政策提言

協調的安全保障、軍備管理と軍縮 (政策提言 No.65)

2019年11月27日配信

軍備管理と世界秩序―中国の視点

吴莼思(ウー・チュンシ)

 本稿(Wu Chunsi著)は戸田記念国際平和研究所の政策提言No.65「軍備管理と世界秩序―中国の視点(Arms Control and World Order: A Chinese Perspective)」(2019年11月)に基づくものである。

 2019年8月、米国は中距離核戦力(INF)全廃条約から正式に離脱した。この条約は1988年以来、2大核超大国が核の軍備管理・軍縮をいっそう進め、比較的安定した戦略的関係を維持できるよう、信頼の基盤を提供していた。

 INF条約の失効に加え、トランプ政権が戦略兵器を増強させる意図は明らかで、米ロ間の緊張が続く中、国際社会は戦略的安定の将来を懸念している。ホッブズ的な世界(訳者注:17世紀の政治哲学者トマス・ホッブズ=Thomas Hobbes=の説「万人の万人に対する闘争」)への回帰はまさに憂慮すべきものである。

 本稿は、国際軍備管理システムが軍備管理と戦略的安定の価値を維持するうえで直面する課題について、その深刻さの分析を試みるものである。課題は現実的かつ深刻であるが、国際社会が協力できれば抑制は可能である。

 国際的な軍備管理体制が急速に変化する世界の新たな現実に適応をはかる中、既存の軍備管理システムが課題に直面するのは、ある程度は避けられない。

 新しい科学技術、特にデジタル化と人工知能(AI)が近年発展したことで、新しい兵器システム、新しい戦争作戦の方式、さらには新しい戦闘の領域までがもたらされた。新技術には流動性(fluidity)、暗号性(crypticity)、軍民両用など新たな機能・特性が多くあるが、軍備管理機器はかなり旧式である。新技術の兵器転用を防ぐのに、旧式の機器がいまだに重要で効果を持ちうるという確信はあるだろうか。

 冷戦後、二極化した世界システムが終焉に至ったことで、致死的兵器に頼って権益確保をはかる一部の国々を巻き込み、地域や国内で紛争が起きる余地が生じた。このように、世界情勢は全体的には平和だが、一部の国が核兵器を追求するインセンティブは増えている。

 先進諸国は、軍備管理と不拡散の国際システムの強化や修復をしようと努力を重ねてきた。しかし、核不拡散や軍備管理の違反状況からすると、システムが完全に崩壊する可能性もある。

 トランプ政権は、軍備管理と不拡散の国際システムを限界点まで追い込んだ。トランプ政権はこのシステムを嫌うだけでなく、その指導原理を再定義しているようである。

 一般的に言えば、冷戦終結後、世界は米国と西側同盟国が主導する「リベラル国際主義」と呼ばれる一種の秩序に突入した。中国は、統治思想も政治体制も異なった国として、開放改革政策を取った後、次第に国際システムに参加し、そこに包括的に融合する準備さえしてきた。中国はこのシステムを変わらず支持しているが、こうした国際秩序を表現するのに「リベラル国際主義」という表現は避け、公正さを欠く取り決めには不満を表明してきた。

 中国はリベラリズムを広く解釈することを支持している。ジョン・アイケンベリー(G. John Ikenberry) の言葉を引用すると、「開かれたルールに基づくシステムの一形態で、国家同士が相互利益を達成しようと交易や協力に携わる」と位置づけることができる。異なる政治システムや異なる文化的・宗教的背景を持つ国々であっても、国際法によって治められるシステムでなら共存は可能だと、中国は考えている。

 中国は過去数十年の間、例えば世界貿易機関(WTO)などの国際機関に参加するための行動を堅実かつ積極的に取ってきた。また、安全保障やグローバル・ガバナンスの分野では、中国は国際的な核不拡散にその姿勢を適応させてきた。中国は現在の国際システムの利害関係国であり、そこから利益を得ている。

 よって、国際システムに対して本当の意味で挑戦的な立場にあるのは、経済の相互依存とグローバル化の進展に関心を失った勢力である。2008年の金融危機は変化につながる重要な局面だった。米国を皮切りに、危機は先進国の反グローバル化運動を駆り立てた。これに応じて、オバマ米政権は、経済分野などでグローバル・ガバナンスを再調整、改革、改善するための行動を起こした。しかし、トランプ政権は、すぐに世界秩序についての説明を変え、グローバルな課題への対処から主要国間の競争へと自らの関心を移した。

