Climate Change and Conflict トビアス・イデ  |  2022年03月08日

気候変動と平和・紛争について、われわれは何を知っているのか?

Image: Loredana Sangiuliano/Shutterstock

 気候変動が平和と紛争に及ぼす影響は、政策立案者や一般の人々の大きな関心事となっている。気候変動と安全保障に関する国連安全保障理事会の議論から、干ばつがシリア内戦に及ぼす影響を描いたコミックまで、この問題への関心は近年非常に高まっている。新型コロナウイルス感染症のような困難な課題がわれわれに何かを教えてくれるとしたら、それはグローバルな問題に対処するためには科学が重要だということである。では気候変動と平和・紛争に関する科学的根拠は何だろうか?

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、気候変動に関する科学的な根拠を評価する世界トップレベルの機関である。数年おきに発行される作業部会の報告書は、何千人もの一流の学術専門家によって作成され、さらに多くの研究者によって検討される。ごく最近では、IPCC第2作業部会が、平和と紛争を含む気候変動の影響に関する最新の(第6次)評価報告書を発行した。本稿では、その主な知見をまとめ、それに対する見解を述べる。

 2007年および2014年発行の報告書は、根拠とする情報源が不十分であり異なる章の間に矛盾があるとして、研究者らによる批判を受けた。それとは対照的に第6次評価報告書は、質の高い研究に基づく非常に一貫性のある主要メッセージを提示している。6章、3,672ページにわたって述べられたこれらの重要メッセージは次のようなものである。

  1. 気候変動は、例えば食料価格の上昇、水や土地をめぐる競争の激化、経済成長の停滞、民間機関の弱体化をもたらすことにより、国家内の武力紛争の発生や事件のリスクを増大させる。気候変動が国家間の武力紛争に及ぼす影響はごくわずかであり、一般的には(例えば本格的な内戦よりも)低強度の暴力に影響を与える可能性のほうが高い。
  2. 武力紛争の要因としては、政治的・経済的要因(暴力の歴史、不平等、国家の脆弱性など)のほうが気候的要因よりもはるかに重要である。気候変動がリスク増大要因として作用するのは、環境ストレスや紛争に対して脆弱な状況、例えば高い農業依存度、政治的排除、低レベルの社会経済的発展といった状況による場合のみである。それはまた、気候変動が生み出した追加的な紛争リスクは、社会政治的状況の将来的改善によって、少なくとも理論上は、相殺され得ることを意味する。
  3. 環境的平和構築と国境を越えた水資源協力に関する文献は増加しつつあり、それらは、環境問題に共同で取り組むことは紛争を回避できるだけでなく、紛争変容への積極的な貢献ができることを強調している。このことから、気候変動への適応や気候変動の緩和と平和構築との間には相乗効果があり、気候変動に対して強い平和を促進する可能性があると考えられる。気候変動が紛争リスクを高めるか否かをただ問うのではなく、気候変動と平和の間にこのような相互作用があることを認識することが、本報告書の重要な貢献である。
  4. しかし、現地の人々の権利や視点を考慮しない誤った適応は、新たな緊張をもたらす可能性がある。例えば、商業的または地政学的な利益が優先されたり、地元の土地の権利が無視されたり、プロジェクトがさまざまな利益集団間の緊張を煽ったりする場合などである。太陽放射管理のような地球工学的対策にも同じことが当てはまり、適切な世界の気温に関する国家間の論争を引き起こす可能性がある。従って、緩和や適応は常に、紛争に対する感受性を考慮に入れるべきである。これは、バイオ燃料、太陽エネルギー、洪水防止、森林再生などのための大規模な土地取得が現地の人々の権利を侵害している現在、IPCCの重要なメッセージである。
  5. 気候変動は、ミクロレベルや日常的な紛争にも影響を及ぼす。それらの重要性は決して低くはない。IPCCは、他の最近の研究報告書と同様に、気候変動が女性にどのような悪影響を及ぼすかを強調している。例えば、少女が水を汲むために長い距離を歩いたり(そのため犯罪の被害に遭いやすくなり、教育を受ける時間が少なくなる)、災害後の緊迫した状況で女性が暴力にさらされたりすることである。このような知見のほとんどは、これまでのところ中程度の証拠と中程度の信頼度によって裏付けられている。2022年の第2作業部会報告書に触発され、これまで十分に研究されてこなかった気候・平和・紛争の関連性におけるジェンダーの問題について、さらに研究が進むことを期待する。
  6. 武力紛争は、例えば水やエネルギーのインフラが破壊される、技能労働者が地域から流出する、グリーンテクノロジーに投資する資本が不足するなどの理由から、気候変動への脆弱性を高める。これ自体がすでに重要な知見であるが、ロシアのウクライナ侵攻が社会・生態学的な悪影響を与えているという観点から見ると、その重要性はいっそう高まる。

 IPCC報告書の平和と紛争に関連する部分には、弱点や矛盾もそれなりにあるが、これほどの範囲と量の文書としては驚くべきことではない。例えば、水資源に関連する紛争を取り上げた第4.3.6章は、気候と紛争のつながりに関する評価が報告書の他の箇所よりもはるかに保守的である。また、このテーマに関するいくつかの最新の研究を考慮に入れておらず、環境的平和構築に関する文献を完全に無視している(後者は水資源を重視しているにもかかわらず)。同様に、いくつかの記述は、単一の研究(2019年に「ネイチャー」に発表された専門家評価)に基づく根拠のみに(ほとんど)依存している。その研究自体はきちんとしたものだが、批判的アプローチ、定性的研究、グローバルサウスの声を無視している(奇妙なことに、IPCC自身も発展途上国の研究者の割合が少ないことは問題だと認めている)という、専門家らの批判も受けている。報告書のいくつかの部分は、より幅広い文献に基づいていればもっと有益だっただろう。

 そのような些細な問題はさておき、IPCC第2作業部会による2022年の報告書は、気候変動と平和・紛争に関する最新知識を包括的かつ明快にまとめたものである。特に、現在大規模な戦争がエチオピア、ウクライナ、イエメン、その他の場所で行われていることを考えると、これらの知見が将来、気候変動に対して強靭な平和を構築するために役立つことを期待する。

トビアス・イデは、マードック大学(パース)で政治・政策学講師、ブラウンシュヴァイク工科大学で国際関係学特任准教授を務めている。環境、気候変動、平和、紛争、安全保障が交わる分野の幅広いテーマについて、Global Environmental Change、 International Affairs、 Journal of Peace Research、 Nature Climate Change、 World Developmentなどの学術誌に論文を発表している。また、Environmental Peacebuilding Associationの理事も務めている。