Peace and Security in Northeast Asia 文正仁(ムン・ジョンイン)  |  2023年08月25日

尹大統領の「反国家勢力」発言と韓国の終戦宣言

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 この記事は、2023年7月31日に「ハンギョレ」に初出掲載され、許可を得て再掲載したものです。

 「反国家勢力」に関する不用意な発言が、国民的合意に基づく国家安全保障政策に本当に資するものと考える理由があるだろうか?

 2023年7月27日、朝鮮半島での戦闘が休止してから70年が経った。1953年7月27日に調印された休戦協定の第4条第60項は、協定の締結と発効から3カ月以内に双方の関係国が政治会議を開催し、「朝鮮半島からの全ての外国軍の撤退と朝鮮半島問題の平和的解決という課題を、交渉を通して解決する」よう勧告するものだった。

 その勧告にもかかわらず政治会議は失敗に終わり、朝鮮半島の戦争は、厳密に言うと今日もなお続いている。それは世界で最も長期にわたる内紛になるだろう。実に残念な状況だ。

 朝鮮戦争休戦70周年についてはさまざまな見方がある。韓国社会の一部は、終戦宣言を採択して休戦協定から平和条約へと移行することを求めている。これらの人々は、70年にわたるこの戦争を終わらせることは歴史の負託であり、われわれの時代において理にかなった歩みでもあると考えている。

 ワシントンDCでは、朝鮮戦争の正式な終結を求める朝鮮半島平和法案が、休戦70年にあたって米国下院に提出された。法案の発起人はブラッド・シャーマン下院議員(民主党、カリフォルニア州選出)である。彼は近頃、韓国系米国人コミュニティーのリーダー数名とともに、2018年板門店宣言による終戦宣言の呼びかけを支持するグループを設立した。グループは、南北朝鮮間の関係改善、軍事的緊張の緩和、恒久的平和体制の構築、朝鮮半島の非核化、北朝鮮と米国の関係改善を訴えている。

 しかし、尹錫鋭(ユン・ソンニョル)大統領率いる韓国政府は、朝鮮戦争休戦70年よりも韓米同盟70年に重きを置いている。尹政権によれば、公式な終戦や北朝鮮との平和条約締結は北朝鮮が核兵器を保有する限り無意味であり、北朝鮮に対する軍事抑止と米国との同盟強化のみが現実的な選択肢だという。

 尹氏は、終戦宣言をことさらに敵視している。2023年1月11日に外務省および国防省が業務報告を行った際、尹氏は冒頭挨拶で、「終戦宣言や相手の善意に依存する平和は、偽りの平和であり、持続不可能だ」と断言した。その後、6月28日に韓国自由総連盟の創立記念行事で演説を行った際、大統領は、「反国家勢力」が「国連軍司令部の解体につながる終戦宣言を云々し、北朝鮮の共産主義者たちが核武装を強化しているというのに、制裁を解除するよう国連安全保障理事会に懇願している」と批判した。

 尹の批判には、二つの深刻な問題がある。一つ目は、客観的事実に関するものだ。

 2018年4月27日の板門店宣言は、2007年の南北首脳会談で発表された共同宣言をフォローアップするもので、年内に終戦宣言を採択し、休戦協定を平和協定に切り替えるための取り組みを行うと同時に、同じ目的に向けた3カ国または4カ国協議を積極的に開催することを呼びかけている。このような文言は、南北基本合意書の締結以来の基本的前提、すなわち終戦宣言が朝鮮半島に平和体制を構築する重要な出発点となるという前提に基づいている。

 この点は、2021年半ばに米国のバイデン政権と韓国の文在寅(ムン・ジェイン)前大統領が承認した終戦宣言草案において、いっそう明確にされている。終戦宣言は、朝鮮半島において戦争が終わったという政治的かつ象徴的な宣言であり、その宣言を機に非核化交渉における現在の行き詰まりを打開する決意の表明となるはずだった。

 終戦宣言の採択と休戦協定から平和条約への移行には長い時間がかかると考えられるため、この草案は、朝鮮半島で平和体制が完成されるまでは現行の休戦体制と国連軍司令部を維持することを基礎としていたようである。

 さらに、文政権は、北朝鮮に対する制裁解除を一方的に国連安全保障理事会に求めたわけではなく、非核化目標を達成するために、相互主義の原則に基づいて制裁をより柔軟に適用することを提案したのである。それを「偽りの平和」と呼ぶことは、目の前の物事を十分に理解できていないか、あるいは意図的に問題を歪曲しているせいであるとしか説明できない。

 二つ目の問題は、尹氏の発言にイデオロギーに関する白か黒かの考え方が見られることだ。彼の発言は、平和体制と朝鮮半島の非核化を実現するために終戦宣言を用いようとする人々は、実は「自由な韓国」の転覆を狙う「反国家勢力」だと示唆するものである。確かに韓国の大統領制は勝者が全てを取る仕組みだが、前政権が採択し、大勢の有権者と政治的グループの支持を得た政策を、反国家的であるとして切り捨てるのは妥当なこととは思えない。

 基本的なレベルで言えば、大統領の権威は国民から委任されたものであり、大統領の任務は、国民の合意を通して外交政策と国家安全保障政策を確立し、実行することである。「われらと彼ら」という二分法を持ち出して、支持基盤を動員する手段として敵を攻撃することは、熟議民主主義の体制だけでなく、国家安全保障そのものも損なうという影響を及ぼすだろう。

 前政権に対する批判は当然予想されることであるが、批判は、歴史的背景と事実に基づいたものでなければならない。それこそが、より広範な利益に寄与する経験的な解決策を見いだす唯一の道である。

 「反国家勢力」に関する不用意な発言が、国民的合意に基づく国家安全保障政策に本当に資するものと考える理由があるだろうか?

 支持者に報い、穏健派の支持を広げ、反対勢力を最小限にすることは、民主主義政治で成功を収めるリーダーシップに欠かせない特性である。尹政権の成功も間違いなくその点にかかっている。

文正仁(ムン・ジョンイン)は、韓国・延世大学名誉教授。文在寅前大統領の統一・外交・国家安全保障問題特別顧問を務めた(2017~2021年)。 核不拡散・軍縮のためのアジア太平洋リーダーシップネットワーク(APLN)副会長、英文季刊誌「グローバル・アジア」編集長も務める。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。