮮は韓国の立場に歩み寄ってきたように思われる。
韓国は、見返りというインセンティブを今後の具体的な行動に結び付けるようなロードマップの策定が必要だと考えている。非核化を和平プロセスにおけるその他の課題に関連づけることなくして前進はあり得ない。中国も、非核化と南北朝鮮問題の解決は並行して進める必要があると考えている。
非核化の進展如何にかかわらず、韓国は軍備管理と信頼醸成措置を進めていく。
中国の視点
中国は、最近の首脳外交が朝鮮半島情勢を好ましい方向に動かしていると捉えている。とはいえこうした関係改善の動きが今後も続くかは分からない。
変化の可能性を示すいくつかの要因は挙げられる。第1に、北朝鮮は戦略的政策を大きく転換し、「あらゆる資源と労力を社会主義経済建設に集中させる」方向に舵を切った。第2に、北朝鮮に対する多国間制裁と特定国による一方的制裁が強化されている。第3に、首脳外交が活発化している。しかしながらこれまでの20年間を振り返ると、関係改善期の後には新たな危機が訪れている。また北朝鮮と米国は、それぞれが大きく異なる論理を持つために、お互いに対して不信感を抱いている。
核問題と和平問題を解決するための鍵は、南北朝鮮が共同で行う安全保障である。あらゆる関係国が一致団結して2つの朝鮮が共有できる安全保障に取り組むことによって、初めて朝鮮半島は繰り返し訪れる危機のサイクルから逃れることができる。
中国は、朝鮮の問題は南北の2つの朝鮮によってのみ解決できるという立場を取っている。しかし核問題に関しては米国と北朝鮮が先導的な役割を果たすべきであり、ゆくゆくは3カ国間対話が必要になるかもしれないと考えている。和平については、恒久的な平和宣言を行うには4カ国(北朝鮮、韓国、中国、米国)の関与が不可欠である。
米国の視点
北朝鮮に対する米国のアプローチには大きな変化があった。トランプ政権は政府スタッフによる念入りな作業、準備、訪問を、個人的な首脳会談開催に置き換えた。2000年以来見られなかった好機が訪れているが、ハードルはやや低く設定されている。
出発点として、首脳会談は害を及ぼすものであってはならない。米国政府の北朝鮮分析官たちは、米国が「完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄(CVID: complete, verifiable, and irreversible dismantlement)」という目標から離れる必要があるという認識で一致している。「同時並行的な行動(Parallel actions)」が現時点における米国政府内の合言葉である。首脳会談が包括的なビッグディールや重要なロードマップをもたらすとは考えられていない。何らかの重要な過渡的措置に向けたプロセスにつながれば、ハードルを超えたことになるだろう。そのためには、過渡的措置として何らかの和平措置が盛り込まれる必要があるだろう。
制裁の解除はあり得る。最も解除しやすいのは韓国による制裁だろう。特に開城工業団地の再開と金剛山への観光再開は、後者が南北朝鮮双方にとって歴史的に重要な場所ということもあり、自然の成り行きだと思われる。金正恩委員長は制裁解除を求めていることを強く示唆してきた。経済の安泰が金委員長にとって最優先の課題であることは、ここ何年もの間で最も大きな非核化に向けた機会をもたらしている。とはいえ、このアプローチは段階的な行動対行動のものでなければならない。
和平合意と非核化は、どちらを先に行うかの問題である。北朝鮮と韓国および北朝鮮と米国の間で、非核化を和平プロセスに結び付ける仕組みを用意する必要がある。
米国の視点では、北朝鮮が本当に和平を求めているかどうかは定かではない。北朝鮮は、韓国もしくは米国による敵対的行為に対する大規模な対外攻撃力を持つことが抑止力となる、という信念に基づき体制を存続させてきた。真の平和が訪れ、国境が開かれ、貿易と投資が自由に行われるようになったとき、果たして北朝鮮は存続できるのだろうか。
