Climate Change and Conflict フォルカー・ベーゲ | 2022年04月01日
最新のIPCC報告書: 太平洋島嶼国に朗報なし
Image: Tuvalu Airport and Lagoon Maloff/Shutterstock
気候変動の影響・適応・脆弱性に関する最新のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)報告書(2022年2月28日発表)では、気候変動の影響がこれまで考えられていたよりも深刻で、今決定的な行動を取らなければ、状況は予想以上に急速に世界中で悪化していくことが示されている。そして、低地の島嶼国や島々は最も深刻な影響を受け、真に存続の脅威に直面することが強調されている。これは、特に太平洋島嶼国(PICs)にとって悪い知らせである。
サモアのトエオレスルスル・セドリック・シュスター( Hon. Toeolesulusulu Cedric Schuster)天然資源・環境相は、IPCC報告書がPICsにとって何を意味するかを論じるためサモアの太平洋気候変動センター(PCCC)が開催したウェビナーで基調講演を行い、地球の気温上昇が1.5度を超えれば太平洋島嶼民に「壊滅的な」影響を及ぼすと述べた。そして、現行の世界各国の政策や取り組みでは、地球温暖化を1.5度未満に抑えることは不可能であろう。
IPCC報告書の小島嶼に関する章では、気候変動がPICsにもたらす壊滅的な影響が詳述されており、太平洋地域環境計画事務局(SPREP)とオーストラリア国立大学(ANU)はそれらの知見をまとめたいくつかの詳細なファクトシートを作成している。それによれば、PICsは現在すでに気候変動による悪影響を受けており、気温上昇が1.5度を上回るほど、その影響はますます悪化するとされている。これは、水資源と衛生(海面上昇による塩水混入や淡水不足、洪水リスクの上昇などによる水安全保障の脅威など)、集落とインフラ(サイクロン、洪水、浸水による脅威)、海洋生態系と漁業(サンゴ礁の消失、海水温上昇と酸性化に伴う生息域や海岸保護の消失、漁業資源の減少)、健康と福祉(水汚染、暑さによるストレスや死亡率など)に当てはまる。
特に懸念されるのは、食料安全保障の問題である。気温上昇、洪水、干ばつ、サイクロン、塩水混入、畑への損害、漁業資源の消失は全て食料安全保障、ひいては生活の安全保障を脅かすものとなる。
適応と対応の選択肢はある。マングローブの植林、森林再生、淡水化、防波堤の建造、住宅やインフラ設備のかさ上げ、農作物の多様化、雨水の活用などである。しかし、これらの対策は十分な資金調達の可否にかかっており、IPCC報告書は、この点で小島嶼国が深刻な課題を抱えていると指摘している。
さらに、気候変動は「小島嶼の居住可能性の低下」をもたらす。その結果、「気候変動による移住が増加すると予測される」。なぜなら、
「その場に留まった適応では不十分な可能性があり、移転(管理された退避)が適応策となりうる……しかし、伝統や慣習に根差した、あるいは先祖代々の土地との文化的関係性が重要であるため、移転には、文化的、社会的、経済的、政治的、地理的な制約が生じうる。……移住が想定される場合、文化的アイデンティティー、ローカルな知識や慣習が失われるという懸念が生じ、心の安定に影響を及ぼすおそれがある」からである。
これは、完全に消滅するかもしれない国々の住民にとって特に大きな懸念となっている。前出のウェビナーでは、トエオレスルスル天然資源・環境相とSPREPのコシ・ラツ事務局長の2人ともが、気候変動は「国全体の消滅をもたらす」恐れがあるとまで述べている。
この点で、IPCC報告書が気候変動による精神衛生上の影響を特筆したことは注目に値する。実際、「再定住は、個人とコミュニティーの場所の感覚、アイデンティティー、社会的つながりに影響を与える可能性があるという証拠が増えている」。従って、土地との強い結びつきをアイデンティティーの核としている太平洋諸島の人々にとって、移住は経済的、政治的、社会的、法的課題をもたらすだけでなく、恐らくそれ以上に重要な文化的、心理的、精神的課題をもたらす。
彼らの場所に基づく存在論的安全保障が脅かされていると論じることができるだろう。存在論的安全保障に対するこの根本的な脅威については、平和研究の視点からIPCC報告書のPICsに関する知見を評価する際、特に注意を払うべきである。また、移住、移転、退避には紛争を伴いがちな面があることも同様である。例えば、気候変動により影響を受けたコミュニティーが他のコミュニティーの土地(または海外)に移転する場合、適切に管理しなければ、移住者と受け入れコミュニティーとの間に暴力的な紛争が起こる可能性があることを留意しなければならない。
従って、IPCC報告書から引き出されるべき結論は、気候変動の影響、適応、脆弱性の紛争的側面にもっと注意を向けること、そして、特に太平洋地域における気候移住を考慮し、紛争への感受性を敏感にして平和を支援する適応策を計画することである。
引き出されるべきもう一つの結論は、PICsへの気候対策資金の提供を優先課題としなければならないということである。この点で、損失と損害の問題はPICsにとって中核的な関心事であることを念頭に置く必要がある。前回グラスゴーで開催されたCOPでは、この問題に関する実質的な進展が見られなかったため、PICsの代表者らは深く失望した。今回のIPCC報告書には、「気候変動による損失と損害を評価する方法とメカニズムは、小島嶼についてはおおむね策定が遅れたままである」と記されている。したがって、今後の課題は、「因果関係を推定する堅牢な方法論」を開発し、損失と損害の経済的コストを評価し、「損失と損害」資金ファシリティーを設立し、補償の道を切り開くことができるようにすることである。
結論としては、最新のIPCC報告書は、PICsの国民と政策立案者にとって非常に有用であることは間違いない。しかし、今後取り組まなければならないひとつの問題が紛れもなく存在する。気候変動の直接的影響を受けているPICsの人々の声が、報告書にほとんど反映されていないことである。本論の初めに述べたPCCCのウェビナーで、IPCCの副議長を務めたオーストラリア国立大学のマーク・ハウデン教授は、IPCC報告書の執筆陣において太平洋は明らかに「過小評価されている」と認めざるを得なかった。
これは、気候変動に関する主流の言説において、先住民の声は依然として脇に追いやられているという一般的見解とも一致する。先住民が「われわれは真っ先に影響を受け、話を聞いてもらうのは最後だ」と述べるのももっともである。主流の言説はいまなお、西洋の科学的アプローチという狭い枠にはめられている。気候変動に関する「伝統的な、先住民の、地元の知識」の重要性が徐々に着目されるようになってはいるが、今のところそれは、実際に言説あるいはIPCC報告書に盛り込まれるには至っていない(とはいえ、最新のIPCC報告書は初めてこの欠落を認め、いくつかの章ではこれに取り組もうとしている)。PICsに関する基本的な科学的データの欠如という問題に取り組むためだけでなく、気候変動による影響の文化的・精神的側面、適応策における紛争に対する感受性、暴力や紛争を予防する良好な気候変動ガバナンスに十分な注意を払い、太平洋島嶼民の存在論的安全保障を守るためにも、このギャップを緊急に埋めなければならない。
フォルカー・ベーゲは、戸田記念国際平和研究所の「気候変動と紛争」プログラムを担当する上級研究員である。ベーゲ博士は太平洋地域の平和構築とレジリエンス(回復力)について幅広く研究を行ってきた。彼の研究は、紛争後の平和構築、混成的な政治秩序と国家の形成、非西洋型の紛争転換に向けたアプローチ、オセアニア地域における環境劣化と紛争に焦点を当てている。