Peace and Security in Northeast Asia 文正仁(ムン・ジョンイン)  |  2022年08月25日

長崎は核攻撃を経験した最後の地となるか?

Image: Nagasaki Peace Park  -  Panwasin Seemala/Shutterstock

 この記事は、2022年8月22日に「ハンギョレ」に初出掲載され、許可を得て再掲載したものです。

 1945年8月9日午前11時2分、米軍のB-29スーパーフォートレスが長崎の中心地上空に「ファットマン」を放った。21キロトンの原子爆弾による爆風と衝撃波が市街地を破壊し、民間人約74,000人を殺害した。犠牲者には推定1万人とされる朝鮮人も含まれていた。

 元の計画では、北九州に近い小倉にファットマンを投下することになっていたが、運命のいたずらで、上空を覆っていた雲のため、最後の最後で標的が変わった。

 8月9日、長崎への原爆投下から77周年の日に行われた犠牲者を追悼する式典に筆者は参列した。1,600人の参加者の中には、ヒバクシャ(原爆を生き延びた人々)、その家族、そして日本の岸田文雄首相もいた。

 筆者にとって、式典のいくつかの側面が印象的だった。一つは、長崎を核攻撃を経験した最後の地にするという誓いだった。もう一つは、式典に外交官を派遣するよう招待された国からロシアが除外されたという主催者による公式の声明だった。

 しかし、最も記憶すべきは、核の問題に対する日本政府のスタンスと、長崎市のスタンスの違いであった。

 岸田首相は、その演説で、ウクライナにおける戦争に関連して核抑止力の重要性を強調こそした一方、日本政府は核兵器のない世界を作るために外交努力を行うと誓った。演説の終わりの方で、同首相は1967年の「非核三原則」を堅持すると明言した。すなわち、日本は核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず、ということである。

 岸田はさらに、日本は核兵器不拡散条約(NPT)において積極的な役割を果たすことで、核の透明性を向上させ、核兵器を削減し、核拡散を抑止するための取り組みをリードすると語った。彼の演説の要点は、日本は核兵器保有に反対であり、核拡散に反対して積極的に取り組むが、アメリカとの核抑止力戦略は必要不可欠だというものだった。

 式典を主催した長崎市長の田上富久は、同日採択された長崎平和宣言で著しく異なる意見を表明した。2022年8月8日時点で、原爆により亡くなった長崎市民は192,310人を数えると発表された後、田上は平和宣言で、ロシアによるウクライナ侵攻が「核兵器の使用が“杞憂”ではなく“今ここにある危機”であることを世界に示しました」と語った。

 田上は「核兵器をなくすことが、地球と人類の未来を守るための唯一の現実的な道」だと述べ、唯一の戦争被爆国である日本の政府に、核抑止力ではなく核兵器の廃絶を通じて平和を追求することを求めた。

 そのためには、日本政府はこれまで拒んできた核兵器禁止条約に直ちに署名し批准するべきだ、と田上は指摘した。

 長崎市長はまた、北東アジアに非核兵器地帯を設けるという公式な提案を行った。この提案は、北東アジア近隣の公式な核保有国(アメリカ、中国およびロシア)は、地域における非核保有国(日本、韓国、北朝鮮およびモンゴル)の安全保障を脅かさないこと、先制攻撃として核兵器を使用しないことを約束し、その代わりに、非核保有国は、核兵器を開発も保有もしないことを確約するというものだ。その合意は、国連の保証する条約へと格上げすることができるだろう。

 こうした取り組みの一部として、田上は、北東アジアの包括的安全保障計画を作り、核保有国(アメリカ、中国およびロシア)と非核保有国(韓国、北朝鮮および日本)との6カ国の安全保障サミットを制度化することを提案した。その枠組みの中で、非核兵器地帯と朝鮮半島の非核化の両方を追求することが可能となるだろう。

 記念式典の前日、長崎市中心部で、韓国の与野党から4名の議員(洪翼杓議員など)、そして4名の日本の議員(原口一博衆議院議員など)が、これらの北東アジア6カ国が非核兵器地帯を設置する条約に署名することを促すことを目的とした列国議会同盟(IPU)の会議に出席した。

 これらの議員たちは、北東アジアの非核兵器地帯は、北朝鮮の核兵器が朝鮮半島のみならず日本にももたらしている現実の脅威を踏まえて、朝鮮半島の非核化とともに追求されるべきだという点で合意している。彼らはまた、韓国と日本の議員たちがアメリカ、中国、ロシアおよび北朝鮮の議会リーダーたちを6カ国の議会連合に招聘するという、具体的なアクションプランも策定した。

 日本政府は、現在の核抑止力を維持しながら、核拡散を防止し、核兵器を削減することを呼び掛けているが、市民社会と長崎市は、核兵器廃絶こそが未来への唯一の道だという理由で、核兵器禁止条約の批准と北東アジアにおける非核兵器地帯の設定を提唱している。

 これらは今日の日本における核の問題について、対立する二つの立場を表している。一見、その二つの間の溝は埋めるには広すぎるように見える。

 しかし、77年前の長崎の経験が問いかける。この悲劇の街が、核攻撃を受けた最後の場所となるのか?と。

 折しも、現在ニューヨークで第10回NPT再検討会議が開催中である。筆者は、この会議が、例えば、核兵器削減と核軍備競争の阻止(第6条)、非核兵器地帯の拡大とさらなる有効化(第7条)、および、NPT加盟国の離脱を防ぐこと(第10条)といった、核の平和利用を超えた大きなアジェンダについて、意義ある前進をもたらすことに希望を抱いている。

 人類は、アナザー・ナガサキという悲劇を防ぐため全力で取り組まなければならない。

文正仁(ムン・ジョンイン)は、世宗研究所理事長。戸田記念国際平和研究所の国際研究諮問委員会メンバーでもある。