この会議の中では、米国のビーガン北朝鮮担当特別代表が2019年のハノイでの米朝首脳会談に先駆けて行ったスタンフォード大学での講演を境に、米国の姿勢に変化があったことが指摘された。
第1に、ビーガン特別代表は、ポンぺオ国務長官が北朝鮮から核物質濃縮施設を撤去するつもりがあるという話を非公式に聞いていたと述べた。
第2に、米国は現在、非核化に関する協議と同時並行で和平に関する協議を行う用意があるとしている。米国がこれまで非核化が先決と主張していたことを考えるとこれは大きな方針転換である。
第3に、ビーガン特別代表はロードマップに言及した。金正恩委員長が2019年の「新年の辞」(施政方針演説)で恒久的な和平体制と朝鮮半島の非核化を果たすとの決意を重ねて述べたことを踏まえると、このことは重要な意味を持つ。
第4に、同特別代表は、米国には第1段階の制裁解除を検討する用意があることを示唆した。
第5に、同特別代表は、韓国駐留米軍の削減や撤退に関するいかなる議論にも米国は関与していないと述べた。
第6に、米国は、上院の承認を必要としない和平合意(peace agreement)の締結に向けてどのような選択肢があるのか、じっくりと検討している。
ロシアの視点
ロシアは非核化に向けたロードマップについて、まず軍事演習を停止することの見返りとして核実験を停止し、その後2国間の合意形成、さらに多国間の取り決めに進むべきだと考えており、今起こりつつあることはこの考え方に沿っている。
現行の休戦協定を発展させて和平合意の締結を目指すのは現実的ではない。この休戦協定は軍司令官によって署名されたもので、韓国は署名をしていない。同協定は双方によって何度も破られてきた。
休戦協定の代わりに、北朝鮮、韓国、米国、中国、日本、ロシア、その他の国々が関与し、朝鮮半島に平和をもたらす新たな仕組みを構築するべきである。朝鮮半島での紛争は、世界経済に壊滅的な打撃を与えるため、同半島の平和は国際的関心事項であるからだ。
対立を回避し安定を維持する方法として、短期的には「条件付きの相互主義に基づく漸進的な非核化」を目指すのが妥当な戦略だろう。北朝鮮が段階的に非核化を進めれば、米国は段階的な制裁解除、朝鮮戦争を終結させる意思の宣言、恒久的な平和条約等の相互主義に基づく措置で応じるだろう。
首脳会談における主要当事国は米国と北朝鮮であるが、交渉のプロセスは4カ国、そして6カ国へと拡大し、国連の関与も含めるべきである。さまざまな2国間合意を締結することで、多国間合意に向けた相互に関与し合う枠組みが構築できるかもしれない。監視の仕組みも必要になってくる。これが関係改善に向けた仕組みづくりの基盤となるかもしれない。
日本の視点
現在、日本は交渉から置き去りにされた状態にある。日本は次の3つのことを目指している。
- 朝鮮半島における戦争と、戦争に発展する恐れのある対立の回避
- 北朝鮮における混乱の回避
- 完全で検証可能な非核化の達成
交渉が進むにつれ、関係当事国はより大きなインセンティブの提供を検討する必要がある。北朝鮮のGDP拡大および技術、産業、金融面での支援が必要になるかもしれない。日本その他の関係国は、北朝鮮が非核化を受け入れた場合、大規模な目に見えるインセンティブを提供する必要がある。
EUの視点
EUはルールに基づく国際秩序と国際法の尊重を支持し、軍備管理と軍縮に関するあらゆる条約と締約国によるそれらの完全な実施に尽力している。またEUは北朝鮮の核兵器不拡散条約(NPT)脱退を受け入れておらず、北朝鮮の核開発活動はすべて国際法違反と見なしている。
EUは北朝鮮に対する制裁を全面的に支持しており、独自の措置も講じている。しかしその一方で対話も求めており、平壌に公館を置くEU加盟国の代表を通じて意思疎通の道を開いておきたいと考えている。
EUは交渉による解決を望んでおり、北朝鮮に対して国際法と国際規範の全面的な遵守を求めている。EUは、完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(complete, verifiable and irreversible denuclearisation)を求めることになるだろう。
