Cooperative Security, Arms Control and Disarmament タニヤ・オグルヴィ=ホワイト博士 | 2021年01月10日
タガが外れたリーダーたちと核兵器:今こそ行動を
私は、核兵器がもたらすリスクの研究に人生を費やしてきた。いつか核兵器保有国に、タガが外れた、そして核攻撃を開始する権限を持つリーダーが現れるのではないかとずっと心配だった。私にとっては常に、核兵器保有国のリーダーが理性的に行動するという前提は根本的に欠陥があり、危険なものだと思われた。かつて米国の国防長官を務めたロバート・マクナマラはこの問題を訴えて、「誤りを犯しがちな人類が核兵器をいつまでも持ち続ければ、国々の破滅をもたらす」と警告した。今日、私はこれまで以上にこの点を危惧している。そして、もっと多くの人が問題に目を向け、変化を強く求めることを願っている。
ドナルド・トランプが大統領に選出されるまで、私の核リスク評価において米国がこれほどまでに突出するとは思いもしなかった。確かに、核に関する米国の意思決定はこれまでもムラがあったが(事故や危機一髪の事態も含め)、相対的な核リスクという点では、他の核保有国のほうが危険な兆候を示していた。しかしここ数年、ドナルド・トランプ大統領の行動を見るにつけ、彼の野放図なナルシシズムが米国内と世界に及ぼす影響を考えると私の懸念は膨らむ一方である。
彼が大統領であることは多くの理由から不安を呼ぶ。パンデミックに対する無責任な態度。人種差別、過激主義、性差別、汚職。政治的暴力の目に余る扇動。陰謀説を焚きつけ、真実をあからさまに無視する姿勢……枚挙に暇がない。しかし、おそらく最も不安を呼ぶのは、普通なら無分別で無責任な行動を阻止するはずの人々が彼に権能を与えたことだろう。しかもそれは、トランプが米国で唯一、核兵器を発射する権限を持つと承知のうえである。
トランプの奇矯な行動を別にするとしても、冷戦時代の遺物である核に関する意思決定を「ただ一人の権限」に委ねるという手順が、いまだに米国に存続していることは私にとって信じがたい。これは、攻撃の警報を受けて数分以内に、他者に相談する必要なく大統領が核兵器を使用できるようにするために導入された。この手順は、数十年を経てもなお存続し、米国の核兵器はいつでも即時発射できる態勢にあり、大統領の核権限を制限する法規は存在しない。分かりやすく言うと、米国大統領は、議会に説明することなく、また、国防長官、国務長官、統合参謀本部議長、米戦略軍司令官、司法長官などからなる行政府に通知する必要すらなく、核攻撃を命令することができるのである。突き詰めれば、米国の核兵器を使用する決定は大統領が下し、かつ、大統領のみが下すということである。
この専権事項という手順が導入された時、ならず者の米国大統領が就任し、大統領権限を後先考えずに濫用するかもしれないという考えは、「ブラックスワン」的(予想外で非現実的)な事象、あるいはSFとさえ思われていた。しかし、そのような信頼はこれまでも揺らぐことがあったが(ウォーターゲート事件の際は、大統領顧問団がニクソン大統領の正気を疑い、彼の核権限を制限しようとした)、トランプ大統領の任期中に史上最低まで落ちたと言ってよいだろう。彼の多くのひどい教訓の中で、何も当たり前のものはないということを、われわれは思い知らされることになった。つまり、予想外のことが現に起こっている。政治指導者は、現に非合理的に振る舞っている。そして、タガが外れたリーダーの無謀な行為が野放しにされる恐れがあり、現に野放しになっている。例えば、かつて世界を導く光として掲げられた民主主義においてそれが起きている。
こういったことはすべて、世界の安全保障に深刻な影響を及ぼしている。私は、世界が米国による差し迫った核の脅威に直面していると主張しているわけではない。私が言いたいのは、急速に変化する現代社会において、冷戦時代の遺物が重要な特徴であり続けることを許してきた、いわば核をめぐる現状維持への安住から目を覚ます必要があるということである。今日、戦略的安定性を維持するというわれわれの共通の責任を政治的意思決定に反映すること、そして、戦略的安定性を脅かすものに対しては、人類と地球の未来を念頭に置いて対処することがかつてないほど重要になっている。
核兵器禁止条約(TPNW)が1月22日に発効することは、核軍縮に向けた長い道のりに踏み出すタイムリーかつ重要な一歩であるが、それは、もっかの核リスク、例えばタガが外れたリーダーたちがもたらす核リスクにはほとんど影響を及ぼさないだろう。より重大なことは、ジョー・バイデン次期大統領による大統領の発射権限への法的制限の導入決定だろう。トランプの権力濫用を考えると、新政権がこの一歩を踏み出すことはきわめて重要である。もしそうなればメディアの関心が高まり、当事者たちにとっては核リスク低減の問題にかつてない世界的注目を集めるチャンスとなるだろう。例えば、核兵器警戒態勢の緩和と先制不使用の誓約による安全保障上の共通利益を促進する、強力な基盤となり得る。また、核兵器保有国とその同盟国に対し、この予測不可能な世界における核抑止の論理と倫理を見直すよう促すものとなるかもしれない。
退任するトランプ大統領とワシントンDCにおける混乱に満ちた政権移行について、最後にひと言。米国のリーダーシップでさえ、混乱への突入を阻止する当てにならないのであれば、それは間違いなく、核兵器が存続し続けていることのリスクはあまりにも大きいため、それを禁止し廃絶する以外にないという主張の説得力を高めるものである。
タニヤ・オグルヴィ=ホワイト博士 は、ニュージーランド・グローバル研究センター(New Zealand Centre for Global Studies)の所長であり、オーストラリア国立大学戦略防衛研究センターの上級研究員である。過去には、核不拡散軍縮センターの研究理事、およびオーストラリア戦略政策研究所のシニアアナリストを務めた。直近の発表物に、“The Logic of Nuclear Deterrence: Assessments, Assumptions, Uncertainties and Failure Modes” (UNIDIR, 2020) がある。