 それゆえ、軍備管理・不拡散の国際システムが直面している深刻な課題は、世界秩序の先進諸国が現行システムの根底にある哲学をもはや信じなくなっていることである。米国は、ホッブズ的な国際システムの理解に逆戻りしようとしており、それは、国際法や道徳が大国の行動に課している制約を完全に無視するものである。主要国が武器開発のインセンティブと法的根拠をいっそう持つことが予想される。軍備管理と軍縮は実現するかもしれないが、それは主要国が資源を使い果たし、戦力比較が新たな均衡に戻ったあとに初めて起きうることだろう。

 よって、課題の概略が明らかになったところで、次の重要な問題は、軍備管理、不拡散、軍縮のリベラルな機関・制度をまだ救いうるかという点である。

 この問いに答えるため、まず明確にすべきことは、米国はリベラルな秩序の中で重要な役割を果たしている一方、指導的立場にあるからといって、システムそのものではないという点である。第二次世界大戦後に国際主義のリベラルな秩序が成立するにあたっては、固有の主観的、客観的な条件が大きく関係していた。

 リベラルな秩序の確立につながる主観的要素は、世界の平和と安全を担う国際システムを実現させようと人々が意欲を持つことをさす。国際法によって国際問題に対処するには、大国間の無秩序な競争を抑制する力を持ち合わせたある種の国際機関が必要である。

 国連の構想は、パワーの重要性を認識しながらも、国際条約や国際法によって世界を管理するリベラルなアプローチを具体化したものだが、それには大国の助けが必要で、現実に「世界政府」を成立させることは不可能である。

 冷戦の終結後、2大超大国間で制御不能な核をめぐる対立が起きる恐れが弱まり、国際的な制度の遵守は低下している。パワーポリティックスではなく、法の支配こそが世界の平和と安全を維持し、大部分の国の利益を守るのに最善の方法だと強く再認識するよう、国際社会は行動を取る必要がある。

 一方、1950年代以降の経済と技術の発展により、協調的、合法的な方法で国際問題に対処することが必要になっている。第二次世界大戦の廃墟から、多国籍企業が極めて急速に成長し、世界で経済的に依存し合う度合いが大幅に高まった。これは、国際問題にリベラルに対処するのを支える基本理論である。

 上記の解釈に従えば、トランプ政権が支持するいわゆる「デカップリング(切り離し)」の措置が、国際主義のリベラルな秩序を大きく損なうことになる理由も明らかである。こうした変化で深刻な被害を受ける可能性のある国として、中国は世界のサプライチェーン、生産チェーン、バリューチェーンに変化が起きる可能性を過小評価できない。しかし一方、近代技術と経済の発展には世界を拡大し、結びつける固有の能力があると、中国はそれでもなお信じている。現時点でいくつか障害に直面し、調整が必要であっても、中国は依然として、経済のグローバル化の流れに乗っている。

 つまり、前向きに言えば、国際問題に対処するリベラルな方法につながる主観的、客観的な要因は依然としてある。問題は、指導国が責任逃れに走ったり、それどころかシステムの負の要因に陥ったりした場合、国際社会がそれでもそのシステムを活性化しうるかという点である。

 リベラルな秩序は、国際社会が共同で選択したものだ。指導国はもちろん重要だが、非核保有国から核不拡散への支持を得ることも同様である。問題は、システムの残りの部分が、現在の状況下でどのように影響力を発揮しうるかという点である。

 残りのシステムは、基本的には多数の中堅国や小規模の国々で構成されていて、軍備管理や不拡散の課題をめぐる関心や優先順位は異なる。このため、こうした国々は、団結して課題を設定し、それに大国が従うよう迫るのは難しいと分かっている。こうした点はこのシステムの弱点だ。もちろん、大国の多くは経済先進国であり、いわゆるポストモダン社会に属する。今後も軍備管理や不拡散などの国際問題で、引き続き役割を果たすと予想される。

 中国は国際問題における中堅国の役割を大いに尊重している。というのも、こうした国々は知的財産のパワーを持ち合わせているからである。特に欧州諸国は米国に比べ、歴史の複雑さへの理解が深いことが多い。例えば、中国は2008年の金融危機後、欧州をはじめとする西側諸国に、かなり積極的にアプローチした。こうした国々こそが、その後の展開の方向性をいち早く察知できると考えたからである。