解決のためには、近隣国も関与しなければならない。多国間プロセスでの対話が必要であり、そのプロセスにはEUも参加する可能性がある。EUは検証の仕組みに関する専門知識を有しており、支援を行う用意がある。
北朝鮮の立場
現在の北朝鮮の戦略的優先事項は経済開発であり、それが現体制の長期的な存続を支えている。北朝鮮の戦略的関心事は米国との関係改善と対話決裂の回避であるため、米国を交渉の場につなぎとめるためにはある程度の譲歩を行う可能性がある。
北朝鮮の側に完全な非核化を受け入れる用意があるか否かについては意見の相違がある。既存の核能力の凍結を目指す方が現実的かもしれない。
米中対立が急激に悪化しているが、この対立は北朝鮮にとっては一息つく機会となるだろう。
北朝鮮が真に求めるものは、隣接地域における安全の確保と国際社会への復帰の機会である。
議論と結論
北朝鮮情勢は依然として危険な対立の可能性をはらんでいる。関係改善が進んでいることは歓迎できるが、これは繰り返し訪れる危機の前の改善期にすぎないのかもしれない。
朝鮮半島における複雑な対立には、さまざまな課題と主体が関わっており、その状況は地域諸国間だけでなく、世界の大国間における相互不信によってさらに深刻化している。しかしながらこれまでに行われた平和紛争研究によれば、戦略面で起きた不信に対しては、まずほんの小さな協力的姿勢を示すことで解決への端緒が開くことが示唆されている。協力的姿勢が相互に示された場合、信頼構築や協力につながり、互いの敵対的イメージを変えることができる。こういった関係改善への進展に不可欠なのは、当事国間の対話である。
北朝鮮問題の解決に市民社会が果たせる役割はあるのだろうか。北朝鮮に市民社会が存在するか否かは定かではないが、世界の市民社会は、北朝鮮の孤立状態からの脱却、平和構築への関与、科学・医療面での協力、離散家族問題、農業開発といった面での支援を行うことができる。
北朝鮮の核・ミサイル開発計画は、当該地域と世界の軍備および軍備管理に影響を及ぼしている。日本、米国、韓国、ロシアは北朝鮮リスクに備えるため、新たな軍備システムへの投資を始めている。北朝鮮の核兵器保有は世界の軍備競争に影響を与えているのである。
こうした展開が日本に拡大抑止(extended deterrence)を求めさせ、そのことが中距離核戦力全廃条約(INF条約)にも影響を与えている。日本は米国の「核態勢見直し(NPR)」を歓迎した。海上発射型核巡航ミサイルが、日本に拡大的に提供される抑止力の中心に位置づけられたからである。
米国の兵器近代化と開発は、朝鮮半島情勢を不安定化させる要因になるかもしれない。米国が沖縄で前方展開するかもしれない軍事利用可能な小型核兵器を提案した場合、日本は中国や北朝鮮の標的になってしまうだろう。
朝鮮半島の安定平和の合意に向けたプロセスは、北東アジアに協調的な安全保障構造を構築する機会をもたらすことになる。朝鮮半島の非核化が実現すれば、国際的な軍備管理と最終的な核兵器の全面禁止への期待は高まる。一方、朝鮮半島において核の増強再開、危機、対立が起きれば、この地域(特に韓国と日本)、これからの国際社会の軍備管理の見通し、世界の平和と安全保障に、深刻な影響を及ぼすことになるだろう。
本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.32の要約版である。
ヒュー・マイアル:英国ケント大学国際関係学名誉教授。英国の主要な平和・紛争研究者団体である紛争研究学会(Conflict Research Society)の議長を務めている。ケント大学では紛争分析研究センター(CARC)所長および政治国際関係学部長を歴任。王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)欧州プログラムの研究員を務めた。