Peace and Security in Northeast Asia 和田大樹 | 2025年08月26日
7月の国政選挙大敗にもかかわらず、石破政権の支持率はなぜ上がっているのか?

2025年7月20日に行われた参議院選挙で、石破茂首相率いる自由民主党(自民党)は、改選52議席に対して39議席を確保したが、前回の選挙より13議席減らして歴史的な大敗を喫した。一方、新興保守政党の参政党は大きく躍進して議席を1から14へと伸ばし、初の国政選挙に臨んだ日本保守党は2議席を獲得した。選挙後に国内の、特に若者の間で広がった見解は、自民党は既得権益層の代表という見方が強まっており、経済的不満と怒りを抱いた若者が新たな政治勢力に票を投じたというものだった。
しかし、それから1カ月、これとは大きく矛盾する状況が生じている。例えば、朝日新聞が8月16日と17日に実施した全国世論調査で、7月の選挙の結果を受けて石破首相が辞めるべきか尋ねた。「辞めるべき」と回答したのはわずか36%(7月の調査では41%)、「辞める必要はない」が54%(前回47%)で、過半数が石破政権の続投を支持する結果となった。さらに内閣支持率も前回調査の29%から36%に上昇し、2025年2月に記録された40%に迫った。不支持率は今回も50%を上回ったものの、56%から50%に低下した。この動向の背後にあるものは何か? 本論では三つの主な要因を検討する。
外交・安全保障面の安定と国際的評価
石破政権が支持率を回復した一つの大きな要因は、外交・安全保障面の一貫した姿勢と国際的評価である。石破首相は、防衛政策に精通した政治家として知られており、選挙後の不安定な国内政治状況のさなかにあっても外交面で堅実な動きを見せている。例えば、2025年2月の日米首脳会談で、石破は日米同盟と地域安全保障枠組みを強化することを確認し、特に中国とロシアに対する確固たる姿勢を明確にして、国内外から肯定的な評価を得た。さらに8月には、岩屋毅外相が開催した日独外相戦略対話に合わせて、石破は「自由で開かれたインド太平洋」を推進することを強調した。これらの努力は国際社会における日本の立ち位置を維持し、保守派の有権者や安全保障問題を懸念する人々に安心感を与えている。自民党の選挙大敗を受けて、政治の不安定化を懸念する声が上がったが、石破の一貫した外交は「リーダーシップの証」と認識されているのかもしれない。若年層の経済的不満が新興政治勢力への支持に拍車をかけた一方で、中高年有権者の間で「外交の安定性」が認識されたことが支持率の急上昇につながったと推測される。また、一部の国民の間で、「もし石破内閣が崩壊することになれば日本の政治的不安定がトランプ政権に露呈し、日本の安全保障の基盤が弱体化する恐れがある」という心理的要因も働いているかもしれない。
近頃、韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領が初めて来日し、石破首相と会談を行った。両国首脳は、建設的かつ実務的な日韓関係の構築を継続する努力を両国が行うことで合意した。しかし、李大統領は、大統領選前は繰り返し日本への批判を口にしてきた。もし、石破首相ではなく参政党議員のようなより強硬な保守的立場をとる人物が首相だったら、今日の安定した日韓関係は後退の危機に瀕するかもしれない。それはまた、たとえ自由民主党が大幅に議席を減らしても、石破政権のバランスの取れた外交はその有効性を発揮し続けるということを示唆している。
経済政策への期待と予算の実施
経済的不満は自民党の参院選敗北の主な要因だったが、選挙後の素早い対応が支持率回復に一役かっている。野党の日本維新の会の協力を得て3月初めに衆議院で可決された2025年度予算案は、年度内に実施されるめどがついた。特筆すべきは、高校授業料無償化のような若者や中間層向けの政策が、経済的負担軽減への期待を高めている点だ。また、自民党は国民民主党が提起した「103万円の壁」問題への対策を示唆し、税制改革への強い決意を示した。その結果、一部の若年層および中間層の有権者は、自民党が「改革に向けて踏み出している」と受け止め始めているようだ。選挙での敗北には既得権の解体を訴える新興勢力への支持が反映されていたが、予算案の可決や具体的な政策手段は、「現実的な選択肢」としての自民党のイメージを部分的に回復するものとなった。経済に不満を抱く人々の一部が自民党の実際的アプローチに回帰し、参政党や日本保守党のラディカルな提案より好んでいる結果、支持率上昇の一因となっていると考えられる。
続投という現実的判断と「敗者への共感」現象
参院選大敗の後は石破おろしの圧力が高まったが、今や国民の大多数は石破が「辞めるべきではない」と考えている。このシフトを促しているのは、政治状況に対する現実的判断と感情的な「敗者への共感」現象である。自民党は衆院選でも参院選でも過半数議席を失い、野党が協力しなければ政権運営は困難になった。しかし、最大野党の立憲民主党も参政党や日本保守党のような新興勢力も、政権をとるだけの政策方向性や組織力はないというのが大方の見方である。また、野党の間でさらなる分断が進む可能性もある。結果的に多くの国民が「石破政権に代わる現実的な選択肢がない」と結論付け、続投の支持を強めたのであろう。加えて、大敗にもかかわらず、「石破を無理やり辞めさせれば国内政治をさらに不安定化させる」という懸念も役割を果たしている。Xの「石破辞めるな」キャンペーンや首相官邸前で行われた続投を求めるデモのような運動は、一部の国民が「敗者」に共感を抱いていることを示唆している。短期間で支持率が回復したのは、恐らくこのような感情的な要因が働いていたからだろう。
結論
参院選大敗という逆風にもかかわらず石破政権の支持率が上昇したのは、矛盾に思えるかもしれないが、外交・安全保障面の安定性、現実的な経済政策対応、国民の間に見られる理性的判断と感情的共感の組み合わせが支持率を支えている。外交面では、日米同盟の強化と国際的評価が保守派有権者に安心感を与え、経済面では予算成立と税制改革への期待が若年層および中間層有権者から一定の支持を得ている。さらに、政権の後釜として現実味のある選択肢がないことと敗者への共感現象も、続投支持を後押ししている。とはいえ、不支持率は依然として高く、新興政治勢力の台頭は自民党への根強い不満を示していることから、この支持率回復を維持するためには、石破政権は具体的な経済改革と外交成果を実現し続けなければならない。
和田大樹は、国際政治学者、株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEOである。清和大学で講師を務める。研究分野は、国際政治学、経済安全保障、地政学的リスク分析など。