 しかし一方で、欧州諸国や中堅の国々は、中国とともに軍備管理や不拡散に取り組むには障害がある。まず、これらの国々は、現時点では米国の役割に取って代わるだけの準備や効果的なチャンネルを持っていない。第2に、急速に発展を遂げ、近代化された軍事力を持つ中国について、軍備管理、不拡散、軍縮に関する国際協力に積極的かつ活発に参加するかどうか、世界は疑いの目で見ている。第3に、軍備管理、不拡散、軍縮の目標は、指導国の利益が代表される度合いが強い。

 中国は、軍備管理と大量破壊兵器の不拡散の国際システムを支持する。中国は一貫して、核兵器の先制使用はしない、非核国に対して核兵器を使用しないと表明してきた。中国の核備蓄は小規模で、防衛目的だ。中国は、最終的な目標は、全面的で完全な核軍縮であるべきだと考える。  国際的には、中国は核不拡散の分野で最も重要な国際体制に参加してきた。中国は核不拡散条約を支持し、紛争地域の問題に貢献してきた。例えば、朝鮮とイランの核問題に関する多国間プロセスに積極的に参加してきた。

 中国の国防政策については、中国の人民解放軍(PLA)の立場を理解するのに役立つ二つの側面がある。まず、政治的な観点から見ると、PLAは中国共産党の指揮下にある。第2に、国防戦略は中国の平和的発展の全体的な戦略に沿ったものでなくてはならない。それゆえ、PLAは国防に際し、防衛的な方針を取っている。

 過去数十年、中国軍は近代化を加速的に進展させてきた。これは海外では懸念を招いているが、中国国民と中国政府にはきちんと理解され、支持を受けている。故周恩来首相が提唱した「4つの近代化」(工業、農業、国防、科学技術の近代化)では、中国軍の近代化の進展が最も遅れており、巻き返しが必要である。

 軍事的発展を遂げても、軍拡競争に巻き込まれないのが中国の一貫した政策である。中国は引き続き自制し、米ロの軍事態勢が新たな展開を見せても、過剰反応はしない。

 実際のところ、中国は主要国、特に米国との戦略的関係の安定化に十分な注意を払うだろう。まず、中国と米国は、公正で公平な世界秩序について、共通の価値観を一部共有していると、お互いに確認し合える可能性がある。第2に、中国と米国は、時代遅れになった機関を改革する方法について、相互に協議できる可能性がある。協議においては、新たな課題を検討し、いっそう複雑化した安全保障の情勢に対処するにあたり、新たな視点、新たなアプローチ、新たな措置の必要性を考慮する。第3に、中国と米国は、核問題に関する効果的な対話を再び実施すべきである。例えば、核ドクトリン、非標的化政策、ミサイル防衛問題、戦術ミサイルの配備などがテーマだ。

 多国間の領域で、中国は四つの問題にいっそう関心を寄せる傾向がある。第1は核の危機管理や安全保障で、開発途上国で原子力の需要が高まっているのに応じたものだ。第2に、中国はアジア太平洋地域の安全保障を重視している。地域の安全保障メカニズムが弱いと考えるからだ。第3に、中国は国際原子力機関(IAEA)のような世界の軍備管理・不拡散を推進する国際機関の強化を引き続き支持する。最後に、中国は、サイバーセキュリティー、宇宙空間、無人航空機(UAV)、人工知能(AI)といった新たな戦略領域に、いっそうの関心を寄せる必要があると考える。

 全体として、中国は国際的な軍備管理、不拡散、軍縮への支援に前向きである。現在、中国と国際社会との交流は極めて限られている。国際的な学界やシンクタンクが、軍備管理問題で中国と世界をいっそう緊密に結びつけることができれば、大いに有益である。

 本稿は、戸田記念国際平和研究所の英文ウェブサイト上に引用文献も含めて掲載した政策提言No.65の要約版である。

吴莼思(ウー・チュンシ)は、上海国際問題研究所(SIIS)で、シニアフェローと国際戦略研究所所長を務める。研究分野は、軍備管理と不拡散、東アジアの地域安全保障、米中関係など。次の著書がある。「抑止力―理論とミサイル防衛」(中国語)(2001年)、「抑止と安定―米中の核関係」(中国語)(共著、2005年)。2012年1月~3月、戦略国際問題研究所(CSIS)のフリーマン・チェア・オン・チャイナ・スタディーズ(Freeman Chair on China Studies)の客員研究フェローを務めた。2004~2005年、憂慮する科学者同盟とフォード財団から軍備管理に関するフェローシップを授与され、マサチューセッツ工科大学国際安全保障研究センターで研究に取り組んだ。