Contemporary Peace Research and Practice デニス・ガルシア | 2021年03月03日
ウイルスは爆撃できない! 共通利益のための新たな安全保障への期待
Photo credit: WorldIslandsInfo.com/Flickr
各国は、国民を守るために現実に必要な投資を犠牲にして、高価な兵器システムを備蓄するために大切な資金を費やしている。国家安全保障の胸算用は、巨額の兵器備蓄がすなわちパワーと地位であることを前提としている。しかし、21世紀の各国に実存の危機をもたらしている課題のどれを取っても、兵器によって取り組むことも、一国の単独行動によって解決することも、さらには軍事手段によって戦うこともできない。世界規模のコロナ禍で、各国の国家安全保障への投資は現実の脅威に立ち向かうには無意味であることが露呈した。変革の機は熟している。各国は一斉に一つの危機に立ち向かっている。それは、国家防衛に対する人間中心のアプローチへの移行である。第二次世界大戦後最悪の危機をきっかけに現行の世界秩序を変革できないとしたら、いつできるというのだ? この問いに対する答えは、“世界秩序は準備ができていないかもしれないが、行動するべき時が来た”である。
ノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーンの推定によれば、米国は“国家防衛”の名において核兵器システムを維持するために年間351億ドルを支出している。この額は、集中治療病床30万床、人工呼吸器3万5千台、看護師15万人、および医師7万5千人の年間費用に相当する。安全保障に対する軍事中心のアプローチは、現在病床に就いている、あるいは今後新型コロナに感染する、あるいは気候変動のカオスによる損害に脆弱な世界中の市民を守るものではない。事実それに失敗していると気付くべき時である。結局のところ、ウイルスを爆撃することはできず、爆弾で気候変動を是正することもできないのだ。
ウイルスとの戦いにおいて、兵器や爆弾に何の価値があるだろうか? それらは、現実の危機と戦う資源を市民から奪っている。筆者は、武器の流れと国際(非)安全保障を関連付けるさきがけとなった書籍のうちの一冊を執筆して以来、なぜ全ての国が兵器備蓄や無益な軍事中心の安全保障態勢のために国家資源(財務的資源と知的資源)を流用するのかという問いを考え続けている。国は、備蓄した兵器でウイルスを攻撃することも、国民を守ることもできない。
世界の軍事費は、2019年にほぼ2兆ドルに達した。2015~2019年に武器輸入額が最も大きかった国々は、パンデミックへの備えが最も脆弱だった国でもある。サウジアラビア、インド、エジプト、アルジェリア、イラク、パキスタンである。これらの国々は、国民のために人間の安全保障に資金を費やして、パンデミックによる打撃に耐えることもできたはずである。
また、大国は、将来の戦争から自国を守るため(という想定で)、人工知能(AI)を使った新たな兵器システムの開発にも余念がない(国民による精査や監視をほとんど、あるいはまったく受けることなく)。筆者は、2017年より活動している学際的科学者団体、「自律型兵器の規制に関する国際パネル」のメンバーであり、この分野について国連での議論において証言を行ったことがある。大国は、AIに依存して目標達成を強化する未来の“アルゴリズム戦争”の準備を進めている。筆者は、アルゴリズム戦争の準備をしても、目の前の危険な脅威から人々を効果的に守ることはできないと考える。それどころか、将来待ち受ける非軍事的な実際の戦いにおいて、装備不十分な国々がどう戦うことになるかを(またしても)露わにするだろう。また、AIには、兵器化するのではなく、人類の共通の利益のために活用できる大きな可能性がある。戦争にAIは不要である。
世界的なコロナ禍を乗り切った後、各国は、人類の共通利益のために策定された新たな安全保障体制にいかにして移行できるだろうか? そのための実務的枠組みが、2015年に全ての国連加盟国が全会一致で合意した17の持続可能な開発目標(SDGs)である。SDGsは、全ての人々にとって人間の安全保障を実現する、歴史的かつ具体的な行動のロードマップを提供する。SDGsは、万人のための開発を促進する明示的かつ具体的な統一プラットフォームを提供する。目標の実施は、データに駆動され、エビデンスに基づき、科学を動力としている。コロナ禍により、問題を増幅し、複合化する動向に注目が集まっている。人口増加、気候破壊の影響、新技術の急速な開発である。これらの問題は全て、国家防衛に対する人間の安全保障中心のアプローチを必要としている。
筆者はこれまでの研究において、軍事的安全保障への執着から人間中心の国家安全保障へと移行する方法を模索してきた。オーストラリアのNGO、人類の未来委員会(Commission for the Human Future) が近頃発表した話題の報告書は、筆者の論点を裏付けている。何十億ドルもの資金を兵器システムにつぎ込む必要がある、時代遅れで従来的な安全保障上の脅威への対処をやめ、代わりにあらゆる国のあらゆる知的・経済的武力を動員してSDGsを実施する必要がある。フランシスコ教皇は、武器の製造をやめるよう求め、「他者をケアし、命を救うために使われるべき巨額の資金を費やす」ことをしないよう警告した。
2020年は壊滅的なコロナ禍で始まり、それに続いて第二次世界大戦以来最悪の経済危機に見舞われた。しかし、この2020年はアースデイ50周年でもあり、国際連合75周年、気候変動に関する国連パリ協定5周年、国連SDGs採択5周年でもある。記念すべきこれら全ての事柄は、人類の共通利益のために今一度力を合わせて人間の苦しみを止める新たな機会が訪れていることに気付かせてくれる。